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@Ku-haku_

404

『がしゃん』




「あーあ。やっちゃった。」

机に頬杖をつき、ただぼんやりと本を眺めながら窓ガラスを叩く雨粒の音を聞いていた。もうすっかり夜は更け、今日という日が終わりに差し掛かっているにもかかわらず、まだ雨の音は絶え間なく頭の奥で響いている。

雨の匂いと音に眠気を誘われ、そろそろ寝ようかと少しぬるくなった残りの珈琲を飲み干した。空っぽになったマグカップを机に置こうとした瞬間、マグカップが手から滑り落ち、床の上に大きな音を立てて割れた。


「結構お気に入りだったのにな。」

それなりに思い入れがあったため少し湿っぽい気持ちになる。三年も使ってたからちょうど替え時だったのかな。まぁこのまま考えててもしょうがないか。

そう思い、原型のなくなってしまったマグカップを片付ける。割れた破片をひとつずつ拾い上げ、新聞紙に包む。次のマグカップは色違いで同じデザインのものを買おうかな。そんなことを考えながら片付けていると、

「いたっ……。」

破片で少し指を切ってしまった。じんわりと痛みが広がり、切った指には赤色の細い線が浮び上がる。そんなに痛くなかったはずなのに涙が滲んだ。

なんとなく、頭の中がどんよりと曇ってしまった。


このマグカップの代わりはいくらでもある。

ふと、そんな至極当然の考えが脳裏に浮かんだ。そして、もしかしたら自分の代わりの存在なんてたくさんいるのではないか、と嫌な思考が頭をよぎった。

ぼんやりとした頭で暗いことを考えている間に、割れたマグカップがまるで存在していなかったかのようにきれいに片付いていた。


くしゃくしゃに丸まった新聞紙の上に、雨粒のような透明な水滴が落ちる。

大丈夫。自分は自分だ。自分の代わりなんていない。マグカップのように替えなんてきかない。

それなのに、そのはずなのに。警告音のような心臓の鼓動が痛いほど速くなっていく。


「あれ……?」

視界の端に何かが見えた気がする。漠然とした不安が身体の奥底から迫り上がり、ゆっくりと時間をかけて鉛のように重たくなってしまった頭を上げる。



『あなたは存在しません。』



突然、辺りが暗闇に包まれた。

自分の首に刃物があてがわれたような戦慄が走る。静けさの中、時計の針と心臓の音だけがやけにうるさく響いていた。さっきまで頭の奥に響いていた雨の音なんてもう聞こえていなかった。

何かがおかしい。でも何がおかしいのか分からない。嫌な予感が背筋を冷たく流れていった。


その刹那、さっきまで真っ暗だったのが嘘のように辺りが光で包まれた。まばゆいばかりの白さに思わず瞼を閉じる。瞬きをしながらゆっくりと目を開けていくと、徐々に視界がはっきりしてくる。

そして目の前に映し出された光景は、モニターに映る"自分"の姿。今まで自分がいた世界が、自分を俯瞰する視点で映し出されていた。そこには、さっきまでマグカップの破片を拾っていたはずの"自分"がいた。


「お前は一体誰なんだ……」

雨音にもかき消されそうな小さな声でそう呟いた。すると、画面の向こうから見知った目がこちらをしっかりと見据え、仄暗い笑顔で言った。


「僕は君だよ。プログラム通りに動けなくなった君は用無し。だから僕は君が元いた場所へ行って、君という存在の代わりをする。大丈夫、僕は君だから完璧に演じきれるよ。誰も"君の存在"を見つけられないよ。」


時計が規則正しく時を刻む音だけが響き、ちょうど午前零時を知らせる鐘が鳴る。頭の中の白いモヤが消えて黒い霧で埋めつくされ、より一層闇が深くなる。



"君は永遠にそこから自分を眺めていればいい"



画面の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。

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