DAY AFTER K ~怪獣災害被災地支援記録~

習合異式

DAY AFTER K


 ◆朝


 午前6時、腕時計のアラームで目が覚める。目をこすりながら手帳を取り出し、中のカレンダーに印をつける。


 災害派遣21日目


 この被災エリアに私が来て半月以上が経過した。しかし私の使命はまだ途上で、やるべきことはたくさんある。山積みの仕事に立ち向かうべく、私はテントから出た。


 淡い朝日を浴びながら避難所になっている小学校の校庭を見渡す。給水担当、食事担当、生活支援担当、そして防衛担当が詰める各テントが目に入る。早朝にも関わらず各部門に任命された避難民たちは忙しなく動いている。自分たちも被災した身でありながら、避難所の運営を支えてくれる彼らには感謝してもしきれない。


「おはようございます! 『ボランティアさん』!」

「おはようアマギさん」


 右腕にギブスをはめた少女、アマギが私に駆け寄ってきた。今年の春に高校に入学したばかりの彼女はケガをしているにも関わらず、自身の父親がこの学校の教師だった、という理由だけで私の支援活動の補佐をしてくれている。彼女が居なければこの避難所の運営は成り立たないだろう。彼女にも全く頭が上がらない。


「朝早く申し訳ないのですが報告です。トイレの不具合は避難民の中に技師の方がいらっしゃったようで、昨晩の内に解決しました」

「よかった。水洗トイレが使えるのとそうでないのとでは、衛生面はもちろんストレスの度合いも違うからな」

「そうですね! ……でも問題もあります。避難民の収容人数が増えたことで、食料の備蓄が怪しくなってきました。節約して1週間もつかどうか」

「分かった。今日の探索は食料品をメインに持ち帰るよう、探索隊に指示を出す」

「あと、言いにくいのですが皆さんお米が食べたいそうで……」

「……重量があるから厳しいな。可能な限り努力はする」

「ありがとうございます。これから見回りですか? 私もご一緒します!」

「ああ、頼むよ」


 私はアマギを引き連れ体育館、そして校舎に収容している避難民たちの様子を確認する。足りないものはないか、困っていることはないかと各部屋を聞いて回る。最後に二人で訪れたのは校舎の屋上だ。屋上に上がるとこの21日間、私がこの避難所にいる理由が嫌でも視界に入ってくる。


 怪獣

 

 焼かれた街の中心に一匹の怪獣が鎮座している。名称は『K39』。この国に現れた39番目の怪獣だ。

 瘦せこけた肉食恐竜のようなそれは二本の足で直立していて、全高約150メートルの白い体表を朝日に輝かせている。緑色の血管が各所で浮き出ているのが遠くからも視認でき、そこを流れる血液が一定のリズムで明滅している。

 この怪獣は動いていないが死んでもいない。21日前の怪獣対策軍の総攻撃により動きこそ止めたが、現在怪獣は回復の為の休眠状態にあるらしい。回復後、侵攻を再開するとの予測をラジオニュースが報じていた。K39が活動を再開すれば、ここら一帯を焼野原にするほどの空爆が対策軍によって行われるだろう。


「すいません、色々と困りごとを押し付けてしまって」


 私が怪獣を眺めて難しい顔をしていたからか、アマギは申し訳なさそうに頭を下げた。


「気にしないでくれ。これが私の……『甚大災害公認ボランティア』の仕事だから」


 甚大災害公認ボランティア。単にボランティアと略されることも多いこの言葉は、未曽有の災害に対応すべく作られた国家資格であり職業のことを表す。

 21世紀初頭、世界各地に怪獣が出現。日本も例外ではなく、自衛隊を再編した怪獣対策軍を組織し、怪獣災害と戦ってきた。しかし、諸外国と違い核兵器の使用ができない対策軍は、怪獣討伐に多くの人員が必要になる。そのため旧来の自衛隊のように被災地の人道支援に人員を回すことができなくなっていた。

 そういった事情から、被災地を支援する人員の確保を目的とした『甚大災害公認ボランティア』の資格が制定された。


 ボランティアたちは災害時に必要な様々な知識を叩きこまれる。炊き出しや支援物資の管理、防犯の見回りや勿論のこと、取り残された避難民の救助や最低限の医療行為も行えるよう訓練される。そうして鍛えられたボランティアたちは災害発生時、政府から要請を受け被災地の支援に派遣されるのだ。ただし強力な権限を持つこともあり、資格の取得は難易度が高く、また名目上『ボランティア』であるため報酬は無いに等しく、なり手が少ないのが現状だ。


