ホームレス殺し

ぶざますぎる

ホームレス殺し

 読者諸賢はリンチを受けたことがあるだろうか。私は、ある。

 過日、私は諸事情で短期間路上生活をしていた。その際、おそらくはホームレス狩りであろう連中から集団暴行を受けた。暗闇の裡で顔の見えない相手から殴る蹴るの雨あられを喰らうのは、皆さんが想像する以上に恐ろしいものだ。私はあの時ほど強烈に生命の危機を感じたことはない。

 幸いにして、私が必死の抵抗をすることで悪漢たちは撃退できた。併し今思えば、私の抵抗に彼らが逆上して、暴力がヒートアップしていたかもしれない。果たしてああいった場合に、どのように振舞うことが正解なのか見当がつかない。私が言えるのは、とりあえず頭だけは守っておいた方がいいということだけである。

 

 私は2号警備員の仕事をしている。以下の話は、通信工事の現場でペアになった作業員から聞いた話。通信工事の現場と書いただけでは、イメージが湧かない読者もいるだろう。

 車の後部に昇降する籠が着いたものを高所作業車呼ぶ。おそらく、街中で電信柱の上部に籠を伸ばして作業しているところを、一度は見たことがあるだろう。そして車の近くに、一人や二人警備員が立っているのも見たことがあるはずだ。私が言う通信工事の現場とは、あれのことである。

 

「ホームレスがぶっ殺されたんだよね、そこで」

 コンビニの駐車場に高所作業車を停め、私と作業員は車中で昼休みをとっていた。雑談を交わす中、互いの休日の過ごし方に話題が移り、そこから映画鑑賞、ホラー映画について話が飛ぶと、おれは幽霊を見たことがあるよと言って、作業員が体験談を話し始めた。以下、この作業員のことはUと書く。

 往事、Uの地元にあった廃墟にホームレスが住み着いていた。

 ある日、ホームレスは廃墟にやってきた少年グループ――Uはここで具体的な人数を述べたが、事件の特定を避けるため、ここでは書かない――に惨殺された。

 ホームレスは殴る蹴るの暴行を受けてから更に""拷問""された。

 Uの言いを引けば、「刺したり、切ったり、突っ込んだり」されたらしい。

 それでもなおホームレスには息があった。少年たちはホームレスに火をつけた。

 少年たちは逮捕され事件も報道された。だが、報道の内容にはホームレスが受けた""拷問""についての記載がなかったという。事件の内容があまりにも凄惨な場合、報道機関はその仔細について書かないことがあると聞く。

 少しく脱線して個人的な体験を書くが、曩時、私の身近なところで凄惨な事件が起き、全国的な報道がされたことがあるが、私が識る限り、その凄惨さについて詳しく記載した記事は、ひとつもなかった。

 閑話休題。なぜ貴方は、報道されなかった""拷問""についてご存じなのですか。

 私は訊いた。

「犯人の一人が友達なんだよ」とUは答えた。

 彼は友達から、ホームレス殺しの詳細を訊かされたのだ。そしてどうもUの口吻からして、犯人の少年は自らの行為を武勇伝としてUに語ったらしい。さらに信じがたいことに、友達が人を殺した現場に、Uは肝試しに行ったというのである。

 

 事件から一年もすると、おまわりも居なくなったから肝試しに行ったんだよ。

 Uは言った。

 彼女と男友達とその彼女、それから男の後輩を入れた計5人で行ったらしい。

 深更だったという。

 元レストランだという2階建てその廃墟は、比較的綺麗な状態を保っていた。ホームレスが拷問された挙句に燃やされた部屋は、1階の奥にあった。彼らはまずその部屋に向かった。

 部屋の奥に焦げ跡があった。床から壁、天井まで、真っ黒になっていた。

 Uは真っ黒なところを指さし、後輩の一人に命じた。

「おまえはここに寝転がって待ってろ」

 渋る後輩を小突き、真っ黒になった箇所に無理やり寝転がらせた。

 俺たちが戻ってくるまで待ってろ、動いたら殺す。

 そう言って後輩を置き去り、彼らは他の部屋を探索しに行った。

 ところが1階も2階も隅々まで回ったが、特別面白いことはなかった。殺人が起きた部屋で燃え跡を見た際はさすがに怖気づいたが、そこが怖さのピークだった。肝試しに飽きが来た彼らは、新たな趣向を凝らした。

 例の部屋に待機する後輩を置き去りにし、皆で廃墟を出た。

 建物の構造上、後輩に気取られずに抜け出すのは容易だった。

 廃墟から少し離れたところに車を停めてあった。皆で車に乗る。少ししてから後輩に電話をかけた。後輩は直ぐに出た。

 早く来てください。怯えた口吻で訴えてきた。

「悪い、お前のこと忘れて皆で帰っちゃったわ」

 後輩の返事を待たずに電話を切った。すぐに後輩から着信が来たが、それも無視した。そのうち、怯えた顔をした後輩が廃墟から飛び出してくるだろう。その時の顔が見ものだ。

 だがいくら待っても後輩は出てこない。先ほどの着信を最後に、後輩は電話をかけてこない。こちらからかけても電話に出ない。玄関口とは別の場所から出たのか? 建物の構造と立地からして、それはなさそうだった。パニックを起こして動けなくなったのか? それとも怪我でもしたのか? だとすると面倒なことになる。

