レンタル妖怪ショップ
平中なごん
一 妖怪レンタル
その夜、うらぶれた裏通りの商店街で、僕はその奇妙な店を見つけた……。
僕は夜の散歩を密かな趣味としているのであるが、その夜はあまり足を向けたことのない、その商店街の通りを歩いてみることにしたのだ。
そもそもからして寂れた
もちろん僕以外、歩いている者もひとっこひとり見かけないが、だからといって不気味さや恐怖を感じるという雰囲気でもない。
若干汗ばんだ身体に当たる夜風も心地良く、いつもの夜の散歩同様、むしろ爽快な気分だ……それにこうして自分以外、周囲に人間が誰もいないと、なんだかこの世界を支配しているかのような、そんな優越感を感じたりなんかもする。
そう……今、この世界で活動しているのは僕一人だけなのだ。
「……ん?」
と思っていた矢先、僕の視界に一際明るい光が飛び込んできた。
薄暗い夜道に、そこだけどぎつい色を放つ電飾の看板……良くいえば歓楽街っぽい、悪くいけば下卑たその照明に、初め僕は場末のキャバクラか? さもなくば無料風俗案内所かと思った。
だが、背面から電灯で照らされ、ぼんやりと闇に浮かび上がるその看板には──
「レンタル妖怪ショップ」
と、劇画調とでもいうんだろうか? 昔の映画ポスターに使われていそうなフォントでデカデカと記されている。
「レンタル妖怪……妖怪のレンタル?」
なんだ? 妖怪のレンタルって……さすがに本物をレンタルしてるわけないだろうし、妖怪系の着ぐるみとか小道具とか、そういった映画やドラマ撮影用品を貸し出してる店だろうか? そういう店、家賃の安いうらぶれた裏通りとかにありそうだしな……。
ともかくも、興味を惹かれた僕はちょっと覗いてみることにした。
「──いらっしゃい……」
今時、自動ドアではない入口の引戸を開けて入ると、カウンターに座る店主らしき男が気怠そうに挨拶をする。
ダークスーツを着て、こざっぱりとした髪型の僕ぐらいの若い男だ。
その男も込みで、店内はやはり風俗の待合室かと錯覚するような、ひどく殺風景で俗っぽいものだった。
狭い店内には安そうな革張りのソファとテーブルが一つ置かれ、一応、応接セットのようなものを形作っている。
また、その背後の薄汚れた壁紙にはハガキ大の妖怪画が何十枚と埋め尽くすように貼られており、おそらくそれがレンタルしている〝妖怪〟のラインナップなのだろう。
勝手な思い込みではあるが、所狭しと妖怪の着ぐるみやら小道具やらが置いてある店内を予想していたので、少々肩透かしを食らったかのような気分である。
でも、まさかほんとにこの妖怪達を貸し出してるわけもないし、何かの
僕は、うっかり反社の店に入ってしまったのだろうか……?
急に怖くなってきて、背筋に冷たいものを感じる僕だったが。
「うわっ…!」
次の瞬間、その恐怖も吹き飛ぶかのような驚きに僕は襲われた。
気づけば、いつの間にやら安物のソファの上に、一人の小柄な老人がちょこんと腰かけていたのだ。
草色の着流しに茶の袖なし羽織を身につけており、すっかり禿げあがった頭は痩せた身体に比して妙に大きい。
いったいいつからそこにいたのか? 店に入った時にはまったくその存在に気づかなかった……こんな小さな店なのに目に入らないなんてことありえるのだろうか? かといって入口は一つしかないので、僕の後から入って来たとも思えない。
しかもそのお爺さん、やけにゆったりとこの場に馴染んでいる様子で、ズズズ…と湯呑みのお茶を勝手気ままに啜っている。
その態度からしてどうやらお客のようであるが、今しがた来たばかりという感じでもないようだ。
常連さんなのか? こんな深夜に僕以外の客がいること自体驚きであるが、こんな常連客がいるということは、それなりに繁盛しているその道では知られ店だったりするのだろうか?
「お兄さん、どんな妖怪がお望みかな?」
いろいろと妄想し、恐怖に続く驚きにすっかり僕が面食らっていると、カウンターの店主がなんとも暢気な声の調子でそう尋ねてきた。
「……え? お、お望み? あ、あの……お店のシステムがよくわかってないんですがあ……ちょっと気になって覗いただけというか……」
その問いかけに、僕はしどろもどろになりながら正直にそう答えた。
知ったかぶりをして、変なもの買わされてしまってもあれだ。もし本当に反社だったら犯罪に巻き込まれかねないし……。
「システムもなにも文字通りの妖怪をレンタルしてる店だよ。一泊二日から貸し出してる」
だが、店主はにっこりと微笑みを浮かべ、普段からよく
「妖怪……って、あの妖怪ですか? 何かの比喩とかじゃなく?」
「うん。妖怪といったらその妖怪しかないだろ? …あ、妖怪なんていないと思ってるね? 妖怪はそこら中にいるよ? 例えばほら、そこにも」
無論、文字通りと言われても常識的に考えれば鵜呑みにできず、再び訊き返す僕に店主はソファの方を顎で指し示す。
「……? お爺さん?」
「その爺さんは〝ぬらりひょん〟さ。名前くらいは聞いたことあるだろ?」
どう見ても先程の老人しか目に入らず、キョトンとする僕に店主はそう続ける。
「ぬらりひょん? ……て、あの、日本の妖怪の総大将だっていう!?」
「違う違う。某国民的妖怪漫画のせいでそんな嘘情報が蔓延しちゃってるけど、それはあくまでフィクション。そいつは知らない間に
超有名なその名に驚き、またも僕が尋ね返すと、店主は手をひらひらと振りながら、僕の浅はかな知識を笑い飛ばすかのようにそう答えた。
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