後編
『ごめんね、希名だったら話を聞いてくれるかなって思って、電話かけちゃった』
どう反応するべきかわからず、固まっていたわたしに優絵が言う。そこでやっと脳が活動を再開した。
そうだ、わたしを頼って優絵は電話をかけてくれている。どうしたらいいかわからないが、とにかく優絵に寄り添おう。
「大丈夫だよ。……どうして、そう思ったの?」
決意して、わたしはゆっくりと言葉を紡ぎ出す。言いたくなかったら言わなくて大丈夫だよ、という言葉も足して。
『同時期にコンクールにふたつ落ちたのと、両親に美大進学を反対されたのが重なっちゃって。得意なことも認めてもらえないことが、すごく辛くてっ……!』
優絵の必死な言葉に、わたしの心までずんと重たくなる。
わたしよりもよっぽど才能のある優絵が、コンクールにふたつも落ちる。そのこともショックだったけれど、得意だと思っていたことを否定される痛みが呼び起こされたのだ。
物心ついたとき、わたしは何でもできると思っていた。何でも得意だと、たしかに思っていた。
けれど最初に、運動が他の人よりできないことを知った。幼稚園の運動会のかけっこでビリを取ったのである。それでも得意だと思っていた鉄棒でも、まわりはもっとすごい技を当たり前のようにやっていた。
次に絵。少女漫画やアニメの絵を真似していたら、突然優絵がわたしよりも余程上手な、オリジナルの絵を描いていた。
次にコミュニケーション。いつの間にか口下手になっていて、優絵以外の友達が作れないまま高校2年生になっていた。授業で噛みまくってからは、特に苦手になってしまった。
次に──学力。名門大学へ進学するつもりが、気がつけば高卒になろうとしている。
じわじわと、自らの可能性を削がれていく恐怖。他人より劣っていると思い知らされるときの、心臓を切られるような痛み。
優絵の現状とわたしの過去が、ぴったりと合わさったような感覚が心臓を痛くさせる。泣きながら死にたいと訴える優絵の気持ちが、残酷なほどに理解できてしまった。しかしわたしにも常識がある。同じ感情を、違う人間同士が簡単に抱けるなんて思っちゃいない。
だから、簡単に『わかるよ』なんて言わない。
「わたしは、優絵の絵は素敵だと思うよ。見ていると心が凪いでゆくような、温かくなっていくような感覚がするの。わたしはもっと優絵の絵を見てみたいし、友人としても優絵と話せなくなるのは嫌だから、生きていてほしいよ」
優絵は黙って、わたしの声を聞いていた。
今の優絵は自分のやっていることに自信が持てない状態に陥っている。だからわたしが、自信を取り戻す手助けをするのだ。
「もっと具体的に、優絵の絵のいいところを言おうか?」
わたしの提案に優絵はスマホ越しに、お願い、と小さくつぶやいた。それを合図にして、わたしは語り出す。
「まず、線の繊細さがいいね。細かく練り上げられているのに触れたら溶けてしまいそうな儚さが、キャラクターの個性をより強くしてる。次にその繊細さと合う色彩。決して薄い色ばかりじゃないのに、あそこまで繊細なタッチにできるのは才能だと思うよ──」
キャラクター造形、メッセージ、印象、普段の努力までひとつひとつ、言葉を尽くして褒めてゆく。
わたしは努力量以外、誰にも褒めてもらうことができなかった。今の高校に受かったときだって、喜びの声よりも安心や同情の声が多かった。
そんな惨めな気持ちを、優絵に感じさせてなるものか。気概で賞賛を絞り出すが、優絵はたまたま不幸が重なってしまっただけで才能はある。驚くほど賛辞の言葉が溢れ出してきて、やむ気配を見せない。
優絵も徐々に気力を取り戻してきたのか、最後のあたりには恥ずかしそうな笑い声も聞こえてきた。こんなわたしでも才能の芽を守ることができたんだ、と嬉しくなる。
美大進学についても、資料などを集めてもう一度プレゼンしてみることを決意できたそうだ。電話をかけてきたときとは違う人みたいに、今は生き生きとした声をしている。
『ありがとう、希名。これでまた明日から──今から、頑張れそう。もっと希名の心を揺さぶれるような絵を描けるように、頑張るね!』
「応援してるよ。また新しい絵ができたら見せてね」
『もちろん! 本当に、相談に乗ってくれてありがとうね。希名、たまに『自分には何もできない』って言うときあるけど、私を元気にさせるくらいの相談スキルはあるよ。無能でもクビにならないから公務員目指すなんて、悲しいこと言わないでよ』
優絵の言葉に、ふっと心が晴れたような気がした。
わたしでも、人から認められるような──自分で自分を肯定できるようなスキルが、あるのかな?
希望が心に芽生える。閉ざされていた未来が、開け放たれたような感覚が全身を走る。
『よく私に「絵の才能がある」って言ってくれるけど、私に言わせれば希名は人に希望を与える才能があるよ』
その感覚を後押しするかのような、優絵の言葉に救われる。
パッと頭の中にある職業が浮かんだが、コミュニケーション能力に秀でていないわたしでも務まるようなものなのだろうか?
考えて、首を振った。務まるかじゃない、秀でていないと逃げるんじゃない。これから克服しなければいけないものなのだ。
わたしが本気で頑張ったことなんて、まだ1回しかないじゃないか。まだ、わたしの可能性は終わりじゃない。閉ざされてなんかいないはずだ。
「なら、教師になれるかな?」
一瞬、幻影を見てしまったのだ。何もできないと嘆く中高生の才能を見出し応援する、わたしの姿を。
もしそれで希望を感じ取ってくれたら、どれほど嬉しいだろう。
『希名なら絶対に、最高の教師になれるよ』
優絵の声が、幻影を目標に変えた。
「ありがとう。一緒に、理想の自分になろうね」
わたしの言葉に優絵が『うん、約束』と返し、軽く挨拶しあって電話を切る。
机の上に置いてあった公務員試験対策の本を引き出しにしまい、教育学部や教師の仕事について調べ始めた。
ひとまず中学校か高校の教師になることを決め、自宅から通える範囲でよさそうな大学に目星をつける。どの大学のサイトも、教師になった自分の姿が想像できるような作りになっていて、見ているだけでも楽しい。俄然やる気が出てくる。
コミュニケーション能力が足りない自覚はあったから、その克服方法も調べた。
『大丈夫。優絵や先生、親とは喋れるんだから、きっと他の人とも喋れるようになる』
前までは効く気配のなかった自己暗示が、今は万能薬のように自信を湧き上がらせる。嫉妬で優絵と関係を切らなくてよかった、と心底思った。
これから先挫折することがあっても、わたしの才能を信じてくれる友達がいれば、きっとわたしはまた乗り越えることができる。
そう信じて、椅子から立つ。変わってしまった進路の相談をするため、両親のいるリビングへと向かった。
さあ、これから勉強しなきゃいけないな。今度こそわたしの努力は、報われてくれるかな。──そんなことを考えながら。
何もできないわたしの取り柄 夏希纏 @Dreams_punish_me
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