56 探索
『
焚かれた護摩、坊さん、ビーチチェアでくつろぐヤクザをスルーして迷宮内部へ。
心なしかイッサンの足取りが軽い。
「どうだ?」
背中を向け、バッとジャケットを広げて見せる。
ツナギの上に、僕が渡したボンバージャケットを着込んでいる。思いのほか気に入った様子で、買い取りたいなんて言っている。「別にいいけど」と応じると、一回査定に出そうって言い出した。どうやらヤツは本気だ。別にいいけど。
「とりあえず、ずんずん進みます。警戒は僕がするので、二人は取り込んだ
「ワ、わかった」
「了解」
「じゃ、まずは──マナを身体に取り込む運動ーぅ! はいっ、吸ってぇー……吐いてぇー……」
五分間、三人で深呼吸を繰り返した。
▼
しばらく迷宮を進んだあと。
「はいストップ。前方のあっこ。あの石筍」
たけのこ状の石っぽいのを指さす。
「あれ〈
◆
〈
石筍や氷筍などに擬態する待ち伏せ型の狩猟モンスター。天井がそう高くない場合、石柱に擬態する大きな個体もいる。石筍等がない環境下ではより
◆
「四体。あの一体少し離れてるのをイッサン。僕は他の攻撃がイッサンに届かないように壁になる。イエミチは自由にやっちゃって。相性はいいはずだから。縄状肢は最大六本気を付けて」
早口で捲し立てるように指示出し。
二人は疑問を挟むことなくすぐに行動に移してくれる。
「うらぁッ!」
イッサンが刀で斬り込んだ。
腰ほどの高さのローパーは、テッペンに丸い口があり螺旋を描いて牙が並んでいる。
ローパーの
「おおっ⁉︎ おりゃあ!」
イッサンが果敢に挑みかかる一方、イエミチは静かに距離を詰めた。
手が柄にかかったと同時──切っ先は標的へと伸びていた。
足、身体、右腕と、駆動が恐ろしく滑らかだ。
抜き即、斬。
ローパーの縄状肢はたとえば引き千切ろうとすれば、鉄鎖のごとき強度を誇るが、切る攻撃に対しては滅法弱い。そのため相性はいいと言ったのだが、あまり関係なかった。まったく寄せ付けない。
はえー、すっごい。とか思いつつ、僕はイッサンとイエミチの間で時折ローパーの注意を引きつつ、イッサンへ向かう触手を弾きつつ、二人の戦いを見学した。
▼
「うおおおっ」
イッサンとローパーがタイマン中。
すでに三体のローパーを片付けたイエミチと、並んでイッサンの様子を見つつ雑談。
「イエミチの家は剣術道場なんだよね?」
「いや、ウチは、剣道場だ。地域の人たちに剣道を教えてる」
「あれ? そうなの?」
「剣術、は限られた高弟、のみ、ということになっている」
「ほー、かっこいいね」
「そう、か? ウチは別に流派の名前すらない、よ」
「そうなんだ?」
「うん。ただ〝速太刀〟とだけ」
「……かっこいいね」
「っしゃおらああっ!」
イッサンが勝利の雄叫びを上げた。
僕も雄叫びを上げてイッサンに駆け寄った。
▼
「はぁ……はぁ……」
しばらく誰も声を発さなかった。
それぞれに立ち尽くし、荒い息遣いだけが響く。それはイッサンだけでなく、イエミチも同様だった。
僕は血塗れで倒れ伏すモンスターの耳や鼻を削ぎ、専用
死んでいるのは
小型の
「俺たちの同期……ああ、同期って同じ日に試験受けて同じ日に探索者になったヤツな?」
やがてイッサンが話し始めた。
「もともと二十人もいなかったけどよ、今、六人にまで減ったってよ」
「それって……」
「ああ、いや珍しくっつか幸い死人は出てねぇんだ。怪我が元で再起不能が半分、もう半分は……虫や獣ならまだいけた、でも人型ってなるとどうしても。って人が結構多いらしい」
「あー、まあしょうがないんじゃない? 豚鬼は不利と見ると命乞いしてくることもあるし」
言葉は解らずとも、武器を放り出して平伏されたら誰だって察することはできるだろう。と言っても、数秒で忘れてまた襲いかかってきたりするので、こいつらは気にしてもしょうがない。と認識しておいた方がいいんだけど。
「ま、二人はオッケーだね。よしいいよいいよー。ガンガン行く──よっ!」
ちょうど岩盤の割れ目から〈
「ああ────ッ⁉︎」
折れた。
「おい!」
「アオノ!」
毒のアゴを押さえ、センチピードの口を折れた刀で下から貫く。割れた甲殻から粘ついた体液が糸を引いた。
「よくも僕のカタナを! ってクサっ⁉︎」
巨大百足のビビットな体液の刺激臭。
イッサンもイエミチも足を止めた。
「ちょっとっ⁉︎ 助けてくれるんじゃないの?」
「すまん。近寄らないでくれ! こっちまで臭い!」
「ごめん、アオノ」
「なんて薄情な」
一つ息をつく──くさっ。
「あーもう──」
──解呪の秘法〝藍〟ひとひら──。
「【ヒソク】」
灰みを帯びた極薄い青緑の花びらが、一つ二つひらひらと、巨大百足の死骸に触れる。そこから熾火のように赤々と燃え始め、やがて炎に包まれて燃え崩れた。
あとは【
「おいおい、どうなってんだ?」
【
探索者である以上、この先、何日も迷宮に留まることもあるだろう。生存と生活の糧を得ることが重要とは言え、我々現代人、気にせずにいられようか。
「二人とも、女の子に臭いって言われないように覚えようね」
「死ぬ気で覚える」
イエミチも力強くうなずいた。
▼
迷宮から地上に出るとやけに騒がしかった。
悪い雰囲気ではない感じだけど。
三人で顔を見合わせ、
どうやら、かつての『神野隊』の最高到達点を更新したチームが出たようだ。
端末の電脳ラウンジでも話題になってるらしい。
「ほほーぅ。それでどちらさんのチームが記録更新したんだって?」
聞けばイッサンが端末を外して言った。
「いやソロだってよ」
「え? だって『一人で行って帰った奴はいない』んじゃなかったの?」
トレーディングカードにそう文字だけ書いてあったじゃないか。
「ソロっつうか
「……いいいんだけどね。なんか世界観に乖離が見られるというか。や、その人が真っ当なのかな? どうなの?」
「知らんけど、ほかの探索者との馴れ合いを拒否して、防衛産業企業の錦重工業完全バックアップで探索してるんだと」
「……馴れ合い…………」
イエミチが眉間に皺を寄せた。
「とりあえずめっちゃくちゃ金かかってそうね」
「その人──興島っつうらしいんだけど、そんな感じで探索者からの評判はあまりよろしくない。が、今回、そこそこの量の武器防具含む魔道具らしき物品を持ち帰ってきたらしい」
「へえ」
「その人の探索スタイルから考えて、そのほとんどがオークションにかけられるんじゃないかって話」
「はあー、それでみんな浮き足立ってるわけだ?」
「APの交換で手に入れた奴なんてまだいないだろうし。魔法の武器を手に入れられるチャンスだって考えたらな」
「でも、一つ言えることがあるね」
「なんだ?」
「僕たちにはまったく関係ないってこと」
「……うん……そんな金……ない」
「ちくしょう!」
本日の報酬──1万2千円也。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます