一族じゃない

第1話

一族じゃない


主人公  赤原寧々 

父    赤原和成 家長

母    赤原和江 

兄    赤原和彦 

弟    赤原和則 

妹    赤原紗枝 

父の兄  赤原慶喜 

慶喜の妻 赤原康子 

従弟   赤原芳樹 

従妹   赤原芳子 

父の妹  赤原敏江 

妹の従兄 赤原敏文 

祖父   赤原和良 

祖母   赤原道江 

祖父の二番目の妻 赤原紀子 

祖父の最初の妻 赤原古奈美 

友達の父 宇治広大 刑事 

友達の母 宇治一紀 

友達   宇治夏美 


冷たい食事

末の娘

非通知設定の電話

真夏の太陽の下で

とうとう家出

誰にでも事情はある

ついに明かされた過去

私、絶対に負けないから

ツナグ

五人目の被害者

犯人はあなた

騙されるな

真犯人

一冊のノートは山より高く海より深い

これが本当の事実

一族じゃない


ピーポーピーポー

ある豪邸の前に一台の車が止まった

男は車から飛び出すと救急車へタンカーに乗って運ばれていく女性に駆け寄った

「紀子。」

紀子と呼ばれた女性はわずかに薄めを開けて手で何かを合図した

救急隊員の人が男に離れるように指示し、男はようやく離れた

救急車は走り去り、男は我に返るように家の人達に振り返った

「何をした?」

男は低い声で尋ねた

「何も。」

若い女はスマホを片手に答えた

「何もってなんだよ。」

男は女に詰め寄った

「気づいたら死んでた。」

そう女はいい、男の前で入口のゲートを閉めた

豪邸の方から血が雨に溶けているのが見えた


冷たい食事


「お父様。」

寧々は父に話しかけた

「私の誕生日、いつだがご存じ?」

「明日だろ。」

父は目も上げずに答えた

「プレゼントは?」

寧々は甘えながら聞いた

「明日買ってくる。」

それだけ言うと父は新聞から目を上げ、母を見た

「おい。」

父は母を呼んだ

母は一瞬ビックとするが、澄ました顔で

「今朝は侍女が作りました。」

母は見るからにおいしそうなウインナーをホークでさして濃い口紅の口の中においしそうに頬張った

「美味しゅうございますのよ。」

と嫌味多らしくそう言った

「その話ではない。お前の今朝の口紅はどういうことだ。」

父の目はテーブルの上の豪華な料理でもなく、母の顔でもなく、ただただ母の口の周りを見ていた

「私のお美しさを世間に見せつけるためでございます。」

母は侍女に手鏡を持ってこさせると化粧崩れをしていないか再度確認した

「そろそろいいですか?」

カメラマンは一族に片手を振った

「はい。」

和江は華やかに笑った

「はいでは行きます。3、2,1。」

カメラマンはシャッターを切った

14人の一族は豪華な食卓を囲み、華やかな笑顔をそのカメラに向けた


「それではインタビューをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ。」

一族の長で家長の和成は雑誌のインタビューを受けていた

「全員本当に素晴らしいですよね。」

「ええ、先代の父が赤原財閥を作り、兄も国会議員です。私も偉大な父の後を継いでおります。」

「特にお兄様は総理から厚い信頼を得られていらっしゃるとか?」

「ええ、まあ、そうですね。本当に素晴らしいことだと思います。」

和成の声が鈍った

それを察したかのようにレポーターは視点を子供たちへと変えていった

「ご長女様も今度バレーの白鳥の湖の主役に選ばれたとか。」

「ええ、む、娘も家でよくバレーの演習をしていますしね。よく音楽が聞こえてくるんですよ。」

「本当に素晴らしい、それだけしか言葉が出ないです。」

レポーターからの質問に和成はやんわりと答えていた

事実もなく嘘もなく


「嘘くせ。」

寧々が柔らかなベッドの上でポテチをむさぼり食っていた

「お嬢様、もうすぐバレーのお時間でございますのよ。」

侍女が部屋の外から叫んでいた

「明日行く。」

寧々は叫び返した

「寧々様、いい加減にしてください。入りますよ。」

侍女はそう言うと、乱暴に部屋のドアのノブを回した

寧々は慌ててポテチの袋を布団の中に隠し、ふわふわのクッションの乗った椅子に座った

「何か用ですか?」

寧々は平静を保とうとした

「用って、お嬢様はご自覚をお持ちなのですか?」

侍女の声は呆れていた

「ご自覚って何の?」

「何のでありません。寧々様は赤原様のご長女なのですよ。あの大きな財閥の娘と言うだけでただでさえ注目の的なのに、あなたは一体何をされていらっしゃるのですか?」

侍女は腕組みをした

「何って何よ。今日は休むから連絡しといてね。」

寧々は引き出しから化粧箱を取り出した

「そうではありません。発表会の時どうされるおつもりですか?お父様は経済界や政治の重鎮たちをお招きするおつもりなのですよ。お父様に恥じをかかせるおつもりなのですか?」

寧々から化粧箱を取ろうとする侍女の手を払いのけ、寧々は左手の人差し指を高く上げた

「今、主役は誰がやっている?」

「代役として末と言う人がやっています。小鳥末ですって。どなたかしら。きっとろくな人ではないんだから。いいですか、そんな人に主役を取られていいんですか?お嬢様はもう一か月も練習に参加されておりません。最後に顔を出したのはオーデションの時くらいです。」

「ちょっと待って。赤原銀行の霞ヶ丘支店の副支店長誰だっけ?」

寧々は薄気味悪い笑いをした

「ちょっと待ってください。」

召使いはスマホを取り出し、調べだした

「小鳥栄三と申す者です。」

「小鳥が同じだな。その小鳥と言うやつの女子の名前でもわかるか?」

「ちょっと待ってください。」

召使いはスマホで調べた

「小鳥末です。長女が。それで次女が…」

「同じ人じゃないか。」

寧々は冷ややかな笑いをした

「先生に会って言ってこい。舞台にはそいつが出るようにって。」

「それでは。」

侍女は目を丸くした

「それではお嬢様はこんなやつのために主役の座を明け渡すおつもりですか?」

「名義はもちろん私だ、そいつの父親はうちの財閥で働いている、もし私の要求に従わなかったらな、そうだな、私に対して無礼をしたということでお父様に言いつけてやろうかな、それを読んだ小鳥はどうすると思う?私の要求を呑むしかないだろ、それだったら誰も恥をかかない。」

「それもそうですね。かしこ参りました。」

召使いはしぶしぶ引き下がった

寧々は布団に寝転んだ


「慶喜(よしのぶ)様。」

慶喜の邸宅に康子の高らかな声が響いていた

「何だね。」

慶喜はふすまの間から顔をのぞかせた

慶喜の邸宅と和良、和成の邸宅とは廊下一本でつがっていた

「今度総理夫人に御茶会にお呼ばれたのです。でもどんな服を着たらいいのか迷っちゃて。」

「なんでもいいんじゃないのか?」

慶喜はめんどくさそうにコーヒーに手を伸ばした

「そうではありません。夏にゴルフがあるそうではないですか。そこで私からゴルフを習われるようにするのです。みんなが夫人を褒め、そこで夫人が私から習ったと言えばあなたの権力を表すこでだってできるのです。」

慶喜はコーヒーに伸ばしていた手を引っ込めた

「それもそうだな。動きやすい服にしたらどうだ?」

慶喜は前のめりになった

「やはりズボンですか?」

「ズボンは野暮たく見えるかもしれないなあ。ガルチョ的なものがいいかもな。色は汚れが目立たいないようで。」

「お茶会の服は夫人に劣らずとも光らずともというのがいいでしょ。」

「着物が無難だな。」

「色は渋めにしときましょうか?」

康子は慶喜を上目づかいに見た

「そうだな。」

慶喜はいつの間にか康子の服選びを手伝っていた

「お母様、お父様出かけてまいります。」

芳樹が部屋の隅から二人に声をかけた

「はいはい、玄関に水筒置いといたから。行っておいで。」

芳樹は会釈して、いなくなった

「芳樹はどこに行くのだ?」

慶喜は康子に尋ねた

「なんか高校の集まりですって。」

「そうか。」

慶喜は椅子に手をかけた


「おーい。」

遠くから声がした

芳樹が自転車を止め、振り返った

「何だ、樫木かよ。」

「名字で呼ぶやつがいるか。」

見るからにガラの悪い男が芳樹の頭をポンとはたいた

「今日はどこに行く?」

「そうだな。俺と句八木でパチンコ行って。残りは雅のところでゲームするって。お前はどうする?」

「俺もパチンコ行く。」

「でもお前まだ未成年じゃなかったのか?」

「黙ってりゃ分かんねえだろ。」

「それもそうだな。お前の自転車に乗せてってくれ。」

芳樹は自転車を反転させた

「進みますね。」

芳樹は自転車をこいだ

籠の水筒が落ちそうになっていた


紗枝は母に出かける挨拶をしようとしていた

「ちょっとこれ、どういうことよ。」

和江の怒鳴り声が壁を通って聞こえてきた

「申し訳ございません。」

侍女の声も響いている

紗枝は一息ついて元気に扉を開けた

「お母様、出かけてまいります。」

「なんで私があんな濡れ衣着せ女のために見舞いに行かないといけないのよ。」

「お母様、どうされたの?」

「どうしてこの私が義妹のために見舞いに行かないといけないのよ。もういいこれでいいわ。」

和江は見るからに安そうなスーツを手に取った

「奥様、それはなりません。赤原家の格を落としてしまいます。」

侍女が困惑している表情をしていた

「ああ。」

和江はソファに倒れた

「なんで私、こんな家に嫁いだんだろう。」

「お母様、そんなことおっしゃらず。」

紗枝は和江をソファから起こした

「こんな安物着て行ってはお母様がバカにされてしまいますよ。だからほら。こっちの礼服をお召ください。」

紗枝は高級ブランドの礼服を手に取った

「紗枝が言うなら分かったわ。」

和江はしぶしぶ礼服を着だした

ただ確かに敏江の夫が急に亡くなったことには不自然な点が多くあった


5年前のあの晩豪邸に悲鳴が響き渡った

紗枝が幼い足ながらもすぐに敏江の夫の烏江の部屋に走った

辺りには血が飛び散っていた

敏江はすぐに烏江の応急処置をした

烏江の手にはこの家にあるはずもない牛刀が握られていた

紗枝は父の部屋に駆け込んだが、真っ暗であった

紗枝はさらに母や兄たちの部屋に駆け込んだが同じく誰もいなかった

叔父や祖父の邸宅は真っ暗であった

ようやく廊下で寧々を見つけた紗枝は姉を烏江の部屋まで急いで連れて行った

寧々が部屋に到着するまで時間はかかっていないはずであったが、その場にはすでに大勢の人がいった

その後の調査で烏江は自殺ということになった


末の娘


紗枝は大きな公園の中を歩いていた

「いつもお母様は公園を素通りするのは宜しくないって言うけど、こっちの方が近道なんだよね。」

紗枝はスキップで友達の家に向かっていた

「こんにちは。」

後ろで声がした

紗枝は笑顔で振り返った

「誰?どなた?」

「赤原紗枝様ですか?」

「そうよ。誰?どこにいるの?」

突然紗枝の前に一人の男が現れた

男は紗枝を捕まえるとそのまま姿を消し去った

辺りには誰もいなくなった


そのころ和成は社内の同人誌の作成に取り組んでいた

同人誌があれば社内の一体感を図れる

和成の秘策であった

「あなたー。あなたー。」

和江の声が邸宅の中に響き渡っていた

和成は舌打ちをしてリビングから顔をのぞかせた

「静かにしてもらえるかな。私は今仕事中なのだ。」

和成は機嫌悪い声でそう言った

「仕事よりも重要なことです。」

和江の声には焦りと動揺が混じっていた

「仕事よりも重要なことはないだろうが。」

「紗枝が、紗枝が誘拐されました。」

和成は自分の耳を疑った

「紗枝が誘拐された?そんなことあるわけない。またどっかの嫌がらせの電話だろ。」

「いえ、違います。」

和江のさっきまでの泣き叫んだ声ががらりと落ち着いた声に変った

「だったら電話に出てください。」

和江は電話の録音ボタンを押し、和成に固定電話を渡した

和成はしぶしぶ電話に出た

「はい。どちら様。」

「雑誌、拝見しました。」

「それはどうも。」

機械音声は続けた

「赤原紗枝さんを誘拐しました。」

「は?」

和成は電話に怒鳴った

「お前は俺を脅しているのか?」

「いいえ、違います。私は紗枝さんを今よりも幸せな環境に連れて行っただけです。」

「幸せな環境ってどこだ?この家よりも幸せな家はあるとでも言うのか?」

「はい。あります。」

「どこだ?言え。」

「言いません。紗枝さんのためです。」

「お写真拝見しました。皆さんよく笑っていらっしゃいました。でもあれは本当の笑顔ではありませんね。」

「何をもってそうだと言う。」

和成にはもはやこれまでの落ち着いた表情はなかった

「少しの間だけです。あなたの家にまた笑顔が戻ればお返しします。」

「何をしたらそうなると思うんだ?」

「あなたが今大事なのは何ですか?」

「一族の幸せだろ。」

「いいえ、違います。」

「紗枝を取り返すことだ。」

「いいえ、違います。」

「じゃ、なんだと言うのだ。」

「私には分かります。」

電話がガチャリと切れた

和成は静かに電話を置いた

「警察を呼ぶ。」

和成ががつがつ歩くのを和江はその着物の袖をつかんだ

「呼んでどうするって言うのよ。」

「そんなの犯人を捕まえて居場所を吐かせるだけだろ。」

「犯人から二度と電話は来ないわ。」

「そうだと決めつけるな。」

和成はスタンドを蹴り倒した

「くそ、何が幸せだ。うちよりも金に困らない安定した家庭があるわけないだろ。」

「紗枝が嘘をついている可能性もありますよね。」

和江は薄気味悪い笑いをした

「どういう意味だ?」

和成は首を傾げた

「だって身代金を求めない誘拐何ておかしいではないですか、きっとこれは紗枝が家出をしたいための言い訳なのですよ。だいたいもって一族の繁栄よりも大事なことがあるって言うんですか。」

「でもあの紗枝がみすみす危ない真似とするとは到底思えないぞ。」

「ですから全てが作りなのですよ。」

「身代金を要求しなけば紗枝は俺たちとは会わなくて済む。つまりそういうことか?」

「はい。」

和江はにんまりと笑った

「どうせ紗枝一人がいなくても何も変わりはしませんよ。」

「政略結婚の駒が一つ減るではないか?」

「大丈夫ですよ。寧々や芳子がいるではないですか。」

「それもそうだよな。でも刑事には連絡しておこう。家出なんで世間にでたら都合が悪いではないか。」

「でもそれでは見つかってしまいますよ。」

「大丈夫だ。知り合いに頼んどく。」

そういうと和成は上着のポケットから自分のスマホを取り出し、電話を掛けた

「はいはい。おれおれ。和成。そうそう広大?良かったあ、久しぶり。そうだねいつ以来だろうね。え?要件?折り入って頼みたいことがあるんだけど、誰も人がいないところにしてもらってもいいかな?今コピー室だから誰もいない?分かった。実は紗枝が家出しちゃって。そうそう、俺の末娘の。」

和成は末を強調させて言った

「だからさ、あ、探さなくていいんだ。もしマスコミに嗅ぎつかれたら大変だからさ。いいって極秘任務なんて。だからさ、誘拐って言うことにしてもらってもいいかな?形だけでいいからさ。そうそう。ごめーん、お願い。お願いします。そこを何とか。」

和成は声の割には顔が笑っていた

もう母にも父にも心配していたという顔はなかった

その様子を寧々は襖を通して全て聞いていた


非通知設定の電話


寧々は自室の布団に横になった

「お父様もお母様も本気で心配していたな。確かに紗枝が全てを作ったという可能性もあるけど。」

寧々は忍び足で紗枝の自室に向かった


「これは紗枝のノートか。」

寧々は床に落ちていた一冊のノートを拾い上げた

綺麗だな

誰も住んでいなかったかのように綺麗な部屋

でもこの部屋を寧々が見たのは今日が最初であった

「それにしても何なんだこの量のノートは。」

綺麗だと言うのが第一印象のその部屋の一角にノートが大量に無造作に置かれていた

寧々はそのノートらを集めだし、ふとして寧々は題名の入っていないノートのページを開いた

“5年前の叔父の事件”

ノートの一枚目の紙にそう書かれていた

寧々は首を傾げた

「叔父様は自殺したんじゃないの?」

寧々がノートのページを進もうとした時、寧々のスマホが鳴った

「はい。」

「私、夏美。」

友達の夏美からであった

「なっちゃんどうしたの?」

「紗枝ちゃんがノート残してない?」

「たくさんあるけど。」

寧々は紗枝の部屋を見渡した

「寧々ちゃんが気になったやつだよ。紗枝ちゃんが何か残していないかって。お父さんが言うから。」

寧々は手に持っていたノートをじっと見つめた

「あるよ。」

「じゃあさ、受け取りに行きたいからこれから会わない?」

「いいよ。どこで?」

「烏江通りにカフェあったじゃない。そこにしようよ。」

「う、うん、いいよ。」

“烏江”

寧々の頭に嫌な気がした


ピンポーン

チャイムが鳴った

いつもは行きやしない母が侍女を押しのけて戸口に走った

「どうぞ。」

刑事と母は客間に上がった

父が待っていた

「どうも、赤原和成です。」

父は手を差し出した

「刑事の宇治広大です。」

宇治は大きな手を差し出し、父と握手した

「それにしても大変ですねえ。」

宇治は畳に正座した

「この客間は、財閥の長と直属の秘密侍女のみしか入られないので、漏洩することはありません。もちろん家の他の者も入らないし、知っているからわざわざ近づかないです。」

「それは安心ですね。」

宇治は部屋を見渡した

「何か心あたりのようなものはありますか?」

「仕事柄多少はあると思います。」

「ではどうして紗枝さんが家出をされたと思われたのですか?」

「以前から家を出たがるような言動をしていたもんで。」

父の直属の秘密侍女が襖を開けた

「赤原様、寧々様がお出かけされたいそうです。」

「どこに行くのだ?」

「宇治夏美様です。頼まれた物があるので渡したいとのことです。」

父は宇治にゆっくりと振り返った

「娘だ。会っても大丈夫だ。」

宇治はゆっくりと頷いた

「お父様、中に入ってもよろしいですか?」

寧々は襖越しに声をかけた

「構わん。」

父は冷たく返事した

寧々は上品に中に入った

「あら、お客様、ご機嫌麗しゅう。」

「ご機嫌よう。」

宇治はあたかも高貴な客人に見えるように振る舞った

「お父様、烏江通りのカフェで会おうて言われたの、でも不安だから送って下さらない?」

「今は無理だ。」

父は寧々を見ていなかった

「分かったわ、行って参ります。」

寧々は音を立てず部屋を出た


寧々は烏江通りを歩いていた

紗枝のノートをしっかりと握りしめながら

寧々の電話が鳴った

「はい。」

「…」

電話からの返事はなかった

寧々は宛先を確認した

“非通知設定”

「どちら様?」

「赤原寧々か?」

「そうだけど誰?」

「今手に持っているのはノートか?」

「そうよ。」

寧々は首を傾げた

「どっちの手だと思う?」

「右手だ。」

寧々は右手で握っていたノートをしっかりと握り直し、あたりを見渡した

「誰?どこにいるの?」

「これから誰に会うのだ?」

機械音声は続けた

「と、友達よ。」

「誰だ?」

「そ、それを知ってどうする気なのよ。」

「宇治夏美か?」

「そうよ。だからあなたは誰?」

「…」

寧々はノートを握り直した

「何があってもこのノートは絶対に渡さないから。」

「友達には渡すのにか?」

「頼まれたから。」

「だったら俺にも渡せ。」

「だからあなたは誰なの?近くにいることは分かる。だからどこにいるの?」

「寧々ちゃん。」

後ろで声がした

寧々は慌てて電話を切った

「夏美。」

「誰に電話してたの?」

夏美は寧々のスマホを指さした

「ううん、誰でもないよ。」

「ねえ、ノート持ってきた?」

夏美は急に甘えた声になった

「持ってきたよ。」

寧々は夏美にノートを見せた

「ありがとう。」

夏美はノートを受け取ろうとしたが、寧々はノートをコートの内側に隠した

「どうして?」

夏美は怪訝そうな顔をした

「さっき変な電話があって。」

寧々は慌てて理由を言った

「変な電話って誰から?」

「知らない。名乗らなかった。」

夏美は手を差し出した

「いいからさ、それ見せてよ。」

夏美の声にはいら立ちを見せていた

「カフェで見せるよ。」

寧々はそんな夏美の手を振り払った


しばらく歩きカフェが見えてきたころまた寧々の電話が鳴った

“非通知設定”

「ねえ、いいから誰なの?」

「そのノートを捨てろ。」

「どうしてこれは妹のなのよ。私が勝手に捨てられるわけないじゃない。」

「そのノートを渡すな。」

電話主の声は低くなった

「誰なの?」

「時期にわかる。」

突然後ろで悲鳴が聞こえた

寧々と夏音は後ろを振り向いた

全身黒い布で覆われたものが何か光る物を持ってこちらに走って来た

寧々はとっさに身をよけた

手の甲から腕にかけて鋭い痛みが走った

寧々はコンクリートにうずくまると前方から悲鳴と走る音がした

寧々は腕を抑えながらゆっくり顔を上げると辺りには赤いものが飛び散っていた

寧々は慌てて立ち上がった

犯人から逃げようと体制を整えた時、犯人の顔を覆っていた布が僅かにずれた

「女性?」

犯人はそのまま逃走した

我に返った寧々は目の前に赤く染まった物体を見た

血に染まった夏音の姿だった

逃げる人、助けを呼ぶ人、犯人を捕まえようとする人、たくさんの音が飛び交っていた


「では、と言うわけでなかったことに…」

和成は次の言葉を言おうとした時、和成の携帯が鳴った

「誰だ?」

和成は機嫌の悪い、低い声で答えた

「赤原和成さんですよね。」

機械音が出た

「そうだ。」

「近くに誰かいますよね。」

「妻と侍女がいる。」

「侍女はいなくならせてください。」

「おい、いなくなってもいいぞ。」

和成は侍女に手をはたいた

「紗枝を、娘を返せ。」

和成はこの時初めて紗枝を娘だと呼んだ

「近くにまだ人がいますね。」

「け、刑事がいる。」

「宇治さんですよね。」

「どうして知っているんだ。」

和成は電話に向かってそう叫んだ

「有名なことですよ。」

和成は電話の宛先を見た

“非通知設定”

「宇治さんに変わってください。」

和成は宇治に電話を渡した

「如何にも私だ。」

宇治は強気な態度で電話に出た

「宇治広大さんですよね。」

「いくつか質問してもいいか?」

「何ですか?」

「どうして赤原さんの電話番号を知っているんだ?それにどうして僕が近くにいると分かったんだ?」

「紗枝さんのキッズケータイに書いてありました。宇治さんと和成さんは関係が近いことを以前に雑誌のインタビューでおっしゃいましたね。」

「如何にもそうだ。大学の同期だ。」

「宇治さん。まだこの事件について首を突っ込む気ですか?」

「私は刑事だからだ。」

「家族よりもですか?」

「刑事の仕事は一に仕事二に仕事、三四がなくって五に仕事、仕事仕事仕事なんだ。」

刑事の声はいつもまにか怒鳴り声へと変わっていた

「宇治さん、寧々さんと紗枝さん夏音さんを守るため。」

「何だ?」

「宇治夏音さんを殺害しました。」

「は?」

宇治の顔から血の気を失った

「もう一度言ってみろ。それは脅迫か。」

「いえ、脅迫ではありません。私は烏江通りのカフェの前で寧々と夏音さんが一緒にいるところで殺害しました。」

「どうしてだ。」

「寧々さんと夏音さんと紗枝さんを守るためです。」

和成は宇治から電話をひったくった

「紗枝は生きているんだろな。」

「もちろん生きています。」

「寧々は生きているんだろな。」

「腕に軽傷をおいましたが、大丈夫です。」

「だったらどうして、どうして夏音ちゃんを殺害したんだ。」

和成は落ち着いてそう尋ねた

「寧々さん、紗枝…」

「それはもういい。聞き飽きた。だからどうしてなんだ?」

「三人を守るため、さらにあなた自身もご家族も親族も守るため、これからも私は戦います。」

電話はそれだけ言い残し切れた

「どうしてなんだよー。」

和成は絨毯に泣き崩れた

宇治はただただ茫然としていた


ピンポン

玄関のチャイムが鳴った

ここには来ていないことになっている宇治は慌ててソファの下に隠れた

「はいはい。」

母が小走りでドアに出た

「はい。」

母はドアを開けた

「すみません。」

警察は寧々を連れていた

「寧々。」

母は寧々をきつく抱きしめた

「腕に多少の傷はありますが、命に別状はないです。」

警察は互いに顔を見合わせた

「事件について聞くのはおやめになった方がよろしいかと思われます。錯乱状態を引き起こす可能性があります。何も覚えていないと言うことなので取り調べは無しと言うことに致しました。犯人逮捕に時間がかかる可能性があるのですが。」

「当たり前じゃない。生きていたことだけでもう十分よ。」

「では失礼します。」

警察はお辞儀をして去っていった

母は警察がいなくなるとすぐに寧々から手を離した

「風呂、できてるわよ、食事は侍女たちに作らせるから。」

母はそれだけ言うとサンダルを履き直しながら部屋の奥に入っていった

「ふふふ。」

寧々は薄笑いした

「ふふ、うはは。」

寧々は涙が出るほど笑った

「期待していた私がバカだったわ。」

寧々はそういうと玄関に上り、ドアを閉めた


ドーンドーン〇鐘の音の効果音?「ゴーン」だと思う

お坊さんが付く鐘の音が和成の邸宅に響いていた

〇重々しい感じがない。「寺から聞こえる深い鐘の音が」とかのが良い

夏音の葬儀がここ和成の邸宅で開かれていた

夏音の両親は泣き崩れ歩くことも不可能になっていた

「赤原和成様。」

葬儀屋の人が和成に近づいた

「どうした?」

和成は囁き返した

「私は葬儀屋の野花一郎でございます。以後お見知りおきを。」

野花はそっと名刺を差し出した

和成は黙って受け取った

寧々は首を傾げた

(電話の時の男性の声とそっくりなような)

しかしここは葬儀の間、周りに人も多く話すことははばかられていた

寧々は澄ました顔で夏音に線香をあげた


真夏の太陽の下で


その年の夏

和成は、紗枝がアメリカに留学する予定が前々からあったのだが、急に予定変更となってしまって伝えるのが送れたと一族にそう報告した

そのような話は何一つ聞いていない

ただそれに対し異議を唱える人は誰もいなかった

和成は朝食の席に一族全員と共についていた

夏休みは学校がなく、仕事も長期休暇を取得している者が多い

だから夏休みは一族全員が真っ白いクロスのかかったテーブルに着くことが増えていた

紗枝はいなくなってから一族同士の関係はさらに悪くなっていた

静かなテーブル

侍女たちの足音と食器が重なる音だけが天井高く響いていた

和成は何を思ったのか突然手を叩いた

「夏休みは海にでも行かないか?」

「海?」

寧々は銀のスプーンを置いた

「どうして?」

「そんなに行かないだろ。だからだ。」

「海ってどこでございますか?」

従妹の芳子が尋ねた

「どこかいいところでも知っているか?」

「あたし…私、湘南の海に行きたい。」

「湘南か、いいな。他にあるか?」

誰も異議は唱えなかった

「じゃあ、湘南の海にでも行くか。」

全員無言で首を縦に振った


寧々は海に向かう準備をしていた

「海には入りたくないから水着はいいか。」

そう言いながらボストンバッグにタオルを詰めていた

寧々のスマホが鳴った

“非通知設定”

「また。」

寧々は電話に出た

「またですか?」

「まただ。」

寧々は溜息をついた

「あなたは、私の友達を殺して、それでもまだ何かあるの?」

機械音声は答えた

「あのノートはどこにやった?」

「妹の部屋の机の上に置きました。」

「取りに来る人がいる。そいつから隠せ。」

「どうして?」

「絶対に渡してはならん。」

電話がぶつりと切れた

「もう、何なのよ。」

寧々は紗枝の部屋に向かった

向こう側から段ボールを抱えている従妹の芳子が現れた

寧々は会釈をし、紗枝の部屋に向かった


寧々は紗枝の部屋のドアを恐る恐る開けた

机の上にはあれほどあったノートがない

部屋中にあったはずのノートが全てない

寧々の脳裏に芳子が映った

「さっき芳子は段ボールを運んでいた。もしかしてあの中に。」

寧々は芳子を追いかけた

「ちょっと待って。」

寧々は芳子を呼び止めた

「何よ。」

芳子の声はとがっていた

「その段ボールの中何?」

「何って海に行く物だけよ。」

「ノートは入ってないよね?」

「は、入ってないの思うわよ。」

芳子は動揺を隠すようにとげとげした口調でそう話した

「他になんかあるの?」

「ないけど。」

「だったらそこ、どいてちょうだい。」

芳子は抱きかかえた段ボールで寧々を押した


「海だあ。」

真夏の太陽の下にはたくさんのビーチパラソルがあり、その下でたくさんの笑いがあった

芳子は人込みをかき分けて海に走った

「転ぶわよ。」

後ろから母の康子が叫んだ

父と叔父はテントを立てに場所を探した

母たちは自分たちの子供の面倒を見ていた

寧々は母と一緒に波打ち際で遊び、兄弟たちは泳ぎ、従兄妹たちもそれぞれ遊んでいるかのように見えた

しかし和成と脳裏には違うことが浮かんでいた

(犯人から家族にまた笑顔が戻れば紗枝を返すと言っていた。こんだけ楽しんでいればきっと帰ってくるだろう。)

「おーい。」

和成は子供・女たちを呼んだ

「飯にでもしないか?」

「わーい。」

みんなすぐに集まった

敷物には湯気が立っているスープ、パンの入ったバゲッド、ジュースにシャンパン、さらにはフルーツまで並んでいた

「これ本当にお父様が用意されたの?」

寧々は弾んだ声を出した

「そうだ。」

和成は胸をドンと叩いた

「あれ?」

不意に芳樹が声を上げた

「どうした?」

父はフランスパンを厚切りにしながら尋ねた

「妹は?」

父はビクッツとしながらも冷静を保った

「紗枝は、急な留学で。」

「紗枝じゃなくて芳子は?」

父は首をきょろきょろと回した

「今日は来ているのか?」

「体に障りがあるといけないから祖父母様以外は全員来ていらっしゃるわよ。」

寧々はバナナの皮をむきながら答えた

父の顔が急に青ざめた

「今日いつどこで芳子を最後に見たのか言ってみろ。順番にだ。」

父の声は低く唸っていた

「私は、家を出る時によ。なんか段ボールを持っていらしたわ。」

寧々は目も上げずにそう答えた

「僕は海に入っていこうとしているところを見たよ。」

兄の和彦はコーヒーに口を付けながら答えた

「海に?」

「普通に入っていったよ。」

この家で父に普通に口が利けるのは嫡男である兄くらい、それを実感させられたかのように感じた

「誰か一緒にいたのか?侍女は?」

「一人だった。僕の侍女が一緒に行こうかって聞いてたけどいいって断っていた。お父様、一体どういらしたの?僕にも教えてよ。」

「侍女は?」

「あっちにいらしてよ。」

まだ弟の和則はうまく敬語を使えていない

父はすぐに侍女を呼びつけた

「最後に芳子を見たのはいつだ?」

「私だと思います。」

一人の侍女がおずおずと手を上げた

「いつ、どこでだ?」

「お嬢様が海に入らられようとされていたので引き留めようとしました。」

「それで。」

「でもお嬢様は私に一人で大丈夫だとおっしゃり、ついていこうとすると従弟が呼んでいるのではないのかとおっしゃり、和則様のところに戻りましたが、全く呼んでおらず、慌ててお嬢様のところに戻りましたが、すでにいなくなっておりました。私の不注意でございます。」

侍女たちは深々と頭を下げた

「それはいつのことだ。」

「ついさっきのことでございます。」

父は立ち上がった

「一人で遊んでいたところを波に流された可能性がある。すぐに探すぞ。」

「はい。」

全員は返事をして立ち上がった

(侍女たちは絶対に従妹をお嬢様と呼ぶだけで芳子と名前では呼ばないのか。)

寧々は腑に落ちない顔をした


しばらくして沖の方で叫び声がした

すぐに一族は波打ち際に駆け付けた

探す手伝いをしていたライフガードの人が女の子を抱きかかえていた

「沖の方で浮いてました。」

叔父はすぐにその女の子を砂浜に寝かせた

「意識がないな、すぐに救急車。」

救急車はすぐにきて女の子を連れて行った

寧々ははっとした

(今朝の電話、あれはノートを隠そうとしているものだった。あのノートを探さないと。)

寧々は一族の目を盗んで海に入った


しばらく泳ぎ沖の岩場に段ボールが引っかかっているのに寧々は気づいた

ただその周りの海流は非常に速い

寧々はゆっくりと流されるように泳ぎ、何とか段ボールを手に入れた

寧々はその中からノートを見つけた

「これだ。」

寧々はノートを服に隠した


ゴーンゴーン


寺の鐘が響いていた

芳子のお通夜が寺で行われていた

叔父も叔母も号泣をし、従弟の芳樹は何が起こったのか分からないと言った顔をしていた

ただ祖父母と父の家族のだけが平静を保っていた


その後芳樹は以前にもまして家に帰らなくなり、慶喜も仕事に没頭し、康子までもが趣味に走り、叔父の家族は誰も家庭を顧みることはなくなっていった


とうとう家出


どんよりとした空気が流れている中、季節は冬になった

そう今年の冬は一族の長の次男であり、叔父で政治家の慶喜の甥、さらには名門中学の首席の弟である和則の高校受験が行われようとしていた

当然ながら父は名門の帝国大学附属高等学校の受験を猛烈に押し、一族の他の人からも暗い家庭に明るい報告をと期待を込められていた

ではなぜ中学受験をしなかったのか?

それは兄である和彦に劣らせないためであった

帝国大学附属は和彦の和生高校よりもレベルは落ちる

将来的にもめないようにするための和成の秘策であった

学校ではいつも優秀、家でもいつも勉強をし、休日でも出かけるようなことはせず、いつも学校、塾、家の往復をひたすらにし、模試もよく受けていた


結果は知らないが


とうとう受験の都内の受験の合格発表の日

一族は和則をのぞいた全員がパソコンの前に座った

父がゆっくりと慎重に受験番号を入力していった

兄の和彦が辺りをきょろきょろした

「どうした?」

父は緊張した面持ちで尋ねた

「そう言えば和則は?」

「朝からいないよね。」

寧々も辺りを見渡した

「まだ自室にいるんじゃないのか?」

寧々は席を立ち、和則の自室に向かった


またもや電話が鳴った

“非通知設定”

寧々は電話に出た

「今度は何よ。あのノートはちゃんと紗枝を机の上に置いておきました。」

寧々は怒りと呆れが入り混じっている声をした

「いや、そのことではない。」

電話の声はためらっているかのように聞こえた

「じゃ、何よ。何かあるの?」

「帝霧大学附属高等学校。」

「それが?」

「和則は今そこにいる。」

「そんなわけないでしょ。あの子の成績をもってすればどこにだって受かるわ。」

「その通りだ。」

「だったらどうして?」

「それを言いたかっただけだ。」

電話をそれだけ言うとブツリと切れた

寧々は和則の部屋に走った

殺風景な部屋の机の上に白い封筒が置かれていた

寧々はそれを慎重に手に取り、中を開けた


寧々ヘ


手紙にはそれだけ書かれいてた

寧々は中を読んだ

「お姉ちゃん、この手紙は落ち着いてから読んでね。お父様とお母様とかに見せるのは時間がたってからにしてね。僕は医師になりたいんだ。紗枝はきっと重い病気にかかっていて、それでしばらく家に帰ってないんだ。芳子の時だってもし近くにお医者様がいらしたら助かっていたのかもしれない、だから医師になりたいんだ。もしお父様が言うような高校に行ったらみんな内部進学だから行けないかもしれない。だから僕は帝霧大学附属高等学校に行きたいんだ。僕の成績があれば特待になれる可能性もある。もう下宿先には話をしてある。だから心配はいらないよ。荷物だってちびりちびりと持っていっていたからでもあと一つ欲しいのがあるから戸塚駅の改札口の出て右横のコインロッカーの左端の一番上の段に入れておいてもらえないか?お父様の自室の箪笥の一番上の段の右の引き出しの中にある写真だよ。それさえあればもう大丈夫だから。でもね、もう一つだけやりたかったことがある。だからそれは寧々に任せたい

誰がやっても結局一緒なんだから。でも僕はもうこの家に戻るつもりはないから。じゃあね。寧々。赤原家長赤原和成長女赤原寧々へ。和則より」

寧々は手紙を丁寧にたたみ、封筒に戻し、半分に折ってポケットに入れた

寧々は深呼吸をし、父の部屋に入った


茶色く古びた箪笥を前にして寧々は溜息をついた

「次男はほんと勝手、言いたいことだけ言って、逃げて。楽でいいよ。」

寧々の目頭には涙が浮かんでいた

寧々は和則に言われた位置から、黄ばんだ一枚の写真を取り出した

寧々はもう一度箪笥に手を入れ、写真らしきものが残っていないことを確認すると写真を右のポケットにねじ込み、静かに部屋を出た


寧々は凍り付いている一族のところに顔を出した

「いなかったです。」

「何でだ。あの野郎。よくも恩をあだで返しやがったな。」

父の罵声が響いていた

「どうしたの?」

寧々は父をなだめた

「受けてない。」

「は?」

寧々は父から和則の受験票をひったくっり、画面と確認した

「16481。ない。」

「あの野郎。受けてない。」

父はそばのひじ掛けを蹴り倒した

寧々は右のポケットをそっと触った


それからというもの、和則の電話番号は使えなくなっていた

約束の場所で待っていてもなかなか現れない

和則は本当に一族を去っていった


誰にでも事情はある


年度が変わり

敏文は自室で考えていた

(次々に一族が消えていく。家長の一族は次男に次女が消えた。このまま長男まで消えたらもう叔父の家に家長の存続権はない。すると次は、もう一人の叔父の家族だ。でもそこの長男は全く家に帰っていないし、現に今叔父は家長を継いでいない。するとこの一族の男はこの俺になる。)

敏文は床に寝っ転がった

(でももう一人の叔父さんの妻、康子さんはまだお若い。和江さんと家長は仲が悪い。理由は多分家長が家のことを顧みらないのと和江さんが家事に全くと言っていいほど興味がないことか、次の家長を俺が継ぐには今のうちに芽はつぶしておかないとな。)

敏文は起き上がった

(慶喜さんと康子さんの仲をこれまで以上に悪くするにはどうしたらいいんだろう。康子さんは趣味がたくさんあって、いつも社交的。でも慶喜さんは政治にいるからかいつも暗いし、金に目がない。趣味は接待ゴルフくらいか。康子さんはけちけちしているのが嫌いなんだよな。いつもド派手な衣装を身にまとっているし、皇族の血筋を引いているとか自ら言うし、どこかやっぱり気高いところがある。)

敏文は視線を上げた

(ん?ちょっと待てよ。慶喜さんは皇族の血を引いているとかという康子と結婚することによって弟に家長を奪われたとしてもまだ地位を保っていられる。でも俺にはそんなのはない。ただ母親が家長の妹というだけで赤原家の血筋は薄い。父親だってもうだいぶ前に亡くなったけど普通の一般家庭。それに今まで赤原家に対する不信感があったからか関係は繋いでこなかった。今になってそれが悔やまれるがここは仕方ない。母だって病気だ、もう長くはない。もし亡くなったとしたら俺はただ赤原が名字なだけのただの他人になる。そうなってからでは遅い。)

敏文はベッドから立ち上がった

「行動するのは今だ。」

敏文の脳裏に父の無残な顔が鮮明に映った


敏文は家長の自室に向かい、大きな取っ手が付いたきしむ扉を音が鳴らないように慎重に開けた

高い本棚が並び、いかにも高級そうな家具がいくつも並んでいる

人を寄せ付けないような雰囲気の中にひときわ大きな椅子があった

敏文は恐る恐る中に入ると辺りを見渡した

「叔父様、いらっしゃいますか?叔父様?」

椅子が回った

敏文は目を丸くした

「叔父様。」

ひときわ大きな椅子の中に小さな和成を見た

「叔父様、お姿がお見えにならなかったので、てっきりいらっしゃらないものだと思っておりました。申し訳ありません。」

敏文は丁寧に謝罪の意を述べ、頭を低く下げた

「いや、いいんだよ。」

思いのほか優しい言葉に敏文は目を上げた

「叔父様?」

「君は母が弱ってきているから何とかして欲しいとでもいいに来たんだろ。」

敏文は目を丸くした

(図星だ。)

しかし敏文は顔色一つ変えず

「それはどのようなことでございますか?叔父様?」

和成は優しく敏文に笑い返した

「緊張しておるようだな。まあ、それも無理のないことだな。」

「え?」

敏文は顔を上げた

まさか叔父からそのような言葉が聞けるとは

「今までそなたのことを平民に成り下がった妹の子供としか見てこなかった。だからこういう風になってしまったのだな。」

和成の顔にはいつになく穏やかであった

「叔父様?いかがなされたのです?」

「敏文君。もし今僕が君に家長を継いでくれって言ったらどうする?」

敏文は身を引いた

(これは本音なのか?それとも罠なのか?)

「叔父様にはあのように優秀な息子がいらっしゃるではないですか?娘さんだって優秀なんですし、大丈夫ですよ。」

敏文は余裕を見せた

「そうだったらいいのだか。」

和成は机に向かった

「要件は何だったか?」

「申し訳ありません。忘れました。」

「そうか。」

敏文はドアをきしませて部屋を出た

(今のは、本音なのか?)

