今日だけでいいから付き合ってよ
アールケイ
前編 今日一日だけ私と付き合ってよ!
頑張るなんてバカげてる。汗水垂らして頑張るなんてバカらしい。
そうしてすべてを投げ出すことが正当化されるほどには、俺という人間はすべてを諦めていた。
どうせ才能や地位には勝てないのだから。
だから、当然のように恋愛も諦めた。ルックスの悪い俺には無謀だからと。
しかし、先輩がそろそろ卒業しようという二月の冬、学校に登校した俺は、校門くぐり抜けすぐにこう言われたのだ。
「今日一日だけでいいから、私と付き合ってよ!」
理由、理屈、その行動の全てに疑問を感じながらも、一番の疑問はやはりなんで俺なのか。
こんなの、からかってるとしか思えない。
けど、相手は少なくとも俺の知る人物だった。
中学のときの部活の先輩。この学校だったのだと今の今まで知らなかった。
そして、彼女のこともまた知らなかった。
「先輩、その、なんの罰ゲームなんですか?」
「私ってそんなに魅力ない?」
「そういうわけでは……。とにかく、ここだと目立つので、場所変えませんか?」
「うーん、まあ、いいよ」
そう言って振り向きざまに俺の鼻孔をくすぐったのは、女の子特有の甘い香りとかではなく、もっと独特な、子供の頃の嫌な記憶を思い出すような、そんな匂いだった。
足取りのおぼつかない先輩の後ろをついて行きながら、人気のない場所につく。
「さて、ここならいいでしょ」
「はい。で、さっきの告白、冗談ですよね?」
「冗談じゃないよ。私は真剣。本当に好き。ライクじゃないよ、ラブの方。だから、一日でいいから付き合ってほしい」
「信用できません」
自分のことは自分がよく知ってる。好かれる、いわゆるモテるタイプの顔ではない。
ましてや、なにもせずして彼女から告白されるなどありえない。
「どうしたら信用してくれる? 今ここでキスでもする? それとも、やる?」
そんな先輩の表情はまるでそれが嘘ではないと、好きであることが本当であると物語っていた。
だって、涙ぐんでいたのだから。
もしこれが演技なんだったら、俺は騙されてもいいとさえ思えた。
「わかりました。先輩が俺のことを好きだというのは納得したとします。なんで俺なんですか?」
「キミが好きだから。他に理由が必要?」
「好きになった理由は──」
「ないしょ」
口もとで人差し指を立てる先輩の姿は絵になる。思わずドギマギした。
「そ、それで、今日一日ってなんなんですか?」
「もしかして、動揺してる~? もう、かわいい」
「先輩!」
「はいはい。まあでも、そのままの意味だよ。今日一日だけっ」
そう言いながらふらっとする先輩を倒れる前に支える。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと立ちくらみしただけだから。よくあることだし、大丈夫大丈夫」
「そうですか。それで、今日一日だけってなんでなんですか?」
「それは、今日一日だけならきっと忘れられるから、お互いに。ああでも、約束して。今日のことはちゃんと忘れるって」
「なんですか、それ。やっぱり、からかってます?」
「本当に好き」
そう言われてはどうしようもなかった。
つまりは、経験のない俺はチョロかった。
「まあ、わかりました。全て納得してあげます。ですが、今日一日って言っても、今日は学校ありますよね?」
「うん。だから、二人でサボっちゃお?」
いたずらっぽい笑顔とともにそう言った先輩の顔は思わず見惚れてしまうほど魅力的だった。思わずはいと答えそうになる。
「そりゃ、卒業する先輩はいいかもですけど、俺にはまだ一年あるので無理です」
「だよね。だから、放課後。校門で待ってるから」
「えっ? あっ、はい」
「それじゃ、そろそろチャイムも鳴る頃合いだし、教室帰ろっか」
そう言われても呆然と突っ立ってる俺を先輩はじっと見ながら、
「もしかして、やっぱり……ヤッとく?」
「いいです、しなくて大丈夫です!」
「私ってそんなに魅力ない?」
「そういうわけじゃないです。ただ、順番が──」
それからこれみよがしにチャイムが鳴る。
「ほら、早くしないと遅刻だよ~」
「先輩は?」
「私は大丈夫」
ニヤリと笑った先輩を尻目に、理不尽! とか思いながら教室へ走った。
教室では、あのときのことが噂になっていた。
しかし、俺というボッチに話しかける勇気は誰も持ち合わせていないらしく、ただひそひそと話してるだけ。
それは放課後まで変わらずだった。
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