M39. ジャミング

 そう言う爽志の顔が曇った。何かを話そうとしているのだが、どう切り出したものかという雰囲気でもじもじとしている。一体なんだろうとロディーナは爽志を促した。


「他にも何か?」


「…実はさっきロディーナさんが来る前にチャクラムを確認してたんですけど」


「チャクラムを?」


「はい。それで、あの力が出せるか試したんですが、…出ないんです」


「えっ?!」


「うんともすんとも言わなくって…。どうしたもんかと…」


「ムジカの力がですか?」


「…はい」


 爽志は途方に暮れていた。徐々に符術が使えるようになってはきたが、威力の面で心もとない。ムジカの力を得たことで、これで足手まといにならずロディーナの援護が出来ると思っていたところに出鼻をくじかれたような感じだ。


「そうでしたか…。でも、気にしなくっても良いですよ!ソーシさんには符術もありますし!」


「そうなんですけど…。どうせならムジカの力でロディーナさんを守りたかったなって…はは」


「えっ…」


 ロディーナは驚いた。爽志は爽志なりに自分のことを考えてくれている。嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった複雑な感情が沸き起こってきて胸が熱くなった。


「…じゃ、じゃあ」


「?」


「もう一回試してみませんか?私、ソーシさんの力見てみたいですっ!」


「えっ?!で、でも、ついさっき試して何も起きなかったんですよ。今やったって…」


「さっきはさっき!今は今です!」


 ロディーナの力強い言葉に気圧される。不思議と謎の説得力があった。


「わ、わかりました…。ロディーナさんがそう言うなら頑張ってみますけど…出来なくってもガッカリしないでくださいね?」


「勿論です!宜しくお願いします!」


 ロディーナの迫力に押された結果、気は進まないが爽志はもう一度試してみることにした。とはいえ、さっきの今で変化があるとは思えないのだが…。


「で、では…」


 爽志はチャクラムを握る。特にポーズというポーズは無いが、何となく体の前に構えてみたりする。ロディーナはそれを見て目をキラキラと輝かせていたりして何ともやりづらい状況である。何だったら恥ずかしい。これまでこんな距離感で異性に直視されたこともないのだ。

 とはいえ、構えたままで何かが起きるわけも無い。ええいままよと爽志は胸の言葉を口に出した。


「ソ・ヴェニーテ!」


―――パァアアアアアン―――


 爽志の言葉を合図にチャクラムが眩しいほどの光を放った。ペルティカと同じ現象が起こる。驚きのあまり「うわっ!」っと声を上げてしまった。

 煌々とした輝きは周囲の物の輪郭を無くすほどで目を開けていられないほどだ。やがて収束した光は、爽志の腕の中へと納まり鮮やかな輝きをまとうアコースティックギターへと形を変えた。爽志は思わず目を丸くする。


「アレェーーー??!!なんでぇぇぇえええ??!!」


「凄い凄い!!出来たじゃないですか!」


「嘘だろ??さっきは全く…。何も起きる気配すらなかったのに…」


 ロディーナは大喜びである。しかし、爽志は喜びより戸惑いの方が大きい。何せさっきは声の大きさやポーズなど色々と試していたのだ。恥ずかしげもなく大きな声で叫んだりもしていた。その分、何も起きなかった時の何とも言えない気恥ずかしさといったら…。それだけに腑に落ちなかった。


「まぁまぁ!良いじゃないですか!これで一安心ですね」


「まぁ…そうですね」


 まだ自由にはとはいかないが、ムジカの力を行使出来ることがわかったのだ。疑問は残るが、今はこれで良しとするべきだろう。しかし、それがわかったことでまた一つの疑問が生まれた。


「でも、女神様の声は聴こえない…な」


「ムジカのですか?」


「はい。昨日は聴こえたんですけど」


 女神の声が聴こえない。昨日は戦闘中にも語り掛けてきてくれていたが、今は何も聴こえない。こちらから念じても今はなんの反応も無かった。意思の疎通が取れないとなると今後の力の行使に支障が出るかもしれない。好ましくない状況である。


「何か話せない理由があるのでしょうか」


「話せない理由か…あ―」


「どうしました?」


 爽志は夢でのことを思い出した。確か女神はジャミングという言葉を口にしていた気がする。もしかしたら、そのことが原因かもしれないと考えた。元の世界では妨害電波のことであるが、こちらの世界も同じような意味があるのだろうか。ロディーナに確認してみることにする。


「確か、夢の中ではジャミングのせいで話せないとかなんとか言ってたような…」


「ジャミング?…音素濃度の乱れのことですね」


「音素濃度の乱れ…。それってどういう状況ですか?」


「前に母が話していたことですが、通常では考えられない極端な音素の濃淡が引き起こす事象だとか…」


 ロディーナの口から母という言葉が出てきた。気にはなったものの、質問しておきながら話の腰を折るわけにもいかない。その先を促すように確認する。


「そうなると、どうなるんです?」


「…音災が頻発し、発現したリトルホロウやホロウノートも強力な個体となる、と」


「そんなことが…。じゃあ、それが話せない理由なのかな」


「どうでしょうか。詳しいことは女神様にお伺いしてみないことには何とも…」


「そうですよね…」


 しかし、今はそれも出来ない。もどかしいことだが、再び女神からの声が届くまでは待つしかないということだろうか。


「でも」


「…でも?」


「今のクラルステラがジャミングの影響を受けているのなら、音災の頻発や、音災の魔物の行動にも説明が付きます」

 

 まさに、ロディーナが話すようなことが、この世界で現実に起きている。ここ数日だけで何度も音災の魔物と対峙し、通常では考えられない行動も目撃したのだ。ジャミングの影響が無いとは言い切れなかった。しかも、女神が影響を受けるほどの現象となると、相当に大規模なことかもしれない。


「女神様は他に何か仰っていましたか?」


「いや…特には…あ、そう言えば」


 ロディーナに言われて女神がもう一つ気になることを言っていたことを思い出した。


「何ですか?」


「元の世界に戻る方法を聞いてみたんですけど…」


夢の中ではチャクラムの鍵のことでいっぱいいっぱいだったが、帰る方法があるならと女神の去り際に尋ねていたのだった。だが、今となってはすぐに元の世界に帰りたいと思っているわけでは無い。自分にどれだけのことが出来るかはわからないが、親切にしてくれた人たちが住むこの世界の手助けが出来ればと考えていた。


「元の世界に…」


「その時にスコアがどうとかって話をしていたような気がするんですよね」


「………」


 ロディーナは何故か黙り込んでいる。爽志の言葉が耳に入っていないのか、心ここにあらずといった様子だ。


「…ロディーナさん?」


「ひゃい?!」


 ロディーナはほっぺたに急に氷を当てられたかのような反応をし、目をぱちくりとさせている。


「ど、どうしました?」


「い、いえ!なんでもありません!」


「…?そうですか?それで聞き覚えはありますか?」


「…聞き覚えというのは?」


「え?いや、スコアって言葉に」


「い、いえ、ごめんなさい。聞いたことはありませんね」


 ロディーナの態度は気になったが、本当に聞き覚えは無さそうだ。しかし、ロディーナに心当たりが無ければお手上げも同然である。現状、少なくとも身近でこういうことに詳しい人物となると、彼女以外ではプローロ村のローグくらいだろうが、今となってはやすやすと話を聞きに行ける距離ではない。

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