初デート前レター
三嶋悠希
成瀬くんへ
こんにちは、
それにしても、よくも私たちは、こんな若いうちからマッチングアプリに手を染めましたよね。私は出会いがないので始めました。周りに全く男性がいないもので。高校の頃からの親友は彼氏が出来たらしく、この前電話で「出会いがないは言い訳だ。自分で作れ。動こうともしない奴がそういう弱音を吐きたがる」と一蹴されてしまいました。でも仕方がないですよね。ただでさえコミュニケーションが苦手で、高校で出来た友達も、さっきの子だけです。何回もやり取りを繰り返した成瀬くんなら、ご存知だったでしょうか。
今、眉間に皺を寄せましたね。「こいつは一体何が言いたいんだ」と。どうか甘く見てあげてください。今までの私たちの軌跡を振り返ろうというだけです。何はともあれ、私のことが気になって、デートに誘ったのではありませんか。こんなことを言ってはなんですが、私は女性ですから、結構簡単にマッチングに成功します。男性が圧倒的な数を占めるマッチングアプリにおいて、女性の需要は供給を上回りますから。しかし、これは男性はまあまあの苦労を覚悟しなければならないということを意味します。単純に母数が多すぎるのです。アイコン(顔)を最高の一枚にして、プロフィールも、書きすぎても引かれますし、興味をそそられるくらいの内容にしなければなりません。だから、今までの成瀬くんの努力を労いたいと思います。そんな中での私とのメール。どこか懐かしさを覚えませんか。私は好きですよ。成瀬くんと紡ぐメッセージが。成瀬くんは今回もそうでしょうが、私のメールの主題を見つけるのにも時間をかけられたと思います。すみませんね。いつも長々と文章を送り付けてしまって。それだけ成瀬くんを想い、知りたかったのです。成瀬くんも、私を知りたくて、会ってみたくてカフェデートに誘ったのでしょう? 随分と上から目線な言い方になってしまいましたが、この手紙を機に本番で話が弾む可能性もあります。じっくり思い出を振り返っていきましょうよ。
成瀬くんのアイコンを見た時、私の心に芽生えた感情は、至ってシンプルでした──かっこいい。
あら。もう何度も送られてきたから、照れることはありませんか。記念すべきメールの1通目に「めちゃくちゃかっこいいですね。タイプです」と送ったあの時、謙遜混じりのデレデレ返信をくれたことは今でも覚えています。あっ、今度こそは苦笑いをされましたね。あったあった、恥ずかしいな、とそんな感じでしょうか。
せっかくですから、ここで成瀬くんとの電話を断り続けている理由を明かしてあげましょう。そうです。かっこよすぎるからです。私のメールを見てもらえれば分かるように、こんなに会話が苦手な私に、成瀬くんとの電話で正気を保っていられるはずはありませんでした。成瀬くんは「緊張しなくてもいい」と言われましたが、そんな部類ではないのです。成瀬くんと電話をすることには、もはや怖さすら覚えてしまっていました。あっ、誤解しないでください。もちろん成瀬くんを怖いと言っている訳ではありません。怖い人とデートの約束をするのはおかしいですから。ただ、電話だけは避けたかったように思います。誘われた日から今の今まで「嫌です」の一点張りだったのに、成瀬くんは毎回、大多数の男性のように「全然大丈夫だから! 気を使わないでね!」とは返さず「そっか」とだけ言ってくれたので、私も楽でした。ありがとうございます。ではなぜ、電話すらままならない私がデートを受け容れたかと言えば、それは大体の人が後で取り返しがつかなくなる「絶対楽しませる」という成瀬くんのキザ台詞にやられたからです。こういうところがずるいですよね。爽やかさすら感じましたよ。
あとは、初めの頃は、さっきのように私が成瀬くんの気持ちを察したメッセージを送ると「なんで分かるんだ!?」と大層驚かれていました。成瀬くんの文脈を分析してただけなので、大したことはありませんのに。最近では慣れてきたのか「長い間一緒にいる奴に似てる」と呆れ混じりですね。最悪の場合、反応しないこともあり、私としては面白くないです。
食の好みも一緒でしたか。当たってくれたらラッキー程度で「パンケーキが好きそうに見えます」と言ったら、見事的中したそうで、ノストラダムスが何とかって言っていましたね。そこでパンケーキが美味しいこのカフェを紹介してくれました……。
あまりに当たりすぎて「もう1人の俺!?」とも言われましたっけ。
答えはイエスとノーの間寄りのイエスです。
……理解できませんか? 確か大学では理工学部で学ばれているのでしょう? 直線を書いてみれば分かりますよ。
イエスとも言えないが、ノーでもない。どちらかと言えばイエスである。そんな感じです。ただ、文系なので自分でも合っているか分かりません。すみません強情で。会った時には、是非数学についてご教授ください。そんなデートは嫌ですって? そうですか。
本題に戻りましょう。あの時の成瀬くんの返信──長い間一緒にいる奴に似てる。
よくよく考えてみれば、違和感がぎっしりと詰まった文章です。だって、家族や友達なら普通にそう言いますよね。お母さんなら、お母さん。サークル仲間ならサークル仲間。わざわざこんな遠回しな言い換えをする必要はありません……「長い間一緒にいる奴」って、現在お付き合いされている彼女さんを指しているのではないですか?
