後編 今日のことは忘れて
「やあ、遅かったね。女の子を待たせるとは、キミも罪な男だなぁ~」
放課後、授業終わってすぐ校門へ向かうと、そこにはすでに先輩がいた。
「先輩、ちょっと早くないですか?」
そう言った俺の前に突きつけられたのは、今日の時間割。そこには、午前中までの授業しかのってない。
「三年生だからね。もうやることなんてないの。自由登校だしね」
「そうなんですか。それじゃ、先輩は寒い中、ずっとここで待ってたわけですね。昼ごろから」
「そうだよ~。もうこれは、熱く愛し合う運動でしか体を温められな──」
「ところでどこに行くんですか?」
バッサリと切った俺に、先輩は切なそうな声で俺にあたってくる。俺は俺でこういう先輩なんだと思うことにした。
「それで、どこに行くんですか?」
「喫茶店? まあ、無難に行こうよ。寒いし」
「冬ですからね。手、つなぎます?」
「おっ、やさしい。お兄さん、モテるんじゃないですか?」
「それが残念なことに、これが初デートなんですよ」
「それは残念だ。私なんかが初デートだなんて……。残念……? 待って。今、残念って言ったよね?」
「言ってませんよ」
「言ったよ! もう、ヒドいよ。女の子にはやさしくしなきゃだめでしょ」
ノリノリでそんなこと言いながら、先輩はコロコロと笑った。かわいい笑顔にどこか儚さを感じ、それが見事な比率で合わさって、俺の言葉でそれを表現することが不可能なほど美しかった。
「それじゃ、そんな残念なデートに行こうー!」
「先輩すいません。残念じゃないです」
そんなやりとりをしながら、足取りの不安な先輩と一緒に喫茶店に向かった。
ふと先輩から香った匂いは、朝のときより一層強くあの匂いがした。
✻
喫茶店を出て向かったのはゲーセンだった。
今日の思い出になんか取ってほしいと言われたので頑張ってみたのだが、いわゆる惨敗。使える所持金も底をついた。
「まあ、残念ではあるけど仕方ないか。まあ、あんまり期待もしてなかったし」
「えっ……」
「いや、冗談冗談。そりゃ欲しかったは欲しかったけど、こればっかりはしょうがないでしょ」
プラスチック板の向こう側にある巨大なぬいぐるみを見る。あれだけやって、さほどびくともしてないのを見るに、もはや取れる気がしない。
けど、彼女のどこか寂しそうな表情を見ると、胸がきゅっと締まるような思いになる。
「すいません。ちょっと自販機で飲み物買ってきます」
「おうおう、デート中に女の子を一人にするつもり?」
「えっ、あー、いやー……」
「梅よろし」
「あるんですか? ここに」
「知るわけないでしょ、そんなこと」
そう言う彼女は笑っている。たぶん、この辺の自販機にあるんだろう。
「ほら、早く買ってきなさい」
そう言って差し出されたお金を受け取らずに、俺は自販機にまで行くと、梅よろしとポカリを買うのだった。
✻
「まさか、自販機に行くって言いながらキーホルダーも取ってくるなんてね」
「それより先輩、ほんとに大丈夫なんですか?」
たまたま、自販機の近くには彼女が欲しいと言っていたぬいぐるみのキーホルダー版があった。
一回だけと思いながら、自販機で吐き出されたおつりをその台に突っ込み、見事勝ち取ったのだった。
けど、そうして戻ったら先輩はその場に座り込み、辛そうにしていた。
俺が梅よろしを差し出しながら彼女に声をかけると、なんてことなさそうに立ち上がって笑顔を作る。それが心配だった。
別に深い接点があったわけじゃない。
ただの中学のときの部活の先輩。
それでも、ただの顔見知り程度でも、今は彼女の彼氏で、だからこそ彼女が心配だった。
今もどこかふらふらとする彼女が。
「だから、大丈夫だから。それに、こんな思い出に残りそうなキーホルダーもらったら、へっちゃらだよ」
今はゲーセンを出て、町中を歩いている。
先輩の声は、今にも町の喧騒にかき消されそうだった。
「今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ。その、先輩。付き合うの、今日だけと言わず──」
俺の言葉はそこで止められた。
恋人ならなんてことないことなのかもしれない。
けど、彼女からのキスは俺から言葉を奪った。
「いいから、今日で忘れて。そういう約束でしょ。そらじゃ、またね」
そんなお別れの挨拶をする先輩はニコニコと手を振っている。どこか寂し気に。苦し気に。
けど、俺は先輩の言葉通り先輩に背を向け歩き出した。
それから何歩か歩き、なんとなく俺は振り返った。
まだ手を振ってると思って。さっきの言葉の続きを言おうと思って。
けど、そこには倒れて苦しそうにする彼女がいた。
急いで駆け寄った俺に、先輩はこう言った。
「終わったと思って油断させたところで振り返るなんて、ズルいよ」
✻
俺は病院に居た。
側には横たわる彼女。
「ほんと、ちゃんと忘れてって、そういう約束でしょ? 一日、過ぎたでしょ」
「まだ寝てないので」
「そっか」
先輩の手を握りしめる。
彼女の余命が迫っていた。俺はそう確信した。
あのあと、救急車を呼び、俺はそのままの勢いでここまで付いてきた。
病院についてちょっとして、先輩のご両親から彼女が心臓の病気だと軽く教えてもらった。
それからずっと、俺は寝ずに先輩の手を握りしめていた。
「そうだ、名前呼んでよ。一度も呼ばれてない」
「そんなこと──」
「おねがい」
「
「もう、名字じゃなくて名前だよ、呼んで欲しいの」
俺のささやな
とてもかわいい笑みを浮かべて。
だから俺は初めて彼女を呼ぶことにしたのだった。
「
それから先輩は満足そうな笑みを浮かべていた。
そんな先輩を尻目に、俺はその場でただただ静かに泣いていた。
そして、今頃になって先輩の香りが病院の匂いだったことに気づいた。
今日だけでいいから付き合ってよ アールケイ @barkbark
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