召喚獣のお好みは
玄門 直磨
召喚獣のお好みは
晴れ渡る空。その眼下に広がるすり鉢状の闘技場に、司会者の声がこだまする。
「さぁ! 長きに及んだこの召喚バトルも、いよいよ決勝戦を残すのみです! 世界中からこの、ペレスの国に集まった召喚士の頂点が、今日決定いたします!」
そして、土ぼこりの舞う闘技場の中心に立つメガネをかけた司会者の男は、緑色の髪を振り乱しながら北側の門に手を向けた。
「
司会者のその言葉が合図となり大きな音を立て門が開くと、赤髪で碧眼の青年が現れた。鉄の額当てと胸当て、そして赤いマントを羽織っている。
ハロルドは沸き上がる歓声に手を振り、投げキッスをしながらゆっくりと闘技場中央へ歩いていく。
「そしてそして、対する
南門が開くと、少し遅れて紫色の髪を三つ編みにし、ウィザードハットを被った少女が内またでぺこぺこと頭を下げながら出て来た。
会場からは歓声が巻き起こり、その大きさはハロルドの時とは比べ物にならないものだった。
そして、闘技場の中央で向かい合うハロルドとマーシャ。
ハロルドは胸を張り堂々とした表情だが、マーシャはというと少し恥ずかしそうに上目遣いでハロルドを見上げている。
「ほぉ、あんたが決勝の相手か。どんな凄腕召喚士が現れるかと思ったら、まだまだお嬢ちゃんじゃないか。こりゃ、優勝はもらったな」
ハロルドが余裕の表情でニヤリと笑う。
「あのあの、そのセリフ、明らかに負けフラグが立っちゃいましたけど、大丈夫ですか?」
一方マーシャは、おどおどとした表情には似合わない言葉を発した。
「ふふん。俺はな、数々のフラグを折って来たフラグクラッシャーハロルド様だ。ほえ面をかいても知らないからな?」
「えっと~、その発言もフラグな気が……」
「まだ分からない様だな。俺は主人公補正が掛かっているんだ。だからあらゆるフラグを回避できるし折る事も出来る。それ故、お嬢ちゃんには勝ち目が無いのさ」
ハロルドは腕を組みながら自慢げな表情を浮かべる。それに対しマーシャはやれやれといった感じでため息を吐いた。
「いい加減、メタ発言は止めてもらってもよいでしょうか。物語が進みません。あの、司会者さん? 進行をお願いします」
マーシャが横に立つ司会者に目配せをした。
「おほん! え~、では決勝も
ルキウスがハロルドとマーシャをラインの引かれた召喚エリアへ下がるよう促すと、自身も観客席の一番下、実況席に座った。
そして、召喚士二名とも準備が整った事を確認すると、試合開始の合図を高らかに宣言した。
「決勝戦! 試合開始です!!」
沸き上がる歓声。その声の反響で闘技場が揺れ、それはまるで局所的に地震が起きたかのような錯覚を覚えるほどだった。
「さぁ、まずは睨みあう二人。この決勝、どうみますか? アルベールさん」
ルキウスは、実況席の隣に座る男に声をかけた。解説者のアルベールだ。
今大会に解説者として呼ばれたアルベールという茶色い髪をした若い男は、かつてこの召喚バトルで優勝した経験を持つ凄腕の召喚士の一人だ。
「そうですねぇ。まず、召喚にチャレンジできる回数は準決勝まで五回でしたが、決勝では召喚できるまでチャレンジできますからねぇ。やはり、強い召喚獣を召喚出来た方が有利ではないでしょうか」
アルベールの解説にルキウスが頷く。
「確かにそうですね。これまでは召喚に成功しても失敗しても交互にチャレンジし、片方が召喚に成功した場合、もう片方は五回ミスしたら負けでした。決勝ではその縛りが無くなりますから、何回でも強力な召喚獣の召喚にチャレンジできます。ですが、召喚できるのはそれぞれ一体まで。これは今までと変わりありません」
すると、先に動いたのはハロルドだった。
「先攻は頂くぜ!」
「おおっと! 先攻はハロルド選手だぁ」
腰にぶら下げた剣を鞘から勢いよく抜くと、地面に突き立てた。その瞬間、ハロルドの足下には円形の複雑な
「古より語り継がれし伝説の竜よ。己が血を捧げん!」
