ニ 妖怪ラインナップ
「へえ…ほんとはそうなんだ……」
って、思わず感心してしまったが、いや、どう見ても妖怪ではなく、ただの老人にしか思えないんだけど……いや、〝ぬらりひょん〟が店主のいうような妖怪だとしたら、そもそもそれってほんとに妖怪なのか?
「──おつかれーす。んじゃ、今日も行ってきまーす」
やはり妖怪の存在を信じられず、細めた疑念の目で老人を見つめていたその時、カウンターの裏にあったドアが不意に開き、なにやら珍妙な恰好をした少年がそう言って店先に出てきた。
老人同様着流し姿ではあるが、頭には今時珍しい笠を被り、手にはなぜだか豆腐を載せたお盆を携えている。
「あれもう行くの? いくら豆腐屋が朝早いからって、いくらなんでも早すぎやしないかい?」
そんな完全に今風ではない少年に、意外そうな顔で店主が確認をとる。
「いや、前の店ではついつい
すると、その少年はそんな言葉を返してから、真っ赤な舌をベロンと出して気恥ずかしそうに笑って見せた。
「ああそうだったね。でも、君の場合はあまりやる気を出すと余計にカビさせちゃうんだから気をつけてね」
「へいへーい。んじゃ、そういうことで〜」
納得した店主が注意をすると、少年は煩しそうに返事をして、そのまま店を出て行ってしまう。
「ああ、彼は〝豆腐小僧〟だよ。時々、人手の足りない豆腐屋さんから助っ人を頼まれるのさ。ま、本来、彼の豆腐を食べた人間は全身にカビが生えちゃうんで、そんな妖力を入れないよう注意が必要なんだけどね」
いろいろ訊きたそうな顔でいる僕に気づいたのか? 口を開くよりも前に店主が自らそう説明をしてくれた。
「じゃ、じゃあ、今の少年が貸し出してる妖怪っことですか?」
「ああそうだよ。もちろん彼だけじゃないよ? …と、言ってる内にも他のやつらのお帰りだ」
恰好は少々個性的だが、やはり人間にしか見えないその少年に僕がまた疑問を呈すると、店主は言葉を途中で切って入口の方へとその視線を向ける。
「……え? …ひいっ…!」
つられて僕もそちらを覗うと、わらわらと入って来たその一団に、僕は今日二度目の悲鳴を思わずあげてしまった。
それは、黄色いヘルメットを被り、銀色の反射板付き安全帯を着けた六人の労働者達だった。
だが、その顔も体つきも明らかに人間のそれとはまったくの別物である。
一瞬、ウェットスーツでも着ているのかとも思ったがそうじゃない。彼らは裸体なのだ……その皮膚は灰色がかった緑色をしており、ヘルメットの下に覗く顔にはなにやら
それに最初、酸素ボンベかと思った背負っているものは、どうやらその形状からして亀の甲羅のようだ。
その姿に最も近い存在は一つしか思い浮かばない……彼らは〝河童〟そのものだ!
「いやあ、今夜もよく働いたぜ」
「仕事の後の一本のキュウリが堪んねえんだよなあ」
その河童にしか思えない者達は、ワイワイと騒ぎながら店内を突っ切り、カウンターの奥のドアの中へと全員で姿を眩ましてしまう。
「お察しの通り河童だよ。橋梁とか護岸工事とか、川の中の工事現場には引っ張り凧なのさ。昔っから河童達は河川工事が得意だったからね」
僕の心を見透かしているかのように、店主はやはりのんびりとした声でそう説明をしてくれる。
今度はもう疑うべくもない……疑念を挟む余地もなく、どこからどう見ても完全に妖怪だ。
本当に、この店では妖怪をレンタルしているのか……ってか、それ以前に妖怪ってほんとにいるんだ……。
「さてと。今夜もお仕事励みましょうかね」
唖然と僕が河童達の消えたカンウンター裏のドアを眺めていると、また新たな人物…というか妖怪が出てくる。
その女性は、艶ややかな黒髪に涼やかな目の美人さんだが、大きなマスクをしているので口元が見えず、カーキのトレンチコートを着ている。やはり見た目は人間にしか思えないが、今の河童のことを考えると、やはり彼女も妖怪なのだろう。
長い黒髪の美人でマスクとトレンチコート……ということは、もしやあの、超有名な都市伝説〝口裂け女〟か!?
