第五十五話 その後の顛末②


 ウェストガード公爵家。

 西の盾の異名を持ち、ウェストランド初代国王の弟が建てたという極めて由緒正しい超名門。

 そしてウェストランド第二の都市であるマインを支配する、名実ともにこの国のナンバー2である。

 本拠地がマインなだけあり、代々の当主は武闘派が多く、対魔獣討伐の実績もあって領民からの支持は厚い。他方中央の王城 (レイク)の政治にはあまり口出しをしたがらないという。


「で、どうだった? お城に入った感想は? あそこ、第二層への出入り自由なギルド長でも滅多に入れないらしいぜ」

「そうだね……洗濯物になった気分だったよ」

「なんだそりゃ?」


 大前提としてお貴族様へのお目通りに血や埃で薄汚れた服装の平民が歓迎される訳もなく。

 マイン第三層、公爵家の居城に招かれた僕らは徹底的に身だしなみを整えられた。

 頭のてっぺんから爪先まで洗われ、磨かれた。さらに僕らが来ていた簡素な衣服は一時的に没収、貸し出された仕立てのいい立派な服装に袖を通した後、軽く精油まで振りかけられた。


「使用人の質も調度も豪華で死ぬほど場違いな気分だったのにダイナともどもお世辞まで言われて居心地が悪かったです」

「案外本気だったかもな。お前、顔は悪くないし、少なくとも食い詰め者には見えない品はあるしよ」

「それは比較対象が悪いだけでは?」

「冒険者なんてそんなもんだよ」


 流石のエフエスさんもこんなシチュエーションは想定していないので、彼女の教えも頼りにできなかった。

 僕は現代日本で教えられた礼儀作法を思い出してどうにかこうにか公爵との謁見を果たしたのだ。


「で、肝心の公爵様は?」

「豪放磊落っていうか……迫力のあるお貴族様だったよ。誉め言葉になるかは分からないけど、一文無しで冒険者になっても腕一本で成り上ってきそうなバイタリティがあるっていうか」


 燃えるような赤い瞳、輝くような金髪、生き生きと精気に溢れた目、意志を感じる力強い口調。手には剣ダコ、佩刀した立ち姿は堂に入っており、身体も見るからに鍛えられていた。多分、かなり強い。

 脳筋と野蛮人の聖地を本拠地にしているだけはあり、竹で割ったような性格の、まるで炎のような人だった。

 なにせ、


「挨拶もそこそこに勧誘ヘッドハンティングされたし」

「……マジで? 規格外スキル持ちとはいえ冒険者チンピラを直々に? すげぇなうちの公爵様。身分差とか屁にも思ってねえ。これマジで敬語使った方がいい?」

「いいよそんなの」


 ルフがをしてグビリと麦酒エールを飲んだ。多分、呆れている。

 俺に仕えんか! と大音声での仕官への誘い。多分今頃城に出入りする関係者の間で噂になって千里を走っているのではないか。


「そもそも勧誘は断ったし」

「ぶふぉっ……!? お前もすごいなっ!? 公爵様相手にか!?」


 ルフがをして含んだ麦酒エールを噴き出した。多分、呆れられている。


「返しきれない恩が貯まってる師匠エフエスさんに恩を返す方が先で、筋でしょ? それが終わったら考えますって言ったら大笑いで肩バシバシされて「善哉善哉! 許す!」って許された」

