アルファベースに通ず
M43. 轍の先の城郭都市
ゴト…ゴト…
馬車は舗装されていない道を進んでいた。周りの景色は相変わらず雄大で包み込んでくれるような優しさを感じさせた。だが、その雄大さには、いざそこに投げ出されてしまったなら得体のしれない何物かに飲み込まれてしまうような両極端な顔が同居している。
馬車は轍をなぞっているとはいえ、スムーズに進んでいるとは言い難い。しかし、馬車のそんな揺れでさえも心地の良いゆりかごのようだったのか、またはシュクシェからの道中、何も起こらなかったせいかもしれない。爽志とロディーナはすっかり寝入ってしまっていた。
シュクシェを出て数時間、馬車は休みなく進んでいる。馬はおろかそれをコントロールする御者にも疲れが見えだしていたが、変わらない雄大な自然の中に不自然な何かがポツリと現れ、御者の目に映った。
御者はフッと短く息を吐くと、客車の小窓をチラリと向く。中では爽志とロディーナが眠っているのが見えた。申し訳ないと思いつつも二人を起こすようにトントンとその窓を叩いた。
「お客さん。起きてください」
御者はそう言って二人の目覚めを促す。目的地が見えたら起こしてくれと言われていたからだ。だが、優しく叩いたせいか二人が起きる素振りはない。仕方なくもう一度小窓を叩いてみる。
―――トントントン―――
「お客さん。アルファベースですよ」
「ん…アルファベース…?」
アルファベースという言葉にロディーナが反応した。だが、まだ目が覚めたというわけでは無さそうだ。御者は寝ぼけ眼の客と対話を試みる。
「はい、そろそろ着きますよ」
「着く…?…え?」
「アルファベースに着きます」
御者が念を押すように答える。ロディーナはようやく事態を察し、客車の窓を開けて視線を馬車の前方へと向けた。
「わ~!あそこがアルファベースなんですね!」
「えぇ、随分とお待たせしましたね」
ロディーナはニコニコしていえいえなどと口にしていると、その会話に爽志が反応をした。
「ん…あ?」
爽志が目を開けるとロディーナの体が目の前にある。
「うわ!」
―――ガンッ!―――
驚いて後ろに身を引いた拍子に思いっきり頭をぶつけてしまった。目から星が飛び出たような気がする。思わず頭を押さえてうずくまった。
「あっ!ソーシさんも起きたんですね!」
「…ふぐぐ」
「どうかしました?」
「ひ、ひえ、なんでもありません…」
ぶつけた原因が原因だけに爽志は何も言えなかった。ぶつけた頭を撫で付けながら、話を逸すために馬車の外の話を振ってみる。
「もしかして、着いたんですか?」
「はい!もう見えてきましたよ!」
「ホントですか!お、俺も見て良いですか?」
「ふふ、どうぞ」
ロディーナはそう言って、窓の独占を爽志へと譲った。爽志は馬車に乗るのもこの旅が初めてであったが、馬車の窓から顔を出すというのも初めてであった。初めて尽くしで気持ちが昂っていたところに目的地であるアルファベースについたとあっては最早ドキドキを超え、ウキウキといった気分だ。窓から顔を出すと馬車が切る心地よい風を顔に浴びながら、前方へと視線を向け目を凝らしてみる。
「あ、あれが…!」
爽志は驚きのあまりそれ以上言葉が出なくなった。町が見えたとはいえ、まだまだ距離がある。しかし、それにも関らず目に見えて巨大だとわかる建造物が見える。それは町というには余りにも硬質で、岩というには余りにも整然と聳え立っていた。
最初に訪れたプローロ村でも驚かされたが、岩で村の周囲を囲み、外敵の侵入を拒む。だが、今回はその比ではない。教科書で見た中世ヨーロッパを思わせるような城郭都市。巨大な山とも見紛うばかりの存在がそこにはあった。
「凄い…!あれがアルファベース…!」
圧倒的な存在を前に思わず驚嘆の言葉が口をついて出た。ドーム球場を初めて見た感覚にも似ているが、比較にならないほどのスケールだ。ここまでの道中では大自然の雄大さに驚かされ、今度は人工物の壮大さに驚かされる。どちらも大きなものには違いはないが、驚きのベクトルが違うものをつぎつぎと目にして、自分が元いたところとは別の世界にいるのだという現実をまざまざと見せつけられた気がした。しかし、それはそれである。爽志は巨大な現実に向かって目をキラキラとさせていた。
「デカいですね…!」
爽志の言葉を受けて何やら思う事があったのか御者は客室の方に顔を向けると
「そうでしょう?この辺りの交通や貿易の拠点ですからね。そもそも人口が多いってのも巨大な理由ではありますが」
そう答えてくれた。ここに至るまで連絡事項以外にこれといった会話をしなかったので何だか新鮮である。
「へ~!早く町の中を見てみたいな」
「もう少しですよ。着いたらお知らせしますんで」
御者はそう言うと再び前方を向いて客室に背を向けた。それを見て爽志も窓から顔を引っ込めるようとしたが、西の方角が一瞬パッと光った気がした。
「ん?あれ?」
爽志が改めてその方角を見てみるが、特に変わった様子は無い。ゴシゴシと目をこすってもう一度見てみるもののやはり変化の兆しを見つけることは出来なかった。何だったんだろう。気になって御者に話しかけようとしたその時、御者のハッという声が聞こえ、それに呼応するように馬車の速度が上がるのがわかった。光のことは気になったが、邪魔してはいけないと馬車の中へと顔を引っ込める。それまで余り気にしていなかったが、御者の巧みな仕事のおかげでここまで快適な馬車の旅を楽しめたのだろうなと何だか有難い気持ちになった。
「どうかしました?」
「いやぁ、何だか嬉しくなっちゃって」
「ふふ、急にどうしたんですか?」
爽志は黙って笑顔を返した。ロディーナは答えを聞こうと思ったが、それを見てまぁ良いかという気持ちになってそれ以上は何も言わなかった。客室に穏やかな時間が流れていた。
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