57 探索探索




 現在、道具屋では買えないが、しかし探索においてまさに生命線となるアイテムがある。


 ──水薬ポーションだ。


「まあ、中央棟センターに売ってるんだけど」


 イッサンとイエミチが二つずつ購入している。

 僕は買わない。探索者ローンで買った刀が折れたからだ。支払いが残ってる。くっ。しばらく探索は魔法オンリーでサポートに徹するつもり。


 ポーションは適正価格で販売するなら一番低級な物でも20万は下らない。それを探索者限定で一万〜で買えるのはかなりお得であると、マルオさんに勧められた。

 ということで探索前に三人で見に来ていた。


 ライトアップされた棚に香水の瓶よろしく、いやさらに小さな小瓶アンプルが並んでる。

 製造販売が許可された企業名と共に、五級と四級の回復ポーション。


 各企業は莫大な金を事業団に払い続け、探索者が迷宮で回収してくる素材を高値で買い、一定の品質を担保し、探索者限定とはいえ破格の安さで卸している。

 企業努力と、探索者がもたらす将来の利益を見込んでの価格設定ではあるが、そこまでしてでもポーションの製造方法を知っておくということを重要視しているのだろう。

 仮に日本が崩壊して国家のていを成さなくなった時、彼らのような企業が覇権を握る、そんな未来がある、のだろうか。


    ▼


「それじゃあ、今日も今日とて元気に探索に向かいますか」


 なぜか二人からの反応がニブい。微妙に目線が僕の頭上に向かっているようだ。


「どした?」

「どした? じゃねえよ説明を待ってんだよ」

「……ファッション?」


 二人が言っているのは、まあ、僕の頭にひっついてるウーサシのことだろう。


    ◆


 昨日のこと。

 探索から帰ると部屋の入り口で仁王立ちする影が。

 びくっとのけ反る僕の顔に飛び込んできたウーサシは、スココココココと僕の額に高速突きをかまし、遺憾の意を表明してきたのだ。

 今朝もこっそり出てこようとしたのだけど、回り込まれてしまった。1.5倍くらいに膨らんでわたし怒ってますと言わんばかりの表情で、僕の顔にひっついて口と鼻を塞ぎにかかってきたので仕方なしに連れてきた。


    ◆


「彼はウーサシ。僕の弟だ。よろしくね?」


 スコンとクチバシが僕の頭頂部に落ちてきた。痛い。


「おいおい、まさか自分が兄とでも言うつもりか?」


 フンスと肯定を示すかのような鼻息がかかる。


「いやいやいや、それは容認できないね。どう考えても兄は僕だろう」


 スコン。痛い。


「このやろう。やろうっていうんだな?」


 ウーサシの羽毛を引っ掴む。

 ウーサシは目を三角に吊り上げてクチバシでつつこうとしてくる。

 僕がウーサシの腹をワシ掴みしたところでイッサンとイエミチが割り込んできた。


「お前らは何をやってるんだっ⁉︎」

「これは兄の威厳を取り戻す戦いだッ」


 フンスとウーサシも肯定する。


「アタマの、いい、鳥だな……」


 イエミチが感心していた。


    ▼


「じゃ、改めて探索に向かおうか」

「いいのか?」


 イッサンがウーサシを見て言う。


「大丈夫。ウーサシは頭いいからね。足手まといにはならないよ」


 肩に移動したウーサシが身体を擦り付けてくる。


「ダンジョン内より、今こういう所で見咎められた時にさ、どう言い訳したらいいかわかんなかったから……モンスターだって言って取り上げられるのは困るしね」

「アア……」


 イエミチが悲壮な顔をする。いやまだ取り上げられてないんだよ?


「おいおい。隠した方がいいのか?」

「でも代表理事もウーサシのことは知ってるし」

「はあ? じゃどう扱うかとか聞いてないのか?」

「……いやぁ? あ、」


 聞いてみればいいのか。

 理事の連絡先は知らないので、マルオさんに電話。


    ▼


『別にそのままで構わない。仮に誰かに取られそうになっても、きさまなら自由に召喚・送還が可能だと聞いているぞ』


「あ、そうですね。そうでした」


『ヒトとは違うが友好的なモノの存在ってのをそろそろ知ってもいい頃だろう。絡んできた奴がよほど面倒臭そうなようならこっちに回せ。黙らせるから』


「りょーかーい」


 ということになった。


    ▼


侵入口詰所ゲートハウス』に行くと、いつも以上に多くの探索者の姿。

 最高到達点更新の影響かと思ったがそれだけでもない様子。

 電光掲示板に『陰鬼注意』の文字が流れてる。

 自動入場手続チェックイン機に列ができてるなんて初めて見た。


「かげおに、と」


 端末の情報にアクセス。

 それはこんな見出しから始まっていた。


『迷宮の意志か、誰かの悪意か。』


    ◆


陰鬼シェイドリング


 様々なモンスターの形をとっている。パッと見での区別はつけ辛いが、体表に薄く影を纏っていると云われる。傷付けても出血はなく、墨のような影が飛び散る。死体は残らず、影に沈むように消える。後にはコインを始めとしたアイテムが残される。おそらくそれらアイテムを媒介に陰鬼は作り出されているのだろうと推測されている。

