最終話
当然ドルフィネの息子には文句を言われたが、これきりだからと多少の謝罪をして俺はディリアと共にこの島で生活を始めたのだ。
勉強は嫌いであり、活発な、女の子であるのに男の子のようなディリアとの生活はくすんでいた俺の視界を明るく照らしていった。
そして俺はディリアとの生活の中でもカメラを構え、その時その瞬間を切り取る。自然を切り取るのも良いが、一人の人間の成長を追いかけることが楽しくなった。
滝つぼからあがってくる小さな水しぶきとさわやかな風の中、寝転ぶチカゲの横を通り、ディリアは仕掛けっぱなしの釣竿を握ってちらりと横目でチカゲを見る。
「なぁ、まだ触っちゃだめなのか?」
「あ? 何のことだ?」
「あの黒くてきれいな奴のことだよ」
「あぁ、カメラか」
「大きくなったら触らせてくれるって言ってただろ? オレ、この崖上れるようになったんだぞ。おっきくなっただろ?」
「いや、まだまだだな」
ふふんと鼻で笑いながら言う俺の言葉にディリアは口を尖らせて「ちぇっ」とふてくされた。
「焦らなくってもカメラは逃げやしねぇよ。時間が経てば嫌でも握らせてやるから安心しろ」
「時間が経てばじゃなくって、今やりたいんだよ」
「だから焦んなって。お前は確実にでかくなる道を歩んでるのは確かだ。昨日だって見せてやっただろ? この島に来た時の写真。あれに比べれば倍以上にでかくなってる」
「ん、あれ凄いな。オレでも覚えてないのに、写真を見ればすぐ分かるんだもんな」
「まぁな、でも島の外の人にはあまり言うなよ。嫌われるからな」
「そうなのか……。凄いのにな、残念だな」
「あぁ、残念だな。まぁでも、ディリアがカメラを使えるようになるころには皆もあの凄さを分かってくれるようになるかもな」
「本当か?」
「時間が流れれば人も変わる。何が正しくて間違いなのか、明確な答えは無くても、拒否できるって事は受け入れることも出来るんだ。少し立ち止まって考えて、そして思う方向に進む。それが出来るようになればきっと……」
「何だか難しい事を言う。でも、いつかきっと分かってくれるといいな、あれはとてもきれいでとてもすごいから」
「そうだな、分かってくれる時がきっとくるさ」
変わらなく、思い続けること。
不変の想いはとても不安定。深部まで思い続けて生きていけば、想いの全てがゆがんでしまうかもしれない。
ただひたすらに、変わり続けること。
変化の思いはとても浅く。そのうち自分が何を思い何を想っていたのかすら分からなくなってしまうかもしれない。
思いを心に、一歩踏み出し変わっていくこと……。
変化していく不変、記憶は常にあいまいで、踏み出した先が正しいとも間違いであるとも限らない。
無限の変化があるように、無限の可能性がそこにはある。
急ぐ必要は無い。自然の刻より短い人の命であったとしても、自分が自分であるように、他人が他人であるように、自らの想いを抱いて、思うままに生きればいい。気付いていないだけで、人は一人ではないのだから。
俺は多分、このまま変わらずカメラを携え流れる刻を切り取っていくだろう。
その中でディリアの変化に巻き込まれていくだろう。
それも多分俺らしい俺だ。
人々が自分の中の自分を見つめるとき、その記憶のソコにある想いは一体なんだろう?
変化する世界の中、人々は一体どんな不変の変化を遂げていくのか。
カメラはフィルムに何を焼き付けていくのか。
全ての思いは全ての想いに変換されて、やがて色褪せないそれは何かを誰かに紡いでつなげていく。
思いと想い、そして存在は個々にあったのだと。
被写体。 御手洗孝 @kohmitarashi
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