「話終わった?」

敏文は驚いて振り向いた

そこには寧々は立っていた

「ああ。」

動揺がばれないようノブからゆっくりと手を離し、会釈をした

寧々は会釈をし、ドアをノックした

「お父様。」

「入れ。」

寧々はドアをきしませることなく上品に部屋の中に入った

敏文は寧々が部屋に入り、完全にドアが閉まるのを待つと足音を立てずにで慶喜の別館に向かった


「お父様。」

寧々は父に話しかけた

父は机に向かっていた

「何だ?」

「さっき敏文さんがいらしてましたね。」

「そうだ。」

「何の話をされたのですか?」

「知らん。」

「私の話をしてもよろしいでしょうか?」

父は短く溜息をつくとやっと寧々の方を向いた

「何だ?」

「敏江さんの容体が悪くなられたそうです。」

寧々ははっきりと言った

「だから?」

「もしもの事があったら敏文さんはどうされるおつもりですか?」

「今日その話をした。」

「それで?」

「本気にはしていないようだった。でもなあれには野心がある。」

「野心?」

「人を超えようとする野心。」

「人を超えることの何が悪いのです?お父様だってお持ちではないですか?」

寧々の声が高ぶっていた

「いずれ和彦に危害が加わるかもしれん。そういう野心だ。」

「そんなことありませんよ。」

寧々は手を横に振った

「そんなことして一体全体何になるのです?だいたい持って敏文さんは家長にはなれませんよ。あんなに立派な兄がいるのに。」

「此度のこと犯人は家の者に違いない。」

和成は声を落とした

「家の者が連続的に襲う必要がありませんよ。だいたいもってすぐに態度でばれてしまうではないですか?」

「母が弱っている今、家長を継がねばいつ自分が消されるか分からない。だからだとすれば辻褄が合うだろ。」

寧々ははっとした

「まさかお父様は敏文さんが犯人だとおっしゃりたいのですか?」

和成は机に向かった

寧々は茫然とその場に立ち尽くした


その日から寧々の日常は変わった

(父のためにも兄のためにもこの家のためにも敏文さんが何かしようとしている証拠をつかまないと。)

寧々は親族の動きに注意を払うようになった


その頃敏文は別館の慶喜の邸宅に向かった

「叔父様。」

敏文はか細い声で呼んだ

すぐに叔父の慶喜が出てきた

「どうしたのだ?珍しいではないか。」

「叔父様、どうしよう。」

敏文は泣き出した

「どうしたどうした?」

慶喜は突然泣き出した敏文を館の中に招き入れた


慶喜は敏文に暖かいミルクティーを差し出した

「これでも飲め。」

「ありがとうございます。」

慶喜はそばにあった椅子にどっしりと座った

「何かあったのか?」

「大変です。」

敏文はミルクティーをそばのスタンドに置くと慶喜のそばによった

「お耳をお借りします。」

慶喜は敏文に体を傾けた

「大変でございます。此度の連続事件、家長が僕に濡れ衣を着せようとしています。」

敏文はあえて家長と言う言い方をした

慶喜は部屋に鍵をかけた

「誰も来ない。詳しく言え。」

「さっき母の体調が悪くなったと家長に報告しに言ったら、家長は息子に継がせるといきなり言ってきました。まだ僕は何も言っていません。どうしたらいいのですか?」

敏文は泣き崩れた

慶喜は優しくその体を起こし

「いきなりと言うのは変だな。君はもしかして何かを疑われているのではないか?」

「はい。それで不審に思って家長の机をチラ見したらパソコンがついていて存続についての法律が示されておりました。僕の平民に成り下がった妹の子だと見ていたと言いました。これは恐らく…」

敏文は言葉を切った

「此度の事件の犯人を敏文と俺による共犯だとしたいと言うわけか。」

慶喜は椅子に倒れた

「教えてくれてありがとう。君がいなかったら僕は危ないところだったよ。」

「聞いていただいてありがとうございます。」

「いや、いいよ。対処は私がするから。」

「はい、ありがとうございます。失礼します。」

敏文は雑誌を置いているスタンドに引っかけ派手に転んだ

「叔父様、申し訳ありません。」

「いいよ。その辺雑誌、欲しかったらあげるから。」

「はい。」

敏文は何冊か雑誌を掴み、部屋を出た

慶喜は敏文が出ていく様子をじっと見ていた


次の日

「敏文様、敏文様。」

敏文の直属の侍女が敏文をゆすり起こした

「何だね?」

「叔父様がお呼びです。」

敏文は薄目を開けた

「叔父ってどっちの?」

「慶喜叔父様ですよ。なんでも先日の話の続きをしたいから他の家の者にばれないように来てくれないかって。先日の話とは一体全体何のことなのですか?」

侍女はベッドのそばのスタンドに暖かいお茶の入ったマグカップを置いた

「朝食を取る前でもいいってですよ。」

「今、準備するから少し遅れるって言ってくれないか?」

「はい、かしこまりました。」

侍女はお辞儀をすると部屋を出た

敏文は昨日もらった雑誌に目を通した

「やっぱり政治系が多いなあ。」

その中で敏文は大物政治家が大金を受け取っているところの写真を目にした

「そう言えば敏江さんは金があまり好きではないって聞いた。」

敏文はその写真だけを切り取り部屋を後にした


「あら、敏文君。どうしたの?」

敏江は笑顔で敏文を出迎えた

「あの、叔母さん。」

「ん?何?」

敏江は微笑んだ

「僕、叔母さんに伝えなきゃって思ってて。」

「ん?何を?」

「これ。」

敏文は写真を敏江に手渡した

「僕の友達が撮ったんだ。」

康子は目を丸くした

「この渡している人は建設業者でしょ。それからこっちは…慶喜?」

「はい。そうだと思います。」

康子は写真をじっと見た

「ありがとう。」

敏文は頭を下げ部屋を出た足で今度は慶喜の部屋に向かった


(でもさっきの反応驚いてもないし、怒ってもない。)

敏文は首を傾げ慶喜の部屋をノックした

「どうぞ。」

敏文は自分で扉を開けた

「叔父様、お呼びでしょうか?」

「うむ。」

慶喜はそばの椅子に座るように促した

「あのな、考えたのだが皇族関係の者と結婚すると言うことはどうだ?」

「結婚?」

敏文は目を丸くした

願ってもない幸運であった

「もちろん大学を卒業してからでいいからな、そうすれば向こうの長男に対抗する事ができるぞ。」

敏文は頭を深く下げた

(もし皇族の女と結婚すれば僕の一族内での地位が確実に上がる、そしたらもうあの忌々しい従弟らよりも上に建てる。)

「僕のような一族の切れ端のためにわざわざこのようなことをしてくださってありがとうございます。」

「いいんじゃ、実を言うとな俺も弟には反感があった。だからいいんじゃ。芳樹の代わりだと思ってくれ。」

「はい、ありがとうございます。」

「明日の午後3時に帝国ホテルの最上階のレストランでな。名前を言えば分かるようにしておくから。」

「はい。」

敏文は深くお辞儀をして部屋を出た

慶喜はその姿を片目で見送ると口元に笑みを浮かべた

敏文はそのようななど露も知らず空腹を忘れてスキップで部屋に戻った


ついに明かされた過去


電話が鳴った

寧々は恐る恐る電話に出た

「寧々ちゃんか?」

思いのほか優しい声がした

寧々が電話の宛名を見た

“宇治広大”

「宇治さん?」

「ああ、そうだ。」

「宇治さん、どうされたのです?」

「今、ちょっと時間あるか?」

「はい。」

寧々は自室の鍵を閉めた

「はい、どうぞ。」

「あのな。」

宇治はゆっくりと話し始めた

「あれからなしばらく考えたんだ。」

「何をです?」

「夏音が殺された理由だ。」

「私の一族の関係を持っていたからでしょ。あなたが去ってから私の家ではいろいろありました。芳子は溺れました。和則は家を出ました。私の家はあの立った最初の電話に壊されたのです。それを本当にお分かりですか?」

寧々の声は荒立っていた

「どうしても犯人を捕まえたかった。だから夏音の携帯の通話状況、さらにはその周辺の防犯カメラまで徹底的に調べた。」

寧々は口に薄笑いを浮かべた

「最終履歴は私だったのでしょう。だから何なのです。この私が犯人だとでもおっしゃりたいのですか?」

「確かに最終履歴はあなただった。でもその上にまたさらに履歴があった。」

「誰なのです?」

「非通知設定。」

寧々の顔がこわばった

「ではその人でも探せばいいじゃないですか?」

「周辺の防犯カメラに夏音の姿があった。」

「そうですね。」

「別の人の姿もあった。」

「誰ですか?」

「全身を黒い布で覆い、個人の識別は難しい状況であった。ただな…」

「ただ?」

「額に傷があったのだ。」

「額に傷?」

「Tの文字だった。目にはサングラスをしていたが額だけははっきりと分かった。それと手に赤い斑点のようなものがあった。恐らく感染性の皮膚炎だろう。」

「そんなの誰でもありますよ。」

「実はな、赤原家には過去にも同じ事件があったのだ。」

「?」

寧々はスマホをスピーカー設定にし、耳から離した

「同じ事件?」

「ああ、今から20年前。俺は当時その事件の時の若手刑事をしていた。その時にある違和感を覚えたのだ。それで資料を集めていた。その時今のご隠居様がまだご健在にあられた時に図書館に案内された。図書館というより一族の歴史を集めた物と言った方がふさわしいそのだが。」

「その図書館は今、どこにあるの?」

「ない。」

「ない?」

寧々は電話の録音ボタンを押した

「その場所は今はご隠居様の自宅になられている。」

寧々は自室のカーテンを開け、祖父母の館を見た

「その図書館がどうしたって言うの?」

「当時の家長の次男の長男、和彦が誘拐された、さらに和成の友達の子供が何者かによって殺された、当時勤めていた会社の同僚の子供が溺れた、その兄慶喜の娘が殺された状態で見つかった、ただな、俺宛てに遺書が残されていて警察に直接届いていた。受取人は不明だが、『あと手紙の重大さがない。 今後また同じことが起きるだろう。その時はカギを用いて調べるがよい。鍵が使えるのは一族に必要な人のみ。誰が必要な人なのか、賢明なあなたはわかるはずだ。 』

って書かれていた。」

「今その遺書は?」

「ご隠居様に渡した、当時の俺は一族で一番必要な人間はご隠居様だって思った。調べに調べた。そして最後の資料を見つければ解決できるのではっと思ったが、その時当時俺が家長から渡された鍵では図書室は開かなくなっていた。俺は家長に問い詰めた、けど無駄だった。だから警察はこの件から身を引いた。俺ももちろん身を引いた。」

「でもどうしてそのことを私に言うの?もっと信頼できる人ならたくさんいるでしょ。」

「今回の事件と前回の事件とは同一人物。犯行手順が似ている、模倣犯だと言ってもおかしくはない、あなたは以前に娘と共に襲われた時に助かった。つまり犯人はあなたは殺す気はなかった。あなたは一族にとって必要な人。だからこの事件の謎を解いて欲しい。それが俺と妻と夏音の願いだ。」

「奥さんと仲良くなったの?」

「ああ、あの後きちんと話をしてもう一度やり直そうってなった。」

「そう、それは良かったわね。」

「ああ、そうだな。」

「何とかしてその図書館の中に入ってみるわ。宇治さんと奥さんと夏音と宇治さんの家族のために。」

寧々は電話を切った


「お爺様とお婆様は何かを隠している?」

寧々は独り言を言うとスマホを片手に持ち、部屋を出た


寧々は祖父母の館の扉の前に立っていた

(改めて見ると大きな家だな。)

寧々は扉の優しくノックした

「お爺様、お婆様。」

「お入り。」

中から優しい声がした

寧々はゆっくりと扉を開けると中に入り、音を立てず扉を閉めた


「わあ、綺麗なコップ。」

寧々は机の上の切子硝子のコップを指さした

「買って来たんだよ。東京観光の土産だ。」

椅子に座っていると思っていた祖父がいつの間にかそばにいた

「どうしたんだね。いつもは来ないからね。何かあるならお座り。」

祖父はしわが入った大きな手で寧々に頭を優しくなでた

「お爺様。」

寧々は椅子に座ったが、口ごもり、すぐに立ち上がった

「おじいちゃんでもいいぞ。」

祖父は座り直すように寧々に促した

奥からレモンティーのいい匂いがして、祖母がおぼんをもって現れた

「レモンティーでも飲むか?」

祖母が寧々の前の高さの低いテーブルに湯気の立ったいびつな形のコップを三つ置いた

「一番手前のが寧々ちゃんのだっけえ。」

祖母は布巾に手を拭きながらおぼんをもってまた奥に入っていった

「ありがとうございます。」

「いいんじゃ。いつも会わないかなら、たまにはこういうことをあっていいもんだ。」

そう言いながら祖父は熊だと認識できるのがやっとだというようなコップに手を伸ばし、息を吹きかけた

「おじいちゃん、そのコップって、もしかして。」

「ああ、これか。」

祖父は懐かしそうにコップを見た

「前にな、家族で山に行った時があっただろ。その時にみんなで作ったではないか。それで僕たちにくれてな。他のは壊れてしまったんだが、寧々が作ってくれたやつはまだ残ってるな。なんでも強度があるんだ。」

祖父はコップを優しくなでた

「みんなのはすぐに壊れてしまったんだがな。」

祖母が奥から戻って来た

「急にどうしたんだ?」

「この家に様々な事件が起こっていることはご存じですか?」

「ああ、もちろんだ。」

「過去にも同じことがあったんですよね。」

祖父はコップを置いた

「誰に聞いた?」

「刑事です。」

「宇治か?」

「はい。」

「宇治は何にもこの家のことを理解していないな。」

「宇治さんと知り合いなのですか?宇治さんが家にいらしてた時、お爺様はその場にいらっしゃらなかったでしょ。」

祖父は大きく溜息をついた

「宇治から何か言われたのか?」

「この家には20年前に同じ事件があったって。」

「ほんと宇治はこの家のことを何にも理解していないようだな。」

「理解とは何のことです?」

「寧々、お前もか?家長の長女でありながらまだ気づいていないのか?」

「何のことですか?」

「明日の午後3時に帝国ホテルの最上階のレストランだ。そこで君も全てを知る。」

祖父は寧々をじっと見た

「もし止めたかったらそれまでに事実を見つけるのだ。」

寧々はレモンティーに揺らぐ自分の顔を見た


私、絶対に負けないから


寧々は自室に戻ったその夜

寧々の電話が鳴った

「はい、どちら様。」

「俺だ。」

寧々は電話の宛先を見た

“非通知設定”

「今度は何よ。」

「図書室に接近したのか?」

「接近?」

「図書室に近づいたのかと聞いているのだ。」

寧々は電話のスピーカーモードにし、机の引き出しから録音機を取り出した

「どうして知っているの?」

寧々は録音機のスイッチを入れた

「…」

「どうしてよ。」

「…」

「もしかして防犯カメラでもあるの?」

「ございません。」

「盗聴器でもあるの?」

「ございません。」

「じゃあ、何のよ。」

「敏文さんを助けたいのですか?」

「当たり前でしょ。」

「どうしてですか?」

「従弟なんだから。」

「今回の連続事件の犯人を見つければ、敏文さんを救うことできます。」

「どういう意味よ。」

「紗枝さん誘拐事件から敏文さんまで全て一人の犯人によって行われています。」

「あなたじゃないっていうこと?」

「はい。」

「じゃあ、誰なの?」

「僕はそれを知りたい。」

「じゃあ、あなたは誰?」

「そのノートを使って全てを解きなさい。そうすれば分かる。」

「じゃあ、私はあなたを信頼してもいいって言うの?」

「はい。」

「では一つあなたに情報を与えようかしら。」

「どうぞ。」

「図書室に何かあるんでしょ。」

「はい。」

「その図書室は祖父母の館の中にある。」

「…」

「これでどう?」

「…」

「もしあなたが犯人なら私はあなたにノートを渡す。そしてあなたはそのノートを使って祖父母の館に入ればいい。そして図書室に入ってお目当てのものでも取ればいいんだわ。」

