僕と君だけが

 住民を避難させた日の午後四時半ごろ、地震が発生した。隣町の近くの海底を震源とする、マグニチュード7.8の大地震だった。それが原因で、大きな津波が隣町を襲った。だが不思議なことに、隣町の住民の死者は過去に起きた津波の事例と比較して、ものすごく少ないものだったらしい。

 しかし、僕が好きだった高台からのあの景色は、綺麗なものとは言えなくなってしまった。


 男子高校生が母親と妹を刃物で殺した事件は、その犯人が広人であることが特定され、超能力を操ることができる青年として、ネット上で動画が出回り話題になった。しかし、写真や動画には「死の日付」は映らない。僕がテレビやスマホ越しでは「死の日付」が見えないのと同じ理屈なのだろう。なので実際にその場にいた人にしか超能力のことは認識できていない。そして、もちろんその映像に僕も映っているのだが、ニュースなどでは広人の顔しか映されない。僕が映ることがあってもモザイクがかかっている。ネット上には探せば僕が映っているものもあるが、あまりはっきりとは映っていない。なのでおそらく親にもバレていない。

 超能力を実際に見た人が超能力のことをその場にいなかった人に説明しても、たいていは信じてもらえない。それに、もう超能力が使える張本人は、この世にはいない、いや、いないことになっている。

 そして、広人が地震のことを教えて避難してくれたんだと、町の人がインタビューで答えてる映像が何回も流れてる。彼は謎が多い人物として、報道され続けている。


 僕たちの住んでいる街も、地震の被害はあったものの、津波の被害はまったくなかったため、学校は通常通りに再開した。

 津波が起きた次の日から、僕は熱が出てしまった。いろいろと慣れないことをしてしまったからだろう。そして一週間学校を休んだ。とはいっても、木曜日からは仮病だ。学校には行きたくなかった。

 今日は日曜日。僕は、例の高台にいる。そこから見えるのは、今までとは違う、津波によって変わり果てた隣町の風景だった。

 なぜここにいるのかというと、西園寺さんに渡したいものがあるとラインで言われたからだ。明日から学校は行くつもりだ。だから、彼女に会うことすら嫌がっていては駄目だ。

 午後の二時に来てと言われて、少し早く着いてしまった。いつもなら他の人が景色を見るためにいたりするのが、今日は誰もいない。それはおそらく変わり果ててしまった景色のせいだろう。

 改めて、あの日の出来事は夢ではなかったのだという衝撃が、僕の体の中で響き渡る。祖母の家も、流されたと聞いた。

 ……そして、広人は……。

 もう涙は出ない。本当に悲しいと涙は出ないことに気がついた。涙を流す気力すらない。

 また、自分の能力を自覚したくなくなってしまった。

「見たかったな、その風景」

 そう言われたにもかかわらず、この一週間はそれを見ないようにしてきた。あのときの風景は確かに美しかったが、やっぱりこの能力を使いこなす自信は僕にはない。

「お待たせ」僕が彼女との約束を忘れかけていたときに彼女は表れた。私服の彼女を初めてみた。

「すっかり、変わっちゃったね、ここからの風景」

 彼女は暗い声で呟く。

「……うん」

 しばらく、二人で風景を見ていた。微風が肌に触れるのが少しくすぐったかった。

「お父さんがね、ものすごく感謝してたよ。二人に。二人がいなかったら、町の人はほとんど死ぬところだったから」

「……そうなんだ」

 僕が明らかに浮かない顔をしているからか、彼女は質問をしてきた。

「能力のこと、気にしてるの?」

 僕は黙った。風景を見続けたまま。

「なんとなく、ニュースとか見て分かったよ。小森くんのこと。だからもう、無理して話さなくていいよ。辛いだろうから」

 僕は、この休みの間に決心したことがある。それを、彼女に伝えなければならない。

「もう、能力は使わない」

 僕がそう言うと、彼女はこちらを向いた。

「もう、人には絶対、能力のことは伝えない」

「そっか、分かった。じゃあ、私だけが知ってることになるのかな?」

「うん」

「でも、その能力のことを嫌いにはならないで欲しいな」

「……うん」

 話すことがなくなるとまた風景を眺める。

「あ、そういえば渡すの忘れてた」

 そう言って彼女が腰にかけているポーチから取り出したのは、手のひらサイズの小さなぬいぐるみだ。

「これ、誕生日プレゼント、誕生日5月だったよね? 日付までは聞いてないけど」

 うさぎのぬいぐるみがヒーローのマントをつけている。青色のマントだ。

「……かわいいね」

 僕は自然と笑顔になっていたらしい。そのことを彼女の次の一言で自覚させられた。

「志乃くんが笑ってるの、はじめて見たかも」

「……そうかな?」

 確かに、彼女の前で笑顔を見せたことはないかもしれない。いつも心の中では笑っていたはずなのに。僕は照れ隠しで咳のふりをした。

「ヒーローみたいだったんだ、君と小森くんが。だからそのぬいぐるみにしたんだ。うさぎなのは、私が好きだから」

「いや、スーパーヒーローだよ」

「あはは、何それ。でも、そっちのほうがカッコいいね」

 彼女の屈託のない笑顔につられて、僕も笑った。広人もきっと笑っているはずだ。


 僕は、彼女に誕生日がいつなのかを尋ねた。今日もらったプレゼントと同じくらい彼女にとって嬉しいものをあげたいが、おそらく無理だろう。

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僕だけが見えるもの 日比野晴人 @yu-za-iddesu

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