後書き

第一話 天井裏(前編) 第二話 天井裏(後編)

 本作品は、「Q」と呼ばれる少年を主人公としたフィクションです。元々作者である私は、少年が活躍する話、少年探偵団や十五少年漂流記といった類が好きでした。少年らしい勇気と正義感で立ち向かっていく、そんな少年像に憧れたものですが、Qちゃんは彼らとは少し違った体験をしてくれるようです。


 Qちゃんの父は、海軍の工兵として大東亜戦争(太平洋戦争)末期、潜水艦の建造に取り組んでいる頃、結核を患っています。ひょろりと痩せ型な理由です。

 Qちゃんは、先週もこの家に行っているのに夫人を覚えていませんでした。一回で覚えることが苦手で教えるには噛んで含めるようにしてあげないといけません。一方で、この夫人も二度目なのにとぼけています。こちらは意図的に、子供が来ることを知らなかった振りをしています。

 この家が買ったカラーテレビは、当時最新の三洋電機製ズバコンでした。5月発売と同時に買っていることになります。夫人の嗜好が見えるところです。プラッシー(旧武田食品工業製)も米屋に配達させていて、おまけでもらったグラスを見せびらかすようにQちゃんに持たせています。

 ドンゴロスは、コーヒー豆を入れる麻袋です。コーヒーは、出て行ったとされる夫の趣味でした。

 ラジオは、ソニー製のデジタル表示式の時計付きで卓上に置くタイプのものです。実際には秋に発売されたものですが、話の都合上5月のお買い上げです。

 そっけない柄のポチ袋は、房子が用意したものでした。お気づきかも知れませんが、男性が言った「あんなもん」は二つのことを指しています。



第三話 ラジオ(前編) 第四話 ラジオ(後編)

 前回の「Q ~天井裏~」の続編です。今回は、もう少しQちゃんのこと、母親のことなどを触れたつもりです。Qちゃんはいわばクラスに一人くらいいる「ちょっととろい子」なのかも知れませんが、自分の強みを生かして役立っていたりします。また、今回は「親の言いつけを守る」などの教訓めいたことを少し入れてみましたが、小さな子供さんを読者の対象にした話にはならないかも知れません。

 Qちゃんが紙袋作りに取り組んでいた包装紙は、三洋電機のいわばノベルティとして配布されているもので、白地にピンク色の薔薇が印刷されています。

 Qちゃんは、時計付きラジオの設定をてきぱき説明していますが、今までに自宅のラジオや時計をいじりまわすだけいじりまわして、父親の見様見真似で分解もして叱られるだけ叱られてのことです。


第五話~第七話 ビール

 前回より詳しくQちゃんのことに触れました。当初四回は、これでも少年文学を書いているつもりだったのですが、段々路線がずれてきました。下宮夫人は、物語の中の役割上、当初「下宮夫人」だったのですが、一人の女としての役割を持った「下宮房子」という登場人物に変化させています。役割の違いによる名称の変化は、日常生活の中で当たり前のあるように思いますが、お話として書いている中で意識的に変化させると、それが際立ってくるように感じました。

 今回は、お話の前半にだけ登場したQちゃんですが、悪夢への対策について「やってみるわ」と意欲を示します。「杞憂」という単語そのものの意味としては間違っていますが、やってみないと分からない、やる前に将来起こることを憂いたりしない。Qちゃんのあだ名の由来そのままの行動をしています。

 Qちゃんが見ていた「巨人の星」は、第164回「すべてか! ゼロか!」でした。また、「仮面ライダー」は、第7回「死神カメレオン 決斗!万博跡」でした。

 銭湯の前で房子が言った「ちょっとお菓子を家の方々に隠してね、…」には少し矛盾がありますが、お気づきでしょうか。

 Qちゃんの母・千鶴子が、「あれでものすごく手がかかる」はつい出てしまったお母さんの本音です。

 高橋は、房子を待っている間、テレビで土曜映画劇場を見ていました。「燃える洞窟」というちょっとしたホラーを見ていたので、怖い気持ちが高まっていました。ちなみにその後の「弁護士もの」は、「弁護士ペリーメイスン」でした。



第八話~第九話 駅前映画館

 前回の堺屋家ではお好み焼きのシーンから始まります。いわゆるテーブルコンロを使ってお好み焼きを焼いているのですが、Qちゃんが切り分けてもらうのに対してさと子は姉らしく自分でとりわけたりします。

 前回の巨人の星と仮面ライダーですが、仮面ライダーの方が放送時間が先だったように思うのですが、どうでしょう。高橋は、ホラーを見て深層心理に恐怖と罪悪感を投影していたのかもしれません。今回の房子と池田が見に行った映画は71年4月28日公開の「男はつらいよ寅次郎奮闘篇」でした。



第十話~第十一話 下宮

 下宮家は、東を向いた玄関の奥に居間があり、南側に客間、更に南側に納戸があります。客間の西側が台所、納戸の西側が便所です。もともとこの家に納戸はなく、南隣りにある牧家の離れとして建てられていました。牧家の母屋と離れの間に以前は、昔ながらの戸外の便所があったのですが、離れの土地を売り払う際に取り壊して、便所と納戸、土間の台所が建て増しされています。おかしな建て増しで、家相的にも悪い家は、東側正面が未舗装の路地、西側の裏側もいわゆる汲み取り路地になっていて、自動車が入ることができず、高度成長期にもあまり価格が上がらず、扱う不動産屋にすればお荷物的な物件でした。不動産屋にすれば、少し値引きをしてでも売り払いたい物件、下宮にすれば周辺地価より割安な将来の投資対象にもなる物件でした。

 房子は最初にQちゃんに五百円を入れたポチ袋を渡しますが、そっけない柄のものでした。お年玉を渡すことが惜しくて正月にも帰省しない房子が、下宮を殺害後の1971年の正月に、あえて「突然離婚を言い渡され夫が飛び出してしまった可哀相な娘」を演じるために帰省した時に購入したものでした。第一話でも房子は、五百円のポチ袋を用意していましたが、下宮により三千円を加えられ、下宮の手からQちゃんに渡されています。



第十二話~第十三話 三福荘

 今回登場の「三福荘」は、現代から考えると少しわかりにくい建物かも知れません。二階建ての三棟で、台所と便所は、真ん中の二棟にしかありません。もともと繊維工場の社員寮で、二棟の一階は食堂だったものを手直ししてあります。各棟が廊下でつながっていて、二階の東側の窓からは、下宮家が見える位置関係です。

 敦子と祥子の服装も、自分で書いていて上手く表現できませんでした。ちょっと田舎風ですが、上等で小奇麗な感じです。二人ともよく日に焼けているというか小麦色の肌が特徴的な人です。

 井上君は電気工学を学んでいる学生で、下宿で尿素板に回路を作ってトランジスタラジオなど自作している学生ですが、空手は二段で、案外強い人です。



第十四話~最終話 西日、船寿司、宝物

 「Q 編0」をようやく終えることができました。最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

亡霊としての下宮が、亡霊として存在し続けることができなくなっていきます。房子への情念よりも、もっと本人にとって価値のある経験を思い出してしまうからです。経験の中に自分を見た時、下宮は次の行動に、成仏するという行動変容を起こした・・・なんて解釈してもらえたら幸いです。


さて、前回登場した祥子が、「簡単なブラウス」を着ていましたが、あれは、家庭科の授業で本人が作ったもので、気に入って着ています。大阪の小学校に転校してきましたが、方言のきつい彼女は、その身の上のこともあり、あまり友達がすぐにできていません。だからこそQちゃんに優しくしてくれたのかも知れません。二人の兄は、森永ヒ素ミルク事件のいわば被害者で、二人とも障害が残ってしまいました。生まれた時期的に被害を免れた祥子ですが、男子を大切にする古風な考えからか、禿同然に引き取られ、悲しく、また引き取られてからもつらい目にあってきました。その中で、旦那方から輝くような着物を与えられた敦子のそばにいると、美しい着物こそが、自分が認められるものの象徴になっていったのでした。でも、真っ黒な自分は敦子のような存在にはなれない。そう考えた祥子は、自ら着物を作る道を描くようになりました。それをある日、敦子に打ち明けると「これからは洋服の時代」と洋裁を勧められ、援助も約束してもらえることになりました。

敦子は、倉敷の花街で一番の人気だった時に、岡山の豪商雪上に見初められます。敦子は、玉の輿に乗りはしましたが、子供が出来ず、姑や口うるさい親戚によって追い出されてしまいます。雪上はすぐに再婚させられたものの、それでも敦子を大切に思っていて、大阪の下町のアパートを三棟与えて、食べていけるようにし、ちょくちょく通い続けることになります。

Qちゃんは、内なる声をそんなにおかしなこととは思っていませんでした。「自分の胸に手を当てて考えてみる」と聞こえてきたわけです。祥子や井上に問われて、初めて女の子だと気付いたりしています。Qちゃんは、下宮とのやり取りの最中、女の子をかばうような仕草を見せます。ちょっとだけ「男の子」なところも見せてくれました。

下宮が、房子には絶対に手に入れられないようにした「宝」とは、河内地方の市立図書館・小中学校図書館数十か所に、寄贈した膨大な量の児童書・辞典他の書物のことでした。下宮は「みんなでわかつ」ことをよしとする自己概念の持ち主で、将来がある子供たちに分かち与えたものでした。下宮が、自分の体が方々に捨てられたことに激怒しなかったのは、自分が宝を本として方々に(子供たちに)ばらまいていたからかも知れません。

成仏寸前の下宮の「よかった、よかった、生まれかわれるわ」と「あぁ、ありがたい」は般若心経の最後の部分を参考にして書きました。

最後の最後に、下宮の名前は、満です。したみやみたし 回文にしてみました。

昭和四十五年九月十三日は、奇しくも下宮が殺害された日、大阪万博が閉幕した日でした。


(本作は、フィクションです。実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Q 編0(ゼロ) みはらなおき @829denka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