しきたり

#365日ショートショート 228

　上司と部下は定食屋に来ていた。

「僕、前から思っていたんですけど。ご飯と味噌汁の位置って、逆の方が合理的じゃないですか」

　持ち上げた味噌汁のお椀を定位置に戻しながら、部下が口を開いた。

「ご飯が左、お味噌汁が右。常識だろう」

　と、上司が答える。

「いや、違うんですよ。聞いてください。味噌汁が右だと、お椀を持ち上げる時の左腕の動作が大きくなります。もし定位置が左だったら、少ない動きで持てるんです。そして、ご飯も右がいい。もちろん食べる時にご飯茶碗を持ち上げるのがマナーではありますが、最悪、持ち上げなくても箸ですくえばご飯は食べられるじゃないですか。でも味噌汁は持ち上げないと飲めない。この差は大きいです」

「やれやれ……」。上司は箸で摘んだ米を飲み込んでから、部下を窘めた。「左上右下（さじょううげ）、という言葉を知っているか。日本では昔から、右より左の位（くらい）が高いとされているんだ。ご飯を左に置くのは、日本人のお米へのリスペクトの高さの表れなんだよ」

「へぇ、なるほど。合理性よりしきたりなんですね。それなら分かります。しきたりって、なんだかんだ大事ですからね」

　部下はあっけらかんと笑った。しかし、上司の顔は曇っていた。

「しきたりが大事だと言うのなら、教えておこう。この定食屋、入り口があっちで店の奥はこっちだ。君が座っている方が上座だよ」