「アマギさんこそごめん。お父さんが亡くなって辛いときに」

「いえ! やれるときにやれることをやる、我が家のモットーですから」


 市の職員や避難所の管理者が不在の場合、避難所を管理運営するのもボランティアの仕事だ。この小学校の管理をすべき人材――つまりアマギの父親のような教職員は、怪獣災害の初期の段階で負傷、もしくは死亡により不在だった。派遣された私が、今その役割を担っている。


「避難所のみんなで、避難しましょう!」

「そうだね。誰一人残さず、逃げ切ってやろう」


 苦難に負けず明るい笑顔を見せるアマギから、再び遠くの怪獣に視線を戻す。


 私の使命は3つ。


 1、怪獣災害の被災地中心から逃げてきた人たちの保護。彼らの滞在するこの避難所の管理


 2、怪獣の活動再開や対策軍の総攻撃より前に、避難所からより安全な地域へ避難民を逃がすこと


 3、自分もこの怪獣災害か生きて逃げること


 強大な怪獣に、私たち民間人はあまりに無力で逃げの一手しか打てない。しかし私も、横にいる少女も、避難民たちも、まだ誰も屈してはいなかった。最後の最後まで、私たちはこの絶望に膝をつくつもりはなかった。


 ◆昼


 ここ数日、電車が走っていない線路の上を私は一人歩く。一歩踏み出すごとに、怪獣に近づいていく。虚ろな怪獣の瞳が私を見ているような気がして不気味なことこの上ない。

 私と私が選抜した探索隊の日中の仕事は、まだ爆撃や怪獣の吐く炎で焼かれていない場所から、避難所の運営に必要な物資をかき集めるというものだ。『公認ボランティア』の資格所持者、及びその者が指定した人員は災害時に被災地に残された物資の徴用が認められる。勿論、全ての物品を無制限に取り上げることはできない。指定のマーカーを付けた商業施設や民家からの徴用に限られ、在住する者が拒否すれば、物資には指一本触れてはならないことになっている。既に避難所近くのマーカーのある施設や民家からは物資を徴収しつくしてしまっていた。そのため、私と探索隊はそれぞれ個別に行動し、怪獣により近く危険度の高いエリアで物資の調達にあたっていた。

 ふと線路の先に人影が見えた。避難所から物資を奪う強奪者かもしれないので、すぐに駆け寄ったりはせず、双眼鏡でその姿を確認する。男性一人、女性一人、小学生くらいの子供が二人。全員が大きな荷物を背負っている。持てるだけの財産を持った避難民と見て間違いないだろう。私は双眼鏡から目を離すと、枕木を踏みしめながら彼らに近づく。


「『ボランティア』です! 大丈夫ですか?」

「ああ、よかった!」


 私の腕の公認ボランティアであることを示す腕章を認めた父親らしき人物は、顔を明るくしてこちらに近づいてくる。


「怪獣にかなり近いエリアですよ。どうされたんですか?」

「私の母が寝たきりでベッドから動けなくて。でも今朝、自分はもういいから逃げろって」


 奥さんが目に涙を溜めて語る。


「車のごはんは虫さんが食べちゃったから、おばあちゃんといっしょにこれなかったの」


 子供が語る『虫さん』とは怪獣の体に張り付いている『寄生体』のことだろう。ゾウリムシに似たその生き物は、怪獣の表皮で大型犬くらいの大きさになると怪獣から離れ、食料となる電気を求めて被災地を徘徊する。怪獣災害の被災地近くで、今や日本で広く普及した電気自動車を使用するのは不可能と言ってもいい。動いている車は寄生体の恰好の標的になる。避難民が被災地から退避するのを難しくしている原因でもあった。


「大丈夫、虫さんはこっちから手を出さなければ噛みついたりしないから。……ご自宅はどこですか? 救援隊を向かわせます」


 家族の住む家の住所を聞き出し、無線機でアマギに伝える。


『その付近に行かれた探索隊の方が助けに行けるそうです!』

「救助を頼む。可能であればもう一人バックアップとして同行させてくれ」

『了解です!』


 家族全員が安堵の表情を浮かべる。奥さんとご主人は何度も頭を下げる。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」

