その地球儀を作った時は

烏川 ハル

その地球儀を作った時は

   

「遊びに来たぜ、よっちゃん」

 いつも通りのセリフで部屋に入ってきたこうすけくんを見て、僕は思わず苦笑いを浮かべていた。

「『遊びに来た』じゃないよね? 宿題やりに来たんだよね?」

 夏休みの最後の三日間は、僕の家に集まって、こうすけくんとけんたくんと三人で宿題を片付ける。それが毎年の習慣になっていた。

 こうすけくんが『宿題やりに来た』でなく『遊びに来た』と言ってしまうのも、毎年の恒例だ。

「おいおい、今さら宿題なんて……」

 こうすけくんは、少し悲しそうにフフッと笑う。

「……いや、そうだな。九月になれば、学校始まるもんな」

「うん、そのはずだよ」

「じゃあ、今年も宿題だけはやっておくか」

 こうすけくんはノートを広げながら、テーブルの前に座ってくれた。


 僕も一人用の勉強机から、みんなで勉強できるテーブルの方へ移動する。最大四人まで使える正方形のテーブルだ。

「なあ、けんたは? 今日は来ないのか?」

「うん、電話があってね……」

 今度は、僕が悲しそうな声になってしまう。

「……お母さんとお父さんに止められたんだって。危ないからしばらく外出禁止だって」

「そっか。仕方ないよな。こんなご時世だからな……」

『ご時世』だなんて、こうすけくんには似合わない言い回しだ。新聞かテレビのニュースで見たのを、そのまま使っているのだろうか。

 ひとまず無駄話は終わりらしく、こうすけくんは宿題の続きを始めたが……。五分も経たないうちにその手を止めて、また顔を上げた。

「そういえば、来年から夏休みもなくなるらしいぜ。今年が最後の夏休みだな」

「うん、そうらしいね。だからこそ、これが最後の夏休みの宿題だよ。きちんと噛み締めて楽しもうね」

「いや、夏休み自体は名残惜しいけど、夏休みの宿題に未練はないぞ。噛み締めるとか楽しむとか、そういうもんじゃないんだが……」

 こうすけくんは苦笑いしながら、何気なく僕の部屋を見回す。その視線が、僕の勉強机の上で止まった。

「なんだ、あれ? 手作りの地球儀か……?」

「うん、その通り!」

 僕の声は、ついつい朗らかになっていた。


 夏休みの自由研究として、今年は地球儀を作ったのだ。

 ほんの一ヶ月前までは「危険なので外出禁止」なんて風潮もなく、普通にお店も営業していたから、お父さんと一緒に100円ショップへ行き、そこで材料を揃えた。

 発泡スチロールの球体を本体にして、穴を開けて太めのワイヤーを通す。地球儀の支柱として使ったのは、おたまなどの調理器具を立てる金属製スタンド。

 最後に、世界地図を印刷したシールを国ごとに切り取って、発泡スチロールの球体に貼っていく。ちょうど発泡スチロールは水色なので、そのまま色を塗らなくても海に見立てることが出来るのだ。

 そうやって、一週間くらい前に完成したのだが……。


「へえ、上手く出来てるな」

 少し勉強すると、すぐに飽きてしまうこうすけくんだ。いつの間にか宿題は放り出して立ち上がり、僕の地球儀に近づいて、じろじろ眺めていた。

「うん、自分でもそう思ってる。最後の自由研究に相応しい出来栄えだよ!」

「でも、よっちゃん。この地球儀、ちょっと間違ってるぜ。だって……」

 誇らしげな僕の態度に、こうすけくんが水を差す。

「……まだ『日本』があるからな。ほら『アメリカ』や『カナダ』もあるぜ、もう現実には消滅した国なのに」

「仕方ないだろ? それ作った時は、まだ『日本』は『日本』だったんだよ」


 しんみりとした気持ちで、僕も自作の地球儀に目を向ける。

 そこには、つい最近消滅した国々の名前が貼り付けられたままだった。こうすけくんの言う通り『間違ってる』のかもしれないが、僕は敢えて修正せずに提出しようと決心している。

 どうせこれから世界は大きく変わってしまうのだ。ありし日の地球の姿を残しておくのも一興ではないか。

 先々のことを思うと、少し気分が暗くなる。首を横に振りながら、僕も立ち上がった。

「なんか疲れちゃったね。気分転換に一休みしようか。テレビでも見る?」

 僕はテレビのスイッチを入れてみたが……。

 ちょうどニュースの時間だったらしい。そこに映っていたのは、ますます気が滅入るような映像だった。

 昔で言うところの国会中継みたいなものだろうか。

 二足歩行の馬みたいな外見から『馬男星人』と呼ばれている者たち。地球のいくつかの国々を占領した宇宙人が、我が物顔で新しい法令を読み上げている場面だった。




(「その地球儀を作った時は」完)

   

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その地球儀を作った時は 烏川 ハル @haru_karasugawa

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