悪役の登場
坂を登っていた。この坂はあまり急ではない。しばらくすると、前のほうに一人の青年が立っている。
見覚えのある髪型、僕と同じくらいの身長。その正体は広人だ。
「やっと見つけた」
そう言って彼は僕のほうに来た。なぜかひどく疲れている。
「西園寺さんにラインで隣町にお前がいるって聞いたんだ。もう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。学校はいいの?」
「いいよ。土曜日くらい。さっき見えていた日付は、消えたの?」
「うん」
彼はなぜか目に輝きが見えない。
「解斗の能力、嘘じゃなかったじゃん」
僕は何も言えなかった。
「……嘘、ついたんだね」
「……ごめん」
謝ることしか思い浮かばなかった。そして、伝えないといけないことを伝えた。
「この町からは、逃げたほうがいいよ」
「なんで?」
「今日中に、何かが起こる」
「なにかって?」
「この町を歩いていたら、やたらと今日死ぬ人が多いんだ」
「お前が言うんだから正しいんだろうね」
彼は吐き捨てるように言う。何か様子がおかしい。
「でも、俺はここに残るよ」
僕はそれを聞いてしばらく思考が停止した。
「なんで? 死にたいの?」
そう僕が聞くと、広人は下を向いた。そして、小さい、だけど力強い声で言った。
「俺は、人を殺した」
僕はその言葉を理解できなかった。いや、理解したくなかった。
「……誰を?」
僕は詳細を知りたくなった。怖いもの見たさだったのだろう。
「お母さんと、妹」
「……いつ?」
「ついさっき、二人が寝てるところを包丁で刺した」
僕が質問を考えていると、彼は勝手に追加の情報を話してくれた。
「警察に自分から出頭しようと思ったけど、無理だった。行く途中で怖くなったんだ。自殺したほうがいいんじゃないかって思った」
返す言葉が見つからなかった。自分の目の前にいてしゃべっている人物が殺人犯であり自殺志願者でもあるということはなるべく自覚しないようにした。
「……なんで、そんなことしたの?」
僕は恐る恐る尋ねた。声が震える。震えないように意識しても。
「我慢できなかったんだ」
彼は声を振り絞るように話してくれた。
「お父さんが死んでから、お母さんずっとおかしくてさ。お前たちなんか産まなきゃよかったって何度も言ってきた。借金だかなんだか知らないけど、自分が今まで買ってもらったヒーローのグッズとかも全部売られてさ。だから解斗の能力を利用して母が死ぬのがいつか確かめたんだ。最初は能力のことなんて信じていなかった。でも今日の朝、あんな姿で登校してきたからさ。それを見て、絶望したんだよ、ああ、本当に超能力が使えるのかって。お母さんが長生きするってのは正しいのかって」
そのとき僕は頭の中で、多くの点が一つの線になったような感じがした。自分が「お母さんは長生きするよ」と言ったせいで、彼は殺してしまったんだ。僕の能力のせい、いや、僕のせいだ。
もう彼に死ぬなと言っても聞かないだろう。死なないことで、彼の人生がより良くなる確証がなかった。励ましの言葉も見つからない。
「ヒーローになりたかったのにさ、やったことは悪役と同じだよ」
彼はまるで悪役のような表情と声でそう言った。
「人を殺したんだ、もう死ぬのなんて怖くない」
彼の顔からは文字がゆっくり消えていった。死ななくなったから文字が消えるわけではない。死ぬ日付を変えてしまうと文字が消えるのだ、と僕は理解した。
彼は海岸のほうに向かって、僕を通り過ぎて歩いていった。
待って、と僕は叫んだ。すると彼は立ち止まってくれた。
「一つ、君にしかできない、手伝って欲しいことがある」
それを広人に伝えて、僕は西園寺さんに電話をかけた。彼女はすぐに応答した。
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