その2 イメージチェンジ

 明滅する電球が二列、地面に並んでいる。昼間だというのにはっきりと見えるのは、相当な明るさの電球を使っているからだろうか。

 光の列を左右に見て、風つかみを降ろす。

 翼端を短くしたことで、スピードは上がったけど離着陸時の安定性が下がってしまった。低速での風つかみは、ふらふらと心もとない。

 三舵に当たる風が、手や足に伝わってくる。慎重に操作して、ずれを打ち消す。

 がりがりと後部スキッドが地面を擦った。アブソーバーが軋みつつ、重さを支えている。

 速度計の針がゆっくり回る。仰け反っていた機体が、水平に戻っていく。

 ついに前部スキッドが接地して、がたがたと揺れながらようやく止まった。





「――眩しっ」


 ネフが帽子のつばを押さえる。

 ノルメンは入口からすでに電気の街だった。

 色とりどりの電球が灯された門。太陽の光に歯向かうがごとく、等間隔に並べられた電灯。

 商店の看板はどれも光るか動くかして、道行く人の興味を引こうと躍起になっていた。


「これは、すごいな……」


「……ちょっと、気持ち悪くなりそうだわ。この街の人は平気なのかしら」


 地面を見ながらネフが言う。明るすぎて前を向けないらしい。

 とはいえ、動かないわけにもいかないし……。

 とりあえず宿を取ろうということになり、中心街に向かって歩く。僕を遮光板がわりにして、ネフは後ろをついてくる。

 青い空の下、街路沿いには露天商も多かった。

 似顔絵を描いている画家、宝石やアクセサリー売り、軽食を提供するワゴン、それ以外にもたくさん。

 それとなしに眺めつつ、歩いていると――。


「――おい、そこのお二人さん! 観光かね!」


 元気なおばちゃんに声をかけられた。

 この人も露天商のようだ。気が強そうな目つきで、堅物感がある顔付き。

 勝手な僕の印象だけど、優しく無害そうな顔をした商人は大抵ぼったくりなので、こういう気難しそうな人のほうが安心できる。


「……まあ、そんなところです」


「あんたら、この街のルールを分かっていないようだねえ! あたしが教えてやろうか!」


 ――前言撤回。安心できると思ったのは早とちりだったみたいだ。




 

「サングラス……?」


「そうだよ! このクソ眩しい街を裸眼で歩いてたら目が退化するでね! まわり見てみい、皆しとるじゃろ!」


 パラソルの下から改めて見回すと……確かに言われた通りだった。顔を見れば、ほとんどの人が黒いメガネをかけている。ちらほらかけていない人もいたが、それは僕らのように外から来た人間だろう。

 顔を見ていなかったということは、僕も無意識に下を向いて歩いていたのか。


「うちはずっとここでサングラスを売っててねえ、自分で言うのもなんだが質は高いよ! 最近流行りの紫外線なんたらカットは無いけどね、その分安いし何より丈夫だ。壊そうとしない限りは壊れないし、もし壊れたとしても持ってくればすぐ直してやるよ! 一つずつ買わんかい? 少しまけとくよ!」


「……ネフ、どうする?」


「買うわ。満足に目も開けられないから」


 即答だった。

 いくつか種類があったが、目深に被った帽子の下から、――どれでもいいわ、とにかく目が開けれるようになるやつ――とリクエストがあったので、スタンダードな形だと言われたものを二つ頼む。


「まいど! 二つでガネートだ」


 やっぱり、ぼったくりではなかった。銅貨を二枚渡すと、おばちゃんはペアで並んでいた二つをそっと持ち上げる。


「包むかい?」

 

「……すぐつけるからそのままでいいわ」


「お、いいねえ! ほいよ!」


 受け取るが早いか、ネフは帽子を取った。

 風をはらんで、ふわりと黒髪が広がる。そこへ、黒いフレームがするりと差し込まれた。

 ハシバミ色の丸い瞳が柔和な印象を与えるネフだが、サングラスをかけるとそれがだいぶ控えめになる。

 真面目でクールな魔女が、そこにいた。

 

「どうかしら」


「――なかなか似合ってる」


 普段とのギャップに、少し胸が跳ねた。





(その3へつづく)

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ほうきとプロペラ そらいろきいろ @kiki_kiiro

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