人は考える葦であるという断想

 いつかの夢。

 もう十年近く過去。

 きっと正しくはない願望混じりの妄想。

 自覚しているのに、その中にいる俺は楽しそうだ。


 時に、みんなと築きあって

 時に、みんなとぶつかって

 時に、みんなと泣きあって


 青い。青い時間だ。

 真っ赤な俺はいつの間にか外にいた。

 みんなの青さを黙ってみている。


 後悔かい? ――違う。

 羨望かい? ――違う。

 哀愁かい? ――違う。

 じゃあ、なんで君は見ているんだい? ――うるさい。


 黒だか白だかが、そんなことを聞く。

 これに意味などない。

 何度も何度も俺はそう結論付けたのに、繰り返し問いが生まれる。

 見落としがないか。

 聞きこぼしがないか。

 確認に怠りがないか。

 一つ一つ潰していったのに、もう何度も終わりを迎えたのに、俺はここに来る。


 不安。納得。覚悟。決別。足りないものを考えては結論を出す。

 それでも埋まらない。

 この青い景色が、いつまでも在り続ける。


 さて、今日は何に結論を付けようか。




 ―――――――――――――――――――




 「■■■」


 うねり声か何かわからないような声を上げ、俺は起きる。

 いつものように何か夢を見ていたのだろう。

 現実を理解しだすと、霧散していた意識が集まってくる。

 昨日のことを思い出す頃には、夢のことなど残っていない。


「クソ、マオのやろう。結局3軒もはしごしやがって」


 あの後、2軒目で演劇について言い争って、3軒目では馬鹿みたいに酒を呑んだ。

 結果、どうやって帰ったのかも分からず俺は自分の布団で寝ていた。


「今何時だ?」


 俺はスマホを探す。

 少ししてズボンのポッケに入っていたことに気づく。

 家に着いてそのまま寝たのだろう。

 スマホを取り出し、時間を確認する。


「まだ、6時か」


 俺は上半身を起こす。

 朝だ。

 頭は回らないまま、とりあえずスマホを充電器に差した。


 ああそうだ。公演の手伝いだ。

 一軒目での話を思い出す。

 役者と会うんだっけ? いや、それは連絡来てからか。

 馬鹿だな俺は。生きていくのに何の必要もないのにな。


「起きたか」

「ああ――あ?」

「どうした? まだ寝ぼけているのか?」

 なぜか。なぜか扉が開いていてマオが立っていた。

 あれ? さっきまで閉まっていたような。

 ん?


「馬鹿が。早く脳を起こせ」

「ああすまん。寝ぼけてた。ここにマオがいるはずないのにな」

「何を言っている。ここにいるぞ。さっさと起きろ!」

「うお!」


 マオは手に持っていたビニール袋を俺の腹めがけて投げた。

 クリティカル。

 やめろよ。こちとら二日酔いだぞ。

 中を見ると、サンドウィッチやらおにぎりやらが入っていた。


「俺がトイレ行っている間に眼ぇ覚ませよ」


 そう言ってトイレに行くマオ。

 女性はお花摘みと言いなさい。

 てか、マジか。


「はぁ、部屋に入れた初めての女がマオかぁ」


 そんな意味のない現実逃避を呟く。

 あー。リツやタダユキに笑われる。

 そんな思考がするあたり、やはり俺は俺なのだろうか。

 どんなに悟っても、どんなに距離をとっても、俺は俺のままなのだろうか。


「侘しいねぇ」

 

 まだ酒が残っているのか。そんな独り言が口から出た。

 何言ってだ。孤独を選んだくせに。

 「選んだ孤独はよい孤独」ってフランスの諺だっけ。

 あー、良い。

 テキトーに歴史から言葉拾って背中押させるのはいいわ。

 自分が消える。溶け込む。アイデンティティなんてちっぽけな何かを探す手間が省ける。

 

「よし!」


 雑な気合を入れ、俺は立ち上がる。

 うん。今日もさっさと終わらせよう。

 俺は食べ物の入った袋を持ったまま部屋を出て居間へ。

 するとすでにマオがいた。


「遅い。やっとか」

「悪い悪い。眼は覚めました」

「さっさと食べるぞ」

「はいはい」


 当たり前のように椅子に座るマオ。

 ココオレノ家、オマエ図々シイ。

 口に出さずに言う。

 俺はテーブルに袋を置き、マオの対面に座る。


「「いただきます」」


 手を合わせ、朝食にありつく。

 マオはサンドウィッチ、俺はおにぎりを取り出して食べる。

 流石は十年来の付き合い、買ってきたものは俺の好みだった。


「おい、二日酔い」

「なんだよ、不法侵入者」

「なんだと?」

「いえ、何でもないです。なんでしょうかマオさん」

「昨日のこと、どこまで覚えている?」

「一軒目の記憶は……」

「そこの記憶があるならいい。今日の午後あってほしい」

「は!?」


 要するに、役者候補と会うということだ。

 え、今日っすか。マジっすか。急っすね。


「待て待て、せめて事前情報をだな!」

「会えばわかる。逆に人からの伝達や紙の言葉で人の何が分かる?」

「分かるだろ! 年齢性別学歴経歴顔つき! あらゆることであらゆることが分かるだろ!」

「それは10秒会うのとどっちが情報を得られる」

「…………その10秒を判断するための事前情報だろ!」

「今詰まったのが答えだ」

「屁理屈を……」

「あぁ!?」

「いえ、なんでもないです」


 クソ。マジかよ。

 どうする? リツ達に連絡するか? いや、そもそも必要な情報は何だ?

 マオが言ったんだ。会うということは確実だ。

 なら、今必要なのは役者候補たちの情報か?

 舞台監督の件もある。この公演における情報全てが必要になる。


「分かった。役者の方は良いから公演について決まっていること全てを話せ」

「ふ、頭が回ってきたようだな」


 にやりと悪代官みたいに笑うマオ。

 ヒールな笑いしかできないやつめ。

 念のため、リツに連絡しようとスマホをポッケから出そうとして、充電していることを思い出した。


「ちょっとスマホ取ってくるわ」

「飯中にスマホは関心せん」

「一報入れるだけだから」

「じゃあ、俺は何も話さん」

「な!?」

「ふ」

「くっ! 分かったよ。食べ終わってからな」

「分かればよい」

「で、その代わり公演の情報くれよ」

「仕方ない」


 いや、仕方ないって。

 邪知暴虐の王みたいな傍若無人だな。


「で、何から聞きたい?」

「そうだな――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

舞台に至るは何者か 溝野重賀 @mizono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