第49話 メルキ魔導工房製奉仕型万能魔導人形
コリエンテは、倒れたまま動かないクリュスタの状態を確認していた。
この至高の魔導人形は傷ついている。しかし表面的な傷は深いが、問題はそこではなかった。想定以上の衝撃を受けて内部が傷ついている点こそが問題なのだ。
他の魔導人形であれば構造を見れば直せる直せないが分かるが、クリュスタの場合はそれ以前。全く未知の造りをして、何がどうなっているかさえ理解不能。間違いなく魔導人形製造における最高峰の天才職人が全力で手がけたものだ。
「でも……まだ彼女は生きてますねー。このままなら時間をかければ自己修復も可能かもですね。ちょっと自信ないのですが」
そしてコリエンテは、触らないという判断をした。
この判断を下させた事はコリエンテの非凡さを証明する事と言えるだろう。並の錬金術師であれば下手に直そうとして逆に今より酷くするでだろうし、多少の才ある者なら技術を調べようとして取り返しのつかない事をしたに違いないのだから。
「先生、大丈夫なのかな?」
落ち着かなげにしていたエルツは、遠くから響く戦闘音の方へと顔を向け呟いた。その横顔は沈んだもので、眼差しは不安に彩られている。
「そりゃーまぁ、大丈夫なんじゃないかな。あー見えて、しぶといタイプなんで」
「でも先生って、偶に思いきりが良すぎるから。無茶してないか心配」
「うん、それはありますねー」
幾つもの爆音が響き、それが急に途絶える。
戦闘が終わったのかもしれないが、しかし不安の方が勝ってしまう。何か良くないことが起きているような気がするのだ。そしてそれは、名状し難い気味の悪い叫びによって確信へと変わった。
「どうしよう、先生のところに行った方がいいのかな。行った方がいいよね」
「君が行ってもどうにもなんないですねー。つまりここは、この私が行った方が役に立ちますって感じかな。しょーがないので応援に行くとしますか」
コリエンテは長大な杖を手に立ち上がった。視線は彼方にサネモがいるであろう学院の方へと向けられている。だから気付かなかった――背後で横たわるクリュスタの目に光が宿った事に。
「我が……主……危機……仕方、ありま、せんね。我が主は」
その身体に蒼い光が満ちていく。
サネモの前で、それは怒りに満ちていた。
半身を殺されたその身体は、前にもまして奇妙な動きと化していた。前に進もうとしながら斜めに動き、地団駄を踏むように足を上下させている。手当たり次第に魔法を放っており、フーリの側の目から血の涙を流していた。
「ゲヌークゥゥゥ!」
泣きながら叫ぶゲヌフーリ。
「真実の愛を見つけたと言うだけはあるか」
サネモは皮肉げに呟く。
地面の上に座り込んだように身を起こし、痛みを堪え少しずつ動いている。姿勢が低いおかげで、ゲヌフーリの魔法には今のところ当たっていなかった。
「それなら堂々と言って出て行けばよかったものを」
横に転がって、危うく当たりそうだった炎の鞭から身を躱す。
一方で学院はゲヌフーリの魔法に晒されて、火災や爆発が起きていた。そして学院関係者は手をこまねいて――または恐れて――何も出来ていない。
「馬鹿者どもめ。焼き尽くせ!【炎】ファイア!」
危うい魔法から逃れながら、サネモは横に移動し指を鳴らして反撃の魔法を放つ。悲鳴をあげるゲヌフーリの周囲を移動するのは、下手に距離を取れば、それはそれで危ないからだ。
ゲヌフーリの魔法は滅茶苦茶。注意深く見てさえいれば発動の予兆は察知でき、どこに放たれるのかも分かる。集中さえ途切れさせなければ当たる事はない。
しかし――サネモの呼吸は荒い。
身体の痛みは限界になりつつあった。
危うく迫った魔法を回避しながらサネモは考える。
擬魔人でしかないゲヌフーリが先に限界を迎えてくれないかと期待していたが、どうやらまだ健在らしい。このままでは先に体力が尽きるのはこちらだ。否、その前に魔法を避けきれなくなるだろう。身体の痛みが酷い。
「――さて」
辛うじて躱した魔法の熱気を浴びつつ、サネモは呟いた。
「そろそろ無理か?」
徐々にゲヌフーリの動きや狙いが定まりだしている。今の魔法もかなり間際に迫っていた。一方でサネモ自身の身体の動きが鈍くなりだしている。
次は避けきれないだろうと思う。
とりあえずやれるだけの事はやったが、出来れば死にたくはない。何よりこのゲヌフーリを仕留めておきたかった。
その時――。
「我が主」
聞こえてきた声は幻聴かと思った。
目の前に蒼い光を纏う存在が降り立ち、ゲヌフーリの放った魔法を腕の一振りで払いのけている。先程の損傷はそのままだ。
だが、それでも此処に来てくれただけで心が温かくなる。
「我が主、ご指示を」
涼やかな声に求められ、サネモは小さく笑った。
「……滅ぼせ」
指示と同時に光りが収束。
迸る魔力は激しい閃光を放ちながらゲヌフーリに直撃。そこで球状となって膨れあがり、擬魔人の肉体を蒸発させ――轟音。
魔力による爆発が辺りに広がる。
サネモは吹き荒れる風に目を細め、金色の髪をかき乱すクリュスタの姿を見つめている。そのクリュスタはゆっくりと膝をつくと、力尽きたように項垂れ、今度こそ完全に動かなくなった。
◆◆◆
「報酬はいらんよ」
サネモの言葉に、居並んだハンターズギルドの役員や王国の官吏は息を呑んだ。街で暴れた擬魔人を撃破した報酬を持って来たはいいが、まさか拒否されるとは思ってもいなかったのだろう。
ただしハンターズギルドの何人かは――もちろん同席するユウカも――これまでを知っているため苦笑していたが。
