あべこべ記者会見
高黄森哉
俺は作家だ
里山智は緊張していた。なんといったって、今日は人生で初めての記者会見なのだ。それも不名誉なことで、開かれたのではない。俺はこのたび、有名な文学賞、又吉賞を受賞したのだ。これはエンタメ小説の最高峰を決する賞であり、それに受賞するということは、その作品が今年で最高の作品だったと評価された、ということである。俺は嬉しかった。
〇
俺が部屋へ入ると大量のフラッシュが押し寄せた。失神しそうだった。俺は憤った。もし、仮に俺が癲癇持ちで、発作を起こしたらどうしてくれる。どうも、彼らは想像力に欠けるようで、その主張が理解できない。
「そういう言葉は、慎んでください」
くらくらした。どうやら、その娘は俺の話の、テンカン、の箇所以外、聞いていなかったらしい。まるで、放送禁止用語にたいする条件反射だけが、思考を担っているようなものだ。矢継ぎ早に質問は飛んでくる。
「里山智さん。今日は受賞をされたということで、両親に向けて一言」
「両親は死にました」
俺はリポーターをかき分けて進む。どうも彼らは倫理力に貧困を抱えているようで、無神経な質問ばかりしてくる。その髪の毛はずらですかとか、服の値段とか、性的嗜好とか。
「彼女はいらっしゃりますか!」
「彼女は死にました」
俺は早く記者会見を済ませたいと思った。早く席に上がってしまって、早口で記者会見を終わらせ、そそくさと退場するのだ。そしてゆっくり授賞式を楽しむのだ。
「この小説に書かれている主人公の名前はあなたに酷似していますが、これは自己投影と考えてもよろしいでしょうか」
「そうではありません。これは、自己投影というより、自己批判に近いものです」
散々議論されたことだから、ここで再度説明するのは、機会の無駄遣いであろう。
「この小説に出て来る敵は、貴方の父親に似ていると言いますが、これは両親に対する反抗ですか」
「まず私は片親であるということ、そして出て来る敵は父親と真逆のキャラであること、それらを鑑みれば、そのようなことはあり得ないとわかるはずです」
さすがにムッとする。本を、きちんと読んでいればこんな質問は出てこない。なぜなら、その敵キャラは主人公そのもので、終盤に合体して同一となるのだから。もし、彼が父親なら、俺は父親との肉体的合体願望をもつ変態を通り越した異常者ということになる。もちろんそんなことはない。
「この作品には銃が出てきます。それは犯罪を助長するとは考えになられなかったのですか」
そらきたぞ。そらきた。首相が暗殺されてからこればっかりだ。
「いいえ」
「しかし、ある犯罪者宅から、似たような犯罪小説が発見されております。それについてどうお考えですか」
「特に」
会場が騒めき始める。記者たちはニヤニヤと笑う。俺が言葉につまっている様子がネタになるからだ。俺は説明を始める。
「小説と言うのは完全なフィクションです。ですから、どれだけ残酷に、あるいは現実的に書こうとも、それは荒唐無稽なのです。現実と物語は月とすっぽんほど違うものです。宇宙的小説を読んで宇宙飛行士を目指したり、実際に宇宙遊泳を実行したりはしないでしょう」
「いやしかし」
俺は話を遮ることとなったが、かまわない。何重にも重なる記者の質問を、大声量で跳ねのけながら続ける。大騒ぎだ。それに、大ざわめきだ。
「じゃあ、フィクションでない、言い換えると現実的である有害な物とはなにか。それは報道です。ニュースだって新聞だって本物の殺人を沢山、それも毎日、乗っけてるじゃないか。どうして他人事でいられるのか。それは本物の殺人だから応用が容易だし、それに凶器や、殺りかたさえ、載っけてしまうんだ。犯人も見ていたに違いない。彼の部屋から押収された小説や漫画なんかよりも、多くの頻度で。お調べになりましたか」
「いやしかし」
それでも続ける。待ったは、なしだ。
〇
「ここで質問です」
ざわつきが激しくなる。質問だけしていると、当事者意識がなくしてしまう。だから自分が逆の側に回るとは考えてもいない。言葉につまる間抜けな様を晒すとは考えてもいない。自分だけは不可侵だと思ったか。ざまみろ、カス。
「そういった報道の害悪に対して、いかがお考えですか」
あべこべ記者会見 高黄森哉 @kamikawa2001
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