今、ぎくっとしました? 「ばれてる」って。安心してください。私は、成瀬くんが彼女さんがいてマッチングアプリをするような人だと知っても、避けたりはしませんよ。
でも、もし本当にそうなら、彼女さんは大変成瀬くんを分かってくれていることになりますね。それなりの年数は付き合っていると伺えますし、さぞ仲は良いでしょう。
私の嫉妬はさておき、成瀬くんに伝えたいことがあります。もちろんこんな展開の中で告白なんてことはありません。ここまでの文章を、よく読まれましたか、ということです。ただそれだけです。
画面上での私とのメッセージは、本当にどこか懐かしさを覚えましたか。 覚えていないに決まっていますよね。だって、私は初めて画面上で知り合った人なんですよ。 デートまでの短期間で積み上げられるのは懐かしさではないでしょう。それとは対照的な心がむず痒くなるような愛らしさに近い気がします。つまり、さっきの文はそもそもおかしいのです。でも、成瀬くんは違和感を抱かなかった。私の目は誤魔化せません。
私の名前は、なんでしたっけ。前に偽名だと言いましたよね。当たり前です。個人情報を載せてしまえば、何があるか分かりませんから。
古知真貴です。
ここまで言えば、もうお分かりですか。よく読んでみてください。
古く、知る。真の貴方を。
……文字通りですよ。
成瀬くんが懐かしさという言葉に何も思わなかったのは、本当にどこか懐かしかったからではないですか。どこか、毎日見ているあの人の文章に似ている……そう思われたことはないですか。
でも、これはある種、私の敗北です。人間の癖というのは、文章にも浮き出てしまうものなんですね。敬語にしても隠し通すことは出来ませんでした。
ここに来てようやく分かりました? 私が電話を頑なにしなかった本当の理由。電話が怖かった理由……。
いつも朝、一緒に紅茶を嗜んでくださるでしょう? これだけ鈍感な成瀬くん……いえ、あなただから、気を配れなかったのでしょうね。パソコンのPIN、ばればれでしたよ。
夜遅くまで長時間パソコンを続けられるので、何をやっているのかと、お風呂に入られた時見てしまいましたの。あなたのマッチングアプリの形跡を。
パンケーキは最大のヒントだったのに……ふふふ。やっぱり鈍感ですこと。
ほーら、どんどん顔が歪んでいきます。でも読むのは止められない。手に取るように分かりますよ。
ところで、あなた。この手紙という形式は、会話のキャッチボールではなく、一方的にボールを当てにいっているということにはお気づきですか?
今度は、はっとした顔をしましたね。
そうです。あなたはいつもメールで私に気持ちを当てられすぎて、肝心の部分を忘れています。体の慣れというのは怖いですね。
私はあなたの返信に被せるように、そういう言葉遣いならと送っていましたよね。しかし、手紙には、相手からの返信はないです。表情まで当てにいくのは不可能──でも、その顔なら全部当たっていたようですね。嬉しいです。
しっかり冒頭は読まれましたか?
私は成瀬という人に渡すよう店員さんに告げましたが、成瀬という名前で通るはずがありません。
なぜなら、あなたも偽名なのだから。あなたに手紙が行き渡る見込みは、本来であればなかったのです。
思い出してください。さっきの店員さん、帽子を深く被っていたでしょう。
もう汗がだらだらですね。
さあ、私の大好きなあなた。お水をお持ちしました。前を向きなさい。お顔をよく見せなさい。古知真貴は、あなたの彼女は、もう目の前です。
初デート前レター 三嶋悠希 @mis1031
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