M42. ワクワクと疑問と
フラマの威力のせいなのかどうかわからないが、入った時と全く変わらない。いや、むしろ更にぬるくなった気がする。圧倒的に火力が足りていない。
「カーッ!しょうがねぇあんちゃんだぜぇ!哲学なんかしてる間にぬるくなっちまったんじゃねぇかい?」
「いや!温まってもねぇから!」
思わず声に出してツッコんでしまった。どこの世界の酔っ払いもツッコミ待ちなんじゃないかという言動をするものだ。それは異世界でも共通することかもしれない。
「がーっはっはっ!あんちゃんおもしれぇな!」
(何が面白かったんだろ…)
「しょうがねぇ!とっておきを出すとするかい!」
「とっておき?」
「おぅよ!こいつがありゃあ瞬間爆熱湯沸し器ってなもんよ!」
(…俺は無事で済むのだろうか)
「じゃあ、行くぜぇ~?ほい!ほい!ほい!」
浴室の外では繰り返し何かを運んでいるような音が聴こえる。爽志は何が行われているのか不安で仕方がなかった。ゆっくりと風呂に浸かってリラックスする時間を味わいたかったのにこれではむしろ逆効果である。だが、そうこうしているうちに風呂焚きが作業を終えたようだ。
「ハァ…ハァ…。フゥ、これで良しと。じゃあ、兄ちゃん!もう一回行くぜぇ!」
「は、はい!」
最早、ケセラセラ。なるようになれだ。
「我はくべる 炎の因子 炎音いっしょく! フラマ!」
(…今度は惜しい!)
やはり詠唱は間違っていたが、浴室の外では先ほどより大きな明かりが周囲を照らしている。しかも、今度はずっと明るいままだ。パチパチとした炎の音が小気味良く聞こえる。
「…ど、どうだい?あんちゃん」
「あ…凄い!あったかくなってきた!」
「へ…へへ…。そうだろ?この風呂焚きのジョージに任せりゃこんなもんよ」
どうなることかと思ったが、しっかりとお湯が温まってきている。酔っ払い男に不安を感じていたが、自らを風呂焚きのジョージと言うだけのことはあった…のかもしれない。
(俺と違ってフラマの連発はしてないし、実は凄い人だったんだな)
爽志はしばらく湯に浸かってからそんなことを考えていた。先ほどから浴室の外は炎が照らす明かりがずっとユラユラしている。フラマの炎がずっと消えていないのだろうか。爽志のフラマは30秒と持たず消えてしまう。そのことから考えても驚異の持続力である。実際、お風呂の湯も冷める様子が無い。名物と謳うだけのことはある。
「凄いですね~。ずっと温かいですよ~」
爽志は風呂焚きのジョージの仕事ぶりに感心した。ただ、ロディーナの風呂焚きもこうだったら良かったのにとは思ったが…。
「…」
返事が無い。凄く温かいので無理に話すことも無いのだが、急に反応が無くなると何となく不安になってくる。また居眠りでもしてしまったのだろうか。
「あのー。ジョージさん?」
「…」
やはり返事は無い。風呂の湯は温かさを超え、熱さを感じるほどになってきた。ゆっくりと浸かっていたいのにそれどころではない。
「あ、熱い…!ジョ、ジョージさん!ちょっとフラマの勢い抑えられませんか?」
汗をだらだらと垂らしながら爽志はジョージに投げかける。外を見ると炎がチラチラと辺りを照らすのが見える。まだ消えていないのだ。もしかしたら、ジョージが放った符術は特に強力なのかもしれない。
「…」
ジョージはうんともすんとも言わない。強力な符術のせいで返事も出来ないほどくたびれてしまったのだろうか。それはそれで爽志は申し訳なく思った。だが、そろそろ入り続けるのも限界だった。
爽志は風呂から上がり、肩を上下させながらはぁはぁと息を吐きだす。危うく倒れそうだった。頭が落ち着くまで少し時間をおき、それからささっと体を洗った。出来ればもう一度風呂に浸かりたいところだったのだが、試しに湯に手を入れると入浴などすれば茹で上がってしまうのではないかというほどの熱湯に変わっていた。風呂焚きに湯加減の調整をして欲しかったのだが、ジョージが眠っているのではどうしようもない。これ以上の入浴は諦める他なかった。それにしても余りにも強力な符術である。もしかしたら、ジョージは戦闘でも大きな力を発揮するかもしれない、爽志はぼんやりとそんなことを考えていた。
「仕方ない。それじゃ上がるか…」
爽志は入った時と同じようにテキパキと服を着て浴室を出た。そして、かまどにいるであろうジョージに声を掛ける。風呂焚きを頑張ってくれた礼が言いたかったのだ。
「ジョージさん、ありがとうござ―」
