魔法人外少女はオーバーキルで経験値を稼ぐ

海沈生物

第1話

 ある春の日、スライムである私は剣を持った勇者に斬り殺された。私はただ友達二人と一緒に草原を歩いていただけなのに、その勇者は「あとこいつら三体をして殺せば、経験値が溜まってレベル100になれるぞ!」と目をキラキラと輝かせながら、私たちを斬り殺してきた。


 死んだ私はその勇者に対して強い恨みを抱いた。どうして、こんな残虐な行いができたのだろう。この世界に魔王がいなくなってから、はや数百年だった。魔物たちは以前のように人間を襲う狂暴さを無くして、人が寄りつかない洞窟や草原の端でひっそりと暮らしていた。それなのに、あの勇者は私たちを殺してきた。


 おそらく、近頃巷で噂になっている「一部の魔族たちが、魔王を復活させようと目論んでいる」のを阻止するために旅をしていた勇者だったのだろう。しかし、殺された今となってはそんなやむを得ない「事情」など、どうでもよかった。

 仮に勇者がどんな事情を持っていたとしても、「私たちを殺した」ということは紛れもない事実なのだ。だからこそ、私は……殺された三人の中で、私だけが「魔法少女」として同じ世界に「転生」することができたことに気付いた日、あの勇者に「復讐」することだけを唯一無二の「生き甲斐」として、決心したのだった。


 しかし、そんな「復讐」を決意をしたところで問題があった。この世界の人間はいわゆる「レベル」という概念によって強さが決められている。その「レベル」を上げるためには「モンスター」……つまり「敵」を倒さなければならない。これは難しい問題である。


 いくらあの勇者を殺して「復讐」を果たそうとしても、相手はレベル100の勇者である。転生時点で魔法少女補正でレベル50という高レベルだった私だが、さすがにこのままではレベル100の勇者になど勝てる見込みがないのは明らかだった。

 しかも、相手は勇者である。私も転生して「魔法少女」などという「ズルい」存在になることができたが、向こうは世界に愛された「勇者」という「もっとズルい」存在である。なんらかの奇跡が起こって勇者を殺せる、なんてことが私に起きる可能性など万が一にもなさそうだった。


 だからこそ、レベルアップをする必要があるわけだが……私は元モンスターである。元スライムだ。魔法少女として「人間」に「転生」したとしても、さすがに元同族を殺す事に対して強い抵抗があった。

 そこで、私は考えた。そもそも、「モンスター」を殺して経験値を手に入れる必要が本当にあるのか。どうして、殺す対象……「敵」が「モンスター」である必要があるのか。私はステッキを握ると、一度適当な人間でことにした。


 とある日の深夜、路地裏で酔い潰れているおっさんがいた。私は周囲に誰もいないことを確認して防音の結界を貼ると、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、彼の前頭葉のあたりを殴って殺した。血まみれになったステッキと、返り血で汚れた服を見て心に満足感を得ると、私は自分のレベルを確認する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

レベル51 魔法少女

力:151

魔力:1

防御:51

魔法防御:101

素早さ:101

運:101

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 その酔っ払いを殺す以前は「50」だった私のレベルが、なんと「51」になっていた。相変わらず伸び悩む魔力以外は1ずつステータスも上昇していた。

 今まで人間たちの中に「同族殺しでステータスアップ」するような輩が少なかったので問題化されなかったが、人間を殺してもステータスはアップするのだ。これはモンスターを殺すことを厭う私にとって、とんでもない朗報だった。


 それからの私は早かった。日中は「魔法少女」として人々を苦しめるモンスターたちを退治して(と見せかけて、逃がしてあげている)人々から怪しまれないように好感を集めておく一方、深夜になると路地裏にいる人間たちをバカスカ殺して回った。 

 もちろん、私とて人間的な情がないわけではない。大人も子どももに殺した。子どもの方は大人より経験値が美味しくなかった。時折、眼鏡をかけた賢そうな富裕層の子を殺すと、お金を大量にドロップしてくれるのが美味しかった。

 日中は「魔法少女」として働いているとはいえ、魔法少女は無給である。あくまでも「ノブレス・オブリージュ」ならぬ「マジックガール・オブリージュ」、「魔法少女であるのならば、その才能を社会に対して生かすべき」であり、そこにお金という概念など発生することはなかった。


 しかし、レベルが「80」を越えた辺りから、普通の人間を殺しても中々レベルが上昇しなくなった。周囲の人々に相談すると「経験値の高いモンスターを倒せば、いくらでもレベル上げできるじゃないか?」と言われたが、そんなことができるわけがなかった。

 どうしたものかと町を歩いて悩んでいると、ふとおもちゃ屋の前に貼られたポスターが目に入った。それは最近町で流行りの「ウルトラマジックシスター」というゲームである。

 どうやらそれは魔法少女である私を無許可で参考にしたゲームのようで、清く正しい魔法少女である主人公の女が悪いモンスターたちを討伐しながら、最終的に魔王である大亀から自分の妹であるマジック姫を助けるRPGらしい。

 私の生まれた家庭は生まれた時点で村ごと焼き討ちされたし、妹なんて存在しないので、そこら辺は誇張したのだと思うが……まぁ、人間のような腐った生き物が作った創作物なんてそんなものである。


 ポスターに向かってこっそり唾でも吐いてやろうとしていると、ちょうど私の方へゴールド人間……じゃなくて富裕層の兄弟二人が並んでワイワイと話しながらやってきた。このぐらいの子たちなら二人合わせて5000Gぐらいかなーと思って見ていると、二人はポスターの前で足を止めた。


