M40. 異世界風呂
「やっぱりアルファベースに行かなきゃ何も始まらない、か」
「…えぇ、そうですね」
「じゃあ、今日のところは飯食って寝ますか」
「…ふふ、そうですね。今日はゆっくり休みましょう」
「わかりました!…あ~、風呂入りてぇなぁ」
爽志が心の底から欲するように声に出すと、ロディーナから思いもよらない言葉が返ってきた。
「お風呂ですか?ありますよ?」
「え?」
「こちらのお宿はお風呂付きだそうです」
「え?!ホントですか?!」
「はい。私もちょうど入りたいと思っていたので、お部屋に来る前に宿屋のご主人に伺ったんです。そしたら、お風呂ありますよって」
こんな質素な雰囲気の宿にお風呂が付いているとは。爽志はプローロでもペルティカでも諦めて体を拭くくらいのことしか出来なかったのだ。というか、この世界にお風呂という概念があるとは思いもよらなかった。甘く見ていた自分を殴りたくなる。
そういうことなら、ラギリスに頼めばお風呂くらい入らせて貰えたかもしれない。アルファベースまで行けば体を洗う何かしらの方法があるのではないかと思っていたのだが、目的地に着く前にお風呂に巡り合えるとは、渡りに船とはこのことである。
「…ありがてぇ!!」
「薪ではなく、炎音系の符術でお風呂を焚くという触れ込みだそうです。そうすると芯まで温まって健康に良いとかなんとか仰ってましたが、本当でしょうか?」
「…へ、へぇ?確かに体に良さそうと言えば良さそうかな?」
内容はともかくお風呂である。入浴出来れば文句は無い。早速入りに行こうと思ったのだが、その矢先にロディーナが追加のお風呂情報を出してきた。
「浴室が狭いから宿泊者には順番で入って貰う形みたいですよ。私たちはまだ入れないみたいですね」
「…なんだ~。そうなんですか…」
心と体の準備は整っているというのに肩透かしを喰らってしまった。だが、宿の決まりであれば仕方がない。どこかで時間を潰さねばならないだろう。
「はい、ですから先にご飯に行きましょう!」
「ははは、わかりました!」
ロディーナにこう言われてはお付き合いするほか無い。二人は宿のそばの酒場へと足を運んだ。それにしても、ロディーナは本当に食事が好きなのだなと爽志は思ったのだった。
―――――
二人は食事を済ませて宿へと帰ってきた。宿屋の主人にお風呂のことを尋ねるともう入れるとのこと。順番ではロディーナが先で次が爽志だ。ロディーナはそのまま浴室へ向かうと言うので、爽志は一旦自分の部屋へと戻った。
「ご飯も食べたし、後は風呂に入って寝るだけだな!」
爽志は喜びの余り、思ったことをそのまま口に出した。異世界に来たこともそうだが、異世界でお風呂に入るなんてなかなか経験出来ることではない。しかも、ここに来て初めて入るお風呂なのだ。楽しみで仕方が無い。
「あ、風呂ってどこにあるんだろ?確認しとくかな」
気が急いて仕方のない爽志は先にお風呂場を確認してみることにした。受付にいた主人に場所を確認する。主人は一度宿を出て裏手に行くとありますよ、と教えてくれた。案内に従って外に出て行こうとしたら、まだ入られていますよと釘を刺されたのだが、勿論爽志には風呂を覗くつもりなど毛頭ない。ただ、ワクワクを持て余したこの時をどうにかやり過ごしたかったのだ。それに、純粋な好奇心として蒔ではなく符術で焚くお風呂というものを外からでも眺めてみたかった。
「外は寒いな…。っと、あれかな?」
お風呂場と思われる建物はすぐ見つかった。看板も出ているし、あそこで間違いないだろう。確認も出来たので引き返そうと思ったのだが、どうも様子がおかしい。周囲には誰もおらず、火をおこしているのなら煙くらい立っていそうなものだが、それも無い。だが、建物の中からはちゃぷちゃぷという音だけは聴こえてくる。不審に思い建物に近づいてみると何かの燃えカスがチリチリと音を立てているだけで、ほぼ何もないすっからかんな状態だった。これではお湯を沸かすどころの話ではない。
「え、こんなんで温かいのか…?」
「あのー…。どなたかいらっしゃいますか?」
不意に浴室から声が投げかけられてきた。どこかで聞いたことがある声だ。
「っ?!」
(ロ、ロディーナさん?!)
まさか突然話しかけられるとは思わなかった。咄嗟のことにビックリして声が出ない。
「すみませーん」
「は、はい?!」
無理矢理に捻り出した声はひっくり返ったような声になってしまった。助けを求めるように周囲を見回してみたが、辺りには誰もいない。爽志は焦った。悪いことをしているわけでもないのに謎の気まずさが発生し、何故か自分だと名乗れない。
どうしようどうしようと小声で呟きながら歩き回っていると、かまどの近くに何やらメモのようなものが置いてあることに気付いた。
『ちっと休憩行くんで探さないでください(笑) by風呂焚きのジョージ』
メモにはそう書いてあった。異世界にも(笑)という概念があるとはお風呂に続いて驚きである。
(…客ほったらかしかよ!!!)
「あの…聞こえてます?お湯がぬるくなっちゃったんですけど…温めていただけませんか?」
「へっ?!」
今、かまどには爽志以外に誰もいない。宿屋の主人に報告に行こうかとも思ったが、そうしている内に更に風呂が冷えてロディーナが風邪を引いてしまうかもしれない。それはいけないと、爽志はやむを得ず決断した。
「お、お、お客様ぁ!少々お待ちくださいねぇえ??!!」
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