濡れ衣に浮かぶ胸

むーこ

濡れ衣に浮かぶ胸

私が経営する小さな商店のインターホンを、深夜近いにも関わらず鳴らす人がいた。

自宅の表に作られたこの商店は我が家の玄関としての役割も果たす。ピンポンピンポンと勢いの良い音に何やら切羽詰まったものを感じ、戸に掛けていたカーテンを開いてみれば、そこには汗と涙で目蓋を腫らした美女が立っていた。

私はこの女性に見覚えがあった。我が家の右隣から延びる坂を上りきった所にある邸宅の主である男の妻だ。

私達が住むこの集落から外れたところにある総合病院に医師として勤める男は今年で齢43になるが、妻の方は最近26歳になったばかりだと聞く。結婚の報告を聞かされた当初はあまりの歳の差に戸惑い一度は「医師たる男の財産目当て」などという妙な噂も立ったものだが、集落に馴染もうと奔走する妻の姿が頻繁に見られ、今では集落の一員として受け入れられている。

旦那と喧嘩でもしたのだろうか─夫婦生活においてはありがちなトラブルを頭に浮かべながら対応すると、女は私の胴にしがみつき嗚咽を漏らした。話を聞いてみれば案の定「旦那と喧嘩をした」とのことだった。

ジワリと汗ばむ程度の熱帯夜、それも日付が変わろうかという頃に若い女性を放っておくのも酷と捉えた私は女を商店の中に引き入れ、レジの裏から通ずる自宅へと招き入れた。そうして居間の卓袱台のそばに座らせてやれば、卓袱台の上に突っ伏しワンワンと泣き出したので茶の1杯でも飲ませて落ち着かせようと考えた。

居間と隣接した台所で冷蔵庫から麦茶の入れられたピッチャーを取り出し、グラスになみなみと注いで出してやった。女は喉が渇いていたらしく一気に呷った。それが良くなかった。

勢い良く喉を通った麦茶が女の気管に下り、女は咳き込みながら殆ど全ての麦茶を吐き出してしまった。女の着ている白いTシャツが麦茶で濡らされ、豊かに育った胸の形をなぞるがごとくピッチリと貼りつく。

豊満な女体に濡れた布が貼りつく様は、下手に全裸を晒されるよりも官能的である。Tシャツの下に肌着を着けていなければ尚の事。女は胸にブラジャーの類を身に着けておらず、濡れた布が薄茶色の突起までをも強調していた。

浮き彫りになった女の象徴は私の下腹に昂りを感じさせるには十分な力を持っていた。大学時代に付き合った女との逢瀬を最後に役目を失い、今日に至るまで15年ほど我が手で慰めるのみとなっていた私の肉棒が膨らみ脈打ち始めた。

待て、相手は人妻だ─心のうちで自らを諭すも、肉棒に集中した昂りは鎮まらなかった。気づけば私は女の肩に手をかけていた。


「お兄さん…」


女の瞳が見開かれた。そこに宿っていた感情は紛れもない"恐怖"。私は我に返り、手を離すとスマホを持ちトイレへと駆け込んだ。

薄桃色のタイルに覆われた狭いトイレの中で、私は女の様相を反芻しながら、相変わらず膨張したままの肉棒を慰めた。そうして肉棒から白濁色の液体が放たれ昂りが落ち着くと、スッキリとした私の脳内が今度は罪悪感でいっぱいになった。

他人の妻を─それも20代半ばの若い女を怖がらせた上、自慰のオカズにまでしてしまった。いま女の前に出ればまた昂ってしまうかもしれない。その時は今度こそ犯してしまうかもしれない。

私は携えていたスマホから女の旦那に電話をかけた。2コールで応答した相手の声は明らかに焦りを孕んでおり、私が声を発する前に「そちらに妻が行っていないか」と尋ねてきた。


「まさに今ウチに上がり込んでるよ。心配なら早く迎えに来てやんな」


努めて静かに伝えてやった後、私はトイレを出て洗面所からタオルを1枚取り出し、居間に座り込んだままの女に貸してやった。女の姿を見たら昂りがぶり返しそうなので、顔を背けて。

それから商店を抜けて表に出て、女の旦那を待った。肌に纏わりつく不快な熱気が何故だか心地良かった。

女の旦那は5分もしないうちに駆けつけてきた。薄く皺の刻まれた神経質そうな顔に汗を滲ませた男のTシャツもステテコも汗で濡れており、家出した妻を必死に探していたことが見て取れた。

男を家に上げてやり居間に通してやると、タオルを胸元に押し当てていた女は「あっ」と声を発して気まずそうに顔を背けたが、男が「帰ろう」と優しく促すと、声を震わせながら男の名を呼び胴に縋りついた。

間もなく女は旦那に連れられて帰っていった。女の表情は少し前に私との間に起きた事件など忘れたと言わんばかりに喜びに満ちており、私はあの女を相手に道を踏み外さないで本当に良かったと安堵したものだが、一方でふとした瞬間にあの女の濡れ衣に包まれた豊かな胸が脳裏をよぎり、やはり一度犯しておけば良かったかと考え込んでしまうようになった。

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濡れ衣に浮かぶ胸 むーこ @KuromutaHatsuro

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