「それはできません。」

「どうしてよ。」

「それをやるのは犯罪者のやることです。」

「あなただってそうよ。」

「僕は犯罪はしていません。」

「だったら。」

寧々は高ぶっていた気持ちを抑えた

「だったら、夏音の事件はどうする気なのよ。あなたは私に電話をしてその直後に襲われた。」

「でも、あなたは、残った。」

機械音だといっても声が仰いでいるのが分かった

「どうしたの?」

「速くしてくれないか、僕はもう短い。速くそのノートを使って真実を解いてくれ。」

「だから、あなたは誰?誰なのよ。」

「…」

電話は無言で切れた

寧々は一息ついた

「これは賭けだわ。もし電話の相手は犯人なら今晩必ず動く。もし違ったら敏文さんのところに行って真実を見る。」

寧々はスマホを電源を落とすと、布団に投げ起き、ベッドに倒れこんだ

ツナグ


次の日

敏文は綺麗な服装をして帝国ホテルに着いた

時刻は3時にちょっと前

敏文は深呼吸をすると回転ドアを押した

「お連れ様はいらっしゃいますか?」

すぐにホテルマンが敏文に声をかけた

「いない。」

「宿泊ですか?それとも…ご食事ですか?」

ホテルマンは小さな鞄しか持っていない敏文を不思議そうに見た

それでも高貴な家の子供だろうと思っているのだろう

疑ってかかるということはなかった

「赤原、赤原敏文です。叔父に頼まれて来ました。」

敏文は赤原とはっきりそう言った

「あっ、今日のお見合いの方ですね。少々お待ちください。」

ホテルマンは深くお辞儀をすると小走りにフロントに戻った

すぐに別のホテルマンが走り出てきた

「赤原敏文様。どうぞ、こちらでございます。」

ホテルマンは敏文をエレベーターに乗せ、最上階のレストランに案内し、会計で動きが止まった

「申し訳ありません。こちらの手違いでございまして、あちらの個室での案内となりますがよろしいでしょうか?」

敏文はちらっと個室を見た

「何でもよい。」

敏文は個室の前まで歩くとガラッと回転のついた襖を開けた

そこには家長と叔父と家の侍女がいた

「あの…これは一体全体何のことで?叔父様方。」

敏文はひどくショックを受けた

一緒に家長に立ち向かうと言ったはずの慶喜叔父が家長の隣にいた

「そういうことだ。」

慶喜は目をつむった

「では相手の人は?」

「今来る。」


そのころ寧々はホテルの階段を走っていた

「よく分からなかったけど、敏文さんを助けないと。」

寧々は勢いよくレストランに駆け込んだが、そこには誰もいなかった

寧々はあたりを見渡し、和室に灯りがついているのに気づくと、駆け込んだ

「ほら来た。」

父は言った

「ご苦労であった。」

叔父は目をつむったまま言った

「あれ?相手の人は?これは一体全体どういうことですか?」

目の前には倒れている敏文がいた

「起こさんでもええ。」

父はビールジョッキを一気飲みした

「睡眠薬で眠らせているだけだ。大丈夫だ。生きている。」

「でも、どういうことですか?」

「敏文はこの家の存続権を奪おうとしていた。和彦がいるというのに。だからこの家から追い出す。」

「どうしてよ。ねえ、どうして。敏文さんが叔父様に相談なさるのは分かる。けどどうしてお父様までいらっしゃるって言うの?」

「昨日な。」

叔父はポツリポツリと話始めた

「敏文が去った後に康子が来た。そして写真を差し出した。もちろん僕は尋ねた。何の真似かってね。そしたら妻はこの写真にあることは事実かって言うんだ。でももちろん違う。僕は確かに賄賂は渡していた。けどその建設会社には一度だって会ったことはないんだ。もちろん渡すはずもない。だから僕は敏文が家を出ている間にこっそり部屋に入って調べたら僕が以前に渡した雑誌が切り抜かれていた。その場所には確か大臣が建設会社から大金を受け取っていたというページだった。だから僕はもう敏文を信用することはできなくなった。そんな時に弟から敏文に和彦の後を存続させようと思っているって聞かせれた。そうすれば敏文を守れる。ただそれでは芳樹にはもう一生会えないかもしれない。それは嫌だ。どんなに家に帰ってこなくても、話をしていなくても、やっぱり俺の息子だ。みすみす捨てたくはない。だからこうするしかなかったんだ。敏文さえいなければまた俺は芳樹と仲良くなれるかもしれない。」

慶喜は目頭を押さえた

「許してくれ。」

バタン

襖が突然開いた

「お父さん。」

そこには芳樹が立っていた

「お父さん、そうだったの?それは事実なの?」

「うん。」

慶喜はしっかりと頷いた

「そうだったんだ。僕、てっきりお父さんのこと誤解していた。」

慶喜は首を傾げた

「どうしたって言うのだ?」

「僕、てっきり、お父さんが犯人だと思ってた。」

慶喜は目を丸くした

「そんなわけないじゃないか。」

「だってお父さん、芳子がいなくなった時も平然としていたし、叔父さんと今後の打ち合わせまでしていた。お父さんと叔父さんが手を組んでいるんだって勝手に決めつけて証拠を握ろうとしていた。でも、今朝電話があって、今を逃すと一生後悔するだろうって言われて、場所を教えてもらって来た。」

「電話?」

寧々は目を丸くした

「そう、今朝電話がきて、非通知設定だった。」

「非通知設定?」

今度は父が反応した

「その声は女だったか?」

「ううん、機械音だったけど、男性の声のような気がした。」

「男性?」

父が首を傾げた

「女性じゃないのか?」

「私も女性じゃなくて男性だった。」

「俺は男性だった。」

叔父が手を上げた

「叔父様のところにも?」

「ああ、ある日突然電話がかかってきて、敏文の行動を注視せよって言われた。」

「電話の主は二人いる?」

寧々はメモ帳を取り出した

「お互いに詳しく話そう。」

父は眼鏡を拭いて、かけ直した

「俺はちょうど一年前くらいかな。突然家の固定電話に電話がかかってきて、妻が最初に出て、それから俺が電話に出て、紗枝を誘拐したと言われた。それで本当に幸せな家族になれたら返すって言われて、それで切れた。でもその後また電話がかかってきて。」

「ちょっと待って。」

寧々は父の話を遮った

「その声は男?」

「女。その数時間後に今度は刑事の一人娘と寧々が襲われたと連絡が入った。その時の声は女。」

「その後に芳子が亡くなった。」

寧々は鉛筆を静かに机に置いた

「叔父さんは?」

「僕は先週くらいに電話がかかって来た。男性の声だった。敏文に注視しろってそれから敏文が来た。」

「予言したって言うこと?」

「恐らくそうだろう。」

「じゃあ、一その男は何者なんだ?もしかしてその本当の犯人を知っているとでも言うのか?それとも家の中に防犯カメラとかでもあるって言うのか?」

叔父は腕組みをした

「それは違う。」

寧々は首を横に振った

「以前にあなたは誰と聞いた時、答えなかった。でも防犯カメラとか盗聴器でもあるのかという質問にはないってはっきりと答えた。」

「それだって嘘かもしれないだろ。」

芳樹は頬杖をついた

「それだけじゃない、次期に犯人は分かるってそう、確かに言っていた。」

寧々は鉛筆を持ち直した

「時系列に並べ直そうか。」

去年 紗枝が誘拐された 和成へ電話女 寧々へ電話男

数時間後 寧々と夏音襲われる 和成へ電話女 襲ったのは女

今年 芳子溺れる 寧々へ男

今年 和則家出る 寧々へ男

今年 敏文家出る予定 慶喜へ男

「襲ったのは女?」

芳樹は首を傾げた

「そう、襲われた時黒い布の隙間から目が見えた。綺麗な目をしていた。」

「綺麗な目?」

「犯罪者ではないように見えた。」

「二人犯人がいる?」

「芳子が溺れる時、男から連絡が来た。」

「内容は?」

芳樹は寧々から鉛筆を受け取った

「ノートについて聞かれた。」

「ノート?」

「ノートを取りに来る人がいる。」

「それは誰?」

「確証したわけではないけど多分芳子。」

「そのノートに何が書いてあるのかだな。」

「夏音と襲われる時も電話でノートについて聞かれた。」

「そのノートの持ち主は?」

父が首を傾げた

「紗枝。」

父の目が大きく見開かれた

「どうしたの?」

「もしかして紗枝は何かに気づいたんじゃないのか?」

「気づいたって、何に?お父様。」

「分からない。けど何かに気づきそのノートの書いていた。そのことをどこかで知った犯人は取り返したいがあいにく紗枝は持っていなかった、だから周りの人を狙うことによってノートを取り返そうとしている。」

「でも前に男の人にノートをあげると言った時、一言あなたが持っていないと意味がないって。」

「どうして寧々なんだ?」

叔父が手を組んだ

「そのノートを見ないことに何も分からないな。」

「私取ってくる。」

寧々が席を立とうとした時電話が鳴った

“非通知設定”

「非通知設定だ。」

寧々はスマホをテーブルに置き、スピーカーモードにし、電話に出た

「はい。」

みんな寧々のスマホをじっと見た

「この電話に出ている人は誰ですか?」

「寧々。」

「周りにいるのは?」

話そうとする父の口を寧々はふさいだ

「いない。」

「そんはずないですよね。」

寧々は人差し指を口の前に立てた

「本当はそこに誰がいるのですか?」

「どうして誰かいるって思ったの?」

「あなたらが今朝家を出ていくところを見ました。」

「見張りでもしていたということ?」

「まだ分からないのですね、赤原寧々さん。あなたもそろそろ気を付けた方がいいですよ。」

「どういう意味だ。」

「次にそのノートを狙いに来る人が本当の犯人です。」

父は電話に飛びついた

「お願いだ、君は紗枝の行方を知っているのか?」

「あなたは誰ですか?」

「紗枝だけでも返して欲しい。」

静止しようとする慶喜を父は払いのけた

「あなたは誰ですか?」

「父だ、赤原和成だ。お願いだ。娘を、娘を返して欲しい。」

父の目から涙がこぼれた

「…」

しばらく沈黙が開いた

「場所は知っています。しかし逃げました。急いだ方がいいですよ。」

「逃げた?」

「今、紗枝さんがいらっしゃる場所は…真犯人が隠した場所です。急いでください。」

寧々は父からスマホを奪い取った

「ねえ、教えてよ。そのノートに何が書いてあるのか。」

「あなたは本当に素直な子なんですね。赤原寧々さん。でも気を付けた方がいいですよ。」

「どういう意味だ。」

父は寧々からスマホを奪い返した

「あなたも寧々さんも今まで助かっていたのはそのノートの内容を知らなかったというのともう一つは私です。」

「私?」

「とにかく速くノートを取り返してください。」

電話がプツンと切れた

「い、い、急ごう。」

叔父は財布を出し、万札を置いた

「俺はタクシーを呼ぶ。」

父は電話を掛けた

芳樹と寧々は荷物をまとめ、スマホを掴み、ホテルから駆け出した

後から父と叔父も走ってきているのが足音で分かった


すぐにタクシーは来て、四人は中に入った

「赤原家の邸宅まで。」

「はいよ。」

タクシー運転手はすぐに出発した

連絡でも受けていたのだろう動きが速かった

しばらくの沈黙の後叔父が口を開いた

「さっきの電話の人なんか急いでいたよな。」

「確かに寧々のそばに誰がいるのか確認しなかった。」

父は小さく溜息をついた

「一体全体犯人の目的は何だろう。」

「そのノートを取り返せば分かるさ。」

叔父は前を向いた

せかされるようにして父も前を向いた

真夏の太陽が四人が乗ったタクシーを熱く照らしていた


五人目の被害者


家に着く前に寧々の電話が鳴った

「はい。」

寧々は恐る恐る電話に出た

「寧々、大変だ、叔母さんが。」

「誰でしょうか?」

“沓川市民病院内科医務室”

