第14話 魔法使いの目的
「時間を戻す……装置?」
レネアは信じられない、と言った様子で聞き返した。
「ああ。色々試したんだろう?」
女性の言い方が気に喰わなくて、レネアは訂正した。
「試したんじゃなくて、私たちは患者を治すために使ったのよ!」
「知っている。でも、私はこうなるんじゃないかとも思っていた」
「こうなることって……?」
眉を寄せて尋ねる彼女に、女性はレネアの右側の方を指さした。
「右を見るといい」
不審に思いつつも、首だけを動かして右側を見る。するとそこには老朽化した医療施設があった。
「え……? ええ……? これ、どういうこと……?」
レネアは冗談だろうと思った。つい先ほどまでいた場所が、まるで何百年も経ってしまったかのようにぼろぼろになっている。信じられない光景に、レネアは混乱した。
「私、何? 未来に来ちゃったわけ?」
はははっ、と笑ったが、そうするしかできなかった。
すると、女性の魔法使いは驚くことを口にした。
「包帯で、時を巻き戻しすぎたのだ。あれは治療するための魔法具じゃない。時間を戻す魔法具だ。だから、みんなあっという間に治った。それは怪我のない状態まで時を戻したからだ。だが代償が足りなくなったのか、戻した分の時間の積み重なりが
「狂った……?」
「自分の手を見てみたらいい」
「手……?」
レネアはゆっくりと右腕を挙げる。そして自分の手を見ると、目をこれでもかと見開いた。
「何これ⁉ どうしてこんなに
そして彼女ははっとして、喉の辺りも触ってみる。そこにも皺を感じた。
(喉が渇いていたんじゃなくて、声がしわがれたんだ……!)
二十代だったはずが、老婆になっている。レネアは、戸惑いと悲しみで泣き叫んだ。
「ああ……! あああああ!」
しばらく大声で泣き、少し落ち着いたころに女性は言った。
「生きているだけいいほうさ。あなたの同僚や、診ていた患者は皆、
「どうして……。どうして……!」
「恨むなら学校を恨め。あれは禁を犯して学校が作ったものだ。最も、それを盗んであなたに渡し、ここで使うよう仕向けたのは私だけれどね」
「あなた、何者? どうしてそんなことをしたの!」
「私の名前はウーファイア」
レネアはその名に覚えがあった。確か魔法学校との戦いを始めたのは彼女ではなかったか。そしてウーファイアは彼女の問いに答えた。
「確かめたかったのさ。あの包帯が本当に治療魔法が施されたものかどうかをね」
「……つまり私たちは、あなたに利用されたってこと?」
しかしウーファイアは、レネアの問いには答えなかった。
「私たち魔法使いは、魔法学校が善であることを疑っていない。『あそこは素晴らしいところだよね』と、皆が口々に言っていた。でも、そうじゃない。善で覆われた表面をはがしたら、信じられないような悪が眠っていた」
「……あなたはそれを暴きたかったの?」
「そうだ」
「だからって、こんなひどいことをする必要はなかったじゃない! 人を死なせないようにする方法だってあったでしょう⁉」
悲痛な叫びと共に訴えるレネアに、ウーファイアは可笑しそうにふふふっと笑う。
「悪いが、私の目的は全ての魔法使いをこの世から消し去ることなんだ。だから、学校が作った魔法具で誰が死のうが知ったことじゃない」
「じゃあ、あなたが沢山の人たちを怪我をさせて、殺して平気だって言うの?」
レネアが低い声で問うと、彼女の表情に影が落ちる。
「最初は犠牲を払わなくて済むことを目指していたんだけどね、どうも難しいことが分かった。だから仕方のないことなんだよ。それもこれも、全ての始まりは学校の愚かな企みのせいだ」
レネアは眉間にギュッと皺を寄せる。
「企み……?」
「なるべくしてなったのだ。理由などない」
「え……?」
「魔法は毒だ。何でもこれでできるからと頼りすぎるせいで、全てを失うのだ」
「どういうこと?」
レネアの質問に、ウーファイアは静かに答えた。
「あなたは、知らなくて良い」
するとウーファイアは立ち上がり、施設とは反対方向に歩き出してしまう。
「ちょっと、どこへ行くの⁉ 待って! 私を助けなさい!」
ウーファイアは立ち止まり、振り向くと「大丈夫」と言った。
「もう少ししたら動けるようになる。私のことなど気にせずに、自分のための人生を送りなさい。今回は見逃してあげる。だが……」
ウーファイアはそう区切って「次はない」と、鋭い瞳と共に冷たく言い放った。
レネアはそれ以上何も言えず、小さくなっていくウーファイアの背を、見えなくなるまで見続けるのだった。
(完)
手当の包帯 彩霞 @Pleiades_Yuri
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