幸せを噛み締めて
よくいる凡人
昔を思い描いて
「ただいま」と父はいった。
「おかえり」と私は言った。
だが母は父を透明人間みたいに扱って、なにも反応しなかった。
それが、普通だ。
私は最近世界史で習った「冷戦」みたいだな。他人事のようにそう思った。
今の私の家族がこうなった原因はどれも些細なものだった気がするが、1つ挙げるとするのであれば父が以前よりお酒を多く飲むことに、母が注意したからだった気がする。
その時父は母の注意に激昂し、この程度の酒は少ないものだとか、少しの酒なら健康にいいだとかいって叫んでいた。
母は母で、父が必要のない物を買ってきたことに怒り、父は自分で稼いだお金で買って何が悪いと言っていた。
どちらにせよ私には何が火種になったのかはわからないが、いつしか2人は喧嘩しかしなくなった。
この争いがもう修復出来ないところまで来たんだろうと知りつつも、昔の家族像を思い出すのを私はやめられなかった。
昔はよく家族で旅行にも行ったし、仲が良かったはずなのに。
三人で仲良く出かけるのももうできないんだろうな、漠然とそう思った。
ふと、食器棚に飾ってある写真が目に入った。私がまだ随分と小さい頃家族三人でレストランに行った写真だ。今よりちょっとふっくらした母が父と笑ってお酒を飲んで、おチビな私がはしゃいでるやつだ。それを見た途端なぜだか無性に悲しくなった。
私は幸せ者だ。裕福かどうかはわからないが、貧乏で食べ物に困ったなんてことはないし、家庭内で暴力を受けている訳でもない。
でも、もう疲れた。
両親に仲良くしてほしい。
二人の間をもつのも、もうこりごりだ。話し合いっていつまで続くの。どうせ話し合いをしたところで何も解決できないのになんて思いが頭をよぎる。
でも、もしかしたら、いや、もしかしなくとも父と母が今このようになってしまった理由は私のせいな気がしてならない。私がいるからリコンできないのかな、もしかしたらお互いリコンしたくてたまらないのかもしれないのに。こんな考えても答えのない問いが頭の中を巡る。
だけどこのまま仲直りもせずに日々が過ぎていくんだろうなとなんとなく思った。
鉛のように肩に重くのしかかったこの空気がどうしようもなくつらくかった。2人の罵倒が部屋から聞こえるのが嫌だった。
そう思っていたある日のことだ。
あれは確かちょうどひぐらしが泣き始めたころ、
まるで残暑を思わせる蝉のように、ジリリリリとけたたましく電話が鳴った。
「はい、もしもし」
母が受話器をとった。少し話を聞くに、どうやら父の会社から電話が届いたらしい。
だが、どんどん母の顔色が悪くなる。
何事かと思って聞くと、
母は口早にこういった。
「あのね、パパ仕事中に飛行機から落ちて死んでしまったって、」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます