まあ、なんとなく気配を感じ振りかえってみれば、ぽつんと影がひとつある。それはいつものことで、特段気にすることではない。だが、なんとなくその影の主は、私ではないような気がした。

 前を見る。あるのは霧ひとつなく澄んだ空気の中で、土かアスファルトかもわからぬ、道ひとつである。

 前にも後ろにも、私という生きもの以外には、日を浴びているような存在はない。つまり樹木もなければ、電柱もないのだ。人ほどの大きさで、闇より薄い黒を作り出しているのは、私に他ならない。

 だが、だが影が在るためには、太陽という、強い光がなければならず、また面という受け皿がなければならず……。

 この道を歩くのか。

 この道で合っているのか。

 影というものを自分の枠組みに入れて良いものか迷っているうちに、とうとう、自分という枠でないものまで疑っている。ああ、これが迷いというものか。

 まぶたの上下を、きゅっと結ぶ。

 さあっと開く。やはり、道はたったひとつだ。


 ある日座りこんで、ふとこれは夢ではないかと思った。夢とは何かと思ったが、おそらく何もないもののことだ。

 私は歩かなければいけない気がしていた。ただ、それは、道とは歩くものだと思っているからだ。

 それなのに、なぜか今は座りこんでいる。夢とは、何もないもので、だからこそ何かあると決めつけてしまうもので、ここに広がる道と同じだ。


 何か、道について考えるうちに、私は寝ころんでいた。からだを広げ、手をめちゃめちゃに伸ばした。

 それで、手があることを知った。

 はじめて道に触れた。

 あたたかくも、つめたくも、生ぬるさもない。

 

 ここには、私と道があるばかりだ。

 

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無為 旧星 零 @cakewalk

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