「それで許すのかぁ……」

「裏表を感じさせない、いい人に見えたよ。多分本気で僕を勧誘してくれたと思う」


 状況的にではありえないけど、僕へのヘッドハンティングは本気だったと思う。

 単純明快、豪放磊落。そして。それが僕が公爵に抱いた第一印象ファーストインプレッション

 格式だとか政争だとか、そんなことはいいからお前が欲しい。アレはそんなメッセージだった。


「その後、何故かお姫様まで紹介されたよ。これはほんとにどういうつもりか全く分からないんだけど」

「マジでッ!? 一応聞くけど歳は幾つくらい?」

「僕と同じくらい。元気が良くて、いつも笑顔の金髪のお嬢さんだったけど」


 ダイナの元気一杯な振る舞い(彼女に礼儀作法という概念はない)にも一緒になって楽しそうに付き合ってくれたのが印象に残っている。

 可愛くて、笑顔が優しくて、天真爛漫だが貴人の淑やかな雰囲気を醸し出す。しかもスタイルは抜群。

 こう、民衆がイメージする理想のお姫様像に限りなく近い。そんな少女だった。


「……ガチじゃん。公爵家の三の姫様だよ。家柄が良くて適齢期で気立ても器量もいいからって婚約者争い勃発中の」

「なんか納得。凄い美人だったし人気があるだろうなあ」

「あるだろうなぁ、じゃねえよ! クッソ、俺らなんか噂で聞くくらいしか縁のない高嶺の花なんだぞ!? 羨ましいやら妬ましいやら」

「え、ルフはお姫様に興味あるの? 出会ったら口説くの?」

「いや、流石に口説かねぇよ? 恐れ多いわ。でも美人なら近くで見たいしできるならお近づきになりたいだろ? 結婚とかはいいからさ、こう……一夜の過ち的な」


 恐れ多いと言っている割に清々しいまでに男の願望を隠さないルフになるほどと頷く。分からないではない。実行するほどの意欲もガッツも暇もないけれど。


「まー仕官話はなくなっても冒険者としては別だろ。気に入られたみたいだし、『運び屋』として上客が付きそうで羨ましいぜ」

「それなんだよねぇ。早速『運び屋』としてよろしくってギルド経由で依頼を一件受けてるんだよ。

「? なんでだよ? いい話じゃないか」

「天道との一件が無ければ飛び上がって喜んでたかもなぁ」


 公爵からの仕官話を断ったのはエフエスさんへの恩返しが先だから。

 これは嘘ではないが、裏の理由はレイクとマインの政争に巻き込まれたくない、だ。

 いま現在、天道の暴挙によってレイクとマインの関係は悪化の一途を辿っている。水面下の緊張感はバチバチだ。

 そこへ不本意ながらある種の政治的爆弾になってしまった僕らが深入りするのは、どう考えてもロクなことになりそうにない。


(あの仕官話も半分はだろうし)


 どんな理由と正当性があったにせよ、王城が直々に認定した《勇者》を半殺しにした冒険者を公爵家が取り込む。

 誰がどう見ても公爵家から王城への批判を込めたメッセージだ。

 恐らく公爵に僕らへの悪意はない。だがおかしな形で利用されたくもなかった。だから僕は理由を付けて話を断った。


(とはいえ僕らには最悪の場合サッサと他所の国へ逃げるって選択肢もある。無理に公爵家からの依頼を断って機嫌を損ねる方がマズイか)


 身軽さがウリの『運び屋』らしく、したたかにそう考える。この件はエフエスさんとも相談し、了解済みだ。

 天道との一件で自覚した。

 僕は長い物に巻かれるのは苦ではないが、下げたくない頭を下げるのは嫌だ。それに関わりたくない連中との接点も敢えて増やしたくない。

 僕はできるだけ自由に、この世界を楽しんで生きたいのだ。

 なおここまで語った予測と動向についてエフエスさんと話し合った際、何故か「あんた絶対他所でいまの話を口にしちゃダメよ」と冷や汗をかかれながら念を押された。解せぬ。


「どうした? 急に黙って」

「いや、なんでも。公爵様からの依頼、受けようと思ってさ」

「そうしとけそうしとけ。公爵様はそんじょそこらの貴族と違って頼りがいのあるお人だからよ。よしみを通じられるならその方がいいさ」


 そう誇らしげに語るルフは嘘を言っているように見えず、この世界にもな貴族っているんだなと僕は驚いた。

 まあ僕が知ってる貴族って王城の連中かウェストガード公爵の両極端なんだけど。


「にしても手柄首挙げて公爵家からの覚えもいい規格外スキル持ちの『運び屋』とか一気に追い抜かされた感あるなー。ランクもCに上がって並ばれちゃったし」

「ギルド長から凄い雑にランクアップを伝えられたからあんまり実感ないけどね。さっきも間違えたし。僕ら自身は変わってないのに周りの扱いが変わりすぎだよ。変に睨まれたり下手に出られたりするしさ」


 僕らへの注目度が三段飛ばしくらいの勢いで上がっており、正負両面の影響が大きすぎて戸惑いが強い。知らない相手から睨みつけられたと思えば、身形のいい商人風の人物がもみ手をしながらすり寄ってくることもある。

 だからこれまでと変わらぬ扱いをしてくれるルフやベオさん一家の存在はとてもありがたかった。


「お前ら事実上未来のBランクに内定決まってるからなー。規格外スキル持ちがコンビ組んでこれをぞんざいに扱うバカはいないだろ」

「どうだろ。色々激動すぎて人生一寸先は闇だよ。それでも『運び屋』を続けることだけは変わらないけど」


 結局、この日の実のある会話はここで終わり。

 あとはベオさんが用意してくれた御馳走を平らげながら馬鹿な話をしたり、へたくそな歌を常連客全員で合唱したりした。

 僕は結構楽しかったし、ダイナも心底楽しんでいた。

 うん、と一つ頷く。

 僕はが好きで、大事なのだ。あの日の竜災、いや天道の横暴に抗ってよかったと僕は改めて思った。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 そしてその翌日。

