第6話 ある日の執務室

「なーお」

どこからか、猫の甘えた鳴き声がした。


「失礼します」

テオドールが、一言断ってから素早く立ち上がり、窓を開けた。

「シュザンヌ。どうしたの」

私達に話しかけるときとは、全く違う優しい声で、テオドールが窓の外に呼びかける。

「なーお」

テオドールの声に答え、窓の外からまた、甘えた鳴き声がする。


「シュザンヌ、お茶の時間まで、まだ少しあるよ。時間になったら行くのに。どうしたの。また、猫になって」

「なーお」

「降りられないのか。ちょっと待って。そこにいてね」

テオドールが、窓の外に声をかけ、一礼すると部屋から出ていった。


「ほら、シュザンヌおいで。受け止めてあげるから。怖いの。だったらそこから動かないで。近くまで登るから」

外からは、シュザンヌの鳴き声と、語りかけるテオドールの声が、風の音に混じって途切れ途切れに聞こえてくる。


「仲が良いですね」

窓の外を見た息子が微笑む。

「そうだな」

幸いなことに、テオドールは人の姿のシュザンヌも、猫に变化したシュザンヌも愛してくれている。


 テオドールに抱かれたまま執務室にやってきたシュザンヌが、甘えた声で一生懸命、訴えている。相当に怖かったらしい。

「そんなに怖かったの」

テオドールは優しく語りかけ、離れようとしないシュザンヌを撫でていた。


「重たくはないのか」

余計なことを口にした息子に、シュザンヌが威嚇を始めた。

「そんなことはないよ。可愛いシュザンヌ。ほら、怒らないで。ね」

息子と、娘と、義理の息子と。仲の良い様子に、私は目を細めた。


 もうすぐ義理の娘とも一緒に暮らす予定だ。息子が、新妻をおこらせるようなことを言うのではないかと、少し心配になってきた。


「少し早いが、お茶の時間にしようか」

私の声に、シュザンヌが嬉しそうに答えた。


<番外編 父視点 完>


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【別視点】勇者の愛猫 海堂 岬 @KaidoMisaki

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