タカノ・ナユタの汚名返上記

1、


「対空砲を使え!」「急げ急げ!」「あまり急(せ)かすな当てなきゃ意味が無いだろうが!」


乾燥した大地の上を宇宙服姿の築鼠(ビーバー)がわらわらと最寄りの対空砲へ駆ける。急ぎ慌てて数個の対空砲は狙いを空中に求める。


対空砲備え付けの望遠鏡は射撃対象を映し出す。


それは空に浮かぶ海上軍艦だった。にわかにその軍艦が放った対地魚雷が対空砲を3台まとめて爆発に巻き込んだ。


2、


「見事です。タカノ・ナユタ氏」


「しゃあ!一番槍貰ったぜー!…あ、ありがとうございます。イシワラ・エミ陸軍作戦参謀殿。それにしても貴方が入手したこの地図は野蛮鼠(やばんそ)の作とは思えないくらい精緻で正確ですね。定住してない築鼠がこんなに高度な地図測量技術を持っているなんて信じられないです」


天に浮かぶ鉄の船の中では軍服の築鼠が騒いだり、新人士官の築鼠が落ち着く事を知らないような風に船内を巡っている。そこに人間は2人だけ居た。彼女らは築鼠が建造と運用をしている生体兵器の耐外気人間である。この地球では1962年ごろの核戦争とそれに伴う環境変化で純粋な人間が消えている。


「ナユタ氏、「敵視するなら侮るな」と言う格言を贈ります。野蛮鼠とはいえ彼らも築鼠なのです。もしかしたらジグラットの狭い壺のような部屋に籠る生活をする築鼠より彼らの方が生物としては真っ当なのかもしれない」


「小難しい話苦手なのでヨソで演説してくれませんか?…まあ、いいか。そろそろ潮時です。後方の本隊と合流します。確かイシワラ作戦参謀はこのあと野蛮鼠の巣の撮影任務でしたっけ。頑張ってくださいな。陸軍さんは忙しそうで不憫です」


イシワラ・エミはナユタ艦の後部甲板から飛翔歩兵装備「パワホゥイーグル」を着用して敵地奥へ飛び込んで行った。


タカノ・ナユタは頻繁に逆立ちをする癖があった。今回もイシワラの姿が見えなくなるまで逆立ちで見守った。


3、


「タカノ・ナユタ艦から信号受信。敵の対空砲の8割を適切に沈黙させたとの事です」


通信士の築鼠が司令官の築鼠に報告した。


「よし!強襲降下艦は3隻全て高度下げろ」


 ヨーソロー!と操舵手が返事をした。その数十秒後、突然強襲降下艦の1隻が数発の対空砲火を浴びて何の対処も出来ないまま一方的に轟沈した。それが悪夢の幕開けであった。


 ジグラットの空軍はこの戦いで強襲降下艦を3隻、護衛の主力巡洋艦を3隻喪失した。強襲降下艦は3隻で精鋭の独立混成旅団を運ぶ。陸軍の選りすぐりのつわもの達はこのイクサで拳銃1発放つことなく玉砕した。


 ジグラットに戻ってきた船は片手の指の数より少なかった。


4、


「騙された騙された騙された」とずっと連呼するタカノ・ナユタを誰も助けなかった。主力巡洋艦1隻に人間は2人乗る。強襲降下艦なら1隻で3人乗る。


 つまりナユタは出典不明の誤った地図をもとに事実と異なる情報を本隊に送り、結果何千もの築鼠の命と15人の同僚を殺した事になる。


しかしナユタは裁かれなかった。何故なら家畜に法的な責任がないためだ。ナユタは精神的に病んだ状態で第11監視哨へ左遷された。


第11監視哨に到着した連絡船の扉が開く。ナユタは投石を覚悟して、いや、投石を期待して扉の向こうを見た。


「久しぶり。タカノ・ナユタ」投石は無かった。出迎えに1人の人間が来た。同僚を十人以上死に追いやったナユタを冷ややかな目で眺めているとナユタは思った。


「…まさか私を忘れた?サイトウ・ハチ」


ナユタは怯えてハチを眺めている。そしてナユタに再会の喜びは無かった。過去を振り返る余裕もなかった。


5、


翌日からナユタの贖罪の日々が続いた。ハチの指示に従い作業する。しかし作業中でも自分を責める思いは揺るがなかった。目の前の作業に没頭できなかった。ハチとナユタは第11監視哨の老朽化した設備を連絡船が運んできた新型に交換したり、野蛮鼠の冷やかし偵察の迎撃にパワホゥイーグルを着て出撃したり、監視哨に住む現地住民のために料理を作ったりした。しかし、ナユタとハチの間では業務上必要な会話しかしていなかった。


ナユタが第11監視哨に来て3週目。ナユタとハチの冷たい関係は現場の空気を悪くしていたため、築鼠たちは動いた。


ハチがパワホゥイーグルの整備点検を手伝ってる中、整備長が問いをぶつけた。大体同時刻に監視哨の電探索敵官もナユタに同じ問をした。


過去でハチ(ナユタ)とナユタ(ハチ)の間に何が有ったの?


2人は語り始めた。


6、


ナユタとハチは同じ造人所(耐外気人間を建造する施設)で建造され、同じ「人間向けの初等教育機関」で育った。


ナユタもハチも軍艦乗りになりたかった。2人おそろいの「五省」柄の手拭きを好んで使うほど軍艦に魅力を感じていた。しかしジグラット軍の適性検査はナユタを軍艦乗りに選ぶ一方、ハチを陸軍の飛翔歩兵に選抜した。


言っておかなければいけない情報がある。飛翔歩兵は別に軍艦乗りに劣る仕事ではない。敵の戦車を空から大砲で狙い撃つ飛翔歩兵はその性質上勇敢さと賢さと冷静さが求められる。


話を2人に戻そう。ハチの結果を知ったナユタは軍艦乗りの道を辞退しようと思っていた。「辞退はしないでよね。それは私への最低の侮辱だから」ハチはナユタにそう告げて去った。それ以降、2人は別の世界で生きてきた。


ハチは述べる。


「私、心の底ではずっと今みたいな関係になりたかったみたい。最低だよね。私はナユタが失敗すると良いなと望んでいたのよ。私はそんな自分が嫌い。友達の失敗を強く望んだ自分が悲しくてたまらない。連絡船の扉が開く時、ナユタの悲痛な顔を見て嬉しさと自分への嫌悪感で頭がいっぱいになっちゃった。それが今でも後を引いてるんだよね」


7、


翌朝。警報が鳴った。野蛮鼠の来襲だ。ナユタはパワホゥイーグルが待つ格納庫へ走った。倉庫に入ると…。


「ナユタ…」ハチしか格納庫内に無かった。


困惑する2人。突然格納庫の全ての扉が閉じた。ナユタとハチは格納庫に閉じ込められた。


「あ、あ、その。私は何をすればいいですか?ハチさん」


ナユタの相手におもねる仕草についにハチは怒りだした。


「やめてよ!ナユタ!」


「ごめんなさい」


「その負け癖のついた卑屈な目と態度を私に見せるなと言ってるの!私の自慢のナユタを返してよ!私のしょうもない『他者の不幸を悦ぶ愉悦』を満足させないでよ!…謝るべきは私の方よ。私が心の底でナユタの失敗を願ったからこうなったのかもしれない。こんな下劣な私が居る事実が大っ嫌いよ!」


「はっちゃん…」


「そのはっちゃんって呼び方、やっと思い出してくれた。立派なナユタを見せてよ!皆を守る職に就く、夢をかなえたナユタを今見せてよ!矮小で惨めな罪人は貴方じゃなかった!私なの!なんで友達の不幸を望むようになったんだろう。不良品だ私は。ナユタ!ナユタ提督!私じゃ届かなかった眩しい肩書!たった1度の失敗でそんなに卑屈にならないでよ!カッコよく立ってよナユタ提督!」


この叫びの途中、ハチの一筋の涙が頬を通った。それがきっかけになり、涙があふれるほど湧いてきた。ハチは涙が止まらない。涙で何も見えない。ナユタはハチに駆け寄ると手拭きでハチの涙を拭いた。