爽志の声は届かなかった。ジョージは既にその場にはいなかったのだ。あれ、おかしいなと思いつつ、ふと、ジョージがさっきまでいた場所に目をやると、メモのような物があった。
『ちっと自分に燃料補給してきます。探さないでください(笑) by風呂焚きのジョージ』
メモにはそう書いていた。また(笑)で締めくくってある。
「…」
思わず何かを叫びそうになったが、それを理性でグッと我慢する。何とか叫びを抑え込んでから、かまどの方を見てみる。まだ炎は燃え続けていた。
何故、風呂焚きがいないのに燃え続けているのだろうかと火元をよくよく見てみると、大量の薪がかまどに突っ込んであった。轟々と音を立てて勢い良く燃えている。
「………ジョーーージィィイイ!!!」
夜の静寂に、ある風呂炊きの名前がこだましたのだった。
「むにゃむにゃ…ソーシさんそんなところで寝たらダメですよぉ〜…」
それから夜は明けて、次の日のお昼。爽志はゆっくりと目を覚ました。視線の先には見慣れない天井がある。上手く状況が飲み込めずに天井から壁、そして窓へと顔を動かす。
そうだ、ここは宿泊している宿の部屋だったということに気付いた。確か昨日はお風呂に入って、部屋に戻るなり眠ってしまったのだ。正直お風呂どころではなかった気がする。
「今、何時くらいなんだろ…」
枕元のスマホを手で探る。だが、それらしきものはない。そこではたと思い出した。
「あ、そっか。スマホねぇんだった…」
爽志のスマホはチャクラムになってしまったのだ。荒唐無稽なことを言っているが、事実としてそうなのである。
この世界に来てからというものの、朝、昼、夜といった大雑把な時間感覚でしか過ごしていない。爽志には腕時計をする習慣が無かったため、時間の確認は専らスマホだった。今更ながら時計があればと思うばかりだが、このチャクラムではどうしようも無い。ちょっとだけスマホの無い現実を突き付けられてしまった。
「…。…?……!」
不意に部屋の外から物音が聴こえてきた。なんだろうとドアに耳をそばだててみると、どうやら人が話をしているようだ。だが、何を話しているのかはわからないが、楽しげな様子だけは伝わってきた。ドアを開けて外を確認してみる。
ドアの隙間から少しだけ顔を出し、左右をキョロキョロと伺う。すると、
「あ!ソーシさん、起きたんですね」
「はい、おはようございます…。すみません、寝過ぎました」
「大丈夫ですよ。私もさっき目が覚めたところですから」
「そうですか。それなら良かった。今って何か話してました?」
爽志は好奇心をくすぐられた理由を聞いた。楽しげな様子だったので余計に気になったのだ。
「そうそう!こちらのご主人にお風呂良かったですってお話してたんです!爽志さんも入ったんですよね?」
「え、えぇ、入りました…とも…」
爽志は風呂炊きのジョージを思い出してげんなりした。悪い人ではなかったが、いかんせん風呂炊きに対するプライドが皆無だ。
そんなことを考えていたらロディーナが小さな声で何やらポツリと呟いた。
「そう言えば、お風呂を焚いてくれた方の声がソーシさんに似てて、それも良かったなぁ…」
「…えっ?」
「あ…」
二人の時が止まった。ロディーナはしまったという顔をして、まるで水面で酸素を求める魚のように口をパクパクさせている。
「それってどういう―」
「なんでもありません!私お腹空いた!」
「は?!お腹?!」
「お腹です!ソーシさん、行きますよ!」
ロディーナがさっきの言葉をかき消すようにまくし立てる。そして、そのままツカツカと歩き出すので、爽志は何がなんだかわからなかったが、慌ててその後を追っていった。
―――――
ロディーナの勢いに押され、半ば強引に食事を済ませた二人は集合場所である馬車へと向かった。御者は既に待機しており、馬の世話をテキパキと手際良く行なっていた。簡単に挨拶をしてそのまま合流をする。この馬車に乗り込んでしまえば、次に下車する時は目的地だ。
「いよいよですね」
「はい、まずはアルファベースのギルドを目指しましょう」
新しい町、アルファベースに対する大きなワクワクを感じる爽志。しかし、生まれてきた新たな疑問がある。ムジカの力とは。クラネとは何者なのか。そして、何よりこの世界のこと。
複雑な思いを胸に秘めながら二人の旅は更に続くのだった。
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