第12話 こんな時間が永遠に続けばいいのに。
重箱の蓋を開けたら、そこには立派な伊勢海老が入っていました。
「…………すぅーーーーーーー」
深呼吸で動揺を抑えつけ、先ほど閉じた重箱の蓋を再び開ける。
全身の毛穴から冷汗が出るのを感じながら、俺は双葉先輩に疑問をぶつける。
「あ、あの、双葉先輩。双葉先輩って、海老が好きなんですか……?」
「父が大の海老好きでな。いつも弁当に入れるようにしているんだ」
「な、なるほど。お父様が……」
だからって普通、弁当に伊勢海老なんて入れねえだろ。
やっぱり双葉先輩は俺と住む世界が違う。あまりにも違い過ぎる。弁当に卵焼きが入っているだけで喜んでいた過去の俺がかわいそうに思えてきた。
俺の様子がおかしい事に気付いたのか、双葉先輩は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして、海老が苦手だったか……? それとも、アレルギーを持っているとか……?」
「いいや、そんなことは断じてないですよ! むしろ海老は大好物です!」
「そうか、それはよかった! 今日の弁当は自信作なんだ。口に合うといいんだが」
ああ、双葉先輩の笑顔が眩しい。そして自分の矮小さが情けない。
伊勢海老が入っているから何だ。双葉先輩が丹精込めて作った弁当。ただそれだけでこの弁当には国宝ほどの価値がある。これをたかが「非常識だ」という一点だけで遠ざけるというのか――否!
どんな食材が入っていようとも全身全霊で食すこと――それこそが、憧れの双葉先輩に見せるべき俺の姿なのではないか!
「では、い、いただきますね?」
「うむ。どうぞ、召し上がれ!」
ウキウキした表情の双葉先輩に促されるがまま、伊勢海老に箸を伸ばす。
丸ごと入っているように見えたが、どうやら綺麗に切り分けられているらしく、甲羅を除けると、綺麗に切り並べられた海老の身が見えてきた。しかも、どうやら味付けまでされているらしい。思っていたよりもめちゃくちゃ手が込んでいる。
切り身を箸で掴み、口の中へと運ぶ――瞬間、ぷりっとした触感とともに、磯の香りが口の中全体に広がった。
「うっっっっっま!!!!」
高校生の弁当で味わえる味とはとても思えないほどの美味さ。お金持ち御用達の老舗とかじゃないとこの満足感は経験できない――それほどまでの高級感。
気づけば、次の切り身に箸が伸びていた。食欲が活性化し、自分自身が止められない。
「双葉先輩、これめっちゃ美味いっす!」
「そ、そうか。そうかそうか! そんなに喜んでもらえたら、作った甲斐があったというものだ!」
褒められた双葉先輩は満面の笑みを浮かべ、「よく食べるなあ」と俺の頭を優しく撫でてきた。なんだこの幸せ空間。この時間が、一生続けばいいのに――
「こーんにーちはー! って、なに美味しそうなもの食べてるんスか、センパイ! ワタシを差し置いて、ずるいッスよー!」
「あぁん?」
騒がしい後輩の登場の直後、双葉先輩の口から乙女が出してはいけない声が放たれた。
完全無欠の美人生徒会長が、事あるごとに俺と二人きりになろうとしてくるんだが。 秋月月日 @tsukihi7
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