第∞票:熱き戦いはこれからも……


 やがて投票所へ駆け寄っていく僕の姿に伊藤くんが気付いた。すると彼は太陽のような笑顔を僕に向けながら大きく手を振ってくる。


「おーいっ! ひょーどーさーん!」


 その姿を見た瞬間、なぜか僕の心はホッとしたというか、自分でも驚くほど穏やかになっていた。気付けば晴れやかな笑みが浮かんで、伊藤くんたちに小さく手を振っている。


 ――不思議と悔しさは消えていて『ゼロ』だ。


「いやぁ、遅れました! 寝坊しちゃいまして」


 投票所へ到着した僕は、肩で息をしつつ、額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。冬場なのに大汗をかいてしまって少し照れくさい。


 すると浅野さんが僕の肩をポンと軽く叩いてくる。


「兄ちゃんがなかなか来ないからどうしたんだろうって、三人で話してたところだったんだ。まぁ、病気じゃなくて単なる寝坊なら安心だな。たまにはそういうこともあるわな」


「ご心配をおかけしました。皆さんもお元気そうでなによりです」


「いや、俺なんかはいつ天に召されてもおかしくねーけどな♪ ハッハッハ!」


 その言葉とは裏腹に、どんな病気をも吹き飛ばしそうな浅野さんの笑い声が響く。でもそうやって冗談が言えるし、こうして自力で投票所へ来られるんだからまだまだ大丈夫だと思う。


 僕はそんな感じで心の中で穏やかに微笑んでいると、伊藤くんが人懐っこそうな瞳で見つめてくる。


「兵藤さん、寝坊したって最近は疲れでも溜まってたんですか?」


「自分ではそんな自覚なかったんですけどね。大学のゼミやバイトが忙しかったからかもしれません」


「兵藤さんは大学生だったんですね。私、社会人さんかと思ってましたよ」


「今、僕は仙郷せんきょう大学の工学部に通ってます。確か伊藤くんは昨年の市長選挙の時に『初めて選挙権を得た』って話をしていたと記憶してるので、年齢は僕の方がひとつ上だと思います」


 それを聞くと、伊藤くんはやや興奮気味にこちらへ身を乗り出し、瞳をキラキラさせながら見つめてくる。


「えっ? えぇっ!? 仙郷大学ですかっ!? 私ッ、今年の春に仙郷大学へ進学したんですよっ! うわぁ、すっごい偶然ですねっ! 学部は芸術学部ですけど」


「へぇっ! それならキャンパス内で会うことがあるかもしれませんね」


「ですねっ♪ そうだ、それなら今度一緒に勉強しませんか? 専門科目は難しいと思いますけど、英語とか基礎科目なら可能だと思いますし」


「都合が合えばぜひ!」


「あ、でも勉強ばかりでも疲れちゃいますし、たまにはデートしてあげても良いですよ? ふふっ♪」


「……え?」


 思わず僕はキョトンとしてしまった。だって伊藤くんが何か変なことを言ったような気がしたから。




 だって……デートって……。


 聞き間違いかな? それとも僕の耳がおかしくなったとか?




 混乱して頭の中がスクランブルエッグ状態の僕に対し、伊藤くんはただクスクスと微笑んでいる。


「もしかして私のこと、男子だと勘違いしてました? あはは、髪はショートだし服装も男子用っぽいデザインだし、顔立ちも中性的だからよく間違えられるんですよね~。でもっ、私は女子ですよ?」


「っ!? あ、そ、そうなんですか……」


 僕は頬を引きつらせつつ苦笑いをすることしか出来なかった。だってまさか伊藤くんが女子だったなんて想像もしてなかったから。事実、まだ頭の中が整理できていないし、にわかには信じがたい心情でもある。


 それにしても、もし大学の話題にならなかったら僕は伊藤くんが男子だと勘違いしたままだったわけで、その因果の始まりは僕の寝坊――。


 つまり寝坊したのは何かの運命というか、神様のお導きだったのかな?




 というわけで、開場までの待ち時間の間に僕は伊藤と連絡先を交換した。


 今後、彼女とはライバルとしてだけではなく、友達としても楽しく付き合っていけそうな気がする。ゼロ票確認が導いたまさかの新しい縁だ。ゼロを追い求める僕たちだけど、投票箱の外は決してゼロじゃない。それを強く確信する。


 もちろん、それはそれとして次の選挙こそ僕が投票所一番乗りになってみせる。絶対に手は抜かないし、ゼロ票確認への情熱は絶対に負けない。そしてきっとその想いは伊藤さんも同じだと思う。



 ――それが僕たちの間に交わされた暗黙の公約。



 さぁ、次の選挙へ向けて戦略の練り直しだ。状況分析を行い、アイテムも充実させなければならない。なにより、伊藤さんのほかにも新たなゼロ票確認ガチ勢が現れないとも限らないのだから。


 今日が未来へ向けての新たなスタート。選挙の裏で繰り広げられている、もうひとつの熱き戦いはこれからもずっと続いていく!



(おしまいっ! さぁ、みんなも選挙へGO!)

 



 ◆



 お時間のある方はこちらの作品もぜひご覧になってみてくださいっ!



●セレーナのあきない毎日 ~少女は知略と情熱とハッタリで商業革命を実現します~

 https://kakuyomu.jp/works/16817330654912336000


 総合商店によってピンチに陥った商店街を活性化させるため、知略を駆使して奮闘する少女のお話。経済の知識や頭脳戦もあります。



●わたしの船 ~魔術整備師シルフィの往く航路(みち)~

 https://kakuyomu.jp/works/16817330647896817453


 渡し船を運航する会社で魔術整備師をしている少女のお話。整備魔法で魔導エンジンを整備するほか、機械や科学の知識も出てきます。



●ゲームブック『ヘタレ勇者と勇気の欠片』【第1幕:旅立ち】

 https://kakuyomu.jp/works/16816700429434671245


 懐かしいゲームブックです。力も魔法もない、気弱な少年の英雄端。現在、第8幕まであります。まずは第1幕から遊んでみてください。マルチエンディング方式です。



●羽ばたけ翼よ、碧空の彼方へ! ~レース鳩と少年と~

 https://kakuyomu.jp/works/16817139558426254580


 レース鳩が主人公のお話。彼はとある理由があって本気を出して飛ばなくなっています。でも心境の変化があってレースでのトップを目指すようになります。ぜひその過程をご覧ください。そしてレースの結果は……。


 

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ゼロ票確認ガチ勢 ~権利と恋と情熱と♪~ みすたぁ・ゆー @mister_u

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