聞きなれないところだった

「私だ。和彦だ。赤原和彦だ。」

寧々は目を丸くし、スマホをスピーカービューにし、三人に聞くように促した

「一体全体どうしたって言うの?」

「大変だ、叔母さんが倒れた、父さんは?」

「今隣にいる。」

「変わってくれないか。」

兄からの連絡は切羽詰まった様子だった

父は寧々からスマホを受け取った

「どうした?」

「大変だ、叔母さんが、敏江おばさんが倒れた。」

「いつものことじゃないか。」

「違う、そうじゃない。それだったら俺だっていちいち連絡はしない。叔母さんが、叔母さんが、寧々に言いたいことがあるって。最後の指示をしたいって。」

寧々は父からスマホを奪い取った

「最後の指示?」

「変わる。」

遠くで声がした

「寧々ちゃん。」

しばらくしてか細い声が聞えた

「叔母さん?ねえ、叔母さん、大丈夫なの?どうしてそこなの?」

「あのね。」

「いつもの大学病院は?あそこだったら設備だってそろっているし、家からだって近いってご自分がそうおっしゃったじゃない。」

「寧々ちゃんこれだけ聞いて。」

電話の奥で仰ぐような声がした

「叔母さん。」

「あのノート知らないかしら?」

「あのノート?」

「ほら、青い表紙の、和紙模様の。」

「紗枝…ああ、知っているよ。」

紗枝と言いかかって寧々は言えなかった

今の叔母さんにこれまでの話をするのには無理があるのは明らかだった

「それにさ、鍵があるんだよね。それ使って。」

「鍵?」

「普通の小さな鍵、確か表紙に付けておいたはずだから。」

「鍵なんてなかったわよ。」

「あるのよ。探してみて。寧々ちゃんにならできる。それにね、今までいろいろとごめんなさい。今までもらった物、全て寧々ちゃん宛てに送り返しておいたから。」

「叔母さん。」

電話の向こうで喘ぐような音と横の叫び声が聞こえた

「叔母さん。」

誰ももう電話には出なかった


四人を乗せたタクシーは市民病院に向かった


その日の夕方不思議な遺言を残したまま敏江は亡くなった

享年45

若すぎる生涯であった


その次の日深い眠りから覚めた敏文は海外留学に出された


寧々は一人自室で考えていた

「叔母さん、あのノートには鍵がある。それに今までいろいろごめんなさい。全て私に返しておいた。」

寧々は布団に寝そべった

「鍵って何のことだろう。鍵なんてついてなかった。そもそもあのノートには鍵何て必要ない。」

ドアの叩く音がした

「はい。」

「お嬢様ここを開けて下さい。」

寧々はしぶしぶ立ち上がりドアを開けた

「鍵なんかかけてないけど。」

「これですよ、これ、今朝届いていたんですから。」

侍女が大量の段ボールを部屋に運び込んだ

「誰から。」

「匿名です。」

次女は寧々に配達表を手渡した

「匿名。場所なし。どうやって届いたって言うの?」

「今朝家の前にありました。」

「そう。」

「では失礼します。」

侍女は部屋を出た

「もう、誰からなのよ。これ。」

寧々は大量の段ボールをかたっぱしから開けた

「何これ。ノート何冊あるのよ。こっちは雑誌。」

寧々は顔を上げた

「敏江叔母さんからの遺言があったけどまさかこのこと?」

寧々は雑誌を一部ずつ見た

「どれも事件について書かれているものだわ。それにノートはこの家のこれまでについてまとめたものばかり。」

寧々ははっとした

「この雑誌は家にはないはず。って言うことは敏江叔母さんが御自分で集められた物、これに何かあるんだわ。」

ドアをノックする音がした

「はい。」

「お婆様がお呼びです。」

「はーい。」

こんな時にどうしたんだろう

寧々は祖父母の館に向かった


「お婆様。」

「お入り。」

中から優しそうな声がした

「入ります。」

寧々は一言言ってから中に入った

「お婆様?」

「寧々ちゃんや。」

「あれ?お爺様?お爺様はどこ?」

「外に出ておるよ。」

祖母は寧々に冷たい市販のお茶を出した

「寧々ちゃんは今何していたの?」

「うーん、部屋の片づけかな、お婆様は?」

「私はね。」

と言いながら祖母はそばに置かれた資料の山を遠い目で見た

「何これ?」

寧々は資料の一部を持ち上げた

「青葉台老人ホーム?」

「そうよ。」

祖母は澄ました顔でそう言った

「こっちは緑が丘小学校前有料老人ホームこども託し所併設。」

「そうよ。」

「どうして?お婆様?だってここには家だってあるじゃない。」

「でもここには人はいないわ。」

「いるでしょ、私だってお父様だってお母様だって紗枝はもういないけどみんないるわよ。わざわざ出ていく必要はないわ。」

「私の言い方が悪かったわね、人間は確かにいるわ、でも人はいないのよね。」

「どうして?どうしてみんないなくなろうとするのよ。ねえどうして?」

「みんな?」

「紗枝だって夏音だって和彦だって芳子だって、どうしてみんな私を置いていなくなろうとするのよ、私だって。」

寧々の目から涙があふれた

道江は寧々を引き寄せた

「大丈夫よ、私はただもうやりたいことはやったから、それにもう誰もあなたのそばからはいなくならないのよ。」

「?」

寧々は首を傾げた

「どうして?」

「だってね、これからはみんな戻ってくるわ、きっとね。」

「きっと?」

祖母は資料を手繰り寄せた

「お父様にこの子の伝えておいて。」

寧々はおとなしく引き下がった

ドアから見る祖母の背中は気のせいか以前よりも小さくなったかのように見えた


犯人はあなた


寧々は父にそのことを告げずに部屋に戻った

外は嵐が吹き荒れていた

寧々は首を傾げた

「あれ?今日、雨降る予定何てあったったけ?」

寧々は自分のスマホで天気予報を調べた

「ここだけが赤い表示になっている、急な夕立か。異常気象なのかな?」

寧々のスマホが鳴った

「何?」

「寧々。」

「なあに?非通知設定さん、私は絶対にあなたの正体を暴いてやるんだから。」

「俺を暴いても何にもならない。」

「じゃあ何?」

「鍵の場所は分かったんだろ。」

「どうしてそれを知っているのよ。」

「ノートを取りに来い。」

「取りに来い?」

「ああ。」

「取りに来いってどういう意味よ。」

「取りに来い。」

「だからどういう意味?」

「ノートはどこに置いたのだ?」

「質問が違うわよ。」

「いいからどこに置いた?」

寧々はスマホに耳を澄ませた

「私あなたの正体分かったわ。」

「無理だ、それはできない、絶対にだ。これは機械音声だ。絶対に無理だ。」

「あたかも来て欲しくないような言い方をしますね。」

寧々はスマホを掴み部屋から音を立てないように静かに歩き、一回のリビングに下りた

「来れるわけないだろ。」

「来れますよ。」

「来るな。」

「私をあなたが止められるとでも言うのですか?」

寧々は館内の部屋を一つ一つ確認し、門を出て、祖父母の館に向かった

「俺はお前を殺すことだってできるのだぞ。」

「それは無理ですよ。」

寧々は祖父母の家の一階の開いている窓から家の中に入り、足音が一切立てず、慎重に前に進んだ

「俺は何だってできるのだぞ。お前を殺すことだってできるんだぞ、それでもいいって言うのか?」

「それは絶対に無理ですよ。」

寧々は二階に上がり、暗い廊下に灯りが漏れている正面の部屋のドアを開けた

「そうですよね。」

そこには電話を握ったまま、驚いた表情の、祖父がいた


騙されるな


「どうしてここだと分かったのだ。」

「雨の音がしました。」

「雨?」

祖父は部屋のカーテンを開けた

外はザーザー雨だった

「ほんとだ。」

「この雨はここ周辺だけの急に夕立でした、電話からはそれが聞えた、だとすれば電話はここ周辺から発信されているのだということになります、いかがでしょうか?」

「明確な推論だ。」

「ありがとうございます。」

「でもな犯人は…」

「あなたではないでしょ。」

祖父は目を丸くした

「どうしてそうだと思った。」

「あなたが一族みんなで食卓を囲んでいる時、あなたの顔はいつもニコニコしていた、裏表のない素直な笑顔だった。家族主だったあなたに親族を狙うことなどできないはずです。」

「そうだ。」

「でもどうして犯人に成りすましたのですか?紗枝はどこですか?動機は何ですか?」

「妻が家を出て行った。」

祖父は上着のポケットに携帯をしまった

「はい。」

「知っているのか?」

「はい。」

「娘は亡くなった。」

「はい。」

「鍵が欲しいのだ。」

「なぜですか?」

「見たいのだ、20年前、妻を殺した本当の真の犯人を。」

「20年前にも同じような事件があったということは刑事さんから聞いています。」

「宇治か?」

「はい。」

「他の警察らは見て見ぬふりをしていたがその刑事だけは矛盾点があることに気づいた。」

「矛盾点?」

「人が行方不明になっているのに捜索願が提出しないということだ。」

「どうして捜索願を出さないのですか?」

「都合が悪い。」

「どうしてですか?」

「家長を正しく継がせるために関係のない人は外に出していた、でもどうして和成が家長を継いでいるか分かるか?」

「普通は年功序列よね。」

「そうだ、慶喜と和成の母は亡くなっている、慶喜の母と和成の母は違う。」

「では道江さんはどちらの母なのですか?」

「どちらでもない。」

寧々は首を傾げた

「それってどういう意味ですか?」

「道江は敏江の母だ。」

「ではお父様と叔父様のお母様は?」

「亡くなっている。」

「再婚をされたということですか?」

「ああ。」

「だとしてもそれとこれとは何の関係もありませんよ。」

「あるかもしれない。」

「一体全体何のことを言いたいのですか?」

「慶喜の母は慶喜が8つの時にガンで亡くなった。その一年後に俺は再婚した。でも今度は和成が僅か1歳の時に消えた。と言うより本当は誘拐されたんだ、でもそれでは都合が悪い、だから病死という名目になった、その一か月後に僕は姉の言いつけで社長令嬢と結婚した。それが今の道江だ。道江は妻と似ていた、そのことを踏まえた上で姉も進めたのだろう、でも道江は子供らになかなか親切にはしなかった。というより突き放していると言った感じだった。当時9歳の慶喜は全てを知っていた。だから母を拒んだ。でも当時まだ1歳だった和成には母の記憶はない。だから道江を母だと思い込んだ。それを見た道江は和成を養子にした。その後僕が定年で退職するという時、当然次の家長は世間が見ている、財閥にも政治にも力のある一族だ。変な人は家長にされない。当然母がいないとそこを突っ込まれるかもしれない。だから俺は和成を家長とした。和成は驚いた様子だったがそれを受け入れた。慶喜は理由を察したかのように何も言わなかった。でもことはそれで終わらなかった。道江には娘がいた。それが今の敏江だ。敏江は利発な子供だった。敏江は烏江と結婚した。それで次の年には敏文がいた。僕はその時何も気づかなかった、それが大きな間違いだった。道江は自分の血が流れている方を次の家長にしたかった、当時すでに和彦はいたのだが。それで道江は烏江をそそのかした。もともと一族からいいようには見られていなかった烏江はそれに受けた。受け、一族が集まっていた時にわざと和江にお茶を持ってこさせその中に命にかかわらないくらいの毒を入れて自分の侍女に飲ませた。その場で侍女は倒れそのまま亡くなってしまった。和江はその責任を取らされて家を追い出されそうになったが当時和彦がいたから家には残れた。実はその時お茶の成分とその毒とが反応するとその毒の効果が強く出やすいというものがあった。道江から圧をかけられた烏江はさらなることをした。俺の友達の子供を殺した。さらに和成の仕事仲間の子供を溺れさせた。さらには慶喜の第一子を誘拐した、でもその時俺は気づいた。犯人が烏江であることに。ちょうど今の寧々と同じようなもんだ。遠くから聞こえてくるごみ収集の音楽が全く同じだった。」

「それで烏江さんを殺したのですか?」

「いや、違う。俺は攻めた。自分のことは棚に上げて烏江を攻めた。それで時間をあげるから今後について考えるように話した。しばらくしてみんなの騒ぐ声がして戻ったら烏江は亡くなっていた。その時第一発見者は紗枝だった。その時俺は直観的に感じた。もしかして紗枝は烏江から何か聞いていないのかって。それで烏江に関する物は全て処分した。でも一冊のノートだけが見つからなかった。ある日紗枝は大事そうにノートを持っていた。俺はもしかしてそれかもしれないと思った。だからノートが欲しかった。」

「動機は十分ですね。」

「ノートを知らないか?」

「私の部屋にあります。」

「そうか。」

「いくつか質問をしてもいいですか?」

「ああ。」

「刑事さんはこの家は昔は図書室だったと言いました。それは今、どこにあるのですか?」

「ない。」

「ない?」

「中あった物は全て燃やして消去した。建物は建て替えて今ここにある。他にまだ何かあるのか?」

「あります。」

「何だ。」

「とても重要なことです。」

「何だ?」

「道江さんは烏江さんが入れた毒はお茶の成分と反応すると効果が強く出るということを知っていたのですか?」

「ああ。」

「ならどうして道江さんはそれを止めなかったのですか?」

祖父はうつむいた

「どうしてですか?」

「どうして今俺がこの話をしたのか分かるか?」

「話したかったから。」

「いや、違う。これを見ろ。」

祖父はポケットから丸められた二枚紙を取り出して寧々の前に放り投げた

「ガン。」

「ああ。」

「一体いつから?」

「俺は去年からだ。もう末期だ。治らない。」

「だから今ご自分が知っていることを全て話したと。」

「ああ。」

「こっちは?」

「烏江だ。」

「烏江さんもガンだったのですか?」

「ああ。」

「じゃあ、本当の死因は?」

「自殺ではあるがその時すでに末期で寿命がもうないと言われていた。」

「日付は6年前、ちょうどおじいちゃんが烏江さんを攻めた時。」

「そうだ。」

「じゃあ、本当はずっと前々から知っていたけど言わずにいた。」

「ああ。」

「どうして?」

「全ては妻を取り返すためだ。」

「全ては妻のため?」

「家長から見た場合、慶喜一家も道江も敏江も敏文も烏江も一族じゃない。」

祖父は寧々の髪を優しくなでた

「寧々だったらきっと理解してくれるだろうと思ったからな。やっぱり寧々は利発だな、自分の気持ちには流されない。必ず本当の犯人を見つけてくれ。それから敏文を留学先に出したのはどこの国だったか?」

「英国よ。」

「今頃きっと苦しんでいるんだろうな。」

「どういう意味よ。」

「実は敏文には持病があるんだ。気管支系の。だからイギリスの気候は敏文には合わないだろうな。」

「そのことを他の誰かは知っているの?」

「道江以外誰も知らない。」

「じゃあ道江さんは敏文さんに持病があることを知っていた、その上で敏文さんを英国に送ったということは口封じのため。」

「やっぱり寧々は賢いな。」

祖父は手に持っていた櫛で寧々の髪をとかし始めた

「もしもその話が正しかったら電話の主の一人はあなた、あなたは真犯人からこの家を守ろうとしたということ?」

祖父の体が前後に揺れた

「大丈夫?」

「ああ。」

祖父の体が大きく揺れた

「おじいちゃん?」

もう祖父からの返事はなかった

「だ、誰か、誰か来て。」

祖父はすぐに救急車で病院に運ばれた


真犯人


一週間たち祖父は一命はとりとめ、入院していた

一族もようやく落ち着いた

だが寧々には祖父が言った一言が気になっていた

「敏文さんには持病がある、それを祖母は知っていた。それで以って祖母が敏文さんに家長を継がせようとしたとしたら、祖母が敏文さんを英国に送ったことはおかしい、今回祖母は家を出ていく。取り合えずノートはあるし、後は。」

寧々ははっととした

「やばい。」

寧々は部屋を飛び出し、リビングに走った

母が縫物をした

「どうしたの?」

「ごめん。」

寧々はリビングを横切り父の書室に走った

「お父さん。」

「どうした?」

父は新聞を掴んで目を丸くして寧々を見た

「敏文さんは今英国にいるの?」

「いるぞ。」

「敏文さんに持病があることは知っていた?」

「いや知らない。」

父は首を傾げた

「そんなに急いでどうしたんだ?音がここまで響いていたぞ、敏文がどうしたって言うんだ?」

「大変だ。」

「何が?」

「敏文さんは呼吸器系に持病があって英国の気候は適していない。」

「だったら帰らせればいいじゃないか。」

「そうじゃない。」

「国ならアメリカでもいいんじゃないのか?」

「そこじゃない。」

「じゃ、どうしたって言うんだ?俺は今な忙しんだ。」

父は暇そうに新聞を読んでいるだけだったが

「敏文さんを英国に送ることを最初に言った人は?」

「母だったかな。」

「やっぱり。」

「それがどうしたって言うんだ?」

「敏文さんに持病があったことは知ってた?」

「いや。」

父は首を横に振った

「でも祖母は知っていた。」

「母は孫に持病があることを知ってたとでも言うのか?」

「ええ。」

「でもな、もし仮にそうだとしてもおかしいだろ。だいたい持ってな自分の孫をそんな場所に送るか?」

「それが事実なんだよ。」

「何だ事実って?」

「祖母は、道江さんは、わざと敏文さんをそこに送るようにしたんだ。」

「どうしてなんだ?まさか、殺す気だったとでも言うのか?」

「紗枝、夏音、芳子、それに敏文が狙われた理由。それは祖母の素性を知っていたからだ。」

「どうしてだ?」

「祖母が家族で集まっている時に子供らを見る目がまるで他人を見るかのような目をしていた。敏江さんの年齢は45歳。でもそれにしては年をいっているかのように見えた。お父さん、おばあちゃんはまだ家にいる?」

