スーパーヒーロー

 この日の祭りは、毎年この時期に行われるもので、夏休みに行われるものほど規模は大きくないが、そこそこ有名な歌手のライブがあったり、豪華な商品が当たるくじなんかをやったりする。海岸の近くの広場で。この町の多くの人が見にくる。おそらくそのせいで、逃げるのが遅れてしまうのだろう。

 ライブが行われるステージで、ライブがはじまる前に町長からの話の時間がある。そのステージの横に、なぜか僕らがいた。

 午後一時。この時間から町長の話だ。時間通りに町長はステージの上に立っていた。観客はもうすでに多くの人が集まっている。この次に行われるライブを出来るだけ前のほうで見ようと早めに集まってくるのだ。

 そこで町長が話しはじめた。

「今日はお集まりいただき、ありがとうございます。このあとからライブがはじまりますが、その前に、この場を借りて話をしたい人がいますので、それを聞いてください」

 そう言われてステージ上に登って言ったのは、広人だ。観客たちはいきなり普通の高校生が出てきたので困惑しているようだ。町長が彼にマイクを手渡した。町長には広人がこれから話す内容をもちろん伝えてある。町長を納得させたのと同じ内容を話す。だから心配はいらない。まあ、説得するのには多少、いやかなり西園寺さんの力を借りた。どうやら町長は娘には弱いらしい。

「みなさん、この町から逃げてください」

 彼が放ったその一言が、より一層観客を困惑させた。は? どういうことだよ などという声が聞こえてくる。広人はその言葉の槍たちを跳ね返すような目線で観客の方を見ている。確かに彼が次に言うことは、それほどの覚悟が必要なものだ。

「この町の人の多くが、今日、死にます。僕は、人がいつ死ぬか分かります」

 そんなわけないだろ、ふざけるななどという心ない罵声が響き渡る。そりゃそうだ。

「じゃあ、今から証拠を見せます」

 そう言ったのを聞いて、僕は横からステージ上に上がった。数段の階段を登って。観客は少しだけ静かになった。あんなに反感を買ってからだと、さすがに少し緊張する。でも、やるしかない。

「僕は、文字を出すことができるんです」

 これを言ったのは僕じゃない。広人だ。

「見ていてください」

 広人がそう言うのと同時に、僕は唱えた。

 出てこい出てこい出てこい…………

 僕は文字を浮かび上がらせた。慣れていないわりには、うまく文字が出てきた。他人のをコントロールするのは随分と体力を消耗するので、僕が舞台に出るしかなかった。そして、彼に超能力者であると装わせたのだ。

「これは、彼が死ぬ日付を表しています。僕は人の死ぬ日付を表示することができます」

 観客がざわつきはじめている。それを畳み掛けるように彼は追加する。

「そして、消すこともできます」

 消えろ消えろ消えろ…………

 視界がクリアになる。僕はなるべく力まないようにした。あくまでも、この場で超能力者であるのは広人だ。広人はこちらに手のひらをむけている。超能力を使っているふりだろうか。アニメ好きな彼のことだから、もっと大胆なことをすると思っていた。

 広人は完璧に能力を操ってみせたが、それでも、人々は納得しない。納得する人はいても、避難しようとはしない。人は周りに合わせようとする。

「信じてください、お願いします」広人がいくらそう言っても、まだ高校生だからか、誰も従おうとはしない。そもそも知り合いすらいないだろう。

 諦めるという選択肢が徐々に僕らの足もとをじわじわと襲ってきていた。そのとき、町長が広人からマイクをとった。

「避難してください」

 町長はそう言って頭を下げた。

「もし、違っていてもいいんです。ですが万が一、これが本当だとしたら、私はチャンスを逃したことになる。あとで絶対に後悔します。避難せずに多くの人が死んで後悔するよりは、避難しても何も起こらずに避難したことを後悔するほうがいい。もしそうなっても笑って許しあえるような町づくりを、私はしてきたつもりです」