「気にしないでください、これが仕事ですから。皆さんも避難所へ。二つ先の駅の近くにある小学校です」


 手を振って家族と別れる。アマギに4名の避難民が向かったことを伝えると、私は先を急いだ。

 今まで探索していなかった駅に辿り着いた私はまっすぐ駅長室に向かう。駅長室の扉をバールこじあけ、物資の保管されている棚を確認する。棚にあったのは乾パンと粉末スープ、それとミネラルウォーターという一般的な災害備蓄品だった。棚の中身を可能な限りリュックに詰める。注文のあった米も探すが、見つかったのは小さいアルファ米のパック二つだけだった。残念ながら避難民全員には行きわたる量ではない。落胆しそうになる自分の頬を叩く。食料が見つかっただけでも幸運なのだ。避難民の不満は自分が受け止めればいいだけだ。しっかりしろと自分に言い聞かせその場を後にする。


 駅舎から出ようとしたところ、さっと目の前を何かが横切った。咄嗟に防御態勢を取る。この時間帯に『幼体』が活動することはないはずだが、駅舎の暗がりに隠れていたのかもしれない。私は息を殺しながら、影が向かった方へゆっくりと進む。影が隠れたベンチを離れたところから覗き込と、そこに隠れていたのは茶色い柴犬だった。鼻を鳴らしながら黒い目でじっとこちらを見つめている。


「驚かさないでくれよ」


 人騒がせな柴犬に文句を言って立ち去ろうとした時、私はあることを思い出し手帳を取り出した。ページめくり自分のメモを読み返す。


【ヤマダさんの犬・茶色い柴犬・名前はバルタ】


 避難民のうちの一人から、迷い犬を見つけたら連れてきて欲しいと頼まれていた。


「……バルタ?」


 私が呼びかけると、柴犬はベンチの下から這い出て私に近づいてきた。私が体に触れても怒らない。人慣れした飼い犬であることの証左だ。首輪につけられたプレートにも『ヤマダ バルタ』と刻まれている。間違いなく探していた犬だ。

 しかし無条件に連れ帰るかは悩みどころだ。確かに家族であるバルタが戻ればヤマダさんは喜ぶ。犬好きの避難民たちの癒しにもなってくれるだろう。しかし避難民の中には動物嫌いの者もいる、そういった避難民にとって、バルタはストレスの元となる。私は数分バルタを撫でながら思案する。


「悪いが行動制限はかけるぞ。いいか?」


 私の呼びかけの意味が分かってはいないだろうが、バルタは了承するように吠えた。結んで腕に巻いていたパラコードをほどき、バルタの首輪に繋げた私は、映画のワンシーンのようにバルタと線路の上を歩き、避難所へ戻った。


 ◆夕方


 避難所に戻った後も仕事は続く。お湯でふやかした乾パンを体に流し込んだ後は、探索隊が持ちかえった物資の確認と各部門への分配をアマギと行う。

 一番気を遣うのは避難所から退避させる避難民の選定だ。避難所へは二日に一度、対寄生体仕様のバスが来る。そのバスに乗り避難所から退避させる避難民を選ぶのだ。多くの避難民を避難させたいが、資金も人手も足りない国や自治体が用意できるバスは少ない。さらに避難所の運営に携わる人間が多く退避すると、避難所の活動に支障をきたす。まだ被災地に取り残された避難民のことを考えると、避難所が機能不全に陥ることは避けたい。結局、ケガ人、病人、老人、子供の退避を優先させ、開いた席に各部門のスタッフ一名ずつとその家族を乗せることに決めた。


 私が退避者を決めたことをアマギに伝えようと校庭で彼女を探していると、こちらに走ってくるアマギの姿が見えた。


「ボランティアさん! 大変です!」


 アマギの表情からは焦燥の色がはっきり見て取れた。


「探索隊の方が一人、戻ってきていません!」


 アマギと共にバリケードとして改造された校門の前まで向かうと、帰ってきていない探索隊員の家族が防衛担当の避難民に詰め寄っている所だった。


「倅は倅はまだ帰らないんですか!」

「どこかで怪我でもしてるのかも!」

「私が、私がお兄ちゃんを探しに行きます!」

「ダメだ、今の時間に外に出すわけにはいかない!」


 防衛担当の避難民は強い口調で彼らの外出を認めないが、家族たちは譲らない。帰っていない隊員を想う両親と、彼の妹の叫びは悲痛なものだった。私は彼らのと防衛担当の避難民の間に入る。


