M41. 風呂炊きの爽志

 今までに出したことも無いような声でサービス業経験者さながらの接客を披露する。しかし、爽志は今まで接客業の仕事についたことは無い。絞り出した接客業のイメージと言えは学校の友人と行くファミレスの店員が関の山だった。


(確か、炎音系で体の芯まで温めるんだっけ?!クソ!どうにでもなれ!!)


「我はくべる 炎の因子 炎音一色! フラマ!」


 爽志はかまどをめがけてフラマを放つ。炎がボウボウと勢いよく燃える。しかし、炎を維持する燃料が無いため、すぐに消えてしまう。これでは温まりようがない。だが、ロディーナのためにも、なにくそとばかりに二発、三発と何度も放った。


「はぁ…はぁ…。ど、どうです?お客様?」


「もうちょっと上がりますか?」


「お安い御用ですともぉ!!!」

(音素不足ぅ!!!)


 爽志はロディーナのリクエストに応えて、フラマを放つ。途中、音素が不足しているのか酸素が不足しているのかわからないくらいには詠唱した。10分ほどそんなことを続けただろうか。何とかロディーナが満足する温度まで沸かすことが出来た。


「とっても良いお湯です~!ありがとうございます!」


「ゼェ…ゼェ…。ヨロコンデイタダケテナニヨリデス」


 爽志は真っ白に燃え尽き、かまどの前で満天の星空を虚無の表情で眺めている。最早動く気力もない。だが、その虚無の視線の先に右に左にとフラフラと動く物体が見えた。

 一体なんだろう。爽志は目を凝らして見つめてみた。物体は相変わらず右に左にと、まるでヤジロベーのように動き続けている。心なしかこちらに近づいてきているように見えた。


「人だ…」


 男が頬を上気させ千鳥足でフラフラと近付いてくる。いかにもご機嫌といった様子で鼻歌まで聴こえてきた。その目は座っているようだ。

 それを見た爽志は起き上がった。まだロディーナが入浴中なのだ。周りには誰もいない。何かあってはいけないと警戒する爽志に向かって男が話し掛けてきた。


「あんれ~?あんちゃんそんなとこでどうしたのよ?」


「い、いいえ、ちょっと人生について哲学してました」


 はぐらかすように返答をする。


「ん~?そりゃ素晴らしいことだけどよ。そこは俺の仕事場だからちょっとどいてくれっかい?」


「え?仕事場?」


「そうそう。そこんとこに責任者ジョージって書いてあんだろぉ?何を隠そう俺が風呂焚きのジョージよ。炎は良いぜぇ。人生について深く考えさせられるもんよぉ。…なんてな!がはは!!…ヒィッッック!」


(こいつかぁ!!!)


 男はいかにも一杯ひっかけてきましたという顔で悪びれる様子もなく豪快に笑っている。大丈夫なのかと思いつつも、これ以上ここでフラマも放ち続けられるほどの音素は体に残っていなかった。疲れ切った爽志は怒る気にもなれない。酔っぱらってはいるが、男は無害に見えたため風呂焚きを任せノロノロとした足取りで部屋へと戻ると、そのままベットへと沈み込んだ。


「風呂の場所確認したかっただけなのに…」


 しばらくの間、グッタリとベットで寝転んでいると部屋のドアがコンコンコンとノックされた。誰か来たようだが、とてもドアまで行く気力が起きない。そのままの体勢で「どうぞ~」と声を掛けた。


「ごめんなさい。ソーシさん、お休み中でした?」


 ノックの主はロディーナだった。爽志は慌てて起き上がる。今まで入浴していたのだろう。頬が上気し、艶々と紅潮させている。いつもと違う様子に心臓が高鳴る。


「い、いえ!起きてます!」


「そうですか?あの、お風呂上がったのでお知らせに来たのですが…」


「あ、ありがとうございます。じゃ、じゃあ入ろうかな?」


「とっても良いお湯でしたよ!ソーシさんもゆっくり疲れを取ってくださいね」


 ロディーナは爽志の苦労を知ってか知らずか、そんな言葉を掛けてくれる。爽志には別の意味で染み入る言葉だった。


「は、はい。ありがとうございます」

(良いお湯なら良かったけど)


 正直、体はクタクタで動きたくない気分だったが、ロディーナの手前と、これを逃したら今度はいつ入れるかわからない不安があるので、爽志は仕方なく浴室へと向かった。

 浴室のかまどではさっき風呂焚きの交代をする羽目になった酔っ払い男が居眠りをしていた。やれやれと思いながらも今度は自分が風呂に入らなければならないので、仕方なく声を掛ける。


「あの、お風呂良いですか?」


「んん?あぁ?…あんれ?哲学あんちゃんじゃないの」


「はは、どうも。…お風呂入りたいんですけど、風呂焚きお願いして良いですか?」

(そんなあだ名付けないで)


「あんちゃんお客さんだったのかい?良いよ良いよ。入んな~ヒィック!」


(ホントに大丈夫かな…)


 なんせ客を放っておいて酒を引っ掛けに行く風呂焚きである。不安だ。だが、爽志の不安を知ってか知らずか、風呂焚きの男は外からしきりに話し掛けてきた。


「あんちゃんよぉ。符術で沸かす風呂なんてのは都会じゃないとなかなか味わえないんだぜぇ~?それをこんな宿場で味わえるんだから、あんちゃんはスーパーラッキーよ」


「へ、へぇ~!そうなんですね!」

(じゃあ、アルファベースにもあるのかな)


 爽志は何となく調子を合わせてリアクションを取る。せっかくなら気持ちよく仕事をして貰った方が良いだろう。などど謎の気を遣う爽志だった。


「ここシュクシェでは、うちの宿だけにしかない専売特許よ。炎音の湯をゆっくり楽しみな~ック!」


 宣伝文句を言っているはずなのに、語尾に付くしゃっくりのせいで全く内容が入って来ない。いちいち不安を煽ってくる風呂焚きである。とはいえ、風呂に入れるのは有難い。爽志はテキパキと服を脱ぎ、早速風呂に浸かる。だが、さっき爽志が必死で沸かしたお湯はすっかりぬるくなってしまっていた。温め直して貰おうと風呂焚きに声を掛けようとしたら、外から威勢の良い口上が聞こえてきた。


「さてさて~、ではでは~。当宿自慢の炎音の湯!とくとお楽しみあれぇ~!

我はくべぇる~ 火のっ、…炎の因子~」


(おい!今間違えただろ!)


「炎音いっしょく! フラマ!」


(いっしきぃ!)


 浴室の外が一瞬明るくなった。グチャグチャな詠唱だったが、どうやら発動したようだ。何一つ正解が無いガバガバな詠唱でも発動するものなのだろうか。


「ゼェ…ゼェ…。ど、どうだぃ?哲学あんちゃん。良い湯だろぉ?」


「い、いや、…まだぬるいです」

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