未来にかける

アールケイ

未来へかけて

 進路相談の小部屋。

 今の私はそんな場所にいて、進路担当の先生にどこか呆れられながら、怒られていた。


「進路希望調査票に未定って、どういうことだ?」


「そのままの通りですよ。未定なものは未定です。未来のことなんですからそのときが来るまでわからないですよ」


 先生に対してなんの恨みなんかもないけれど、ただただ私は反抗的な態度を取り続けているわけなのだった。

 そもそも、進路希望調査票に未定と書いたホントの理由も、なんとなく決まりきった未来に対する反抗をしたくなったからというものだった。

 それなら、同じように先生に対しても反抗的な態度を取るのが自然だと私は判断した。こうして進路担当の先生も頭を悩ますプチ問題児が出来上がったわけなのである。


「とりあえず、来週までに進路希望調査票をちゃんと記入して、もう一回提出しろ。わかったな?」


「それは再提出しろってことですよね?」


「未定って書くなよ」


「ははは、先生ったらおもしろいですね。書きませんよ、未定なんて。代わりに別の言葉を──」


「ちゃんと、記入しなさい」


 そこで私は新しく進路希望調査票を受け取り、開放された。


 なんてことない帰り道。

 私はそこで奇妙な噂を聞いた。

 それを話していたのはどこかちゃらちゃらとしていて、その噂の信憑性も如何ほどのものかと思うような人たちだった。けど、私はその噂が気になった。

 その噂とは、路地裏にある緑の公衆電話にある番号で電話をかけると、お金を入れてなくても電話が繋がり、そして電話の向こうにいる人がどんな悩みでも解決してくれるというもの。

 いかにも胡散臭く、そんなもの誰が信じるのかと思ったけど、私はその噂の真偽が気になった。

 いや、正確には違う。

 私の悩みを解決して欲しかった。

 私はこれまで、とくにやりたいこともなく、ただ流されるままだった。

 だから、怖くなった。

 このままでいいのかなって。

 誰かを好きになることも、何かをやりたいという自分の意見も何一つ持ってないままの私でいいのかなって。

 そうして生まれた感情は次第に大きくなっていき、今ではどうすればいいかわからなくなっている。

 だから、反抗してみた。

 他の誰かに相談するのもなんか気恥ずかしくて、反抗してみた。

 でも、この噂が本当なら、私の悩みだってきっと解決してくれる。

 得体の知れない何かであろうと、私の悩みを解決してくれるなら、どうにかしてもらえるなら、相談できるなら、それにかけて解決してもらおうと思った。


 噂を盗み聞きした私はたぶんここだろうという路地裏に行き、緑の公衆電話を見つける。

 時間は夕方。夕暮れ時だった。

 私は電話ボックスに入ると、お金も入れずある番号を押す。そして、受話器を取り、電話をかける。

 何回かのコールのあと、『はい』という女の人の声が聞こえてきた。

 そこで、私はなんとなく安堵した。


「あの、私。実はその、悩みがありまして、できればそれを解決してほしいなって──」


 と、そこで、電話の向こうにいるであろう女の人は大爆笑する。

 なんだか癪にさわる。


「あの!」


『いや、ごめんごめん。ちょっとね』


「それで私、悩みが──」


『いや、うん。わかったから話してみてよ』


 なんだか胡散臭いし、ほんとにここで話して大丈夫なのかな? とか思ってると私の心情を察して『大丈夫だから』と言ってくれる。

 だから、私も意を決して話すことにした。


「その、私はこのままでいいんでしょうか。なにもやることも見つけられない、そんな私で」


『いいわけないでしょ、そんなの。やりたいことを、なりたいものを見つけるのが人生なんだから』


「でも、私──」


『けど、見つかるまではそれでいんだよ。いつか必ず見つかるから。これっ! てのがあるまでは、そのままで』


「……そういうものなんですか?」


『うーん、まあそういうものなんじゃない? それで、悩みはそれだけ?』


「えっ? あっ、はい」


『それじゃ、頑張ってね。小さい私さん』


 そう言い残すと電話は切られてしまう。

 けど、なんだか今の私はスッキリしていた。不安とか、恐怖とか、そんものが全てなくなっていた。

 と、電話ボックスの中はなんとなく甘い香りがただよっていた。


 次の日、私は進路希望調査票に進学とだけ書いて提出した。進路担当の先生はどこか苦い顔をしていたが、「まあ、まだましか」とだけ呟いていた。


 ☆


 私はパティシエになった。

 あの日の電話のあと、私は昔のことを思い出した。

 私がまだ幼い頃、パティシエになるのが夢だった。もちろん、それは浅はかで、ただ甘いお菓子が食べたかっただけだけど。

 大学で学んでるうちに、やっぱりパティシエになりたいと思った。

 昔からの夢だったからなのか、それはわからない。

 けど、そうなりたい、それが自然なんだと思った。そういうもんだと。

 そうしてなったパティシエに、私は満足している。

 職場からの帰り、私の携帯がなった。「はい」そう言って出る。

 そのあと電話口から聞こえてきたのは、


『あの、私。実はその、悩みがありまして、できればそれを解決してほしいなって──』


 という私の声だった。

 だから、私は大爆笑したのだった。懐かしいと思いながら。

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