第24話 「覚者」

 俺は一体、何回繰り返せば学習するのだろうか?

 自分で自分の問題は理解している。 それでも動けないのが俺と言う人間の愚かさだ。

 俯瞰してみれば改善すればいいだろうと気軽に言えるだろうが、俺の生理がそれを許さない。


 本質的に俺はチキンなのだ。 恐怖心は消えているはずなのに根付いた性根が足を止める。

 我ながら根っこから腐っているなと自嘲。 だから、だからこんな事になるのだ。

 人族は勇者が居れば楽勝と思っていた。 魔族は勇者が居ればどうにでもなる。


 ――それは前提だ。


 で、だ。 その前提をひっくり返しかねない奴が現れるとしたらどうする?

 全力で叩き潰すに決まってるじゃないか。 勝てる勝負だからこそ人族はここまで押しているのだ。

 不確定な要素はさっさと叩き潰すに決まっている。 結果、この有様だった。


 魔法と思われる攻撃が絨毯爆撃のように降り注ぎ、最初の襲撃であちこちぶっ壊れていた街は取り返しがつかないレベルまで破壊された。 津軽と巌本に偉そうな事を言っておいてこれだ。

 自分があいつらを追い払ったらどうなるのかを想像すらしなかった。 目の前の光景を見れば見る程に死にたくなる。 どうやら俺と直接戦り合うのはリスクと判断したのか、街ごと焼き払う事にしたらしい。


 街にいた者達が総出で防ごうとしているが、津軽と巌本以外の勇者も来ているらしく飛んでくる攻撃の規模が桁外れだった。 地面が捲り上がり、建物や住民だったものがバラバラになって辺りに散らばる。

 地獄、文字通りの地獄だった。 空を見上げるとキラキラと無数の光が瞬き、次の瞬間には破壊となって地に落ちる。

 

 俺も免罪武装Ⅱプルガトリオ身焦瞼縫インウィディアで撃ち落とそうと放ち続けたが、数が違いすぎるので何の効果もなかった。 街は始まってから数分足らずで壊滅。

 

 「ユウヤ、もうここは駄目だ! 逃げて立て直しを――」


 イルバンが俺に逃げるように促したが、そんな事できる訳がなかった。

 ここまで力を入れて襲ってきているのはどう考えても俺の所為だからだ。

 そんな気持ちで首を横に振ろうとしたが、それも降ってきた巨大な光弾によって遮られた。


 何発かは撃ち落としたがいくつかは撃ち漏らし、それが近くに着弾して吹き飛ばされて地面を転がる。

 痛む体を起こすとさっきまで俺の居た場所がクレーターに変化していた。

 そして――イルバンが上半身だけになって地面に転がっていた。 本当に呆気ない。


 数秒前までは生きて喋っていた知り合いが死体に変わる。

 鑑定をかけると死体としか表示されない。 もうステータスが存在する個体ではなく、死体という物体に変わったのだ。 俺がさっさと逃げていればイルバンは死なずに済んだのだろうか?

 

 そう考えると罪悪感で吐きそうになる。 免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラだけでなく他の免罪武装が俺から感情を吸い上げて凄まじい勢いで成長していく。

 冷静に物を考えられるようにはなっているが、もうこの世界にいる事が嫌で嫌で仕方がなかった。


 ……もう死にたい。


 本来なら街から皆が逃げ出すのを待って一人で人族の国へと向かうつもりだった。

 だが、もうそんな事はどうでもよくなってしまったのだ。 この世界はクソだった。

 やってられない。 いや、もう見たくない。 そうこうしている内に俺の中では後から後から怒りや悲しみが湧き上がり、免罪武装がそれを喰らって成長していく。

 

 ぶら下げるように持っていた免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラがさっきから脈打つように鼓動し始めた。

 ステータス画面を見ると免罪武装プルガトリオ地上楽園アビスの能力が九千万を超えており、一億まで後少しかと他人事のように笑う。 それでも装備出来ないのはどうなっているんだろうか?


 そんなどうでもいい事を考えながら廃墟となった街を歩く。

 いつの間にか空から降って来ていた攻撃が止んでいたが、俺は気付かずに歩き続ける。

 気が付けば街の中心にあったであろう広場だった場所に来ていた。


 足を止めて空を仰ぐ。 綺麗な青空だった。

 最初は曇っていたが魔法による攻撃が始まった事で吹き散らされたらしい。

 その証拠に街から離れた場所には雲が堆積しており、遠くから見ればこの街の上空だけ綺麗に雲が消えていると言った幻想的な光景が広がっているだろう。


 美しい空だ。

 死ぬには良い場所かもなと冷めきった思考でそう考え、ようやく攻撃が止んでいた事に気が付いた。

 何故だろう? そんな疑問が浮かんだが、もう死ぬしどうでもいいかと考えるのを止め――


 ――瞬間、ゾクリと信じられない程の悪寒が襲いかかる。


 神晶帝と出くわした時でさえ、ここまでじゃなかった。

 嫌な予感がする。 そんな生温い物じゃない。 確実に嫌なものだと確信を持てる何かが起ころうとしていた。 耳が拾ったのは足音だ。 瓦礫が散乱しており、歩くのもままならないこの廃墟の街を軽快なリズムを刻んでこちらに近づいて来る。


