55 上杉家で




 マルオと名乗った彼は、上杉代表理事の下で、事業団とは違った形で働いていると言った。

 違った形がどういう形か知らないけれど。

 そんな彼に連れられて車で移動した先は、辰川町ってところの一軒の日本家屋。

 勝手知ったるとずんずん進んでいくマルオさんについて土間を上がり、廊下を進む。

 やがて障子を開けた先、丼でメシをかっこんでいたのは、はろさんだった。


「おつカレー。二人も食う? カレーじゃないけど」

「もらおう」

「あ、はい」


 丼に飯をよそって、フライパンから野菜炒めをその上に。僕は醤油を回しかけ、マルオさんはごま油とマヨネーズ、はろさんはケチャップだった。


    ▼


 三人で黙々と丼に向かい、たまに「野菜炒めこれ、はろさん作ったの?」なんてことを話していると、ガラガラと玄関が開く音。足音が聞こえ、障子が開いた。

 最近、なんかの画像で見た顔と知らない女性だ。


「おう、ハレヲ。帰っとったか」

「ただいま」

「お邪魔してます」


 そう言ったマルオさんに僕も続いて頭を下げて、自己紹介。

 やはり事業団の代表理事と、女性ははろさんのお母さんだった。


「ハレヲ」

「あに?」


 おざなりに返事をして顔を上げたはろさんに、拳骨が落ちた。


「んがッ⁉︎」

「ぎゃああっ⁉︎」


 落ちた、んだけどその拳骨ははろさんの頭部を貫くようにすり抜け、はろさんとはろさんのお母さん──さやこさんの悲鳴がこだました。


「なんじゃこりゃあああっ⁉︎ あんたあたしからもらった大切な身体に何してくれてんだっ!」


 まあ無理もないかな、と静観を決め込む。

 はろさんは今ハーフパンツにパーカー姿。露出している顔や脚にはびっしりとおかしな模様が刻まれ、ぼんやり光ってすらいる。瞳は濁った黄色。物理無効。


「うっせーッ‼︎ こりゃあとで消え……る予定なんだよっ!」

「はあっ⁉︎」


 そんな不毛な親子喧嘩。

 マルオさんが立ち上がる。喧嘩を止めるのかと思いきや、おかわりをよそいにいっただけだった。


「でアンタはたまに帰ってきたと思ったらご飯食べにきたわけッ⁉︎」


 キレ気味に、お茶を淹れながらさやこさんが言う。


「ああいや、違う。シン」

「はい?」

「シンに届け物があってね」


 そう言って身体を僕の方へ向け、畳に魔法陣を投影した。

 魔法陣はゆっくりと回転しながらさらに細かに描き込まれ、周囲から光を吸い込むようだった魔法陣が逆に光を立ち昇らせ始めた。一粒一粒の光が輝き集まり、何かを白い光で象った。

 一際強く発光した後、そこに鎮座するモノ。


「子パンダ? ……じゃないね」


 パンダのように白黒で、丸まった子パンダのように丸いフォルム、の鳥だった。ペンギンて感じでもないふわふわの羽毛。寝てる。


「鬼人の里で見たろ? 卵」

「……あー、あのカットされた宝石みたいなやつ」

「キミの血が目醒めた頃にちょうど孵った。いわばキミの兄弟だ。こう見えてちゃんと幻獣・バスドリの雛だ、あのハヤブサに似た感じのやつ」

「……ハヤブサ」


 とてもそうは見えない。と、ぱちりと目が合った。起き上がるとお腹に赤い色が入っている。

 僕が首を傾げてみると、彼も首を傾げた。


「ウーサシ」


 はろさんがそう呼ぶと雛がとてとてと振り返る。


「そこのシンがお前と行動を共にする。これから頼むな」


 明確に言葉を理解しているようで、ばっと片方、翼を挙げた。下げた。そこにも赤い差し色が入っていた。


「ウーサシって名前なの?」


 じっと見上げてきたかと思うと、ウーサシは胡座をかく僕の足の間に収まって、寝た。


    ▼


「今、俺は〝亀〟の捜索をメインに、〝磨羯マカラ〟も同時に探してるところだ。シン、キミの数少ない血族である鬼人アースラたちとね」

「血族と言われても僕自身『鬼人』の自覚があまりないし、彼らに会ったのも多くないので……」

「まあ、そうか。遠い親戚って感じかな。でも彼らはキミのこと大切に思ってるよ」

「そ、そう、ですか……」


 家族のいたことのない僕には、どう反応していいものかわからなかった。


    ▼


「で? 〝カメ〟だの〝マカラ〟だのってのはなんなのだ?」


 台に湯呑みを置いて、マルオさんが切り出した。


「それを知るにはまずは鬼人について話をしよう」


    ◆


鬼人アースラ


 多くの世界で歴史の影に消えたとても古い種族。

 三十万年前には、多元宇宙を自由に渡る神の如き力持つ魔導王らに付き従っていた記録が発見されている。

 その旅の過程で多元宇宙に散って分かれ、それぞれの氏族を形成し、多くがそのルーツを忘れた。

 別称を『式鬼神しきがみ』。

 式とはすなわち「用いる」という意味で、神に用いられた鬼の意。

 主人である魔導王らを敵対者から護ること、怪物を近づけぬための露払いが役割だったこともあり、性質は人間を上回る知性と魔法の力を持ちながら、血と暴力を好む凶暴性も抱えている。