突き立てた剣に右手の親指を滑らせて自ら切ると、その指を天高くつき上げた。
「我が血を
魔法陣がまばゆく輝きそして
だが、いつまでたってもエンシェントドラゴンは現れず、会場は
「あれ? おかしいな。これで呼べるはずだったんだが……」
ハロルドはエンシェントドラゴンが現れない事に
「おーっとハロルド選手! まさかの召喚ミス! どうした事でしょう」
「う~~ん、この召喚ミスは痛いですねぇ」
ハロルドはなおも納得がいかないように首を傾げている。
「アルベールさん、これは一体どういう事でしょうか。なぜハロルド選手は失敗してしまったのでしょうか」
「そうですねぇ。召喚獣も個性や性格というものがありますから、何でもかんでも呼び出せるわけじゃ無いんですよ。例えば、かたっ苦しい言い方を好む召喚獣もいれば、ノリノリな言葉や、きざったらしい言い回しが好きな召喚獣がいたりと様々です」
「ほぉほぉなるほど。では今回、エンシェントドラゴンはハロルド選手の
「恐らくそうですねぇ。確かに古文書ではハロルド選手が言った様な言い回しや、自らの血を捧げる事で召喚できると書いてあるのですが、何かが気に入らなかったのでしょう」
そして、今度はマーシャのターン。持っていた杖をクルクルと回すと、石突で地面を突いた。
「だから言ったじゃないですか、フラグですよって」
マーシャの足下に魔法陣が展開される。ハロルドが円形の魔法陣だったのに対し、マーシャが描く魔法陣は八角形だった。そして、懐から羽根飾りのついた木製のペンを取り出すと、空中に何やら文字らしきものを書きだした。
ナニレヽ<⊃ナょ毎日レニもう£ヽレ)っτヵヽωU゙。大人`⊂ヵヽまU゙う±゙レヽU、自由レニ生(≠ナニレヽU゙ゃω。ナニ゙ヵヽ5、⊇れヵヽ5⊇σ世界を、ζ゙っ壊Uナニレヽωナニ゙レナ`⊂゙、一緒レニゃゑ人⊇σ指`⊂まれ!
文字の様な物を書き終えた後、マーシャは羽根飾りのついたペンを天に向けて突き上げた。
「おいで! エンシェントドラゴンちゃん!」
すると、今まで雲一無かった青空に、急に分厚い雲がかかり雷鳴がとどろきだした。
そして、空が割れる様に一筋の巨大な稲妻が走ると、そこからゆっくりと翼を六枚持った巨大なドラゴンが姿を現した。
「おおっと! マーシャ選手、見事にエンシェントドラゴンの召喚に成功です!」
分厚い雲からその巨体をすべてあらわにすると、闘技場の上空を一周し身をひるがえした。そして、急降下を始めるとどんどんとその体が小さくなっていく。マーシャの肩に降り立つ頃には、三十センチほどの大きさまでに縮小していた。
自らの肩に乗ったエンシェントドラゴンの喉元を、マーシャは「よしよし」と撫でてやる。
「さぁ、アルベールさん。マーシャ選手が見事にエンシェントドラゴンの召喚に成功しました。ハロルド選手と何が違ったのでしょうか? 何やら文字の様な物を書いていましたが……」
「あ、あれは……。あれは
アルベールは驚きおののいている。しかし、そのすごさが理解できないルキウスの頭にははてなマークが沢山浮かんでいる。
「あの、ギャ・ルーン文字って何でしょうか? アルベールさん」
「あっ、失礼。ええと、ギャ・ルーン文字というのはおよそ千年前、ジタング国の一部地域であるブシヤ地方で数年間だけ使用されたとされている文字です。当時のブシヤ民はその特殊な文字で、メエルという文字を飛ばす魔法を使用したりしていました。断片的にいくつかの文字は発見されていたのですが、まさかあそこまで文章として使用できる者がいるとは思いませんでした」
「なるほど。つまり、マーシャ選手は失われたと思われる言語を使い、エンシェントドラゴンを召喚したという訳ですね?」
「はい、簡単に言うとそうなりますねぇ」
すると、静まりかえっていた会場に歓声がとどろいた。
しかし、この場に納得していないものが一名いた。そう、ハロルドだ。彼は拳を握り、わなわなと唇を震わせている。
そして、エンシェントドラゴンに向かって人差し指を向けると、文句を言い出した。
「おい! ギャ・ルーン文字だかギャ・フーン文字だか知らないが、何で俺の時に出てこねーんだよ! こちとら血を流して痛い思いをしてんだよ! 前にもコレで出てきてんだから、もう一度来るだろ普通!」
するとエンシェントドラゴンは、マーシャの耳元でささやき始めた。その言葉をマーシャはうんうんと頷きながら聞いている。全ての話を聞き終えると、マーシャは杖をハロルドへと向けた。
「エンちゃんは貴方の様な古臭い口上に飽きたと言っています。それに、別に血なんて求めてないそうですよ」
「はあ? だからって、そんな訳の分からん文字で召喚されるのかよ」
「あら、意外とエンちゃんってお茶目なんですよ? ギャ・ルーン文字は見ていてなんかワクワクするんですって。私達はマブでズットモだもんねー」
その言葉に返事をするように、エンシェントドラゴンはマーシャの頬に自身の頬をすり寄せた。
「くそっ! こうなったら、再びバハムートを召喚するしかないか」
ハロルドは再び剣を地面に突き立てると、詠唱を始めた。
「さぁ、ピンチのハロルド選手! どうやらバハムートを召喚する模様です」
「バハムートですかぁ。無事に召喚できれば、五分の戦いになりそうですねぇ」
「七つの海を支配する者よ。その巨体で世界を征する者よ。気高き咆哮にてこの世界を焼き尽くせ! 出でよ! バハムート!!」
詠唱を〆ると同時に、ハロルドは地面に突き刺した剣を抜き、天高く突き上げた。
静まる闘技場。
現れぬ召喚獣。
「い、出でよバハムート!!」
再び剣を突き上げる。しかし、一向にバハムートが現れる気配がない。
「おっとぉ、ハロルド選手、バハムートの召喚にも失敗かぁ?」
司会のルキウスはなぜは少し嬉しそうに言った。
「バハムートもまぁ、気分屋ですからねぇ。今日一度召喚されてますから、面倒くさくなったんでしょう」
召喚獣と人間の間に主従関係は無い。あるのは利害関係が主で、気分が乗らない時や面倒な時は姿を現さない事がしばしばある。それは、強大な力を持つ召喚獣の方が顕著だった。
「おい! 出て来いバハムート! この間パブの可愛い子ちゃんを紹介してやっただろ!? 出てこないんだったら、もう二度と紹介してやんないからな!」
ハロルドは地団駄を踏みながら空中に向かって叫んだ。けれど、それでもバハムートは現れなかった。
「ちっ! バカムートが」
ハロルドがそう悪態をついた瞬間だった。突然バハムートが顔だけ現すと、その口から炎を吐きハロルドを燃やした。そして、フンと鼻息を荒く鳴らすとすぐに顔を引っ込めてしまった。
「ヤロー! 今度またその首跳ね飛ばしてやるから覚えておけよー!!」
炎で焼かれて髪の毛が乱れたハロルドが、姿を消していったバハムートへ暴言を吐いた。その様子をみかねたマーシャが、やれやれといった感じで諭すように言葉をかけた。
「あのあの、ハロルドさん。召喚獣さん達とは仲良くしておかないと、後で痛い目見ますよ?」
だが当のハロルドは、マーシャのそんな助言にも聞く耳を持たずあしらうように手を払った。
「はっ! 何を言っているんだ。俺とバハムートの関係は、こんなんじゃ悪くなりはしないんだよ」
「そうですか……。なら、良いんですけど」
説得するのは不可能と感じたのか、マーシャは深いため息をついて肩に乗るエンシェントドラゴンと顔を見合わせた。
マーシャは知っていた。バハムートがハロルドに対してあまり好意的でないことを。それは先ほど、エンシェントドラゴンに聞いたからに他ならない。
「くそぉ、仕切り直しかぁ。他にエンシェントドラゴンと対等にやりあえそうなのは……」
ハロルドは顎に指をあて考え出す。
「さぁ、ハロルド選手、次は一体どんな召喚獣を召喚するつもりなのでしょうか。挑戦する回数に制限が無いとはいえ、早く召喚してもらいたいものです。ねぇ? アルベールさん」
「確かにそうですねぇ。我々は早く召喚獣同士のバトルを見たいわけですからねぇ」
「バハムートが駄目であれば、どんな召喚獣が良いと思われますか?」
「やはりドラゴン系を召喚した方が良いでしょうねぇ。ニーズヘッグやテュポーンあたりでしょうか」
「なるほど。ドラゴンにはドラゴンという事ですね。しかし、いずれも凶悪な召喚獣ですよね? 簡単に召喚できるのでしょうか」
「いえ、少し難しいかも知れませんねぇ。ニーズヘッグは世界樹の根が必要とされていますし、テュポーンは勝利の果実というアイテムが必要だ、なんて古文書には書かれていますから」
「そうなんですか。召喚するのにアイテムが必要な召喚獣もいるんですね!?」
「ええ。ですからエンシェントドラゴンも自身の血を捧げて召喚をするわけですが、マーシャ選手は見事にギャ・ルーン文字だけで召喚したというのがすごい事なんです」
その解説を聞いたマーシャは、実況席に向かってぺこりと頭を下げた。
「まぁ、調子に乗っていられるのも今の内だ。いいか、俺はな、この日のために世界中を旅して色々なアイテムを集めて来たんだよ」
するとハロルドは、
「ああっと! あれはもしやアルベールさんが言っていた世界樹の根ではないですか?」
ルキウスの言葉にハロルドはニヤリと反応した。
「まさにそうだ。これは俺が死ぬ思いをしてやっと手に入れた世界樹の根だ。コイツが有れば、ニーズヘッグを召喚できるからな」
ハロルドは再び魔法陣を展開させると、世界樹の根を握りしめ詠唱を始めた。
マーシャはその様子を静観している。
「さぁここにお前の好きな世界樹の根を持ってきた! 嘲笑する虐殺者よ、世界を脅かす黒竜よ! ニブルヘイムより姿を現し死体を貪りつくせ! 来い! ニーズヘッグ!!」
ハロルドが詠唱を終えると、その手に持つ世界樹の根がまばゆい光を放ち、そして砕け散った。だが、そこにニーズヘッグが姿を現すことは無かった。
「くそっ! 世界樹の根を食い逃げしたな!?」
おのれの手の中で砕けた世界樹の根の残骸を睨みつけながら、ハロルドは憎々しげに呟いた。
「何という事でしょう! ハロルド選手、世界樹の根を使いましたがニーズヘッグの召喚に失敗してしまいました!」
ガックリと肩を落とすハロルドに、マーシャは言ってよいものかどうか悩みながら声をかけた。
「えと、食い逃げという訳では無くて、それが世界樹の根じゃなくてニセモノだから、魔力に耐えられず消し飛んだんです……」
「なんだと!? これは百万ドールズもしたんだぞ!? ニセモノの訳あるか!」
「やっぱり、自ら取りに行った訳では無いんですね……。しかもめちゃくちゃぼったくられてるし……」
「なにぃ!? じゃあ、お前は本物を知っているのかよ?」
「はい、知っています。本物の世界樹の根は渦巻き状の模様が入っているんです。それに、とても甘い匂いがします。ハロルドさんの持っていた根っこは、波状に筋が入っていましたし、爽やかな香りがしてました。よくニセモノとして出回っている根っこです」
マーシャは先ほど召喚に使った木製の羽ペンを取り出すと、ハロルドに見せつけた。
「そして、これが本物の世界樹の根です」
「――!! くそぅ! あの商人め! 今度会ったらとっちめてやる!!」
すると再びハロルドは懐に手を突っ込んだ。
「だが! こんな事も有ろうかと
そして取り出したのは、黄色の丸い果実だった。大人の拳より大きい果実を、ハロルドは握りしめている。
「どうだ! これが勝利の果実だ。これでテュポーンを召喚してやる。おい、会場の奴ら! どうなっても知らないからな!」
すると今度は剣を鞘に納め魔法陣を展開した。
「ガイアが生みし
握りしめていた勝利の果実を軽く放り投げ、そして。
一閃。
鞘から素早く抜かれた剣で、その実は真っ二つに切り裂かれた。
ポトリと落ちる果実。
だが黄色いその果実は、ジュクジュクと黒い毒に変わり、やがて蒸発してしまった。