 僕らは早速旅支度を準備万端整え、ウェストガード公爵からのクエストを受注しに冒険者ギルドへ向かった。


「さて、と。準備はいいかな? ダイナ」

「大丈夫。行コっか」


 元々大半の装備や物資は《アイテムボックス》に放り込んであるからこういう時は不足分をチェックして補填するだけでいいので楽でいい。懐もクエスト報酬と公爵からの臨時の報奨金で懐が温かいから物資不足で依頼に臨むこともない。

 クエスト詳細は既に確認済み。

 準備OK、今からだって依頼に赴ける。あとは受注手続きを済ませるだけだ。


「――冒険者ギルドへようこそ。依頼クエストをお求めですか?」


 そしてギルドに足を運べばいつもの謎めいた笑みを浮かべた受付嬢、ミシェルさんが受付で対応してくれる。


「早速ですが、さる高貴なお方からの指名依頼です。『運び屋』としての力量の見せ所ですね」


 あの竜災で一気に注目度が上がった僕らに貴族のツテができたことを連想させる発言で周囲が一斉に騒めきだした。

 数日後にはそのがそれとなく周知され、一人歩きしているに違いない。

 繰り返すが、僕らの注目度は上がった。正負両面で。

 周囲から僕らへの干渉を牽制する、それとないミシェルさんからの援護射撃だ。

 その後、防諜のための隔離スペースでクエスト詳細の相互確認を実施。僕らは問題なく手続きを終え、運ぶべき荷物を受け取った。


「それじゃ、行ってきます」

「エフエス、元気でいテね?」


 ギルドを出た後、僕らはマインを発つ前に療養中のエフエスさんのところに顔を出した。治癒ギフトを受けたとはいえまだ全身に包帯とギプスめいた固定具を巻かれ、痛々しい姿だ。


「わざわざ挨拶なんて要らないわよ、今生の別れでもあるまいし。あとダイナ、今すぐ私の身体から降りなさい。痛いわ、地味に痛いわ」


 しかしエフエスさん自身はすっかり気力を取り戻していた。

 ベッドで横になりながらシッシッと犬でも追い払うように手を振るエフエスさんに僕は苦笑する。なおダイナは気にせずエフエスさんに纏わりついて苦情を言われていた。


「……ったく。帰ってきたら顔を出しなさい。それでチャラにしてあげる」

「はい、そうします。ほら、ダイナも」

「うん、帰ってきたらすぐエフエスに会いに来るね?」


 なんだかんだと僕らを心配してくれるエフエスさんに一別の挨拶を済ませ、僕らはマインの城門を出た。

 天道が破壊した城壁の瓦礫は既に撤去され、大陸西方最大の交易都市レイクを通じて大陸中から呼び集められた職人が修復作業に当たっている。


「人って逞しいなぁ」

「? うン」


 よく分かってなさそうなダイナの相槌に苦笑を一つ。

 馴染みの衛兵さんと挨拶を交わしてからマインの城門を出た。


「……………………」


 街を出て、街道をしばらく歩くとある地点で一気に視界が広がる場所がある。

 そこから目に映る雄大な景色を僕は何度見ても慣れることができない。

 空を見る。蒼空に雲が流れ、吹き去っていく風を感じる。緑と土の匂いが僕の鼻孔をくすぐった。眩い日差しが燦燦と降り注ぎ、大地を照らす。

 地に視線を移せばそこかしこで生い茂る森の樹木は一本一本がこの世界の雄大さを象徴するようなビッグスケール。まるでジュラ紀の原生林に迷い込んだかのようだ。

 ここに来る”前”は想像もしていなかった、荒々しくも眩しい生命の力が溢れる異世界セカイ

 正直、見惚れた。この世界は美しい。今なら素直に認めることができる。


(うん、エフエスさんが言った通りだったな)


 最初は人の悪意に触れ、絶望から始まった。

 それからすぐエフエスさんに会ってこの異世界セカイも捨てたもんじゃないと言葉で、心で僕を教え導いてくれた。

 だから僕はここにいる、相棒のダイナとともに。

 これからも僕らは『運び屋』としてこの世界を巡り、生きていく。



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異世界に召喚されたら『荷物持ち』と馬鹿にされ、追放されましたがギフト《アイテムボックス》で『運び屋』としてこの世界を楽しみます。もう王様や元クラスメイトが落ちぶれようがどうでもいいです 土ノ子 @tsutinoko

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