「さっき出て行ったぞ。」

「スマホ貸して。」

寧々は父のポケットからスマホを取り、電話をかけた

「宇治さん、私、寧々。」

「どうしたんだ?」

おっとりしている声が聞えた

「宇治さん、あなたは今、ある人を捕まえることはできますか?」

「できるがどうした?」

「お父さん。」

寧々は父に振り向いた

「おばあちゃんはどこに向かった?」

「日向とか言っていたから空港じゃないのか?」

「ここの近くの空港は羽田。祖母は運転免許書は持っていない。と言うことはタクシーを使ったとすると。」

寧々は掛け時計に振り向いた

「そろそろ空港に着くはず、宇治さん、祖母を道江さんを今すぐ呼び戻してください。」

「そうするには名目がいる。」

「あなたの娘さんを私の友達の夏音ちゃんがなぜ襲わられければならなかったとか。」

「それが分かるとでもいうのか。」

「はい。」

寧々はしっかりと頷いた

「よし分かった、おい、羽田に人員を送れ。」

電話が切れた

寧々が電話を切った

「どうしたんだ?」

父が目を丸くした

「やっぱり家族なんだね、すごい、お互いのことなんでも分かる。」

「どうしたんだ?」

「今に分かります。」

寧々は父を連れて自室に向かった

「何だこの段ボールの量は。」

父は山盛りの段ボールの向かって叫んだ

「敏江さんが私宛てにだって。」

「何だ何だ、ノートだらけじゃないか、あっ、雑誌もある。でもだいぶ古いやつだな。」

寧々は段ボールから食器を取り出した

「これ覚えてる?」

「おお、覚えているぞ、確かみんなで旅行に行った時に作ったやつだっけ。」

父は懐かしそうに食器類を見た

「あれ?」

父は首を傾げた

「これは作ってないぞ。」

父は食器類の中からお茶碗を取り出した

「お茶碗は作ってないと思うが。」

「開けて見て。」

父は丁寧に梱包紙を外した

「何だこりゃ。」

お茶碗の中には大量の髪の毛が入っていた

「多分叔母さんのかな。」

「でもどうしてなんだ?」

「どうしてだと思う?」

「汚いだけじゃないか。」

「これを使えばDNA鑑定ができる。」

「それで血縁関係でも調べようって言うのか?」

「ええ。」

「調べて一体全体何が分かるって言うんんだ?」

「もし、仮に、道江さんと敏江さんとの間に血縁関係がなかったら、もし仮におじいちゃんと敏江さんとの間に血縁関係がなかったら。」

「敏江さんは誰の子なんだ?」

「それが今回の事件の根本的な理由になる。」

寧々は立ち上がり部屋を見渡した

「ずっと気になっていたのよ、どうして叔母さんは何度も私を病室に呼んだのか。それが今になってようやく分かったわ。」

「これを託したかったということか。」

「ええ。」

寧々は満面の笑みをその利発な顔にまるで子供のようにそう浮かべた


寧々と和成は祖父の病室に向かうタクシーの中にいた

「実はな、敏文は現地についてすぐに亡くなっていたんだ。」

父は表情を落として話始めた

「それからずっと気になっていた、俺は敏文を殺す気は全くなかった、あの時俺が言った言葉は全て事実だったんだ。敏文が亡くなればきっと敏江は悲しむ。そうしたらまたあのようなことが起こるんじゃないのかって。」

「あのようなこと?」

「20年前、同じようなことがこの家で起こった。あの時は烏江が犯人だった。でも俺はその時に思った、犯人は確かに烏江だ、でも本当の犯人は烏江じゃない、烏江以外の人間だって。」

「どうしてそうだと思ったの?」

「烏江はずっとこの家のために尽くしてきた、早くこの家の一員になりたい、それが彼の願いだった、それが今回になってこんな事件を連続事件のしかも家族をターゲットとした事件を起こすはずながない。つまり烏江は誰かに利用されていたんだ。それが今回の事件によって再び確証を持てた。まず娘が誘拐されその次に娘の友達、姪、前の時も同じだった、全く同じと言ってもおかしくはない。模倣犯ではないかと思った。でも和彦は狙われなかった。前回の時は和彦が最初に狙われた。誘拐された。でもすぐに取り返した。まさか母が犯人だったとはな。」

「まだ犯人が祖母だとは言ってないわよ。」

「ほぼ確定だろ。」

「でもどうしてなの?理由がはっきりはしていないじゃない。きちんとしたことが分からないうちは断定しないわよ。」

「それもそうだな。」

父はタクシーの後部座席にもたれかかった


二人は祖父の病室への暗い廊下を歩いていた

「真っ暗だね。」

「そうだな。」

寧々の電話が鳴った

「まさか犯人なはずないよな。」

「警察から。」

寧々は父にスマホの画面を見せた

“神奈川県警察”

「はい。」

寧々はしっかりとした面持ちで電話に出た

「こちら神奈川県警です、赤原寧々さんでいらっしゃいますか?」

「はい。」

「赤原道江さんを羽田の空港内で身柄を拘束いたしました、夫への御目通りを願っておられますが、いかがなされますか?」

寧々は父を横目見た

父はしっかりと頷いた

「大丈夫です。」

「警察車両で輸送いたしますね。」

「あの…」

「はい?」

“血縁鑑定”寧々はそう言おうとしたが父は寧々の肩に手を置いた

「もういい。」

「やっぱり何でもないです。」

「では後ほど。」

電話が切れた

寧々は大きく溜息をついた

「私って何のためにこれをやっているんだろ。」

「親族のためだ。」

「親族?」

「親族がもうあのような残酷な家長争いをせずに済むためにな。」

「それもそうね。」

寧々と父は暗い病院の廊下を歩いた


しばらくして祖母が警察に連れられて祖父の病室に入った

「やっとここまで来たのね。」

祖母の顔は不思議と笑顔だった

「失礼します。」

警官がお辞儀をして中に入った

「検査結果が出たのですがどうなさいますか?」

「いいわ。」

祖母は首を振った

「寧々ちゃん、ノート、持っていない?」

「あります。」

寧々は手提げかばんからノートを取り出した

祖母は丁寧な手つきで開けた

「ほら見て。」

祖母は家族みんなにノートを一枚一枚開けた

「敏江さんと烏江さん?」

和彦はノートをじっと見ながらそう言った

「そうよ。」

「でもお二方も若いわね。」

寧々は無邪気にそう聞いた

「21年前かしら。」

「これがどうしたの?」

「ここを触って。」

祖母は寧々にノートの表紙の真ん中を触らせた

「何か固い物がある?」

「鍵よ。」

「鍵?」

「実はね、もう一つノートが合ってその鍵。」

「だったら取り出さないと。」

寧々は看護師にはさみを持ってくるように尋ねた

「それでいいの?」

祖母はノートの表紙裏を指さした

烏江と敏江が笑顔で笑いその後ろに雄大な海が広がっている実にいい写真だった

「これを切らないといけないのか。」

父は写真をまじまじと見た

「私じゃないわよ。」

祖母は父を見た

「別に疑っていないぞ。」

「あらそういう顔しているじゃない。」

「じゃ誰なんだ。」

「烏江さんよ。」

「どうしてだ。」

「これを使ったら写真を傷つけずに開けられるんじゃないのか?」

不意に後ろで声がした

祖父がメスを持ち上げていた

「メスでなら傷つけずに開けられるんじゃないのか?」

寧々は父からメスを受け取り、慎重に表紙の紙を外した

「あった。」

中には変色した鍵があった

「だいぶ前の物ね。」

「これで何を開けたらいいの?」

「これだ。」

祖父が枕元に手を伸ばした

寧々は祖父の頭を優しく持ち上げ鍵付きのノートを取り出した

「これ?」

「そうだ。」

ノートに取り付けられている鍵を外そうとする寧々の手を祖父が止めた

「どうして?」

「頼むからここ以外にしてくれないか?」

「ここ以外?」

「私は中を知っている、だからもう聞きたくない。私はもう事実を知りたくないんだよ。」

寧々と兄、父それに母と叔父の家族はそろって病室を後にした


家へのタクシーの中で最初に口を開いたのは兄だった

「もし何があったとしても家長は続くの?」

「そうだな。」

「だったら俺、家長に、なってもいいかな?」

「どうしてだ?」

父はまっすぐ前を見つめていた

そんな父にすがるように兄は父の目を見つめていた

「俺、家長になる、そして経済界で働き、この家も、社会も変えたい。」

「この家もか?」

「俺、誘拐されたこと、今だ覚えている。」

父の顔が引きつった

「どうしてだ?どうしてまだ覚えているって言うんだ。」

「あの時、20年前、俺はただ一人で家に残されていた。」


20年前赤原家の和彦の部屋

和彦は家に家族が誰もおらずただ一人泣いていた

ドアが僅かに開いた

「こっちにおいで。」

和彦はあたりを見渡した

「誰?」

「こっちにおいで。」

「誰?」

怯える和彦を黒い影が覆った

「誰?」

「安心しなさい、今からここよりももっといいところに連れて行ってあげるだけだから、その代わりちょっと静かにしてもらえないかな?」

「やだ。」

和彦はきっぱりと断った

「絶対に嫌だ。」

和彦の顔に布が覆われた

もう和彦の声は聞こえなかった


「ていうことがあったんだ。」

「その人がどういう人か分かるの?」

「ああ、もちろんだ。今でもしっかりとその日のことを覚えている。」

「じゃあ誰?」

「叔母さん。」

「もしかして敏江さん?」

「そう。」

「でもどうして?」

「そのまま気づいたらどこか暗いところにいた。」


どこか暗いところで和彦はただただ泣いていた

「そんなに泣かないの。」

「僕を返して。」

「それは無理よ。あなたと私は立派な取引の中にいるんだから。」

タブレットが話していた

「誰が話しているの?」

「…」

「ねえ。」

「静かにしてください。」

「この字、何て読むの?ねえ。」

「非通知設定でしょうか?」

「へえ。」

「逃げないでください。もし逃げたり誰かに話したら、私はあなたと殺さなければなりません。」

和彦は前にもまして泣き始めた

「ほら、ご両親からの連絡ですよ、ほら。」

和彦はタブレットに耳を澄ませた

「お願いだ、和彦を返してくれ、いくらでも支払う。」

「では5億円もって和彦さんの幼稚園の前まで来てください。」

「分かった、だから和彦には何もするな。殺すなんてもってのほかだ。」

「当たり前です。」

「これは和彦にも伝わっているのか?」

「はい。」

「和彦、絶対に待ってろよ。絶対に迎えに行くからな。」

「それなら早くしてください。」


「俺はその時に思ったんだ。どうしてこの人は時間指定をしないんだろうって。だっれほらおかしいじゃないか。」

「確かにそうよね。」

「それからだ一、二時間くらいしてから俺はまた意識を失った。気づいたら森林の中にいた。すぐに父の母もやって来た。俺は助かったんだよ。」

「それは良かったわね。」

父は兄をまじまじと見た

「覚えていないと思ったが。」

「それはお兄様が何歳の時?」

「4。」

「よく覚えていたわね。」

「ああ、よく記憶に残ったなって俺でも思うよ。でも後から思い返してあの時の犯人は確かに敏江さんだった。」

「どうしてそうだと思ったの?」

「わずかに目が見えた。その目はどこか懐かしくて、犯罪者の目ではなかった。」

「私の時もそうだったわ。」

その時、寧々のスマホが鳴った

“非通知設定”

「今なら読めるな。」

兄はほくそ笑んだ

「はい。」

寧々は慎重に電話に出た

「寧々さんですよね。」

「ええ。」

寧々は余裕がある顔をしていた

「今、家には帰ってはいけません、すぐに病室に戻ってください。」

「どうして?それよりもあなたは誰?どうして知っているの?」

「今、家が焼けています。速く逃げて下さい。」

「どうして?」

「あなた方は一足遅かった。」

「どうして?」

「烏江さんが残した最後の魔法が解けてしまいました。」

「どういう意味?」

「ご隠居様に聞いてください。そのノートをここで開けて、事実を知ったうえでです。」

「あなたは、あなたは、敏江さんね。」

「え?」

三人は目を丸くした

「そんなはずないでしょ。」

「その声は敏江さんね、そしてこのノートは敏江さんね。そうでしょ。」

「はい。」

「どうして?」

母が首を傾げた

「だってもう亡くなっているはずでしょ。」

「音声録画です。」

二人の声が重なった

「音声録画?」

母が眉をひそめた

「はい、音声録画を使えばいついつどんな場所にいても、あたかもその場に実在するかのように振る舞うことができます。」

「どうやって?」

「パソコンのプログラムです、電話への応対方法を読み込ませ、その通りに時間通りになったらやるように組み、相手の声に答えて返事ができるようにします。そうすればいつどこにいたとしても可能です。」

「頭がいいのね。」

母は軽く頷いた

「いえ、以前敏江さんが送って来た雑貨物の中に大量の雑誌がありました。経済から事件に関する物まで、実に多趣味でした。でも一つ気になったことがあり、パソコンのプログラムとは無縁そうな叔母が、どうしてプログラムに関する雑誌をたくさん所有していたのか、その点が引っかかっておりました。」

「自分で調べていたということね。」

「はい。」

「はい。」

電話が答えた

「そのノートを開けても大丈夫です。」

電話が切れた

「戻ろうか。」

父が呼びかけた

全員しっかりと頷いた


一冊のノートは山より高く海より深い


叔父家族も合流し病院の談話室で寧々は慎重にノートを開けた

「行くよ。」

「うん。」

全員しっかりと頷いた

「手紙がある。」

真っ白なノートの間に手紙が挟まれていた

「拝啓こんにちは赤原敏江です。」


先週

敏江は病室の机で手紙を書いていた

「皆さんこんにちは。皆さんがこれを読んだ頃には私はもうこの世にはいないと思います。今回の事件の全ての犯人は私です。20年前私は夫が自殺する場面を見てしまいました。」


20年前の日

敏江は嫌な気配を感じ、烏江の自室まで来ていた

敏江は恐る恐るその部屋に入った

「烏江さん?」

「ああ。」

烏江はその冷え切ったでもらんらんとした目を敏江に向けた

烏江の手には包丁があった

「烏江さん?」

敏江はもう一度呼びかけた

「すまないがあっちに行っててもらえないか?」

「今から何をするの?」

「お前の鞄に鍵を入れておいた、それを使って別のノートを開けてくれないか?それから今までの事件の犯人は全て俺だ、でも本当は俺じゃない。」

敏江は慌てて自室に走り戻り鞄から鍵を取り出した

敏江はその足で新婚の時に買った箪笥からノートを取り出し、その鍵を外した

深呼吸すると敏江はノートを開けた

それは目を見張るようなものだった

“全ての犯人は道江だ”

ノートにはそれだけが書かれていた

(このノートがあることが母に分かられたらきっと私にまで被害が来る。速くノートを隠さないと。)