 いつしか、魔導王とたもとを分かつが、最後まで付き従っていた鬼人らには、莫大な富と財宝が残された。

 中でも、九人の魔導王から直接賜った九つの秘宝の力は絶大だったと云われている。


 その一、「大蓮華」

 その二、「蓮華」

 その三、「巻貝」

 その四、「藍」

 その五、「磨羯マカラ

 その六、「麝香薔薇ジャコウバラ

 その七、「茉莉花ジャスミン

 その八、「睡蓮」

 その九、「亀」


    ◆


「でも時の流れの中で、鬼人は数を減じ、秘宝の数々も散逸してしまった。〝亀〟は神が造ったアーティファクト、無限の演算能力を持つという。〝磨羯マカラ〟は龍種の幻獣の名なんだけど、実際は、幻獣を友とし従者とする方法──契約と召喚の儀を指す。かつては十種の幻獣と共にあったというが、今、里に残ってるのは三種のみ。バスドリもその一つ、子を産んだのは初めてだそうだ。シンを待っていたんだなんて話も出てたぞ」

「うぇえ⁉︎」


 ウーサシを見下ろす。「ぴす、ぴす」寝てる。


    ▼


「それでその〝亀〟を探してどうするんだ?」

「うん。システムを悪魔に担わせるのを止める。好き勝手やり始める前に取り上げる。最初の目的だった時間は稼げたわけだし」

「問題は山積みなんだ。今ステータスがおかしな事になるのは困るぞ」

「だよね。異境とそこの住人、モンスター、能力チカラに目醒めた者」

「それに神と悪魔か?」

「それは呼び方が違うだけでどっちも変わらないと思うけどね。思いの外、地球での悪魔の出現が目立つ。まあ、そいつらを利用してる俺が言うのもなんなんだけど。それに本当に厄介なのは本体を別の世界に残してる悪魔ヤツらだ」

「面倒臭いな」

「メンドくさいんだよ」


    ▼


祖父じいさんはともかく、母ちゃんまで迷宮潜ってんの?」


 はろさんの言葉にぎょっとして僕はお二人を見た。


「そうよ。ウチは父方、母方とも『忍び』の家系ですからね」

「若い頃はばあさんの実家に通って文献を読み漁ったものよ」

「ああ、それマジだったんだ? 興味なくてスルーしてた」

「なんてもったいない生き方をしてるのだ、はろ」


 なぜかマルオさんが嘆いていた。


「今は術の編纂にも協力してるのよ。そのためにはある程度はチカラが必要でしょう。迷宮で鍛えると若返るっていうし」

「そっちが目的だな?」


    ▼


 なぜか今日は泊まっていくこととなった。

 理事は縁側で酒をりつつ、紐でじられた古い書物を積んでいる。

 その横でマルオさんがそれら書物を参照しながら、筆で札に何か書き付けている。

 さやこさんはウーサシを連れ、すでに休んでる。

 僕はステータス・アプリを開き、スキルとアイテムの一覧を見ながら、はろさんから助言をもらう。


「仲間、できたんだな」


 はろさんが静かに言う。僕はうなずいた。


「そうか。よかったな」


 はろさんに会ったあの日。

 世界中が大変な状況になったというのに、僕の周囲はなんだか優しい。

 照れ臭さを隠すように話題を振った。


「本当に代々木から〝東京大強襲アサルト〟が?」

「うん。わかんない」

「ええー……」

「もう一箇所、スカイツリーの可能性もあるけど……うーん。できれば俺も迷宮行きたいんだけどね。これ以上、マインヤツと離れて行動してると首を突っ込んできそうだし、かと言って排除に動くとアイツは向こうに付くし、向こうは向こうで何か狙ってるようだからあまり目を離すわけにもいかないし、というジレンマ。ってことでしばらくそっちはみんなに任せる。マルオ」

「わかってる。そういえばヴァーミリオンはどうした? 最近こっちで見ないぞ」

「新九郎は黒霧世界コクムーにいるよ。周りの被害に気を使うことなく思いっきりやってみたいって言うから、あっちの掃除を頼んだ」

「放っておいていいのか?」

「ウォルラスが残した魔法陣があったからね。使えるようにして渡してある。飽きたら勝手に帰ってくるよ」

「そうか」

「シンも頼むね」

「はい」


「〝藍〟を継ぐ者よ。Do what you must.なすべきを成せ


 僕はしっかりとうなずいた。


「なんつって。あまり心配はしてないけどねー」













GLOSSARY

 -用語集-


上杉虎時ウエスギトラジ  人物

 小柄で白ひげ。てっぺんの尖ったニット帽。上はジャケット、下は灰色のジャージにエアジョーダン。

 ハレヲの祖父。元・諜報員。現・迷宮探索事業団理事。

 ルガルタ。

 内調副室長日直とは昔馴染みで、国家規模の問題で相談を受けることもある。

 故人である妻は、長野県・望月氏の出。信濃忍者の系譜。

 真田十勇士・望月六郎の流れを汲むと標榜する家系である。猿飛、霧隠から甲賀流・伊賀流の忍術を習い、地雷火(爆弾)造りを得意としたという。

 九曜紋を家紋とした。

 嘘か真か、トラジの家系もかつては九曜巴を家紋にしていたとトラジは語る。

 妻の実家で古流武術の手ほどきを受け、所蔵されていた忍術書などを趣味として読んでいた。それらは日本の諜報員としての活動に役立てることになった。





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