宝箱には思い出を


その時私は、得体の知れない絶望感と虚無感に襲われた。そんなことあるわけない、理由もないのにそう思った。

人は悲しさを通り過ぎると一周まわって冷静になるらしい。

母の嗚咽が耳に届いた。

泣いても、喚いても

現実は変わらない。どこか気味が悪いくらい冷静な頭でそう思った。

何故だか知らないが、こんな時に限って、いやこんな状態だからか、父との思い出が頭の中をよぎる。



あれは、確か3人で箱根に旅行に行った時。そしてホテルの屋上から母に秘密で、客室から抜け出して私と父だけで満点の星空を見上げた時のことだ。広がる世界は果てしなく、暗闇の中には光があった。空を覆う天蓋は広く、どこまでも雄大で厳かだった。


まるで、世界が夜空と私と父だけを切り抜いて空間を作った様だった。


あの時の星は落ちてきそうなほど大きくて、1粒1粒が煌めいていた。きっと「希望」という言葉を体現したらこんな形になる。そんな光り方だった。


私はちょうど小学校の授業でオリオン座を習ったばかりで、「あれがオリオン座なんだよ」って自慢げに話した、そしたら父が笑って「あぁそうだな」って言っていた気がする。

お互い口数がけして多い訳ではなかったが、あの場ではこの言葉だけで十分通じ合えた気がした。


そうだ、そして、「あのお星様は取れる?」みたいな小さい頃特有のおバカな発言をした時、父は大真面目にこう言ってくれた。「もちろん、パパは飛行機のパイロットだからね。お星様だってとっていけるのさ。」って。

その時恥ずかしながら初めて父が、飛行機のパイロットをしてることを知った。そして、父がその職業を誇りに思っていることを。

当時父は単身赴任で、私と父が会ったのも一年ぶりだった。どことなく距離があった父と私だったが、あの時はまるでずっと一緒に過ごしてきた家族の様だった。暖かくて、すぐったい空気に私はどこか嬉しくなって、これが普通の父と子の距離感なのかも、幼いながらもそう思った記憶がある。


それから私は、、毎回頭上に飛行機が通る度に手を振った。いつもありがとうという気持ちを込めて。青い空に映える白い機体は、さながら夜から昼に贈った一等星のようだった。バラバラと大きな音を轟かせながら大空を横切る飛行機の存在は圧倒的で、それを父が操縦している事に小さな憧れと驚きを抱いた。


それから空を彩る飛行機に手を振る様になった。今でも手を振る癖は抜けない。中学校の体育の時に友達に、「なんで飛行機に手なんてふってるの?」って言われてしまった事がある。1パーセントでもそこに父が乗ってるかもしれないから。お父さんに頑張っていて欲しいから、なんて当時は言えなくて「なんとなく」と言った気がする。


思えば思うほど思い出が溢れて胸が苦しくなった。ちらりと隣の母を見ると信じられないような顔をしながら、我慢できなくなったらしく大泣きをしていた。












というゆめをみた。


驚く程にリアルで、それでいて現実的な夢だった。まだ、父の死を知らせる電話と母の嗚咽が耳から離れない。



朝起きると、母が「おはよう」と言った。

父は何も言わなかった。


何故かこのやり取りを聞いて泣きたくなる程安堵した。思わず自分でも、こんな会話を聞いてほっとするなんてどうかしてる、そう思い自虐的な笑みが零れた。


これでいい。

私は現状の幸せを思い知った。ワガママなんて考えるもんじゃない。


私は父と母が大好きだ。

いつも、応援してくれて、親身になって悩み事などを聞いてくれる母には感謝してる。

少し遠くで、でも時々母とはまた違う形で私を応援してくれて、家庭のためにお仕事をしてくれてる父にも感謝してる。

健康に2人が生きてくれたらそれでいい。あんなことは二度とごめんだ。

これが私達の家族の形なんだ。

そう思った。


現実は何も変わらない。ズキズキしてるし、悲しくて、ツラい、父と母が仲良くなることも無い、だけどこれでいい。


私は昔の私ではない。

まだ高校生だけれど、人生はあの日父とみた星みたいにキラキラで眩しくて、楽しいだけじゃない事を知っている。本当はちょっと悲しくて、どことなくやり切れないリアルを知っている。

サンタはいないこと。

ピンチの時に助けてくれるヒーローなんて居ないこと。

ガラスの靴を落としても、王子様は来ないこと。

叶わない夢があること。



これらを私は知ってしまった。




でも、絶対に変わらないモノもある。


三人で過ごした時間はほんの少しかもしれないけれど、家族で集まって和気藹々とした時間があった過去は変わらない。

私の血の繋がった両親はたとえいつか父と母という呼び名でなくなったとしても変わらない。

これは揺るぎない事だ。


私はこの世界で大好きな人が生きている。その事実だけで、この人生という物語の先へ進んでいける。






だって、私はどんな形でさえ

お父さんとお母さんを愛してるから。


私が私である限りこの想いは変わらないから。




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幸せを噛み締めて @HarrisonHightower4

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