刹那に裂く白、時を見る黒

月影澪央

刹那に裂く白、時を見る黒

 全てが崩壊し、灰色になったこの世界。

 この世界では、二つの勢力による争いが起こっていた。


 元々は能力を制御できずに狂暴化した異能力者を取り締まっていた二つの勢力だが、狂暴化する異能力者がいなくなったことによって、その二つの勢力が権力争いをするようになった。


 約三十平方キロメートルの異能力者特別区の権力なんてどうでもいいと出ていく者も多かったが、異能力者は出られない決まりやそれに同調する者が残り、争っていた。


 その二つの勢力は互いのエースの名を取り、Snow・Nightと呼ばれていた。


 そして、その勢力の権力争いも、終わりを告げようとしていた。


  ◇  ◇  ◇


 ――異能力者特別区中心街


 特別区の中で一番大きな通りに、二人の少年が向かい合って立っていた。


 片方は白銀色の髪に碧眼を持ち、軍服をかなりアレンジした白いジャケットを着た十代後半くらいの少年。名前は雪那せつな。Snowのエースと呼ばれている人物だ。


 もう片方は漆黒の髪に雪那と同じ碧眼。雪那のものとは少し違うが、軍服をかなりアレンジした黒いジャケットをさらに着崩している。年は雪那と同じくらいで、名前は瞳夜とうや。Nightのエースだ。


 この二人は互いに異能力者で、元は双子の兄弟だった。

 だが、今の二人の認識は、ただの知り合い程度だろうか。

 実際は兄弟だと思っていても、お互いに敵対する組織にいる以上、表向きには知り合い程度に留めておく必要があった。だから、誰も本心を知らない。


「……久しぶりだな、雪那」

「久しぶり、瞳夜」


 二人は腰に下げた剣を抜かないまま、そう言葉を交わす。


「本気で戦う気なの? 瞳夜は」


 雪那は瞳夜にそう聞く。


「お前の気にもよる。お前が本気なら、俺も本気で叩き潰す」


 瞳夜は冷静にそう答える。


「それならよかった。僕は瞳夜と戦いたくはない。本気じゃなくとも」

「……そうか」


 雪那は本心を打ち明ける。


 ここが二人だけの空間になっているとわかっているから、そう打ち明けたのだろう。雪那は、瞳夜を双子の兄弟だと思っているようだった。


「母さんに言われただろ。時を切り裂くほどの速さを持つ僕と、未来を見ることができる瞳夜。数少ない、時間に関わる能力を持った僕たちは、絶対に敵対してはならない……って」


 これは二人が幼い頃、二人の母親が二人に掛けた言葉だった。だがもう、その母親はいない。


「能力のために生み出されて、一度は連れ出されたけど結局連れ戻されて。戦うために育てられて、戦うために送り込まれた。境遇は同じ。戦う理由なんて……」

「……んなことはわかってんだよ」

「だったら、何でいつまでも剣に手を掛けてるわけ?」


 雪那がそう指摘すると、瞳夜は雪那を鋭い目つきで睨んだ。


 剣は抜いていないものの、瞳夜はいつまでも鞘に左手を掛け、いつでも剣が抜ける状態にしていた。一方雪那は剣に手を掛けることは無く、一切攻撃する気が無いようだった。


「そこまでわかってるなら、これもわかってるだろ? 俺たちがここを衝突させてる。この争いを起こしているってことも」

「っ……」


 少し前まで、異能力者を生み出し、研究する組織があった。その研究の過程で生み出されたのが、時間に関わる能力を持つ雪那と瞳夜が生まれた。他にも時間に関わる異能力者はいたが、全員が物心つく前に死んでしまった。


 二人は研究者の一人によって連れ出され、その研究者夫婦によって育てられた。だが、組織は二人連れ戻そうと、強力な能力を持つ異能力者を投入し、夫婦を殺害。力ずくで研究所に連れ戻された二人は、戦うために育てられた。