 ただの足音だ。 個人を判別できるようなものじゃない。

 だというのに何故かその足音の主が誰か分かってしまうのだ。 可能性は考えていた。

 そうなんじゃないのかと。 精霊は言った。 縁があったと。


 あの場にいてその条件を満たす存在はたった一人しかいない。

 それでも俺は全力で目を逸らした。 可能性があるで済ませたかったのだ。

 何度でも繰り返そう。 この世界はクソだ。 俺に欠片も優しくない地獄だ。


 クソみたいな連中が蔓延り、俺に優しくしてくれる奴は瞬く間に死ぬ。

 こんな世界にどんな救いを見出せというんだ。 そしてそんな地獄に突き落としたであろう存在に好意的な感情を抱けというのは無理な話だ。 付け加えるなら俺は最初からあいつが大嫌いだった。


 「優矢!」


 ――そして俺の最も恐れていた光景であり存在が目の前に現れた。

 単純な美醜で判断するなら間違いなく美しいだろう。

 一、二年程度ではそこまでは変わらない容姿は記憶にある物との差異は少ない。


 動きを阻害しない程度の鎧に津軽や巌本と同様に煌びやかな装飾を施された剣。

 その美しさに大抵の男は振り返るだろう。

 神野かみの 奏多かなた。 幼馴染にして俺の人生に巣くう癌細胞だ。


 「ほ、本当に優矢だ。 もう会えないと思ってた。 あの時――」


 癌細胞が何か言っていたが、一切理解できなかった。

 言葉は全て耳を通り抜けて意味を脳に残さなかったからだ。

 

 「――同じタイミングでこっちに来てたの? 大丈夫だった? 魔族に働かされてるってきいたけど――」


 近寄って来る。 止めろ。 こっちに来るな。

 俺は逃げ出したい衝動に駆られたが体は地面に張り付いたかのように動かない。

 そうこうしている内に奏多との距離が触れられそうな程に縮まる。


 俺が顔を上げると奏多と目が合った。 彼女は嬉しそうに笑って見せる。

 それがとどめだ。 この世界に来て最大級の感情が俺の中で爆発した。

 免罪武装ですら喰い切れない怒りの奔流。 ここまで感情を吐き出せたのは久しぶりだった。


 「やっぱりテメエの所為かよこのクソ女ぁぁぁぁぁ!!!」


 俺は免罪武装Ⅲプルガトリオ朦朦悔悟イラを振り上げる。

 使える免罪武装の中で最強の一振りは俺の怒りに呼応して炎を噴き出すが――不意に止まった。

 違う。 止めたのは俺だ。 何故止めたのか? 目の前のクソ女を八つ裂きにする意志に揺るぎはない。


 なら何故――無意識にステータスを確認すると免罪武装プルガトリオ地上楽園アビスのステータスが一億を超え、表示が他の免罪武装と同じ状態、つまりは使用可能になっていた。

 


 ずっと分からなかった事があった。

 免罪武装。 何故、「免罪」なのか。 能力的には大罪武装の方が適切のはずだ。

 なのに免罪と銘打たれているのか。 免罪とは罪を許される事。


 ……そういう事か。


 今更ながらに俺はこの装備群の正体に気が付きつつあったがもう遅かった。

 最後の免罪武装が産声を上げ、俺の中にあった俺を構成する最も重要な何かが消える感触。


 それが俺――霜原 優矢が感じた最期の感覚だった。 


 

 免罪とは罪を許される事。

 その解釈に間違いはなかった。 免罪武装が喰らっていたのは感情ではなく。

 霜原 優矢という存在が抱えていた原罪。 人が祖から受け継いだ罪の証にして積み上げている業。


 それがあるからこそ人は禁忌を犯し、未知に挑む事ができる。

 人という種に備わっている。 人としての根幹と言ってもいい。

 その全てが失われた人間はどうなるのか? 原罪を失った人間は神に許され、その祝福を受ける。


 神から授かる恩寵はその存在は完成させ、完璧な人として昇華させるのだ。

 そうして生まれた存在を人はこう呼んだ。


 ――覚者かくじゃと。

 

 精霊の語った言葉には嘘があった。

 優矢が巻き込まれたという事は本当だったが、何処に落ちるか分からないというのは嘘。

 彼は免罪武装の器としてあの場所に送り込まれたのだ。


 そして完成した彼は精霊の思惑通りの存在として新生を果たす事となる。

 霜原 優矢はこうして楽園という名の奈落へアビス・と落ちて行ったフォール

 彼の物語はここで終わる。


 覚者の誕生によって齎されるこの世界の行く末は彼女が見届ける事になるだろう。  


 

 終わりが始まる。

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アビス・フォール kawa.kei @kkawakei

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