三 妖怪サービス

「さて、これでだいたわかってくれたと思うけど、どうだい? 君も何か借りていくかい? 他にもまだまだ便利な妖怪があれこれ揃ってるよ?」


 驚きの連続に最早感覚が麻痺して、むしろその繁盛ぶりに感心すら覚えていると、電話を終えた店主がそう尋ねてきた。


 いや、「妖怪を借りるか?」と言われても……それにレンタルというより、業態的には人材派遣といった方が近感じだから、妖怪一体借りるのにいったいいくらかかるのか……。


「いやあ、お値段にもよるんですが……おいくらぐらいするもんなんですか?」


 邪険にすぐさま断るのもなんだし、とりあえず僕はレンタル代を訊いてみることにした。


「一泊二日で440円。最長一週間までレンタル可能で延長代は330円だ」


「安っ! てかレンタルビデオか!?」


 だが、その代金の安さに思わず口に出してツッコミを入れてしまう。


「まあ、最初、店開く時に勝手がわからず、某レンタルビデオ屋をお手本にしたもんでね……でも、この店は儲けよりも妖怪達の暇つぶしでやってるようなもんだからね。ほら、昔と違って人間を驚かす機会もめっきり減っちゃったからさ」


 僕のツッコミに、店主は苦笑いを浮かべながら言い訳するかのようにそう言葉を返す。


 ぜったいに価格設定間違えてると思うんだが……まあ、そういう事情があるんなら儲け出なくてもいいのか。


 しかし、440円は安いな。そうとわかると何か借りないと損なような気も……でも、なんの妖怪借りればいいんだ?


 安価なレンタルの代金を知り、一転、借りる気満々になってしまう僕であるが、特に目的があってこの店に入ったわけでもないので、壁いっぱいに貼られた無数の妖怪画を前に腕を組んで悩んでしまう。


「……あ! そうだ!」


 だが、偶然、僕の目がある妖怪画の上へ来た時、一つの妙案がふと思い浮かんだ。


「決めました! そこのお爺さん──〝ぬらりひょん〟を貸してください!」


 僕は財布を取り出しながら、すぐさま店主に注文をする。


「え? ぬらりひょんをかい? なんにもせずにただ座ってお茶飲んでるだけだから、あんましおススメはしないんだけど……」


 予想外の注文に再考を促す店長だが、別に僕は適当に選んだのでも、切羽詰まって判断を間違えたのでもない……僕には僕なりの考えがあるのだ。


「いや、そこがいいんですよ。はい。それじゃレンタル代440円……」


 我ながらのその妙案に、僕は笑顔で反論をすると、ちょっきりの代金をカウンターの皿の上に置く……とその時、ふとある疑問が頭の隅を過った。


「あの、このお店をやってるってことは、あなたも妖怪なんですか?」


 その疑問を素直に僕は口にする。


 そうなのだ。見た目も妖怪っぽくはないし、ずっと気にもかけずに接していたが、こんなお店をやっているということは彼もただの人間とは思えない。


「ああ、そうだよ。俺はどんな顔にもなれるし、TPOに合わせた人物にもなりきることができるんでね。それで数ある妖怪の中から店番に選ばれたというわけさ……」


 僕の質問に、店主はそう答えながら、なぜか顔をハンドタオルで拭い始める。


「ほら、こんな風にどんな顔も描けるからね。そう……俺は〝のっぺらぼう〟なのさ」


 ハンドタオルを外した顔には、つい今しがたまで見ていた目も口も鼻もなかった……顔の輪郭だけは残っているけど、そこにはつるっとした肌しかない、ほんとに文字通りののっぺらぼうなのだ。


「うわっ…!」


 それは、さっき見た河童やろくろ首、鬼なんかよりもよっぽど不気味で恐ろしかった……赤ん坊も「目のない人間の顔」の絵を見せると怖がるというが、「本来、そこにあるはずのものがない」ということに、人間は本能の部分で強い恐怖を感じるのであろう。


 なんだかコミカルで人間っぽい言動にすっかり気を許してしまっていたが、やはり、ここにいるのはこの世ならざる者達なのだ……この店は、そんな軽々しく人間が足を踏み入れていい場所ではなかったのである。


「や、やっぱりレンタルはキャンセルで! そ、それじゃあさようなら!」


「あ、ちょっと、ならお代は…」


 支払った代金もそのままに、僕は早口にキャンセルを言い渡すと、店主の声も無視してその店を飛び出した──。




「──今からでも遅くはありません! あなたも私達とともに神への信仰を……て、あなた、ちゃんとお話聞いてます?」


 翌日の昼下がり。狭い玄関でお茶をすする〝ぬらりひょん〟が、布教に来た宗教の人の話を合槌を打つこともなく聞いている。


 あの後、逃げるようにしてアパートへ帰った僕が翌朝目を覚ますと、いつの間にやらあの老人が部屋へ上がり込んでいて、勝手に自分でお茶を淹れて飲んでいた。


 僕はキャンセルしたつもりだったんだけど、律儀にも〝ぬらりひょん〟はレンタル契約を果たしに来たらしい……。


 まあ、来てしまったものは仕方がない。僕は思いついた計画通り、〝ぬらりひょん〟を訪問客の相手として使うことにした。


 僕の住んでいるアパートは、宗教の勧誘やら訪問販売やらがやたらとよく来てほんと煩わしいのだ。なので、この話聞いてるだか聞いてないんだかもわからない爺さんに、その相手をさせようと思ってレンタルしたわけである。


 その作戦は、今のところどうやらうまくいっているみたいだ。


 昨夜は怖くなって逃げ出してしまったが、冷静になって考えてみると、ただ人間じゃなくて妖怪ってだけで、別に怖がるようなことも特にないようだ。


 この〝ぬらりひょん〟の活躍を見るように、確かにあの〝のっぺらぼう〟の店主が言っていた通り、妖怪のレンタルはなにかと便利なのかもしれない。


「あなたは神の存在を信じますか? ……もしもーし! 聞こえてますか〜っ!」


 宗教の人が、何を訊いても反応しない〝ぬらりひょん〟となおも玄関先で格闘している。


 あの店がいつでもあの場所にあるのか? いつでも行けるわけじゃない幻の店なのか? それはわからない……だが、また妖怪のレンタルが必要になった時にはちょっと足を向けてみようかな…と、まったく動じずお茶を啜る〝ぬらりひょん〟を眺めながら、取り留めもなく僕はそう思った。


                   (レンタル妖怪ショップ 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レンタル妖怪ショップ 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画