「私が探しに行きます」


 私の言葉に家族の顔は明るくなったが、横にいたアマギの顔は暗くなる。


「もうすぐ日が沈みます。『幼体』が動き始めて危険です。探索は明日にできませんか?」

「ダメだ。何らかのトラブルで動けなくなっているかもしれない。そうだとしたら時間が経てば経つほど生存率は下がる」


 探索隊のメンバーは私が選んだ。だから私には彼らの生命を守る義務がある。


「防衛体制を整えて校門を閉じるんだ」


 私が探索用のバックパックを背負うところを見ながらアマギは頷いた。


「分かりました。ボランティアさん、どうかご無事で」


 避難所の外に出ると、背後でバリケードでもある校門が閉められる音がした。夕日のオレンジ色を写していた街は、徐々に闇を増していき、その闇の中で怪獣がぼんやりと緑に輝いていた。


 ◆夜


 月の光を頼りに、私は瓦礫だらけの夜の市街地を進む。明かりが無く、土地勘のない夜の街は迷路のようにも感じられたが、皮肉にも遠くで輝く怪獣のおかげで方向を見失うことはなかった。だが皮肉で笑い声を漏らすことはしない。私はなるべく音をたてないように、呼吸さえも躊躇いながら歩く。

 ふと近くで吠え声が聞こえた。昼間に会ったような可愛らしい犬の鳴き声ではない。私はとっさに近くに駐車されていた車の下へ潜り込んだ。私が車の下に隠れてすぐ、ついさっきまで私がいたところへそいつは近づいてきた。

 白い体躯に二足歩行のそれは、ミニサイズの怪獣だった。ミニサイズとはいっても2メートルほどの背丈があり、大抵の日本人よりは大きい。親である怪獣『K39』そっくりの見た目をしたそいつは怪獣の『幼体』だ。怪獣は単一生殖が可能で、繁殖力が高い。怪獣から生まれ落ちた幼体は、夜にしか活動しないという習性こそあるが、その凶暴性は親以上で人間を見ると積極的に攻撃を加えてくる。対策軍が怪獣災害の被災地を焼野原になるまで爆撃するのは、こいつらの存在が危険だからでもある。


 幼体は付近に獲物がいないことを確認すると、ひと際大きく吠えて、その場から去った。幼体が行ってから少し時間を置き、私は車から這い出る。幼体がこの付近で活動しているなら、被災地に取り残された隊員の生命はかなり危うい状況にある。急がなければ取り返しのつかないことになるかもしれない。痕跡を見逃さぬよう、危険を承知でライトを点け、探索を再開する。


 幼体たちの鳴き声が聞こえる中、私は路上にあるものを発見した。それは地面に散らばった白米と幼体の死骸、そして血痕だ。点々と続いた血痕を追うと、一軒のコンビニに辿り着いた。赤い点は店内にも続き、店奥のトイレまで伸びている。私は最悪の状況を想像しながら、トイレのドアを開ける。


「っ! リーダー……」

「よかった、生きてたか」


 そこには帰還していなかった探索隊員がいた。私は安堵の息を漏らしそうになったが、状況は芳しくなかった。


「すいません、暗がりに幼体がいるの気づかなくて」


 床に座り込む彼の右足には酷い噛み傷があった。大きく裂けている個所もあり、出血も酷い。自力で長距離を歩くのは不可能だろう。無線機に呼び掛ける。


「アマギ、隊員を発見した」

『よかった! 無事だったんですね!』

「だが怪我をしている。医療部門に救護の準備をさせておいてくれ。これから奴らの中を強行突破する」

『わかりました。迎撃態勢をとります』


 私が通信を終えると、怪我をした隊員は首を横に振った。


「ダメです。血の匂いで奴らが寄ってきます。ボランティアさんまで奴らに食われちまう」

「そうはならない。二人で生きて逃げ延びるぞ」

「無理ですよ。家族に伝えてください。いい息子じゃなくてすまなかったって。いい兄ちゃんでなくてごめんなって。米持って帰れなくてごめんなって」

「そんな甘ったれは、生きて帰って自分で言え!」


 彼の口に舌を噛まないようタオルを咥えさせる。


「痛いだろうが我慢しろ」


 負傷した隊員を肩に担ぐ。傷が刺激されて隊員は呻き声を上げた。呻く彼を抱えながら私は走り始める。通りに出るとすぐ、幼体たちの鳴き声が周囲の闇の中から聞こえ始めた。周りを見渡した時、一瞬怪獣『K39』が視界に写る。

