M44.異常事態と緊急事態
それからも何となく黙って過ごしていると、風景のスライドがゆっくりとし始め、やがて止まった。馬車が歩みを止めたのだ。御者が着きましたよと声を掛けてくる。その声に従って馬車の外へと出ると、目の前には威圧感さえ感じる大きな門がそびえたっていた。門の脇には詰め所のような建物が建っており、その周囲には鈍い色を放つ金属製の鎧を着た兵士のような出で立ちをした人たちが何やら慌ただしく話をしている。その周囲ではたくさんの旅人らしき人たちが兵士たちと共にガヤガヤとした環境音を奏でていた。
「凄い人ですね」
「ここからはウィレンツァの国内に入りますからね。入国審査を受ける人が多いのでしょう」
「ウィレンツァ?」
「緑の国ウィレンツァ。カテゴリースリーの一つです」
「あ!T.Oを組織した国?」
「はい、そうです。ここアルファベースはウィレンツァの関所の役割も果たしているようですね」
「へ~。何だか一気に遠くに来た気分になりました」
地球からクラルステラ。プロ―ロからペルティカ。そしてアルファベース。ここ数日だけでこの移動である。色んな意味で遠くから来ているのは間違いなかった。観光旅行というわけでは無いが、爽志はすっかり旅を楽しんでいた。
「私も初めて来た場所なので知識でお話ししているだけなんですけどね」
「じゃあ、俺たちも入国審査?しないといけないんですかね?」
「うーん、恐らく?」
二人はシンクロするように顔を見合わせて首を傾げた。はたから見ると鏡のようだったかもしれない。とりあえず、人だかりに向かうべきかどうすべきか悩んでいると見かねた御者が声を掛けてきた。
「お客さん、アルファベースに入るんでしょ?あっちが入場許可証の発行所ですよ」
御者が刺す方向を見てみる。すると、門の前の建物に人が列をなしているのがわかった。どうやら大きく二つの列が出来ているようだ。一つがアルファベースへの入場許可証の発行所であるなら、もう一方が入国審査をする建物なのかもしれない。
「そうなんですね!御者さん、ありがとうございます!ソーシさん行ってみましょう!」
「はい!」
二人はそう言うと御者を残して、すいすいと歩いて入場許可証の列に並び始めた。
「…あの〜、私も行くんですけど」
取り残された御者はポツリと呟いた。それから二人を追いかけるように同じく列へとトボトボとした足取りで向かった。その背中は何だか寂しそうに丸まっていた。ような気がする。
三人の順番になるまではまだまだ時間が掛かりそうだった。とはいえ、並ばないわけにもいかないので時間つぶしに雑談をしながら順番を待っていると、前にいる旅人たちの会話がふっと耳に入ってきた。
「なぁ、今日の兵士の人数少なくないか?」
「だな~。なんでも緊急事態に対応してるとかでそっちに出払ってるらしい」
「緊急事態?それでこんなに混んでるのか。参ったな」
「今の領主様になってから治安が良くなったって聞いてたんだがなぁ」
緊急事態とは穏やかでは無い。普段のここをどれだけの人数で回しているのかはわからないが、兵士の慌てっぷりを見るに人手が足りていないのは明らかだった。大勢の旅人を前に兵士は五、六名といったところ。少々心もとない。例えばここで暴動などが起きればとてもでは無いが、鎮圧することは叶わないだろう。その危険性を天秤に掛けてでも、その緊急事態とやらに人手を割かねばならないのだろうか。
「緊急事態ってなんなんでしょう?」
「さぁ…。只事じゃないのは確かでしょうけど…」
「只事じゃない何か…」
「まぁ今はギルドを訪ねることが先決です。そちらは兵士さんにお任せしましょう」
「はい。そうですね」
それからしばらくは周囲を観察し、アルファベース周辺の情報がないか聞き耳を立てつつ時間を潰した。いくつか有益な情報もあり、順番待ちを有効に活用したのだった。
「はい、次の方〜」
受付担当の兵士が誰にいうでもなく声を掛ける。その視線は机の上の書類へと向けられていた。普段から多くの人間を捌いているのだろう。この混乱にも関わらず見事な流れ作業である。いつの間にか爽志たちの前には誰もいなくなっていた。
自分の番だ。こういう時、何故か妙に緊張するものだ。そう思ったが最後、爽志も例に漏れず緊張してきた。ゴクリと唾を飲み込んで兵士の前へと進む。
「ここへはどういうご用件で?」
「あ、えっと…」
思わず口ごもる。頭の中を探り何のために来たんだったかと言葉を紡ぎたいのだが、緊張でなかなか口に出せない。こういう時、直ぐに冷静になるのは難しいものだ。アワアワとしていたらロディーナが助け舟を出してくれた。
「ギルドへ異常事態のご報告です」
「異常事態…?!どこでですか!」
「プロ―ロ村です」
「…あぁ、あの辺境の…。通行証はお持ちですか?」
異常事態という言葉に兵士は一瞬目を光らせたが、プロ―ロ村と聞くと潮が引くように興味を失い、無機質とも言える事務的な対応に戻った。そのわかりやすいありさまはまるでパンパンに膨らんだ風船が空気を失い萎んでいくようなパントマイムにすら思える。
「いえ、持ってないです」
「お二人さんとも?」
「はい、そうです」
「では、通行料を。1800ミューですね」
「はい、確かに。少々お待ちください」
ロディーナは荷物の巾着からお金らしきものを取り出し、兵士へと渡す。受け取った兵士は紙に何やら書き込み、判を押している。
(ミュー…?)
どうやらこの地域の通貨の呼び名のようだが、爽志にとっては馴染みのない言葉だ。そんなことを思っていると、兵士が判を押した紙を二枚ロディーナに渡してきた。
「どうぞ。通行証です。お通りいただいて結構ですよ。
あ、無くさないようにしてくださいね」
兵士はそう言って前に進むように促す。二人はまるで押し出されるようにそれに従い、歩き出した。すると、後ろの方から兵士の嘆くような声が聞こえてきた。
「…ったく、こっちは緊急事態だってのにややこしいな」
その声は嘆きの感情が乗っていたように思えた。旅人たちも噂をしていたが、緊急事態とは一体何なのだろうか。何だかモヤモヤする話だ。
響界のレゾナンス 近松 叡 @chikamatsu48
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