敏江はノートの鍵を閉め直し、鍵をアルバム替わりにしていたノートの表紙裏に隠した

「ここだったら誰も開けられない、そう思った、だがことはそう簡単にはいかなかった。」

烏江さんは亡くなった

自殺と言うことになったが私には元々結婚に反対していた母に殺されたんだとしか思えなかった

一連の事件の後寧々や和則、芳樹や芳子が生まれた

でも私の中では何かぽっかりと開いているものがあった

母は犯人なのかもしれない

でもどこか本当は違うのでは、全て烏江さんが作った物じゃないのかって思ってた

だからあのような事件を起こした

模倣すればきっと本当の犯人が現れるのではないかと思った

まずはじめに外に一人でいた紗枝を狙った

睡眠薬で眠らせて連れ去った

そのまま私の隠家に連れて行った

部屋から出られないようにした。

でも満月の夜に紗枝は逃げた

今どこにいるのか何をしているか分からない

でもその時私には分かった

真犯人が動いている

私には紗枝は生きている

紗枝を連れ出した時に、父から連絡が来た

ノートが警察に渡るぞって

私は焦った

どうして父がそのことを知っているのかと言うことを考えずに

私は無我夢中に家に帰ったが、私の部屋にはなかった

母に家から出た人がいないかと尋ねた

母は寧々がさっき夏音に会うっていなくなったと言った

私は寧々の姿を見つけ、後を追いかけた

寧々が電話に出た後、夏音に会っている姿が見えた

夏音は刑事の娘だ

もし彼女にノートが渡ったらきっと母が見ることになる

だから私は走った

走り走り、気づいたころには横たわる寧々と夏音がいた

寧々はすぐに動いた

けど夏音は意識がないような感じだった

私はすぐにその場から逃げた

家の裏戸から中に入った

リビングに下りた時、人が来ているのに気づいた

廊下にいた侍女に誰がいるのか尋ねた

侍女は、宇治広大さんだと答えた

私は意識を失った

気づいたら病室のベッドに寝ていた

後からの侍女の話で侍女の返答の後に急に意識を失い、救急車で病院に運ばれたのだと

病室にいる時、一人の看護師が一冊ノートを持ってきた

その看護師は沓川市民病院から来た人で烏江さんからもし敏江が来たら渡すようにと言われたと言った

私は受け取り、中を開けた

連続事件の起こし方が書いてあった

まず家長に一番近い人間のうち、もっと年齢が若い人を誘拐する

次に家長の友達の家族を狙う

そして家長の仕事関係の人、一族で年齢が若い順に狙っていく

そしてまだ続いていた

家長は恐らく和成さんに移る

和成さんと慶喜との間に明確な血縁関係はない

二人の母親は違う

そしてどちらも生きていない

もし家長が和成さんになったら慶喜の家族を狙え

きっと慶喜は和成に嫉妬する

私はこれで終わりだと思った

これをすればきっと本当の犯人が現れると烏江さんが私に教えてくれたのだと思いました

私は侍女にパソコンを持ってこさせた

そこから私は電話を送った

紗枝には家から出るなと指示した

侍女から私が倒れたことは家族は誰も知らないと聞いた

だから私はこっそり家に戻って次の事件を起こした

夏音は亡くなったが寧々は生きていると言うことを私は侍女から聞いた

その夏和成さんが一族みんなで海に行こうとしていると侍女から聞いた

その時私は、和成さんは私が言った一言を気にしているのだと思った

私は勝ったと思った

一族の家長にこの私は勝ったのだと

でもその日の夕方侍女が病室に走り込んできた

芳子が海で溺れて亡くなった

私は茫然とした

何もしていないのに20年前と同じ事件が起こせた

私は自分を人の命を操れる天才だと思った

それから私はおかしくなった

敏文を次の家長にしたいと思った

だから敏文にその話をした

敏文はすぐに承諾した

そこから私たちの作戦は始まった

まず最初に敏文にとって脅威となるであろう芳樹を家に寄り付かないようにした

簡単に騙せた

次に和則を家から追い出した

そそのかした

そこから私は兄たちの夫婦仲を引き裂こうと思った

そうすればきっと今までの私の孤独を味合わせることができる

私にはもはや止められなかった

でもそのことに和成が気づいた

和成は敏文をどこか遠くへ送ろうとした

私はそれを阻止したかった

でも母は敏文は英国に留学させると良いと言ったと侍女が話した

敏文には生まれつき持病がある

だから英国の気候は敏文には合わない

そのことは母には相談していた

私は確信した

やはり夫を殺したのは母だ

元々私の結婚に賛同的ではなかったから動機ならはっきりしている

私は元気になり退院した

侍女以外だれも迎えには来てくれなかったがそのことがかえって私にはすがすがしかった

私は家に帰り、ノートを開いた

一枚一枚丁寧に開いていった

きっと慶喜が和成に嫉妬する

私にそうそうと頷き、裏を開いた

そこにはまだ続きがあった

“君が長年悩んでいたことを確かめるためにはこれしかなかったのだ”

私ははっとした

私はずっと遺伝性の心疾患に悩んできた

それは遺伝する可能性が99%と言われている病気だった

でも家族の誰にもそんな病気はない

以前にいくら家系図をさかのぼってもそんな記述はなかった

一族には誰も心疾患の持病を持っている人がいないと言うことが一族にばれたら私は真っ先に追い出される

そしたら敏文を家長にしようとした計画は意味がなくなる

だから私は図書室の中の本は全て捨てて入れないようにした

母は父の三番目の妻であると言うことを気にしてなかなか父とも兄たちとも仲良くしようとはしなかった

だから私は疑った

私は本当は違う子供じゃないのかと

私の本当の親はきっとどこかにいる

その時私は気づいた

烏江さんは私が本当にこの家の子供であるかを確かめるために家族の事件を起こした

誰しもが自分の子供のために必死になった

でも計画の最後の自分の子供に手をかけることはできなかった

烏江さんの計画はこれで終わったのだ

そしてすぐにばれた

だから私や息子に被害が及ばないように自殺した

私はただそのことに見抜けなかったのだ

紗枝は絶対に生きている

和則も生きている

家族はバラバラになってもきっとどこかでつながっている

きっとじゃなくて絶対に

それから今までありがとう

そしてさようなら


手紙を読み終わった寧々の目から涙があふれた

「叔母さん、大丈夫だよ、もう終わったから。」

「そうだな。」

和成の目にも涙が浮かんでいた

「敏江、そんなに悩んでいたなら言って欲しかった。」

慶喜は泣き崩れ、康子は優しく抱きしめた

「これ。」

後ろで声がした

親族は驚いて振り返った

そこには丁寧に折りたたまれた紙を差し出している和則とその後ろに紗枝がいた

「紗枝。」

寧々は紗枝をきつく抱きしめた

「紗枝、無事でよかった。」

「私は元気よ。」

「あの…」

おずおずと和則が手を上げた

「もう怒ってないぞ。」

父は和則を抱きしめた

「僕ね、帝国大学附属高なんだ。」

「え‼」

母が頓狂な声を出した

「だって受験番号はなかった。」

「僕ね、受験番号変えたんだ。」

「でもあなただって私に違う学校に入るって言って写真までもってこさせたじゃない。」

「写真ってこのこと?」

和則は鞄から綺麗に色紙に包まれた写真を取り出した

「もう、ちゃんと見てよお姉ちゃんたら。」

よく見るとそれは祖父と女の人との間の子供の写真だった

「この人誰?」

寧々は写真の中の女性を指さした

「あ、この人。」

父が写真を寧々の手から取った

「この人俺の母さんだ。」

「え‼」

慶喜叔父が叫び、父から写真を受け取った

「ほんとだ、お前の母さんじゃないか。」

「お父さんとおじいちゃんとの間に血縁関係があるわね。」

「俺とあるってことはつまり敏江は本当の妹だったんだ。」

父は敏江のノートを見た

「家族なら言って欲しかった。」


これが本当の事実


その頃祖母と祖父は一緒に病室にいた

「最初の事件、起こしたのは本当に烏江さんなのですか?」

「途中からはそうだった。でも最初は違う。」

「では誰だったのですか?」

「この私だ。」

祖母は目を丸くした

「どういうことですか?」

「家長を慶喜に継がせたかったのだ。それには名目がいる。和彦を差し置いてなどしたら反感を買ってしまう。だからだ。」

「でもあなたにそれができたのですか?だいたいもってあの時はあなただって仕事で忙しかった。」

「だから敏江を使った、俺は実年齢よりも若く見える敏江が自分の子供とは思えなかった。いつも突き放してきた、でもいざことを行うとなれば使えると思った。いつもは話かけない俺が直接彼女に話しかけた。すぐに乗ってくれた。それからしばらくして誘拐することに成功した。しかし和成夫婦はすぎに取り返しに動いた。警察は排除するように求めた。排除してくれた。どんな要求にも呑んだ。それを見た俺は和彦を返した、俺はそれで終わりとするつもりだった、しかし敏江が見返りに二人だけの別荘が欲しいと言い出した、俺は買ってやった、その後の事件の全容は犯人は烏江だった、その20年後、今度は似たようなと言うより模倣したかのような事件が起こった。俺は犯人の模倣ができるのはそのことを知っている一部の人間だけだと見た。だから犯人は敏江だと気づいた。紗枝が誘拐された時、きっとあの別荘に隠しているのだろうと思った、だから誰もいない間に連れ出した。しかし敏江に見つけられるわけにはいかない、だから隠した。その後に和則に全てを話した。そしたら彼は妹を守るために家を出た。敏江は入院をしている、だから電話主は違うと思った、そのことから他に事件の全容を知っている人物を考えたら侍女な気がしたんだ、侍女なら全てのことを知っていてもおかしくはない、だから一人残して全員別の家で仕事ができるようにした、家長制度、これが全ての原因だったのかもしれないな。」

「私、紀子さんのこと知っています。」

「私の前妻の名前をどうして知っているんだ?」

「紀子さんは…すでに亡くなられております。」

「まさかお前が‼」

祖父は口に手を当てた

「いえ、そんなことするはずがありません。」

「じゃあ、どういう関係なのだ。」

「私と紀子は小学校の時の同級生でした、町に一つしかない小学校、紀子はいつも明るく優しくみんなの注目の的になるようなそんな子供だった、でも私は当時最下層の身分でいつもみすぼらしかったおまけに気難しい性格の持ち主だった、私はそんな状況から脱却しようともがきにもがいて有名大学に入った、そこで紀子と再会をした、そこで同じ大学にいながらしにて立場があからさまに違うことを思い知らされた、話しかけることすら許されなかった、そんな時私はあなたを見た、そしてその隣の紀子を。私は紀子が羨ましかった、だってその時あなたは、あなたは、すでにお金持ちの財閥の家長の跡継ぎとして見られていたんですもの、だから45年前のあの日、突然紀子は尋ねてきた時驚いた。今誘拐されていることになっているって、私は彼女から事情を聞いてあなたは一族のために生きている人間だと気づいた、だから私は彼女を匿う代わりに彼女に成りすました、整形もした、言葉遣いも合わせた、そして友達伝いであなたのお姉さんに会った、彼女は私を紀子の親友だと信じた、そしてあなたに私を紹介した。」

「では今紀子は?」

「あなたは20年前のあの日、会っているのよ。」

「会っている?」

「あなたは秘密に私の素性を調べた、そして私の家に行きついた、私はやっぱりあなたはこの私よりも紀子の方を選んだのだと思った、だから私は彼女に詰め寄った、25年もかかったのねって言った、そしたら彼女は私に時間を頂戴と言った、私は待ってしばらくしてのぞいたら死んでた、私はすぐに救急車を呼んだ、だって死なれたら困るからね、そしてあなたは来た、あなたの目には紀子しかなかった。」

「じゃあ、あの時いた女性は…」

「この私。」

「どうして紀子は自ら誘拐されて自殺までしたんだ、だって何も苦労何か欠けていないじゃないか。」

「そこじゃないの、この際だから言わせていただきます、あなたは一族のためだけに動いていた、だからこのざまよ、ご自身が亡くなるって言うのに誰も来やしない。」

道江の声は荒立っていた

「敏江は?敏江はじゃあ誰の子なんだ?」

「紀子さんとあなたの子よ。」

「紀子の?」

「45年前、再会した時、紀子はこの子の面倒を見て欲しいと私に頼んだ、それだけよ。」

「じゃあ、どうして和成とは仲良くしたのか?」

「本当は仲良くする気なんてこれっぽちもなかった、けど紀子を成りすましているから私の和成は恐ろしいくらいに似ていた、それだけのことよ。」

「そうだったのか。」

「私からの質問もいいかしら?」

「どうぞ。」

「家が火事になったのは?」

「残った侍女に家を焼かせた、その侍女は年寄りだった、一番僕の親族から信頼を得ている侍女だった、だから俺は最後の命令をして家から出させた、家が焼けた、もう何も残っていない。」

和良は静かに目を閉じた

血圧計のアラームが鳴り響いた

すぐに医師らが駆け付けた

道江をどかそうとする医師の手を道江は払いのけた

「もういいです。」

医師らはしばらくの沈黙の後、お互いに顔を見合わせて血圧計を外した

「あなた、今までありがとうございました。」

道江の目から涙がこぼれた


     一族じゃない


それから一年後

慶喜叔父と康子叔母、それに芳子の写真を手に抱いている芳樹がホテルを出ようとしていた

「どこ行くの?」

寧々は無邪気に走り出た

「アメリカでな弁護士としての仕事をしに行くんだ。」

「私は趣味の帽子づくりでもお教えしようかしらと。」

「向こうの学校に行ける何て楽しみ。」

心なしか三人は笑顔だった

「名一杯楽しんできてね。」

「寧々もな。」

芳樹はガッツポーズをした

迎えに来る外車やハイツはない

「ほら、寧々も早く仕度しろ。」

ポロシャツにジーパンの父が寧々を呼んだ

「はーい。」

可愛らしいワンピースを着ている紗枝が走り出てきた

「これから飛行機に乗るのよ。」

「分かっているわよ。」

寧々の優しい声かけに紗枝は笑い返した

「よし、じゃ、そろそろ出ますか。」

「はーい。」

母、兄、和彦、和則、それに紗枝の元気な声がホテルの部屋に響き渡った

「ちょっと、待って、忘れ物した。」

寧々は慌てて部屋に戻ると敏文と叔母さんの遺影に手を合わせた

「叔母さん、敏文、行ってきます。」

寧々は遺影を取ると大事そうに上着のポケットにしまった

「ほら、早くしないとフランス行きの飛行機行っちまうぞ。」

「分かってるって。」

寧々は笑顔で走り出た

父の家族はフランスに行き、叔父の家族はアメリカに行った

祖母は一連の事件への関与を疑われていたが晴れて今は施設で静かに暮らしている

寧々が軽やかに閉めたドアの風で、飾ってあったノートが落ちページが開いた


寧々と紗枝が自由の女神像の前でポーズを取っている写真

慶喜と芳樹がエッフェル塔の前にエッフェル塔のポーズをしている写真

和則が自身の高校の前で気取っている写真

康子と慶喜が水辺でたたずんでいる写真

寧々と紗枝と和江に和成がレストランでテーブルを囲んでおいしそうに食事をしている写真

慶喜と芳樹に康子がカフェでランチしている写真

和成の家族と慶喜の家族が一緒に広大な大西洋をバックに屈託のない笑顔の写真


風に吹かれたノートのページは最後になった


“一族じゃない親族だ”


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一族じゃない @reina0526

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