第9話 勝てない!
勝てない。おかしい。
わきにじわりと汗がにじむのを感じる。
社長の手札はなんとたったの1枚きりだった。つまり、僕が相手のカードを言い当てればほぼ勝ち確定。一方的にぼこぼこにできる。
ところが、どう考えても僕に有利な試合にもかかわらず、僕は瀕死になっていた。
相手のカードは「?@story」。何かの小説であることは間違いないのだが、何の作品なのか見当もつかない。
対して、社長は会社のトップとだけあって、おそろしいほどの知識量を持っていた。僕の手持ちの22枚のカードはほとんどすべて暴かれてしまった。
僕は次々に質問を繰り出す。
「その小説には勇者が出てきますか?」
「はい」
「王様は出てきますか?」
「はい」
「姫を助ける物語?」
「はい」
「追放はされる?」
「はい」
「わかった、アンサー。『3978@story』、王様に姫の救出を依頼された勇者がパーティーを組んで出かけるも、パーティーを追放されて結局一人で魔王を倒す話だ」
ブー。たらいがゴン。
「アンサー。じゃあ、『5810@story』、勇者がパーティーを追放されてスライムに転生する話?」
ブー。たらいがゴン。
もうだめだ。
僕は白い床に手をついた。
「聞けば聞くほどよくあるテンプレート小説なのに、内容がさっぱりわからない……」
そう言うと、なぜか突然社長は顔を真っ赤にして怒り出した。
「この小説は面白くないテンプレート小説なんかじゃないぞ。この小説は、俺の大事な、大事な……」
あ、なるほど。
あまりにもばかばかしい話に、僕は笑い出しそうになった。
「アンサー」
僕は立ち上がる。このアンサーで答えられなければ僕は負ける。
だが、なぜか自信があった。
「この小説は、『1@story』社長が中学生のときに書いたweb小説ですね?」
社長の顔からみるみる血の気が引いて行った。
カードがくるりとめくられる。その数字は、「1@story」
「な、なぜバレた」
「僕は有名お笑い芸人にあこがれている、下積み中の身だ。だから、僕が社長の立場だったらどうするか考えてみたんです。僕なら、世界から奪った『言葉』に番号をつけるとき、自分のネタに1番をつけるだろうって」
社長ががっくりと膝をつく。
バトルフィールドが消え、周囲の景色は社長室に戻った。
「社長、あなたが世界から『言葉』を奪ったのは、自分の小説を有名にさせたいためだった。しかし、『1@story』は全く売れなかった。そうですね?」
「ああ……笑うがいいさ」
「笑いませんよ」
僕は社長のつむじを見つめて言った。
「誰だって自分の生み出した言葉が一番大切なんだから」
「負けは負けだ。なんでもお前の望み通りにしよう」
社長はうなだれたまま言った。
「まずは、ヤマグチさんを解放してください。それから……」
「世界に『言葉』を返せというんだろう」
「いいえ」
僕は首を振った。
「僕は自分の力で『言葉』を取り戻してみせます。僕自身の『言葉』で有名なお笑い芸人になって、あなたの会社にぎゃふんといわせてやるんだ」
そう言って僕は社長室を出た。
絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、僕はもう次のお笑いのネタを考えていた。
大喜利芸人の考古学カードバトル ぬるま湯労働組合 @trytri
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