「なぁ知っているか、富男とみお。このゲームには早くレベルがアップする”裏技”があるんだぜ」


「なになに、富太とみた兄ちゃん?」


「それはな……なんとこのゲーム、した分の数値がそのまま経験値になるんだ。その仕様を利用して、序盤にいるスライムみたいな雑魚相手にオーバーキルするようなを与えたら、超手軽にレベルを上げることができるんだぜ!」


「……でも兄ちゃん、オーバーキルをするためには大ダメージを与える必要があるんでしょ? そんなダメージを与えられる頃になったら、普通に経験値の美味しいダンジョンの雑魚敵を倒した方が簡単にレベル上げできるんじゃないかな」


「それは……あっほら、富男! お前が欲しがってた『宇宙からやってきた異星人に食べられちゃった件』のゲームがそこにあるぞ!」


 首を傾げる弟の手を引っ張っておもちゃ屋の中に入っていく兄の姿を見届けると、私は考える。これなのではないか。適当な人間を見繕って、死ぬギリギリまでHPを減らして、最後に魔法少女としての「大技」を放つ。そうすれば、最近停滞しがちだった私のレベルが上がり、また一歩勇者殺し計画の成功に近付くことができるのではないか。


 そう考えた私は、早速何度か実行に移した。しかし、これが難しい。確かに、こと現実であってもオーバーキルをすればその分の経験値が手に入れることができた。しかし、現実ではそのオーバーキル分の10分の1の数値しか経験値を手に入れることができないのだ。今の私の最大火力技である「スーパー・ウルトラ・ステッキアタック」……要は「ステッキで思いっきり相手の前頭葉のあたりを殴る」技で、「500」のダメージである。その10分の1となれば「50」の経験値しか手に入らない。


 普通の人間を殺した時に得られる経験値が「30~50」であることを考えると、経験値としては美味しいが、それで一気にステータスアップすることができるのかと言われると首を傾げるものがある。ただ、これにも「裏技」があった。

 例えば想像してほしいのだが、ある「武闘家」の人間がいる。そのキャラは連続攻撃が主体で、とどめの一撃を刺す時も連続攻撃である。無論、それが連続攻撃である以上は一発一発の攻撃力は低いのが当然であろう。しかし、それが数十回、数百回、数千回になればどうだろう。連続攻撃全体を「とどめの一撃」として数えるのなら、理論上、相手を殴り続ければ経験値はその分、上がり続けるのではないか。


 今までモンスターであるのならすぐに肉体が消滅してしまうので試すことができなかった手段なのだが、これが人間であるのなら。殴り続けてさえいれば、その分の経験値が手に入るのではないか。早速、私はその仮説を試すことにした。


 酔っ払い……は私が殺し過ぎてもういなくなったので、ここは元々の経験値が高い傭兵を殺すことにした。無論、鎧を付けた状態の傭兵は強い。なので、宿屋で寝ている所を襲うのだ。深夜、窓を開けてお邪魔すると、まるで剣と鎧を寝ている傭兵がいた。私は彼に対して馬乗りになると、ステッキを持ち上げた。それを振り上げると、彼の頭を殴り続ける。殴る、殴る。何も考えずに、ひたすら殴り続ける。いつしかHPが一桁まで減らすと、その傭兵は目を覚ました。


「おま……だれ……」


「私はただの可愛い魔法少女……いえ、魔法人外少女です☆ 申し訳ないんですが、私の”復讐”の糧として死んでもらいます☆」


「魔法……人外……少女……?」


「はい! 名前だけでも憶えていってくれると嬉しいなーって思います☆ きゃぴ☆」


 さて、ここからが本番である。私はステッキを振り上げると、彼の前頭葉のあたりにめがけてステッキを振り続ける。殴る、殴る、殴る、殴る。一定のリズムを崩さずに殴り続ける。仮にこのリズムを崩してしまえば、経験値はそこまでとなる。あくまでも連続攻撃である判定として認められるのは、そのようなズレのない攻撃だけなのだ。それは魔法少女の力で「時を遅らせる」みたいな「ズルいこと」をできる私にしかできない芸当である。


 小一時間殴っていると、段々と傭兵の顔は原型を保たなくなってくる。もはや人間なのかモンスターなのか分からない。まるでミンチでも作っているようだな、と不思議な気分になる。今まで人間でミンチを作るなんて考えたことはなかったけど、毎日嵩む食費を減らすためにも「人間を食べる」というのもありかもしれない。


 そんなことを考えている内に夜が明けた。そろそろ人々が起きてくる頃かなと思って殴るのを辞めると、ステータスを確認する。ちょうど彼を殴りはじめた頃に「85」だった私のレベルは、なんとレベルの上限である「100」になっていた。いくらオーバーキルをして大量に経験値を手に入れたとはいえ、こんなに一気にレベルが上がるものなのかとちょっと意外に思った。とはいえ、これで勇者殺し計画は大きく前進した。


 私はレベルの上限まで言ったことに喜びながら、私はほとんどミンチと化した男の死体を見た。中々ステータスが高かったが、どんな凄腕の傭兵だったのだろうか。そう思って旅の袋を覗いてみると、ふと青いゼリーが入っていた。同族を殺したやつなのか、と唇をキュッと噛んだ。

 しかし、そのゼリーはどこか「懐かしさ」……まるで「身体の一部」であるような感覚を覚えた。その理由は分からない。気のせいかと思った。ただ、まるで何かの「記念」のように袋に入っているキラキラと輝くゼリーに妙な違和感のようなものを感じた。私は小首を傾げながらも、宿屋の人間にバレない内に、窓から真っ暗な空へと飛び去っていった。

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