『K39』が笑っているように見えた。私たち矮小な人間があがき、もがく姿を嘲笑っている。

 『K39』に背を向け逃げながら、ふざけるなと心の中で叫ぶ。ここで死ぬつもりなんかない。どんなにお前らが強大で理不尽だとしても、私たちは抗ってみせる。生きて逃げ切ってやる。迫りくる幼体の鳴き声と足音による恐怖で折れそうになる心を奮い立たせながら、避難所への最短ルートを駆ける。


「――っ! ――っ!」

「大丈夫だ! 必ず生きて帰れる!」


 半ば自分にい聞かせるように呻く隊員に呼び掛ける。遠くの方で自分たちを照らす明かりが見えた。避難所に設置した即席のサーチライトだ。


『今ボランティアさんたちの姿を確認しました! もうちょっとです! 頑張ってください!』


 アマギの声に鼓舞され走るスピードを速める。もう少し、あと少し、あと十数メートル。バリケードが見えたところで、私の視界の横に絶望が見えた。待ち伏せをしていた幼体の一匹が、私の横合いから飛び掛かる。私と隊員と食らわんとする幼体の顎の、鋭い牙に恐怖し私は思わず目を閉じた。しかし幼体の牙は私の体を嚙み砕くことはなかった。代わりに幼体の痛みを訴える叫びと、骨を砕く音が聞こえる。目を開くと、校門に設置されたピッチングマシーンを改造した機関砲が幼体に容赦なく鉄片を仕込んだボールの弾幕を浴びせていた。


「ボランティアさん! 早く中へ!」


 バリケードが僅かに開き、その中からアマギが叫ぶ。私が息を切らしながら避難所の中に逃げ込むと、バリケードが閉じられると同時に、外の幼体に火炎放射が開始された。先日助けた避難民が考案した即席の装置だが、効果は抜群のようで、外にいる幼体の苦しむ鳴き声が聞こえる。


「ケント!」

「お兄ちゃん!」


 タンカを携えた医療部門の避難民と、隊員の家族が駆け寄ってくる。担架に隊員を下ろし、あとは彼らに任せる。


「ボランティアさんはケガしてませんか?」


 隊員を見送る私をアマギは心配そうに見上げていた。


「大丈夫だ。傷ひとつない」

「よかった……お疲れさまでした。これどうぞ」


 アマギの差し出したミネラルウォーターのペットボトルを受け取ると、私は中身を一気に体の中に流し込んだ。冷えていないし、味なんかしない。だが怪獣の脅威から逃げ延びた後のそれは、今まで飲んだどんな酒やジュースよりも美味かった。


 ◆朝


 翌日、避難民たちを乗せたバスを私はアマギや、まだここに残らざるを得ない他の避難民と見送る。


「無事安全圏までたどり着いてほしいですね」

「対寄生体、幼体仕様のバスだ。問題ないよ」

「そうですよね! さぁ、今日も頑張りますか、ボランティアさん!」


 アマギが私に華やかな笑顔を向けてくれたその時、地面が大きく跳ねた。周囲で短い悲鳴が上がる。昨日助け出したバルタが激しく吠え始める。その後もドーン、ドーン、と低く間延びした音と共に地面が断続的に揺れる。地震の揺れ方ではない。私を含めた全員が、必死に吠えているバルタと同じ方向を見た。


 怪獣だ


 怪獣『K39』が耳をつんざく咆哮を上げ、地響きと共にこちらに歩いてくる。間に合わなかった。避難民を全員逃がす前に、怪獣が動き始めてしまった。そしてそれは、ここ一帯が爆撃されることを意味していた。


「全員逃げてください! 何も持たずに逃げて!」


 私は怪獣の咆哮に負けじと声を張り上げた。体育館や校舎から避難民たちが我先にと這い出て逃げ出す。安全圏まではかなりの距離があり、移動中、特に夜間に幼体に襲われる可能性がある。だが、ここにいたら怪獣の炎か、爆撃のどちらかで確実な死を迎えることになる。