戸惑う相手に、サネモは人の悪い顔で笑った。
「その代わり、この件を公にして貰おう。学院の賢者ゲヌークが研究費を横領し、それで手に入れた魔導書によって事件が引き起こされたとしてな」
これがサネモなりの復讐だった。
ゲヌークの名は地に落ち、学院も大きな不名誉を負う。当然だが学院長も責任を取らざるを得なくなり、授爵した地位も危うくなるに違いない。さらに研究費の流れも厳密に調査される事になれば、学院内で横行していた不正も暴かれるだろう。
残念な事はフーリの名を貶められない点だが、そこを追求するとサネモにまで波及してしまうため我慢するしかない。
事実を正確に告げるだけで復讐となる。
復讐というものは、こうやるものだ。
「それでは」
言うだけ言ってサネモは背を向け、ハンターズギルドを後にした。皆から見えないように、ユウカが小さく手を振ってくれていたので気分が良い。
外に出ると壁にもたれて待っていたエルツが跳ねるようにやって来る。
「先生、こっちこっち。こっちだよ」
「待たせたな」
「全然待ってないよー。それより早く行こう!」
弾んだ様子のエルツはサネモの手を引くぐらいのはしゃぎっぷり。通りを二つ横切っても、その様子は変わらず弾むような足取りだ。
到着したのは、庭付き一軒家。
以前に暮らしていた屋敷に比べれば小さいが、魔導人形を置くには十分な大きさ。もちろん買える額ではないので借り屋となるが、家賃は今の生活であれば払えない額ではない。
だからここしばらく世話になっていた宿屋を出て、この家に住むことにした。
「大きいね」
「これはリオウも大盤振る舞いしてくれたものだな」
ハンターズギルドにも繁華街にも近く、それでいて治安の良い立地条件にある住居の紹介。それがフーリを探す依頼の報酬というわけだ。
フーリがゲヌフーリになった事や、それをサネモとクリュスタが倒した事など、にわかには信じがたい内容だがリオウはすんなり信じた。
もしかすると誰かに監視させていたのだろう。油断も隙も無い。
素直に従って良かったと思う。
「荷物は全部運んであるし、後は住むだけだが。幾つか条件があるそうだ」
「条件ってなーに?」
「ところが教えてくれない。直ぐに分かると言うばかりだ」
サネモは渋い顔をした。にやにやしていたリオウの顔を思い出したのだ。悪意はなさそうだったが、何かを楽しむようなものだった事が気になる。
考えていると聞き覚えのある声がした。
「おやおや、なかなか良い場所だねー」
コリエンテだ。
しかも背後にはサイマラを引き連れて、しかも荷車を引かせている。ただし積まれているのは、どう見ても引っ越し祝いといった雰囲気ではない。
意外な相手の意外な登場にサネモは戸惑うばかりだ。
「何の用かな」
「もちろん、これから宜しくなわけですよ」
「宜しくだって? 何を言っている」
「おや聞いてないかな。そっかー、困りましたね。ま、いいけど」
「しっかり説明してくれるか」
サネモはしっかりと問いただす。こうした事を曖昧にしておくと、何かと面倒になる。しかも、そこはかとなく嫌な予感がしている。
「シェアハウス」
コリエンテは指を立て言った。
「ん?」
「ここはギルドの近くの一等地。家賃はすんごく高いわけ。当然だけど、先生が簡単に払える額じゃ無いわけ。ここまではいいかなー?」
「勿論。だから報酬として特別――」
「そんな甘い相手ではなかろうに。だから不足する分として、私がここで住み込みで商売して補うと。やったね! 三人でお金を出せば安くなる」
「……聞いてないぞ」
サネモは憮然とした。
確かにコリエンテには世話になっているし、錬金術師が側にいるのはありがたい。しかし、それはそれこれはこれだ。
「おやおや、嫌なんだ。そっかー、裏通りの寂れた場所で細々暮らした私が掴んだ一生に一度のチャンス。期待してウキウキしていた自分が馬鹿みたいだ。残念だ」
「ぐっ……」
「親切な先生が広々した家の片隅を貸してくれるだけで救われるのに……」
コリエンテは哀しげな顔で首を横に振っている。
「と言いますか、家賃払えるんです? 私がいないと倍になるのになー」
そうかと思えば、にっかり笑っている。
「くそっ、一瞬でも哀れに思った自分が馬鹿みたいだな。好きにしてくれ。いや待て、三人と言わなかったか? さっきは」
「言ったよー」
「もう一人は誰だ?」
サネモの問いにコリエンテは楽しそうな顔をした。
「ふっふっふ。愛しいギルドの受け付け嬢さんじゃないかなー。この色男さん」
「…………」
「さーて、荷物を運び入れようかな。でもその前に、そろそろだと思うけど」
「むっ! そ、そうか!?」
「早く中に入った方がいいと思うね」
コリエンテに促されるまでもなく、サネモは大急ぎで建物に駆け寄った。
先に運び入れてあった荷物の側にあるのは、人の背丈ほどの黒みを帯びた長方形の薄板。素材不明の艶のある表面には文字が美しい模様のように刻み込まれている。
サネモが近づいた途端に、その細かな文字たちが次々と輝きだす。
輝きは文字から文字へと動き回り模様を描きだすと上端下端に点として集束。そして光の線が上から下を縦断、左右に大きく開いた。
そこから現れた存在は語りかける。
「メルキ魔導工房製奉仕型万能魔導人形、個別名クリュスタ。再びよろしくお願いします。我が主」
リストラ賢者、古代の遺跡で至高の魔導人形を拾う 一江左かさね @2emon
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