彼女の様相にそんな推測を巡らし、恐怖よりも有名人に会えたかのような興奮を覚える僕だったが。
「和装じゃないとわかりづらいけど、彼女は〝ろくろ首〟だよ。よく浮気調査の手伝いで探偵事務所にレンタルされるのさ」
「着物に日本髪じゃさすがに目立って尾行なんかできないからね。だからこうして今風のファッションにしてるのさ」
またも僕の心を読んで店主がそう紹介をすると、大はずれにも〝ろくろ首〟だったその女性は、続けて自身の服装についてそんな説明を加えた。
「で、でもマスクは……?」
いや、今風というかちょっと昭和な香りのするファッションはともかくとして、もっと誤解を招くマスクについて僕は反射的に疑問をぶつける。
「そりゃあ、今のご時世、マスクしてなきゃ人の目があるだろ? 余計なトラブルを避けるためさ」
すると、妖怪のわりには妙に人間っぽく、現在の社会情勢をよく踏まえてろくろ首はそう答えた。
そこだけはちゃんと今風なんだ……なんと紛らわしい。
「あ、ろくろ首なんかが浮気調査の役に立つのかと思ってるね? そりゃあほら……こうして窓から覗いたりするのさ」
やはり〝口裂け女〟を彷彿とさせるその装いに、口には出さないまでも僕が苦笑いを浮かべていると、彼女はなにか勘違いをして、その白い首をにゅっ…と前に伸ばす。
「ひえっ…!」
突然、目と鼻の先にまで迫った女の顔に、僕は思わず三度目となる悲鳴をあげ、身体を石のように硬直させた。
「おっと。ソーシャルディスタンスを守らないとねえ……でもどうだい? 人間の探偵にはできない芸当だろう? そんじゃ行ってくるよ」
顔面蒼白の僕を愉しげに見つめながら、彼女は長い首を引っ込めると、気風のいい芸者口調で颯爽と店を後にしてゆく。
河童に続いてろくろ首まで……いまや完全に妖怪の存在を信じるようになった僕であるが、頭の整理が追いつかない内にも妖怪の貸し出しはさらに続く。
「おっし! タマとってやんぜコラあっ!」
次に奥のドアから現れたのは、筋骨隆々の巨大な体躯に、黄と黒の縞のド派手なスーツを着た大男だった。
頭はパンチパーマで明らかにカタギの人ではなく、仮に妖怪じゃなくてもすでに充分
「その通り。〝赤鬼〟さんだよ。今夜、とある組で
推察通り〝鬼〟だったそのイカツイ大男は、咄嗟に道を開ける僕なんか眼中にない様子で、興奮気味に顔を赤らめながら店主に見送られて入口を出てゆく。
この店、反社にも利用されてるんだ……僕が知らなかっただけで、じつはその筋じゃけっこう有名なのか?
妖怪が実在したこともさることながら、その妖怪を貸し出している店があって、しかもそれなりに需要のあることに驚いていると、今度は突然、ジリリリリリーン…! とカウンターの黒電話が鳴った。
「はい! レンタル妖怪ショップです……ああ、警視庁さん。毎度ご利用ありがとうございます……え? レインボーブリッジを閉鎖できない? わかりました。じゃ、いつものように〝ぬりかべ〟を向かわせますね」
すぐさま電話に出た店主は、向こうの相手と愛想よくそんな話をしている。
どうやら電話での注文だったみたいが、今、警視庁と言っていたな……かたや反社と取引があると思ったら逆に国家権力とも……なかなか手広く商売しているらしい……。
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