「なぜだ!? なぜ姿を現さない!!」
ハロルドはガクリ膝をついてしまった。
客席からは「いい加減にしろー」「何やってんだ~!」というブーイングが巻き起こった。
「さぁまたもやハロルド選手、召喚失敗です!」
「いやぁ、今回ばかりは失敗してもらって助かりましたよぉ。もしテュポーンが召喚されてしまったら、会場ごと破壊されるところでしたからねぇ」
「そんなに凶悪なんですか? アルベールさん」
「凶悪なんてものじゃないですよ。一度はあの最高神ゼウスを破っていますからねぇ」
「何という事でしょう! もしかしたらエンシェントドラゴンでも敵わなかった可能性もあるんですね?」
「えぇ、まさにその通りです」
ガックリと
「失敗の原因は二つあります。一つは使ったのが勝利の果実では無かった事。二つ目は一本調子な詠唱だったことです。テュポーンはもっとワイルドな表現が好きなんですよね」
「また、アイテムが偽物だと!?」
「はい。貴方が持っていたのはただのリンゴです。私の国ではシニャノゴールドと呼ばれる種類です。本当の勝利の果実はもっと黄金色をしてるんですよねぇ」
「あの商人めぇ!!」
商人に対して怒りをあらわにするハロルドの様子に、マーシャはため息をついた。
「また商人から買ったんですか? 全然世界を旅してないじゃないですか~」
「い、いや、一応したんだぜ? でも、自分では手に入れられなくて……」
「言い訳はいいです。もう、降参という事でよろしいですか?」
「……だだ」
「え?」
「――まだだ!」
ハロルドは立ち上がりバックステップで距離を開けると、懐から一冊の本を出した。そして、間髪入れず魔法陣を展開する。その魔法陣は、今までの物と違い禍々しい色と模様をしていた。
「なんとハロルド選手、まだ召喚を諦めていません! 今度は何を召喚するつもりなのでしょうか!?」
「あの本と魔法陣は!? 司会者さん!
マーシャは焦ったように、司会者であるルキウスにハロルドの詠唱を制止するよう求めた。それはルール上、召喚士が直接相手召喚士を攻撃したり、拘束したり出来ないからだ。しかし、すでにハロルドが詠唱に入っている事と、事の重大さを理解していないルキウスはその事にキョトンとするばかりだった。
「ま、ままま、まずいですよルキウスさん。アレを召喚されたら――」
「大いなる外なる神よ。万物の王であり無限の中核に棲む原初の混沌。形なく、知られざるもの。冒涜的な言葉を喚き散らしながら大笑いせし沸き立つ魔王よ。今こそ目覚めの時だ! 出でよ! ア☬◩⦿§λ!!」
詠唱と共に開かれた本を高く掲げると、黒く沸騰する丸い物体が、徐々に大きくなりながらその本から出現した。
「あぁ! もうおしまいだぁ!」
アルベールは冷や汗を流しながら頭を抱え込んだ。ルキウスは相変わらず何が起こっているのか理解できず、ただ茫然とするばかりだった。
「こうなったら仕方ないですね!」
そんな中、動いたのはマーシャだった。
「暗黒のファラオ万歳、ニャルラトテップ万歳、くとぅるふ・ふたぐん、にゃるらとてっぷ・つがー、しゃめっしゅ、しゃめっしゅ、にゃるらとてっぷ・つがー、くとぅるふ・ふたぐん!」
詠唱と共に羽根飾りのペンで空中に魔法陣を描くと、そこからズルリと長身の人の形をしたような黒い物体が
静寂に染まった闘技場に、二人の召喚士が倒れる音だけが響いた。
その様子を呆然と眺めていたルキウスが、ハッと我に返ったように立ち上がると、闘技場へ降り立った。
そして、倒れる二人の召喚士の安否を確認する。幸いにも、二人はただ気絶しているだけだった。
その事実に安堵の表情を浮かべると、ルキウスは高らかに宣言をした。
「勝者! ハロルド選手!!」
召喚獣のお好みは 玄門 直磨 @kuroto_naoma
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