私、エリー……
がしゃむくろ
私、エリー……
スマホの画面は四つに分割されていて、それぞれに顔が映っている。
一つは私。
残りは、アキエ、フユミ、ハルコの三人。
私達は急遽、ネットでビデオ電話をすることになった。
エリーが死んだから。
今朝、エリーは駅のホームから急行電車の前に飛び込んだ。
一瞬であらゆるつなぎ目が引きちぎれて、エリーの肉体は四散したそうだ。
私達は全員、私立高校の二年D組の生徒だった。
朝礼でエリーの死を知らされた。真っ青になった担任のおばちゃんが、唇を振るわせながら彼女が自殺したことを告げた。
私は隣のアキエを横目で見た。
凍ったように無表情だった。後ろの方に座っているフユミも同じ。
ハルコだけが、涼しい顔をしていた。
エリーが身を投げた原因は、間違いなく私達だ。
公園のトイレで上半身を裸にして写真を撮り、ネットで拡散すると脅してお金をまき上げた。
辰夫というハルコの男友達が、みんなの前で彼女に性器を咥えさせたこともあった。嗚咽するエリーを見て、私達はケラケラ笑っていた。
悪いことだという自覚はないわけではなかったけれど、止められなかった。
エリーの立場に堕ちるのだけは避けたかったから。
そんな状態だったので、彼女が飛び込んだのは無理もないことだった。
「早く死ねば?」と誰かが言ったこともある。
ただ、実際に死んでしまうと、突然怖くなった。
人一人がこの世から確実に消えたという実感が、臆病な私を呼び起こした。
怖い──。
その夜、ハルコがみんなをビデオ通話で呼び出した。
「なんかさ、みんな急にしおらしくなっちゃったからさ、どうしたのかなと思って」
「……」
「そんな仏頂面してても仕方ないじゃん。もう過ぎちゃったことはさ」
「ちょっと、ハルコ。そんな言い方……」アキエが消え入りそうな声で言った。
「本当に死んじゃったんだよ……」
「何? 急に良い子ぶる気? あいつにさんざん”死んじゃえ”って言ってたのは、どこの誰だっけ」
「それは──それは、あんたが煽るから……」
「はあ!? 人のせいにしないでよ。もし聞き取りであたしに責任を押し付けるようなこと言ったら、マジで許さないからね」
聞き取り。その言葉に、心臓が強く脈打った。
「ねえ、落ち着きなよ。二人とも。まだ私達が責められてるわけじゃないじゃん。あいつをいじめてたことだって、私達以外はほとんど知らないんだからさ」
フユミが割って入った。
私は、そんなわけないと思った。エリーがいじめらていたのは、多分担任のおばちゃんだって気づいている。他のクラスメイトも。見て見ぬ振りをし続けているだけだ。
「あんた何も知らないの? ホームに落ちてたあいつの鞄に、遺書が入ってたんだって」
遺書? 遺書があったの?
「そこに私達の名前が書かれてないとでも思ってるの?」
「そんなのまだわからなないじゃん!」フユミが怒鳴った。
「勝手に決めつけないでよ!」
「いい? 私達はもう共犯者なの。だから腹くくりなよ。大丈夫。いざとなったら思いっきり泣くの。大人たちの前で、“本当にごめんなさい!”って泣き叫ぶ。土下座をしてもいい。未成年だし、牢屋に入るなんてことはない。まだこの子達にだって未来があるって、大人たちは同情してくれるから」
「そんなに都合良くいくのかな……」アキエのぼやきが聞こえた。
「いいから、私の言う通りにしてればいいの。……あのさ、ナツヨ」
えっ……私?
ハルコの強い視線が、画面越しに私を刺した。
「な、何?」
「さっきからずーっと黙ってるけど、何か私達に言うことはないわけ?」
「言うことって……ごめん。わかんない」
「そもそもさ、元々あんたがあいつと仲良しでさ、二人して私達のグループに入ってきたわけじゃん」
そう、私とエリーは親友だった。
「で、ナツヨが米田をあいつに取られてから、みんなであいつを懲らしめた。あたし、間違ってないよね?」
そう、私が好きだった米田君がエリーに告白した。エリーは、私が彼のことを好きだって知っていたから、彼を振った。それが悔しくて、気づいたらハルコ達とエリーをいじめていた。
「ってことはさ、そもそも今回の原因はあんたじゃん」
「いや……でも」
「でもじゃないよ。お前のせいだろ?」
頷きたくない。私はエリーを死なせるつもりなんてなかった。あそこまで追いつめる気なんてなかった。
ただ、ちょっと、ほんの少しだけ意地悪したかっただけだ。
「私の……私だけのせいじゃない」
「でも、元はあんたのせいでしょ?」
「違う、私は悪くない」
「あんたのせいだよ」
「違う!!」
「ちょっと聞いて!!」私の声をかき消すように、アキエが叫んだ。
みんな黙っている。
「あのね、言おうか迷ってたんだけど……」
「何? さっさと言いなよ」ハルコが急かす。
「……あのね……」
「……」
「エリーのね、バラバラになった死体を集めたんだって。専門の人達が。特殊清掃の人とかがね、線路に散らばった足とか手をね、ひとつひとつ……」
「そんな話止めてよ」
フユミの抗議も聞かず、アキエが続ける。
「でね、だいたい集め終わったところでね、気づいたんだって。どうしても見つからなかったんだって……」
また沈黙。堪らず私は聞いた。
「何が……何が見つからなかったの?」
「頭……なかったんだって。エリーの頭。どこにも」