 Uは舌打ちした。彼女と友人の彼女を車中に残し、Uと男友達は後輩を迎えに廃墟へ戻った。

 後輩は例の部屋で横になっていた。呼びかけても反応がない。痺れを切らしたUは「おい」と後輩を蹴飛した。

 すると後輩は、わめき声をあげながら飛びかかってきた。だが哀れなことに、元より虐められている人間のこと。後輩はあっけなくUとその男友達に張り倒された。加えて数発殴りつけられた。

「てめえ殺すぞ」Uの男友達が後輩を怒鳴った「そもそもよ、そんなもんつけて俺たちを脅したつもりかよ」

 後輩の顔は何かに塗れて真っ黒だった。


「煤ですか」そこまで聞いて私は尋ねた

「さあ」Uは答えた


 Uと男友達に引き連れられた後輩は、車中で待機していた女性たちに甲斐甲斐しく介抱されながら、話した。


――先輩たちに電話して直ぐ切られたじゃないですかぁ。それで、おれすぐに部屋を飛び出ようとしたんですよぉ。そしたら、誰かに足を掴まれてるんですよぉ。見たら焦げた壁の部分から黒い手が出てきて、おれの足を掴んでるんですよぉ。暴れても離してくれなくてぇ。そしたら部屋の入口から誰か入ってきたんですよぉ。先輩たちかと思うじゃないですかぁ。知らないやつが入ってくると思わないじゃないですかぁ。

 なんか何人も入ってきたんですよぉ。でも服から出てる手とか頭が真っ黒なんですよぉ。そいつらが「まだいける、まだいけるぞ、頑張れ」って言ってくるんです。しかも、そいつら蹴ったりしてくるんですよぉ。いや、痛くないんですけどぉ。なんか蹴ったり殴ったりする動きをするだけで、全然おれには当たらないんですけどぉ。

 超こわいじゃないですかぁ。足掴まれてるしぃ。だけど、何だか、おれはその場で横になり続けるのが役目なんだって気がしてぇ。滅茶苦茶怖いんですけどぉ、なんかそうしなきゃって感じがしたんですよ。その間も、黒い連中は騒いでるし、壁から出た手は足を掴んだままだしぃ。どうしようかなって思ってたら先輩に蹴られたんですよぉ。おれびっくりしてぇ、なんか先輩を襲っちゃったんですよぉ。


 嘘ついてんじゃねえよ。Uは後輩の頭を叩いた。

 後輩を介抱していた彼女が非難するような眼差しをUに向けた。それがさらにUを苛立たせた。

「じゃあ今から、俺たち男3人であの部屋に戻るぞ」Uは言った「それで何も起きなかったら、おまえ、殺すからな」

 逆らっても無駄なことを悟ってか、後輩は大人しく従った。

 相変わらず、彼女は険しい視線をUに向けていたが無視した。おれたちの趣向を台無しにした挙句に嘘まで吐きやがる、大体こいつは人の女に介抱されて何様のつもりだ。さすがに本当に殺す訳にはいかないが、あの部屋でボコって今度は本当に置き去りにしてやる。

 Uと男友達は後輩を小突きながら例の部屋へと向かった。

 部屋に入った。何も居ないし、何も起こらない。

「さて、どうする、嘘吐き野郎」男友達が後輩の尻を蹴っ飛ばす

「ほら、どうすんだよ、糞野郎」Uも後輩の尻を蹴る

「やったところでなぁ、やったところでなぁ、まぁ、うん、まぁなぁ」

 後輩が言った。

「は? 」

 後輩のおかしな返答に、Uと男友達は戸惑った。それとほぼ同時だった。

「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて」

 絶叫しながら、真っ黒な人型の何かが、真っ黒に焦げた壁から飛び出してきた。


 三人とも意識を失ったらしい。いつまで経っても戻らない男たちにしびれを切らして様子を見に来た女性たちによって、三人は起こされたという。あとになって後輩は、最初に例の部屋で待機を命じられたあたりから記憶がない、と言った。


「ホームレスの幽霊、なんですかねぇ」私は感想を述べた。

 正直言って、私は不愉快だった。

 冒頭に述べた通り、私は集団暴行を受けたことがある。理不尽な暴力の痛み、それに伴う感情については熟知している。それだけでなく、私はこれまでの人生を""やられる""側としてずっと生きてきた。

 私は殺されたホームレスと虐められていた後輩に同情した。Uは以上の話を、まるで楽しかった思い出を話すかのような口吻で語っていた。

 だが、そもそも私とUは仕事上の関係である。それにUとは何度もペアを組んだことがあり、おそらくこの先も組むことになるだろう。加えて、気難しい作業員が多い中で、Uは割とやりやすい部類の人間だった。関係の悪化は避けたかった。今回の話で非情な人間性に気づいたからといって、そう露骨に不快感を示すことはできなかった。

 だから気取られない程度に嫌味を言ってやろうという気持ちと、お前らみたいな人間には天罰が下されるべきだという気持ちを込めて、私は訊いた。

「それで、皆さんには肝試しの後に何も起きなかったんですか? それと、その、犯人だっていうお知り合いは、幽霊とか、祟りとか、起きたりしたんですか、その後」

 Uは笑った。

 私にはその笑いが、とても醜く歪なものに思えた。

「よく考えてみろよ」

 Uは言った。

「生きてる時に何もできずボコボコにされて死んだような雑魚だぞ。死んだところで、脅かす以上の何かができるようになると思うか? 」


<了>

 

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