 しばらくの間、静寂が広がった。僕らも頭を下げた。町長だけに下げさせるわけにはいかない。

「あの町長が言うなら…」と納得する人々が増えてきた。そして住人たちは避難をしはじめようとした。彼らは海岸とは反対側に向かいはじめた。

「このイベントは、私の判断で中止にします。申し訳ありません」

 町長はまたもや謝罪した。

「土地が高い隣町に逃げてください。おそらく起こる災害は津波だと思います」

 広人はマイクを通して言った。ステージに立っているせいか、マイクの音量がとても大きく感じる。結局、人から信頼されているかどうかが大切だと気付かされた。信頼がない自分なんか無力だ。動き出す人々を見て、しばらくそんなことを考えた。

「解斗、ついて来い」

 そう言うと、広人は僕の腕をしっかりと掴んで人々が向かっている方向へと走っていった。やがて僕らは人だかりを追い越した。

「どうしたの?」

 彼のほうを見て僕は言った。彼は人々を見つめている。

「俺じゃなくて、住民たちを見てみてよ」

「え?」

 言われたとおりに僕は見た。さっきまで反対していた人々が次々とこの道を通る。僕はすれちがう人々を見る。今日の日付が書かれている人の「死の日付」が消えていく。もちろん、もともと今日死なない人は変わらないままだ。しかし、7割くらいの人の文字が消えていくのが見える。間違いなくこれは、この瞬間は、僕だけが見えるものであった。文字がないのが普通の人が当たり前のはずなのに、僕だけは美しいと感じる。この感情はおそらく、いや、絶対に僕だけのものだ。

「日付、消えてる?」広人が聞いてきた。

「うん」

「見たかったなあ、その風景」

 彼は僕のほうを見つめてつぶやいた。

「でもこれで、俺もヒーローになれたよ」

 彼は微かに口角を上げてそう言った。それを聞いて、僕は否定したいことがあった。

「……いや」

 僕がそう言うと、彼は人々から僕のほうに視線を移した。

「スーパーヒーローだよ」

 僕は彼を見つめてニカっと笑って言った。彼も歯を見せて、満面の笑みを浮かべていた。その笑みは、彼は心に何も闇を抱えてないと、僕を勘違いさせた。

 彼は突然海岸のほうへ歩き出した。彼はこちらを振り向かない。

「死なない……よね?」僕は彼に僅かな期待をしてしまった。

「解斗は一つだけ、俺に嘘をついたよね?」

 能力のことだ。「能力は嘘だ」と嘘をついた。

「だから、俺が一つ嘘をついたら、おあいこだよな」

 僕の体中に砂嵐のような不安が襲う。彼の言葉を理解すればするほど。

「死なないよ、絶対」

 そう言って彼はまた歯を見せて笑った。そして、また彼は歩き出した。僕は、追いかけることが出来ずにその場に立ち尽くした。


「志乃くん!」

 遠くから呼ぶ声が聞こえた。西園寺さんだ。

 彼女がこちらのほうへ来た。僕は彼女には広人のことを悟られないように表情を作った。

「まさかあんな作戦でいくとは思わなかったよ。いきなりお父さんの代わりに話をさせろなんて言うから、びっくりしたよ」

 彼女はいつもの口調で言う。

「お父さんのこと、説得してくれてありがとう」

 僕は彼女にお礼をして、二人で少し走って坂道を登っていく。彼女に広人が家族を殺したことは伝えていない。犯罪者だと知ったら町長の代わりに話をさせてくれるはずがないからだ。

「あれ? そういえば小森くんは? 一緒にいなくていいの?」

「うん」

 彼女は後ろを振り返って広人のことを探しているけれど、僕は前を向き続けた。後ろを振り向く理由が僕にはない。

「行こう」

 彼女にそう伝えて、僕はこぼれ落ちそうになる涙を、あくびのふりをして必死に誤魔化そうとした。彼女が何も僕に聞いてこなかったのは、わざとなのかもしれない。


 次々と人々が避難し始めた。日が陰るのと同時に、町から住民も少なくなっていった。

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