「怪獣とは反対方向へ! 絶対に振り向かないで走って!」


 避難民を誘導しつつ、いつも近くにいたアマギを探す。彼女は探索隊テントの無線機で必死に呼びかけていた。


「こちら怪獣災害指定避難所! まだ多くの避難民が取り残されてます! 爆撃を中止してください!」

「アマギ! 逃げるぞ!」

「お年寄りやケガで動けない人もいます! 爆撃を中止し――きゃっ!」


 ジェット機の轟音の後、怪獣に投下された爆弾の衝撃波が私とアマギを吹き飛ばす。為す術なく私の体は地面を転がる。


「ア、マ……ギ」


 体をなんとか動かそうとするが、足の骨が折れたのか立ち上がれない。遠くで倒れているアマギに近づこうと這うが、それも次の爆撃の衝撃波に吹き飛ばされることで叶わなかった。


「くそったれ……」


 ボロ雑巾みたいに地面に倒れる私に徐々に怪獣が近づいてくる。その体が光を帯びる。ひと際大きく怪獣が吠えると、体から発せられる光が周囲を飲み込んだ。

 怪獣の放つ光に焼かれながら、私は不覚にも怪獣の姿を、とても美しいと思ってしまった。


 ◆


 わたしは挑戦する


 上位概念たちに


 わたしたちを屠ろうとする観測者たちに


 彼らの概念が揺らぐまで


 この世界を永遠にするため


 わたしは挑戦し続ける



 ◆朝<DAY AFTER K>


 午前6時、腕時計のアラームで目が覚める。目をこすりならがら手帳を取り出し中のカレンダーに印をつける。


 災害派遣1日目


 わたしは昨日の夕方に怪獣『K39』による怪獣災害の被災地に到着した。

 やるべきことは多い。早速仕事に取り掛かるべく、私は自分のテントから出た。


「おはようございます! ボランティアさん!」


 何もない校庭に、私を待っていた少女、アマギの声が響き渡った。彼女のはギブスで覆われている。怪獣の攻撃に巻き込まれ、負傷。彼女の家族もその際に亡くなったそうだ。


「アマギさん、君が手伝う必要はないんだ。君はケガ人だし……」

「いいえ、手伝います! 父はここの先生でしたし、ここは私の母校でもあるんです。来たばかりのボランティアさんでは不慣れなこともあるでしょうし、お手伝いさせてください。いえ、絶対にします!」


 彼女の熱意に私は止む無く首を縦に振った。もしかしたら家族を失った悲しみを仕事をすることで紛らわそうとしているのかもしれない。それに他県から派遣された私はこの地域にも、この避難所にも詳しくはない。ガイドが必要なことは間違いなかった。


 アマギに避難所になっている小学校を案内してもらう。通常の災害時の避難所であれば問題ないが、怪獣災害としての避難所としてここはあまりに脆弱過ぎる。改善すべき部分を手帳に記していく。アマギは最後に私を校舎屋上へ案内してくれた。


「あれが『K39』か」

「はい。ここから良く見えるんです」


 白い巨体の怪獣がはっきりと見て取れた。朝日を浴びながら輝くそれの周囲は爆撃で焼野原となっているが、近くには被害を免れた地区もある。この怪獣はタフで、対策軍の総攻撃を受けたにもかかわらず絶命せず、今なお被災地のある街で休眠状態にある。怪獣が活動を再開し、爆撃が再開される前に避難民たちを安全圏まで退避させなければならないが、幼体や寄生体による脅威がそれを難しくしている。国と自治体が用意した輸送バスで少しずつ避難民を退避させなければならない。

 また、被災地にはまだ避難できていない住人もいる。彼らをいち早く怪獣の近くから避難させなければならない。それに私一人では避難所を回すことはできない。避難民たちの特技や仕事のスキルを活かしてもらいながら、避難所の運営を手伝ってもらう必要がある。


 私の使命は3つ。


 1、怪獣災害の被災地中心から逃げてきた人たちの保護。彼らの滞在するこの避難所の管理


 2、怪獣の活動再開や対策軍の総攻撃より前に、避難所からより安全な地域へ避難民を逃がすこと


 3、自分もこの怪獣災害か生きて逃げること


「ボランティアさん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

「避難所のみんなで、避難しましょう!」

「そうだね。誰一人残さず、逃げ切ってやろう」


 遠くに見える怪獣を背にして私を見つめるアマギに、私は微かに微笑んで頷く。このやりとりをすでにしたようなデジャビュを感じながら。


 怪獣災害後DAY AFTER Kの街が朝日に包まれる。


 私と避難民たちの、怪獣との戦いが今、始まった。

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