「……」
「ないだんよ。頭が。頭だけ」
「何でさ、今そんなこと言うわけ」フユミが震える声で聞いた。
「何でって……みんな知らないと思ったから」
「どうでもいいよ、そんなこと」
「良くないよ? 頭、ないんだよ? もし首だけになって、私達のこと探してたらどうするの」アキエは念仏を唱えるように、ブツブツとつぶやいた。
「バカなこと言わないでよ! あんたおかしいんじゃない?」
「潰れたんでしょ」
「え?」
「電車に跡形もなく潰されたんでしょ。真っ平らになるまで」
ハルコが冷たく言い放った。
その瞬間だった。
画面のチャット欄に、誰かがメッセージを書き込んだ。
『私、エリー。いま藤岡駅にいるの』
四人とも画面を見つめいている。
藤岡駅──エリーが死んだ駅だった。
「ねえ、誰よ。こんなチャット入れたの。ふざけないで」
「私じゃない。やってないよ」
全員が口々に否定していると、次のメッセージが投稿された。
『私、エリー。今、辰夫君の家にいるの』
矢継ぎ早に写真ファイルが送られてきた。
最初に開いた誰かが「ヒャッ!」と短い悲鳴を上げた。
そこには股を広げて椅子に座った辰夫が写っている。
下半身は何も履いておらず、股にぶら下がっているはずの性器がなかった。
かつてエリーに咥えさせた“それ”は抉り取られて、股間からは蜂蜜のようにトロリとした真っ赤な液が滴っている。
「……何、これ……」
「辰夫、死んでる……?」
全員が言葉を失っていた。
ピコン──。
それは新しいユーザーがビデオ電話に加わったことを知らせる電子音だった。
「ねえ、この人、誰……?」
ユーザーネームは──。
エリー。
アキエが堪らず悲鳴を上げた。
「何なの! 誰なのこいつ!?」
「ハルコ、あんたホストでしょ! 早くブロックしてよ!」フユミが叫ぶ。
「やってる! やってるけど──ブロックできないの!」
私はエリーのカメラ映像に釘付けになっていた。
まるで早送り映像のように、夜の町を駆け抜けていく。
辰夫の家を出て、商店街を通り、住宅街に至った。
また、チャット欄に投稿があった。
『私、エリー。今、アキエの家の前にいるの』
エリーの画面には、ガレージのついた二階建ての民家が映っている。
たしかにアキエの家だった。
「なんで、なんで私の家に……」
エリーの視点は、玄関の前に立ったかと思うと、フッと浮上し、明かりが漏れる二階の窓をとらえた。
アキエの後ろ姿が映っていた。
『私、エリー。今、アキエの後ろにいるの』
アキエの画面は、真っ青になった彼女がゆっくり振り返るのを映し出すところだった。
その瞬間、パーンと破裂音が響いた。
アキエが映っていた画面は、白い粒々が混じった赤黒い液体で完全に染まった。
エリーの画面には、頭部を失って両腕をダラリと垂らした、アキエの胴体が映っていた。
何が起きたのかを悟り、全員が叫んでいた。
混乱して、自分が何を叫んでいるのかも理解できなかった。
その間にも、エリーの視点は再び高速で動き始め、次の家へと向かっている。
『私、エリー。いまフユミの後ろにいるの』
「お願い、来ないで! 許して! ごめんなさい!!」
フユミの頭も粉々になった。
そこでハルコが逃げ出した。部屋から飛び出てしまったのだ。
「ハルコ! ちょっと……」
私は一人、ビデオ会議に取り残された。
エリーの視点は、どこかの夜道をぐいぐいと進んでいく。
やがて、誰かの後ろ姿をとらえた。
裸足のまま行く当てもなく走り続けるハルコだった。
真後ろまで近づくと、そのまま追い抜き、彼女の正面に回った。
そこで走るのを止めた。
大きく目を見開いたハルコが、画面越しにこちらを睨みつけている。
「やるならやってみろ! この死に損ないが!」
それがハルコの最後の言葉だった。
彼女の頭は、床に叩き付けられたトマトのように粉々になって散った。
残された首から下は、地面に倒れ、ひくひくと痙攣している。
私は片手で口を抑え、ただただ震えていた。
次は、私の番だ。
エリーが、動き出した。
来る。間もなく彼女が来る。
咄嗟に、私はチャット欄にメッセージを送った。
『エリー、ごめん。ごめんなさい。本当にごめんなさい』
許されるとは思っていない。
でも、謝らなくてはいけないと思った。
気がつくと、泣いていた。泣きながら、「ごめんなさい」と繰り返しつぶやいていた。
どんどん彼女が近づいて来る。
目を瞑ってその瞬間を待った。
でも──。
しばらくしても、何かが現れる気配がない。
目を開けると、エリーの画面は真っ暗になっていた。
どこに消えたの?
部屋を見渡しても、何もなかった。
もしかして……。
私はメッセージを送った。
『許してくれたの?』
少し経って、返事が来た。
『今、ナツヨの中にいるの』
えっ──。
暗い画面の中に何かが蠢いている。
これは──舌べろ? それに……歯のようなものも薄ら見えた。
口を大きく開けた。
暗かったエリーの画面の真ん中辺りが明るくなり、その先に私のスマホが映っている。
私の画面には、口をカッと開いた私が映っている。
喉の奥に、ギラリと光る二つの眼がはっきりと見えた。
私、エリー…… がしゃむくろ @ydrago
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます