第3話

夜が明けると、朝から黄色い軟膏がぬりたくられた。ベタベタする。

「…なんですか、これ」

「さぁ。ビタミン剤か薬じゃないか。君らが大騒ぎするから、マスターが動いたんだろ」

こともなげに奥歯がいう。

マスター?宿主のことが?見たこともない。

「やぁやぁ、元気そうだね」

鼻孔が上空から声をかける。

「元気だとも」

奥歯が楽しそうだ。

「がん細胞なら、マスターはぐったりしてるはずじゃ…」

「がん細胞?お前、あんな絵本のおとぎ話信じてるのか。まぁ相当なモンスターらしいからな。見つけたら教えてくれよ。」

奥歯がニヤニヤする。

「まぁオレにもわからんがな。ピースオブマスターさ。我々は学者じゃない。あの物体が、がん細胞かどうか、どうでもいいさ」

ピースオブケイクみたいな軽い口調だ。

「やだ、やめて」

苦しそうに舌が身悶えする。

薬が効いているんだろう。汗を浮かべて、顔を赤らめて。辛そうだ。

「いやだってば」

ジタバタしている。

大丈夫ですか?

前歯がそっと聞くと、舌がのけぞる。

赤い味蕾が痛々しいほど膨らんでいる。

「だめよ、だって…」

「どうしたんです?」

「は、白血球が、内側でぞ、増殖してっ…。ぁ!」

言うが早いか、舌がぐったりと倒れ込んだ。普段いい香りのするのに、なんだか酸っぱいような、変な匂いがする。

見ていると、前歯まで、痛くなってきた。「あ、」

(い、痛い。歯列が痛い。シャワーヘッドを突っ込まれた気分だ。)

前歯は、身をよじる。

「い、痛いです」

「病気もちとダラダラ喋るから。移ったんだろ。そのうち治るさ。」

前歯は、意識が遠のき、失神した。


次の日、起きると、皆が妙にピカピカしている。歯科医で駆除をしてもらったようだ。鬱陶しい菌類やプランクが一掃されていた。

「キレイになりましたね」

「おう、起きたか」

奥歯が声をかける。

「舌さんも。元気になってよかった」

病変が取り除かれ、さっぱりした様子の舌に声をかける。

「…元気そうね」

ぐったりした声で舌は返す。

「なんか機嫌悪いですか?」

「おぅ、お前寝てたもんな。あの後も大変だったぜ。なんせ…」

「ちょっと!」

鋭く舌が制する。

「ほら、朝食のハムチーズトースト、とコーヒー来たわよ」

はいはいと、奥歯が臨戦態勢に入る。

(白血球が侵入したの、舌さんと俺だけか)

ちらりと周りを見渡す。

「舌さん、」

ジロリと睨まれたことを意にも介さず、前歯は声をかける。

「次に、変なのできたら、早めに教えて下さいね」

舌は、顔をそむけて、

「…わかってるわよ」と返事をする。

前歯はニヤリと笑って、ハムチーズトーストを出迎えた。


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体内オブジェクト @yuuki9674

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