ハチはその手拭きの柄を見て軽く笑った。そしてハチも手拭きを服から取り出して広げた。2人が握る手拭きはおそろいの「五省」柄。ナユタも涙を誘われた。ハチはナユタの顔を手拭きで拭き、ナユタはハチの顔を手拭きで拭いた。これは和解の儀式だった。


警報機が再び轟く。『救難信号を捉えた!繰り返す、救難信号を捉えた!』


これは本物らしく、慌てて扉が開かれ築鼠が一斉に持ち場へ駆けた。


「フォースゲートオープン!」と放送が聞こえると格納庫の正面扉が開く。砂と有害物質が多分に含まれた外気が一気に大量に吹き込んだ。


「これから船も発信源に向かわせるけど、船だから足が遅い!初動対応は完全に2人の判断が全てだ。頼んだぞナユタとハチ!」


パワホゥイーグルを着たナユタとハチは開いた格納庫の正面扉(フォースゲート)から築鼠の技術で超小型に進化したジェットエンジンの推力によって空へ飛び立った。


8、


「タカノ・ナユタ『冠』を出す」


「サイトウ・ハチ『冠』を出す」


2人の額のやや上方の空間に光の王冠が現れ光り出した。これは『冠』。築鼠の手で耐外気人間に増設された電波を送受信する内臓である。これが無いと音速を超えるパワホゥイーグルを使いこなせない。『冠』によって肉眼を遥かに超える距離の物体を感知する事が出来る。2人は電波で会話を始めた。


「はっちゃん!救難信号の発信源が見える?私は見える」


「見える見える!識別番号が8桁だ。できたてほやほやの最新鋭艦じゃないの!」


「記憶が正しければ未踏地調査艦のあさなぎ!」


「流石です!ナユタ提督!」


『こちら未踏地調査艦ゆうなぎのヒジカタ・トウ!この電波は友軍だな。追え!先ほど科学者と整備士のほとんどが「天空海賊」に連れ去られた!』


「天空海賊ぅ?船の反応はゆうなぎの他はないですよトウさん」とハチ。


『船じゃない!パワホゥイーグルを身に付けた耐外気人間だ!』


「この反応知ってる…私、この海賊知ってる!イシワラだ!パワホゥイーグルに乗ってるのはイシワラ・エミ元作戦参謀!私を罪人にした女!はっちゃん!情報共有の電波送るよ!備えてね!」


ナユタはハチに膨大な情報量の通信波を送った。要はかくかくしかじかとイシワラ・エミの情報を伝えたのだ。


ナユタとハチはイシワラを追うことよりもゆうなぎの乗組員救出を優先した。


脱出艇をパワホゥイーグル2機で持ち上げ、第11監視哨の方向へ輸送を開始。


「この人、ナユタの件より前から話題になってた人だわ。独断専行と下剋上しまくってジグラットの中でも怪しい噂山盛りな人」


「そーだったのー!」


「ナユタ、新聞くらい読みなさいよ。最近は人間向けの大きさの新聞も売ってるから」


「新聞は偏向報道が酷いからいいや…」


「最近の「博識な大人ぶった若者」みたいなこと言わないで」


「ヒジカタ・トウさんは放置していいよね。耐外気人間だから外の空気で呼吸できるでしょ」


「そのつもり」


『1人の時間をもらえて有難いな』とトウ提督が会話に加わる。


「トウ提督、言っておきます。自殺・自決・自死のタグイはしないでください。私も先日多くの命を誤って失わせてしまった人間です。大罪人だから、むしろ大罪人であるからこそ生きて、残りの人生全てを使って責任を取るべきですからね」


「ナユタ。発言が重い。まぁ、私も同意見です」


ナユタとハチは第11監視哨からゆうなぎへ向かう途中の連絡船に脱出艇を乗せると、すぐにゆうなぎへ急いだ。ゆうなぎに到着した頃には2人の探知範囲内にイシワラ・エミは無かった。そして連絡船は第11監視哨に引き返した。


第11監視哨はゆうなぎの乗組員が大勢来たために人口密度が平素より非常に高まっていた。


幸い監視哨は元から事故や災害時に船が大量に寄港できるように安全な空気と水の供給と循環利用する装置が余分に有る。


狭苦しく不快なものの、命にかかわる深刻な状況などではなかった。


あと数時間もすればジグラット軍の大型連絡船もここに来る。皆で穏やかな時間を過ごしていた。しかし全て会議室の外の話だ。


9、


会議室内では第11監視哨の付近の地図と、聞き取り調査で得られた証言と、ヒジカタ・トウが持ってきた監視カメラの映像から、今般の海賊事件の全容把握が試みられていた。


「海賊は学者と技術者を好んで拉致した。と言う事はそれらが必要になる高度な兵器や道具を使いたがっていると見て良い」


トウが資料にざっと目を通して発言した。ハチも続く。


「イシワラ・エミは行動に問題は多いものの、立案した作戦の評価は高い。つまりそれだけ危険人物と言う事ね」


「第11監視哨の付近で軍事基地と言えばここ(第11監視哨)ぐらいだよねぇ。でもここを狙うならなんでイシワラ・エミはゆうなぎを襲った後に直接ここへ来なかったんだろう?」ナユタの疑問にすぐトウ提督が返答した。


「いや、有るぞ。第11監視哨付近に大きな軍事基地」


「え?私も知らない。そんな場所」とハチまで驚いた。


「旧人類の兵器が大量に眠っている遺跡がここの近くにある」


「「あー」」とナユタとハチ。ナユタは続けて


「でもさぁ、旧人類の軍事基地ってもう数十年放置されてるわけだから損傷激しくて使い物にならないのでは?」


「ナユタ、この遺跡の兵器はモスボール加工されてるから磨けば光るわよ」とのハチの言葉をナユタが質問で返した。


「モスボール。…ゴメン、教えて。存じ上げないそんな言葉」


「…長期間放置しても使えるように手を加える事をモスボール化と言うんだ」トウ提督が説明した。


「エミはナユタを騙して野蛮鼠に勝利をもたらした。つまり野蛮鼠に肩入れする事情がある」とハチ。


「まぁ、人間も築鼠も探せばキリがないくらい不満を持ってるだろ。ジグラットの政府に」とトウ。


「イシワラ・エミはナユタを騙す前に降格処分を受けていた。ジグラットに敵対する動機には十分ね」とハチ。


「2人の会話が高度過ぎて口を挟めない…。2人の意見の結論だけ言って」とナユタが呟いた。


「ヒジカタ・トウの意見としては、イシワラ・エミは学者、技術者を集め、モスボール兵器の使い方を野蛮鼠に教える。そして最終的にエミを冷遇したジグラットに攻撃を仕掛けるつもりだと考える」


「サイトウ・ハチの意見としては、イシワラ・エミの動機、目的は分からないけど過去の経歴的に危険人物だから、なるべく早く討ち取るべきだと言う事よ」


「八紘一宇、五族共和、和を以て貴しとなす。そんな共存共栄路線は無いのか…」


「ナユタ、アンタ自分が真っ先にイシワラ・エミに敵対された人間だっていう自覚は無いの?」


ハチはついつい厳しい言葉を浴びせる。ハチの顔を見るのが怖いナユタはちらりとトウを見た。トウ提督は何かを観察、評価しているようにナユタには見えた。ナユタは自信なさげに呟いた。


「それは有るけど討ち取るとか争うとか、ちょっと怖いよ…」


「ナユタ元船長、貴方は心が幼すぎる」「そこまで言う!?」とのナユタの反駁を無視してトウ提督は続ける。


「ナユタ元船長。既にイシワラ・エミは貴方を騙すことで幾千人の築鼠と15人の耐外気人間を殺している。既に彼女はジグラットに宣戦布告済み。この状況では「怖いから逃げる」という行動は君自身を最悪の終焉にいざなうモノだ。現実から逃げるな!」迸(ほとばし)る感情のままにトウ提督はナユタの服の胸の布を掴んで引き寄せる。そして告げる。