 陰鬼は元になったモンスターより総じて手強いが、元々が弱いモンスターを狙うのであれば、その強さはたかが知れる程度ではある。

 やはり強い個体を倒した時の方が良いアイテムが落ちるとされる。


    ◆


 なるほどな、とイッサン。


「あの興島って人は昨日、陰鬼を倒してお宝ゲットしてきたワケだ」

「……みんなソレ狙い……?」


 イエミチが首を傾げた。ウーサシも傾げているがそれは置いておいて、イエミチの疑問はもっともだ。つまりここにいる探索者たちは最前線に向かうと言うことだろうか。


「大丈夫なの?」

「たぶん、ここにいるほとんどは三層、四層で安定的に稼げてたチームじゃないか? 戦略的に五層のリスクより四層の稼ぎを優先したか、レベル上げの段階だったか、APの関係か……ってとこかな。まあ中には無理してるのもいそうだけど。俺らはどうする?」

「普通に潜るよ、浅層を」

「だよなー」

「でも今日はAP使って何か使えそうな戦闘スキルを取ってもらおうかと思ってる」

「マジか!」

「スキルの感覚は知っておいた方がいいみたいだしね」

「ふーん?」

「しばらくかかりそうだね」


 列を眺めて言う。

 イエミチもうなずく。


「じゃあ、俺は電脳ラウンジでヒマつぶ──情報集めてくる」

「おれ、……もスキルを?」

「うん、きっとプラスになるよ」

「じゃあ、スキル一覧を、見てみる」

「オッケー。【呪文刃】なんかいいかもよ?」


    ▼


 ウーサシを両手でこねくり回しながら考える。

 もしかして、ウーサシは……直径15センチの耐熱ボウルにピッタシハマるのではなかろうか!

 帰ったら試してみよう。そして写真を撮ろう。

 などと考えていたら場がどよめいた。

 入り口から袈裟を着た法衣姿の坊さんの一団。

 先頭はあのアロハにグラサンの派手ヤクザ。もしかして派手ヤクザはヤクザではなく坊さんだったのか。

 坊さんの一団は並ぶ探索者を無視して奥へと入っていく。

 探索者の間から〝ブソーシューダン〟という声が聞こえた。


「武装集団?」

「たぶん思い浮かべてんのとは違うぞ」


 イッサンがメガネ型端末ウェルを外しながら言った。


「最初期から自衛隊に協力してて、今は主に迷宮の最終防衛ラインを担ってる坊さんたちで『武僧集団』ってチーム名らしいぞ」

「ややこしい名を」

「だから大体は『GoAM』って呼ばれてるようだ」

「ゴーム?」

「ああ。『グループ・オブ・アームド・モンクス』だかを短縮して?」

「へー」

「どうやら五層攻略の活発化を見越して、迷宮内の安全地帯構築の計画が持ち上がってるらしい。実現可能か模索するための先遣隊みたいだな」

「へー、すごい人たちなんだね」

「ああ、能力者も何人もいて、あとの人も全員〝新覚者〟? とかいう人たちだってよ」

「ああ、〝新覚者ルガルタ〟ね」


 新たに覚醒したもの──ルガルタを〝新覚者〟と呼称するようになった。

 ちなみに能力者と言われるのが、アルヤールのことで、一万人にひとりの目覚めしもの。〝覚醒者〟とも呼ばれている。


「お、」


 ようやく迷宮内に入れるようだ。


    ▼


 もはやお馴染みの「魔力マナを身体に取り込む運動ーぅ!」を行ってから迷宮探索を始める。


    ▼


巨大百足ジ・センチピード

血吸いの噛み付き魔リーチング・バイター

血狩りブラッドハンター

妖ろめ木シャンブラー・ウッド

魔縄樹ローパー


 などの蟲系と樹木系の魔物との戦闘を数回こなし、〈豚鬼トンキー〉の小集団を仕留めた。

 合間合間に【奇術】の練習。

 角を曲がった所で前方に敵影。〈豚鬼〉の騒がしさとは真逆の脅威がそこにいた。


巨大蟻ジ・アント


 小馬ほどの大きさ。六本の脚は細くとも鋼の如き硬さを持つ。

 蟻は万全の構えで立って、大顎おおあごを鳴らした。

 上体を揺らすことなく、滑るように動き出す。

 不安定な足場の影響など微塵も感じられない。カチカチカチカチカチと微かな音が不穏に響く。

 さらに、岩盤の陰の暗がりから、二体目、三体目、四体目が壁を走り天井から落ちてきた。

 なぜかウーサシが飛び出そうとするので腹をワシ掴んで止める。


「イエミチ、スキル使ってみる?」

「わかった……」


 すぐさまイエミチが前に出た。そこに躊躇いはない。その辺りやっぱちょっと普通の感覚とは違うと思う。


「……【雷刃】」


 スイッチが入ったような感覚に捉われたはずだ。

 身体が自動的にスキルモーションへ移行する。

 常人の域を超え──恐るべき力の奔流がその刀身に乗る。

 文字通りの──紫電一閃。

 斬撃が衝撃波と雷撃を撒き散らしながら弧を描く。


 バラバラになった〈巨大蟻ジ・アント〉の躯が、いく筋かの放電を発して沈黙した。









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虫けらのブルース ~転移した先は崩壊した日本で異世界迷宮の最下層だったってなんで?~ @i-4go

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