 それから成長した二人は、狂暴化した異能力者を取り締まる二つの組織にそれぞれ送り込まれた。


「元々、アイツらは自分たちでリミットを外して狂暴化させたんだ。勝手に暴れ出したとか、被害者ぶって……」


 異能力者はその研究所でしか生まれない。裏で操っていた可能性もあったが、それは最初に否定されたこと――だったはず。だが瞳夜は、研究所を疑い続けた。


「本当に異能力者が勝手に狂暴化するなら、まずは俺たちのはずだろ? 一番危険で不安定。俺たちだけ何もないなんておかしい」

「うん。僕もそう思う」


 雪那は瞳夜の意見に賛同する。


「……でも、一つだけ疑問がある」

「何だ」

「何でアイツらはそんなことをしたのか」

「そうだな……元々いなかった異能力者を生み出し、戦うために育てた組織だ。この世界を壊そうと考えていたとしても、別に驚きはしない」

「それも……そうだけど……」


 雪那も驚きはしないが、明確な答えにはなっていないからか、曖昧な返事をする。


「俺のシナリオとしては、世界を混乱に陥れるために異能力者を放ったが、思ったよりも早く討伐隊が出来たため、異能力者を援軍として出すことによって潔白を示し、時間を稼いだ。そして思いついた案が、たまたま分かれていた討伐隊同士を争わせ、どちらも破壊することによって、次に放つ時の戦力を削ろうってことだろう。そのために俺たちを別々に送り込んだ。絶対に争わせてはいけない二人をぶつけることによって、自然と陣営は破壊されると考えたんだと思う」


 瞳夜は自分の考えを堂々と話す。


「……納得できるシナリオ。本当かどうかは聞いてみないとわからないけど」

「聞くためにも、さっさと終わらせよう。この戦いを」

「どうやって?」

「両勢力の戦力は大部分がエースの力。俺たちさえいなくなれば、やむを得ず協力するんじゃないのか?」

「それって……死ぬってこと?」

「ふりだよ。ここで死ねば、聞きにも行けない」

「なるほど……何か策があるってことだよね?」

「ああ。任せておけ」


 瞳夜はそう言うと、雪那と距離を取る。雪那も瞳夜に作戦を委ね、距離を取る。


 そしてお互いに、自分の陣営に今から戦うことを伝える。


「……行くぞ、雪那」

「絶対に負けない。瞳夜だけには……!」


 そう言い合うと、二人は同時に剣を抜く。


(瞳夜が何を考えてるかはわからないけど、手を抜けば怪しまれる。やっぱり、本気で行く)


 雪那は覚悟を決めて、地面を蹴る。


(雪那がどれだけ最大重量加速度を超えてきたとしても、未来さえ見えれば思い通りに動かせる)


 瞳夜は迫ってくる雪那を一瞬見て目を閉じ、一瞬で未来を見る。


「……見えた」


 瞳夜が目を開くと、目の前には雪那がいた。だが瞳夜は驚くこともなく瞬時に動き、雪那の剣に自分の剣を当て、上手く受け流す。


 雪那は反応速度に驚いたものの、すぐに切り返して再度攻撃する。


「っ……」


 瞳夜は雪那の剣を受け止め、金属が触れ合う重い音が鳴る。


 波動のようなものが発生し、周りの廃墟になった高層ビルにヒビが入り、連絡を受けて見物に来た奴らは一キロほど吹き飛ばされていった。


 そんな中、瞳夜と雪那は一歩も譲らず、押し合い続けていた。


「――――」


 瞳夜は雪那に何かを伝える。

 爆風による轟音によって何も聞こえはしない。だが、雪那には聞こえていたようで、雪那は黙って少しうなづいた。


 それを確認すると、瞳夜は雪那の剣を薙ぎ払い、雪那は数百メートルにわたって吹き飛ばされる。


 雪那は何とか怪我無く体勢を整えると、もう一度地面を蹴って加速し、真っ直ぐ瞳夜に向かって行く。


 瞳夜は雪那を真っ直ぐ見つめ、待ち構える。


 次の瞬間、音もなく地面に血液が弾け飛んだ。


 雪那の剣は瞳夜の心臓を、瞳夜の剣は雪那の心臓を、それぞれ貫いた。


「……本当に、いいんだね?」

「……ああ」


 二人はか細い声でそう言い合い、抱き合うように倒れ込んだ。


  ◇  ◇  ◇


 ――とある研究所の一室


 そこには、白衣の女とワイシャツの男が、隣の部屋が見える窓を眺めていた。

 その部屋には二つのベッドとそれを囲う沢山の機械。そして、そのベッドの上にはそれぞれ対照的な少年が横たわっていた。


「人工蘇生は完了しました。ですが、本当にいいんですか?」


 白衣の女がワイシャツの男にそう聞く。


「時を切り裂く速さを持つ少年と、時を越えて未来を見る少年。現代に生きる最高傑作には、まだ仕事がある。蘇生させて何が悪い」


 ワイシャツの男は迷うことなくそう答える。


「いくら敵対組織にいて、あなたの命令でも、あの二人が戦って殺し合うなんて有り得ないと思うんですけど……何か企んでるんじゃないんですか?」


 その懸念はごもっともだ。だが、そんなことは男もわかっていた。


「それでもいい。仕事が終われば、願いを聞いてやるつもりだ」

「それならいいんですけど……気を付けてください」

「わかっている。そんなこと。……生み出した時から」


 全て分かった上で、リスクも背負った上で、男は全てを動かす。


「……待っているぞ。雪那、瞳夜」

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