第5話 あれからは!

12月へ入って山間部にあるクラウス市も雪が積もるようになってきたが、今日は偏西風の影響で雪も溶け、晴れていて、ややあたたかい。

高校1年生になったケビンは、土曜日の夕方、両親とクラウス市の中心街にある寿司レストランで食事する事となった。

ケビンのパパの車に乗るために家の外へ出ると、ちょうどハンスが家の前の道を通っている。

「パパが脳梗塞のうこうそくで入院中で、今、見舞いに行ってきた!」

ハンスは笑顔を少し見せたが、どことなく寂しげだ。

「それじゃぁ〜ハンスは今、1人暮らしかぁ〜大変だな!」

ケビンがそう言うと、ちょうど、ケビンのパパが家を出て車に乗りこむところだ。

ハンスの事情を知ったケビンのパパは、ハンスを快く食事へ誘った。

ケビン達が住む住宅街から少し西へ進めばストアやレストランが並ぶメインストリートへさしかかる。クラウス市で最もにぎやかな場所だ。

寿司レストランの看板が視界に入ると、ハンスのパパは駐車場で車を止めた。

西に見える山へ夕日が沈みかけている。

「冬は日が沈むのが早いね。そういえば幼いころ、日本の奥多摩おくたまで姉と夕日をよくながめていたっけ!」

「パパには姉が居るの? 今はどうしてるの?」

パパに姉が居ることをケビンは初めて知った。

「とりあえずレストランへ入ろう!」

外観はアメリカンなフンイキだが、店内は、奥にお寿司屋さんのカウンター。手前にはテーブル席がある。ハンス達はテーブル席へ座って寿司セットを注文した。

寿司セットが来るのを待っている間、さっきの話を続きをケビンのパパが始めた。

「姉はシアトルに移住して高校を卒業後、アメリカへ来たのにもんぺ服なんてみすぼらしいって言ってアメリカンなファッションに身を包んで家を出てそれ以来、音信不通おんしんふつうだよ!」

「姉ってゆうのは、ハルコさんの事?」

ママがパパへ尋ねる。

パパは家でときどき姉の名を口にしていた事があった。

「ボクのママは、ハルコって名前で、10歳のときに日本から来たんです!!!」

ハンスは突然言うと、ケビン達は驚いた。

ハルコは日本から来た日系人で、ハンスのママであり、ケビンのパパの姉とゆう事らしい。


ハルコは終戦直後、クラウス市のスナックで働いていたときに客として訪れたショーンと知り合った。あのころは日系人に対しての風当たりが強かったし、病弱そうなハルコを見て、この不憫ふびんな女性との結婚を決意したショーン。

結婚してからのハルコは生活が安定したせいか、体調もいくらか回復し、心身ともに幸せだった。そしてハルコは妊娠にんしんし、出産を待つ日々を過ごしていたが、不安が頭をよぎる事も多くなった。

「景色の良いあの洋館で出産したいの!!!」

ハルコの願いをショーンは強く反対したが、ハルコは聞きいれなかった。

ハルコは身重みおもな体を守りながら車を運転し、あの洋館へ向かった。

結局、ショーンは、食糧を洋館へ定期的に届け、ハルコが産気さんけづいたら、医師と助産婦とで洋館へ駆けつける事にした。

翌年の1月下旬、ハルコは産気さんけづく。

猛吹雪もうふぶきに見舞われてショーンと医師と助産婦を乗せた救急車が洋館へ着くのが遅れてしまった。

洋館の2階の部屋に着いた時、ハルコはベッドの上で赤ん坊のハンスを抱きかかえながら息絶えていたらしい。出産時の出血も多く、ベッドのシーツは赤く大きく染まっていた。

幸い赤ん坊のハンスのほうは中心街の病院ヘ搬送はんそうされ、なんとか命を吹き返し、パパになったショーンに見守られながら育っていく。


ハンスが話し終えると、ケビンのママは涙をこぼす。

あの洋館では、事件ではなく、出産事故が起きていて、幽霊が現れる。

あの洋館には、出産したい思いと出産が怖いとゆうハルコの思いが混じり合っていた。

「ちょうどあの頃はこの街に引っ越したばかり。妻もケビンの出産をひかえていた頃だったな。姉は自由にアメリカを旅したがってたから、ロサンゼルスやサンフランシスコへ行ったかと思ってたが、まさかこんな山間部の小さな街に住んでいたとは。生きているうちに逢いたかったよ!」

ケビンのパパは感極かんきわまっていた。

「そういえば、故郷の奥多摩おくたまも山間部にある。人生の起点も終点も山間部って、なんだかこんがらがっちゃうね。ちょうどお寿司セットも来た事だし、みんなで楽しく食べようよ!」

ケビンのパパがそう言うと、みんなでお寿司を味わいながら食べた。


その夜、ハンスは、ケビンの家で泊まる事となった。正式な事ではないが、ハルコがハンスのママであり、ケビンのパパの姉とゆう可能性が高い。それならボクらは親戚しんせきどうし。友達どうしからさらにきずなが強くなるだろう。

「ハンスくん、パパの容体ようだいはどうなの?」

「まだしばらく入院が必要だけど、少しずつ回復しているんだって!」

それを聞いて、ケビンは胸をなでおろす。

「それは良かった。ところで、ハンスくんは顔はパパほうによく似ているようだね。ママが日本人なのに日本人っぽさを感じないな!」

ケビンがそう言って笑う。

「ママは自由が好きで少し変わり者だったらしい。パパは良く言ってたな。その辺はボクも受け継いでいるのかもしれない!」

いたずらっぽく笑うハンス。

ケビンとハンスは、壁にかかっているハティヨ湖の地図に視線を移す。そして、ケビンはあのファンタジー小説を読みだした。


島には、いくつかの山と湖があり、山には男神、湖には女神がいる。雄大な世界を冒険する少年少女達は、苦難を乗り越えて、1つの湖を守る女神に出逢うが、女神は

「引き返して、家へ帰りなさい!」

冒険者達に冷たく言い放ち、冒険者達も女神の忠告に従ってパパやママが待つ家へ向かって帰っていくところでフィナーレを迎える。


そこまで読んだところでケビンとハンスはふと、本の空白部分に書かれていた文字を思いだす。

『この冒険から引き返せなくなった。怖い。引き返したい!!!』

この文字とパパから聞いた話から、ケビンは想像する。

日本から移住して、雄大な世界であるこの国で幸せな生活を夢見る少女·ハルコ。長い髪をなびかせながら冒険していくうちに大人の苦悩、日系人の苦悩を身をもって味わう。

戦時中の日系人強制収容所での生活はつらく、終戦直後の日本の惨状さんじょうを知って日本を恋しく思い、日本へ帰りたいと願うが、今となっては遠い世界。戻ることはかなわなかった。

結局、ハルコは雄大な世界を選び、あの洋館で人生の終焉しゅうえんを迎えた。

安全な選択をすれば、もう少し生きながらえただろうハルコの魂は、あの部屋でハンスに命を継いで、幽霊として、あてもなく彷徨い《さまよ》い続け、やがて湖の女神になっていくのかもしれない。

湖にあるあおい湖水は、ママの胎内たいないが子を守る羊水ようすいを連想させてしまう。

ケビンとハンスは、謎多き雄大な世界に潜む恐怖とが子の幸せを願うハルコの思いをあの洋館での出来事から悟った。

ハンスが幸せに生きていれば、幽霊となったハルコも洋館内で楽しく幸せに過ごすだろう。

「ボクらの高校で、湖畔の洋館の幽霊話が出ていたな。やっぱ幽霊は怖い。こうゆう小さな家で仲間と安心して暮らす、今の幸せが良いな!」

ケビンがそう言うと、ハンスもうなづいた。

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湖畔の寂しげな洋館で! 岡泳介 @oka-eisuke

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