「共存を模索する段階は既に終わっている。寝言を言うなナユタ」


「殴るかと思った」とハチが言えば「殴る価値もない」と言い残しトウ提督は会議室を去った。


「ナユタ、逃げていいの?このままじゃあ一生、いや死後も友軍を裏切った罪人扱いされるよ。エミだけじゃなくナユタも」


「…れて」


「え?」ナユタの呟きが聞き取れずハチが訊き返す。


「気合を入れて!私は濡れ衣を捨てたい!でも、今でもイシワラ・エミの討ち取りに躊躇が有る!こんな情けない自分を…」


ハチはナユタを殴った。


「2発目決めるね!」


「やめて!覚悟決まった!覚悟決まったからもう要らない!あなたの拳(こぶし)!」


10、


大型連絡船が第11監視哨に到着。充実した鼠材と人材と機材でゆうなぎの状況の軽い分析が行われた。なお襲撃の危険が有るため数時間で引き揚げた。


「ゆうなぎはまだ使えます。損傷範囲が広く、外気が侵入するため乗員は密閉服を着用しながらではありますが、機関部、偽海機(架空の海を空中に生成して海上艦艇を空中に浮かべる装置)、砲塔、艦橋、戦闘情報中枢室をはじめ、機能は失っていません。軽い修理で十分に動けます」


ゆうなぎの調査を行った専門家の築鼠の報告を聞くとヒジカタ・トウは犬歯を見せて笑む。


「そうか。まだ使えるか。良し、腰が抜けた者は連絡船に逃げさせろ!戦士だけを乗せてゆうなぎに行(ゆ)く!そしてゆうなぎの復旧が終わり次第、砲撃で人間文明時代の軍事基地遺跡を焼き払う!拳銃の弾丸一発でもイシワラ・エミの好きにはさせん!」


戦士の声が「応!」と轟く。


西の太陽の光が逓減しはじめ、光と影の区別も出来なくなりつつある中、第11監視哨から連絡船がゆうなぎへ向け出港した。


ナユタとハチもパワホゥイーグルを着用して空で連絡船に随伴する。


第11監視哨の者達は手を振って見送った。


11、


「こちらハチ。ナユタと共に先遣してゆうなぎを押さえておく。行くよ、ナユタ」


そういう運びになった。


ハチとナユタの『冠』で怪しい反応が認められた。位置はゆうなぎ付近。


「速い。この速さは…」


『やあやあ我こそは!天空海賊イシワラ・エミ!!!やはり来たな!築鼠の家畜ども!』


「待てよ!お前も耐外気人間である以上家畜じゃん!五十歩百歩じゃん!」


「フハハハハハ!だから下克上してるのさぁ!」


騒ぐエミとナユタを無視してハチは後ろの連絡船に電波を飛ばしつつ空対空魚雷を6発発射した。


「無言で対空魚雷を放つなよなぁ!」


エミはそう発言しながら右手に握った拳銃を発砲。一気に6発の弾丸を発射。その全てがまるで魚雷に吸い寄せられるような軌道を描き着弾。魚雷が爆ぜて火球になる。


「ファニングだぁ!そしてこの花火は何かを隠すつもりで発射したんだろぉ!?」


 火球を貫きエミに迫るは一発の弾丸。ハチのモノ。騒ぎながらも冷静にエミは対処する。


「超電磁砲か。つまらん」


ハチの放った弾丸は超電磁砲から貰った推力によって自壊。エネルギーの塊に化けた。


イシワラ・エミは今の状況から超電磁砲を避ける術がないと判断し、撃ち尽くした拳銃をその超電磁砲の弾丸が進む軌道の延長線上に投げ入れた。


新しい火球が発生し、爆縮を起こす。風が乱れ一番その火球に近かったエミが着用してるパワホゥイーグルに確実な害を与えた。


ハチは確実にエミを落とすため使用済みの使い捨て超電磁砲(見た目は我らの世界のロケット式無反動砲に近い)を投棄、背負ってきたバトルライフルを片手で発砲する。耐外気人間は見た目こそ可愛らしい少女だが、築鼠による遺伝子改良を施された影響で不老かつ頑丈な体を持つ。


ハチの放った弾丸はエミのパワホゥイーグルに着弾した。


エミのパワホゥイーグルは今やただの鉄屑の錘(おもり)でしかない。ハチとの戦闘で冷却装置が破壊されたようで段々熱を帯びてゆく。


「なぜだ!なぜ私の邪魔をする!私の願いはただ一つ!人間の生物としての復興なのに!人間の男が欲しいだけだったのに!」


イシワラ・エミはパワホゥイーグルを脱ぎ捨て重力に従い大地に吸い込まれていく。


ハチはナユタに言った。


「耐外気人間だから落下死は有り得ない。捕らえて。貴方が一番エミに近いし、戦ってないから燃料も十分なはず」


「了解!」


瞬間、一条の光の柱が落下中のイシワラ・エミを蒸発させた。


『イシワラ・エミは我らのためよくここまで尽力してくれた。誠に深く感謝する。だがもう用済みだ』


『こちらヒジカタ・トウ!今の通信の発信源は、そしてイシワラを焼いた光の発射源は…。ゆうなぎだ!モスボール保管施設には築鼠は居ない。しまった。完全に罠に引っかかった。一杯食った…』


「はっちゃん!どうしよう!」


「訊くな!もはや私は丸腰よ!トウ提督たちの連絡船も今は只の的(まと)!」


「…。分かりました。タカノ・ナユタ、ここで挽回します」それは何かを決めた、何かを覚悟した者特有の声だった。


燃料の入った外付け部品、増槽を切り離し、ナユタはアフターバーナーを点火、一気に「最も効率的な速さ」から「最も速い速度」に変化する。


その速さのまま、ナユタはゆうなぎの直上に着き、そこから直下へ体当たりした。


「か、カミカゼ攻撃…」


「縁起でもない事を言うなトウ!」


「じゃあソレ以外のなんなんだと言うのか。今の行動は」


「…それは…」


ゆうなぎが偽海を生成し、天にのぼりだす。ハチは双眼鏡でゆうなぎを眺めた。


「おかしい。野蛮鼠達がゆうなぎから逃げ出してる。艦橋内の築鼠もなんか落ち着きがなく見える」


突然、艦橋の頂点が盛り上がり、次の瞬間、密閉服の築鼠を握った耐外気人間の右腕が天を突く。


『…どー!…』


「トウ提督、そっちの船の電信装備で聞こえましたか?私の冠では電波が微弱過ぎて聞こえなかったです」


「ゆうなぎを乗っ取ったどー!と言ったのさ。彼女が」


「彼…女…?」


『あー!お試しお試し!こちら、ゆうなぎの戦闘情報中枢室からお届けします。タカノ・ナユタです』


トウ提督が笑いを漏らす。ハチは「そういえば提督さんだったわナユタ」とゆうなぎへ向かって空を滑り出した。


「今の私もナユタも提督ではないんだがな」


12、


タカノ・ナユタは人間用の新聞を読む。しつこく、何度も同じ記事を読む。見出しはこうだ。


『タカノ提督、自身の無実を証明』


ナユタの頭上にいきなりハチの上半身がのしかかった。


「はっちゃん。未踏地調査隊の艦上飛翔巨兵隊の司令官って言う立派な立場になったんだから、胸の大きさを訴求する幼稚な行動はやめて欲しいなぁ。ねぇ、ヒジカタ提督」


「え?ああ。…正直、五十歩百歩」


「「ああん!喧嘩売ってんのか!!」」


新聞はナユタの手で千切られ、女3人の喧嘩が艦橋内で発生した。周りの築鼠達は「この未踏地調査隊は楽しくなりそうだ」と笑ったり、「くだらん」と呆れたりした。


「イシワラ・エミ元陸軍作戦参謀は技術的に困難な耐外気人間の男性建造を求めて利敵行為に及んだ疑いが浮上している。」


そう書かれた千切られた新聞の一部は今、ナユタの机上の紅茶に浸り、ふわりふわりと器の底に沈殿した。


タカノ・ナユタの汚名返上記:完


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ピースビーバー 寿マーモット @marmotkotobuki0106

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